聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十二話   もう死んでいる

「お前は」

「ジョー様と交代でシン様のお供をいたします。レスティエと申します」

「……俺は女と放浪する趣味はない」

「ジョー様は影として多忙なお方。お嫌であろうとおそばに(はべ)らせていただきます」

「捨て子の小僧にそのような言葉遣いなどいらん」

「お戯れを」

 

 死神の配下というその女がふと微笑んだ。

 宿で目覚めたばかりのシンが、ベッドの下で跪く女拳士に声をかけられたのは、まだ夜が明けたばかりの早朝だった。

 すでにジョーカーの姿はない。

 

「流浪の立場であった天翔拳、誰にも仕えなかったジョー様がようやく見つけた主と仰せになっておりました。ましてやあの赤毛の御曹司が貴方を南斗の光明であると公言しておりますれば、お供の光栄に身が引き締まるばかりです」

「……」

 

 大仰な展開になっている、としてシンは返答せず、窓の外を見た。

 ここでもあの紅鶴拳の貴公子の話が出てくる。前世と比べ、あの男はどれだけ強く鷹揚で大人物なのか、と思わずにはいられない。

 旅はまだ途中であり、ここで引き返すわけにもいかなかった。

 しょうがなく少年は少し年上の女性の同行を認めて、新たな目的地に向かうことにした。

 

 

§§§§§§

 

 

 名水が湧きだすと有名なとある村へとやってきた。

 観光名所としても知られているようだが、核戦争への不安が広がるここ数年では治安も低下し、どの村や町も国の防犯も行き届かない状況が続いている。

 

 それが及ばない以上、中央と断絶された地元の権力者や暴力集団が縄張り争いを始めるのも、また当然の成り行きだと言えた。

 それでも自衛団の存在で、奪い奪われなどといった戦火は今のところかろうじて避けられているようだ。

 旅の者として迎え入れてくれたことで村のなかへ足を踏み入れた少年とお供の女性は、とりあえず一泊できる宿を確保してから外へと繰り出した。

 

 刺繍を施した頭巾で髪型はわからないが、レスティエと名乗った女はしなやかな肢体を青白い道着のようなもので身を包んでいる。

 堂々としすぎる忍びの恰好に見えなくもない。

 今年十八になるという。生活に追われることがないと推測できる身なりや整った顔立ちと相まって、追われるほうのこの村の女性に混ざっては、その存在は異質レベルに目立ちすぎた。

 

「もう少し控え目な風体にならんものか」

「光明のそばではそれも消えてしまいます。貴方はどれだけ自分が稀有な存在か、お分かりになりますか?」

「……」

「強く美しく凄然と。あのユダ様が花も実もある男だと絶賛しておりました」

「くだらん」

 

 金髪の少年がこの町の役所から出てきた集団に気がついた。レスティエが彼らに向かって一礼している。

 

「なんだ」

「我々主従がこの町に入れた理由です」

「主従とは」

「来ました。彼らが自衛団のリーダーだそうです」

 

 下界といわれる市井の人々のなかでも、自衛団に選抜される者は身なりはともかく、雰囲気がなかなか猛々しい。

 そんな連中に囲まれてやってきたリーダーが女性だったことに気付く。

 その相手がつけていたサングラスを外したとき、シンは思わず目を見開いた。

 後ろに控えるレスティエも瞠目している。

 

「なに、あたしの顔になんかついてる」

「……いや」

「お前が美人すぎるからびっくりしてんだよ。いつものことじゃねえかマミヤ」

「マミヤにさほど劣らない女を連れているこの美少年も大概だけどな」

 

 マミヤと仲間たちのやりとりを聞いたシンが守るべき対象との差を確認した。

 年はこの女のほうが上。顔立ちと髪色は同じだが、クセっ毛と勝気な性格をのぞかせる佇まいは似ても似つかないものだ。

 背後の忍びのような女と同世代だろう。

 

「……用心棒にしては子供すぎない? この子たち」

 

 マミヤの言葉で少年はお供に振り返る。顔が用心棒とはなんだと語っていた。

 方便ですとポーカーフェイスで言うこの女、やはり死神の配下であることを実感したシンだった。

 周囲の人々がその様子を見ていたものの、自衛団も彼らもマミヤの次の行動を察することができなかった。

 当事者以外でそれを見切ることができたのはレスティエのみである。

 

「シン様!」

 

 そう叫んだ影のお供が手を伸ばす。

 主人たる少年のこめかみを狙ったヨーヨーなものの刃を素手で止めきったレスティエに、マミヤが信じられないといった様子でヨーヨーを引き戻した。そして口笛を吹いて言った。

 

「驚いた。女であたしのこれを受け止めた人は初めて」

 

 自衛団の仲間や周囲がようやくリーダーの行動に気がついたようだ。

 どよめきの声のなかでレスティエの鋭い視線を受けたマミヤが、そう怒らないでと肩をすくめている。

 

「なかなか過激な挨拶のようですね」

「用心棒として雇うからには報酬が必要でしょ。その報酬に見合う働きを期待しただけ。だいたい貴女のお連れは反応もできなかったみたいだけど」

「ふっ」

 

 彼女が薄く笑った。マミヤが眉を寄せた。女の戦いが始まるか、と誰もが思っていると、リーダーを呼ぶ声が町の検問のほうから聞こえてきた。

 

「マミヤさん新たな用心棒が見つかりましたぜ、こっちです」

「……今行く」

 

 対峙する相手を一瞥し、マミヤは仲間を連れて歩き出した。忍びの女が微動だにしない主人にそっと語りかけた。

 

「あのまま眉間で受けきるおつもりだったのですか」

「……特に何も考えていなかった」

「女に甘い、と思わずにはいられません」

「女は守るものだ」

「あのふてぶてしい性格、見た目でごまかして虚をつく妙技。その対象ではありえませんね」

「お前もな」

 

 いきなりの爆発音で大地が揺れた。マミヤたちがいた方向だった。

 問い詰める声と怒号が交錯し、検問近くの広場が騒然となった。

 用心棒だと自薦してきた、ハゲ頭に刺青をほどこした二人がマミヤを捕らえ、出入口からやってくるバイクの爆音のほうへ呼び掛けた。

 

「いましたぁ、この女ですぜ、セイジ様!」

 

 破戒僧のような入れ刺青男たちの合図で、大型の三輪バイクの後方で腰かけていた男が立ち上がる。

 捕らえたマミヤを守ろうとするいかつい男たちが、ボスの登場かと武器を奮って男のほうへ打ちかかった。

 

「いけない、その男は……!」

 

 リーダーがそう止めようとしたが遅かった。

 バイクから飛び降りた薄い青色の髪を逆立てたような男は、二人の自衛団を両足の開脚蹴りで吹き飛ばし、そして地上へ降り立った。

 仲間の名を呼んだマミヤの耳に、彼らの断末魔が聞こえてきた。

 体が爆発したように飛び散ったそれを誰もが見た。

 騒動を聞きつけてきたさらなる自衛団、町の人間、居合わせた人々、すべてがおののきながら悲鳴を放つ。

 騒然となったそのなかで、金髪の少年だけがそんな光景を平然と眺めていた。

 動揺を隠せないレスティエが主人の名を読んだ。

 

「あれはまさか……経絡秘孔を突いたのですか」

「そのようだ」

「……そんなばかな。あんな北斗の拳士は見たことがありません」

 

 仲間を爆死させた薄い青髪の男は長身を揺らしてマミヤに近づき、坊主二人に拘束されて動けない状態の彼女の顎をつまみ、自分に向けさせた。

 セイジと呼ばれた若者はマミヤをまじまじと見つめ、ふむと頷いた。

 

「……これほどのいい女は他では見たことがない。なるほど噂通り」

「放せ」

「おれの手下どもは皆怪力ぞろい。女の細腕でどうにかできる相手ではない」

 

 顔を近づけられたマミヤが唾を吐いたが、それがセイジに当たることはなかった。

 

「気も強いか。ますます好みだ。おれを愛する資格は十分にある」

「くたばれ」

「マミヤさん!」

 

 新手の自衛団がリーダーを救おうとやってくる。

 十人ばかりの大柄な男たちだったが、颯爽とそれに相対した男は構えもせずに彼らを殴り飛ばし、蹴り上げ、薙ぎ払って全ての敵を地に叩き伏せた。そしてそれらは皆爆散していった。

 今度こそ金切声があがった。夫や恋人、息子をうしなった家族のものだった。

 

「ふははもっと喚け騒げ。今日からこの町はおれのものだ。だがこの女を調教するためにひとまず本拠に帰還せねばならん。いくぞぉ」

 

 長の号令にハゲの手下たちがかしこまってから戦利品を引きずりあげ、バイクに連れ去ろうとした。

 何かの接近に気付いたマミヤが両親の名を呼ぶ。

 

「だめ、二人とも逃げて!」

 

 両親らしき夫婦がなにをするんだ、とハゲの修行僧たちに詰め寄った。刺青の男がセイジを見上げる。

 

「ふ……おまえらが両親か」

 

 見下した様子の長が目を細めた。

 しゅるしゅるという気合の音を立てた彼が目を閉じ、そして見開く。

 衝撃波がマミヤの両親たちを襲った。彼女の絶叫が終わる前に、両親たちはすばやい影の腕の中にからめとられ、離れた場所へと後退していた。

 

「ほう」

 

 一連の動きを目で終えたのはセイジだけだった。

 坊主たちが何が起こったと顔を見合わせている。

 マミヤの両親を町の連中たちに任せたレスティエが一歩前に出た。

 それを見る長が唇を舐めて言った。

 

「頭巾で顔全体はわからぬが、マミヤほどの女でなくともなかなかの美形だな」

 

 にぃいと笑ったセイジがお前も戦利品にしてやる、と声高らかに宣言し、再びバイクから飛び降りた。

 

「くかか」

 

 ドン、という重低音は青髪の男が踏み出したときのものである。そのスピードで忍びの女との距離を詰めた。

 あまりもの蹴りの速さでレスティエが受け身も取れずもんどりうって倒れた。

 

「おのれ」

 

 彼女が構えたときには、北斗の拳を使うという相手の拳がすぐ目の前にあった。

 

「しまっ」

「他の男のように爆散はせん。痛めつけて従順にさせるだけだ」

 

 かの拳を見切ったはいいが、防御した手のまま押し出され、正拳突きを食らった彼女がまた吹き飛んだ。

 転がるレスティエがそれでも上半身を起こし、近づいてくる相手を見上げた。

 

「なんという剛拳……ひとつひとつが重い」

「女、なかなか拳法の心得があるようだな。体が丈夫なのはよいことだ。それに」

 

 頬に走る一条の傷をなぞって、セイジが凄惨に笑った。

 

「おれに対し傷一つでもつけた者はここ最近まったくいなかった。それだけでも持ち帰る価値がある」

 

 首を掴んで持ち上げられたことでレスティエが口から血を吐いた。

 

「おそばに仕えます、と言ってみろ。この程度で許してやるぞ」

「……誰が」

「死にたいか」

 

 かはっともう一度吐血した彼女がうつろな目になったとき、その唇が何者かの名を呼ぶように動いた。

 拳法家としての勘が働いたセイジが横目からあらわれる何者かの殺気を悟る。

 間髪入れずに大きく後ずさった。その相手を見た。

 

 光り輝くような金髪が風に靡いている。感じたことのない戦慄を覚えた薄い青髪の男は、その対象を見て拍子抜けしたように嘲笑った。

 

「何かと思えば、まだ年少のガキか。今の殺気はお前が飛ばしたのか?」

 

 問われた少年は返事もしない。レスティエを助け起こして近くにいた町の人に頼む、と告げている。

 そして立ち上がった。

 

「その殺気は褒めてやるぞ、素質がある。だが運がなかったな。そんな鋭い気の持ち主がここで果てる。遠くない将来、必ず有望な使い手となったであろうに、残念な話だ」

 

 音もなく間合いをつめてくる男の動きで、バイクの近くから見ていたマミヤがやめてと叫ぶ。

 セイジの突きを目で捉えたものは忍びの女も含めて誰もいなかった。

 殴り飛ばして爆発、それで終わりだと思っていた彼が驚愕の目を見開く。

 

「なんだと……」

 

 自身の拳を止められた過去はほとんどなかった、といっていい男の反応だった。

 その手首を掴んだシンの動きを、彼すらも見切ることができなかったようだ。

 

「何者だ小僧」

 

 渾身の力で相手の拘束を振りほどき、間合いを開ける。後方へ飛んだセイジがにやりと笑った。

 いつの間にか少年の背後に近づいていた刺青の手下が音もなく倒れたのを見て、さらに目を見張っていた。

 

「シン様」

 

 レスティエの声がする。

 シンは心配するなと告げた。坊主ごときを殺す趣味は彼にはない。当身を食らわせただけだった。

 

「小僧、拳ひとつを止めただけで思いあがるなよ」

 

 構え直したセイジがふうううと呼吸を整える。本気なった男が歯を剥いて闘気を高めていた。

 

「北斗の門の拳、久しぶりに全力で見舞ってやろう。細切れに爆殺してやるわ」

 

 誰の目から見てもわかる沸き立つ闘気に、周囲の人間が怖気を奮って後退する。

 手下の刺青たちがあんな長の気合を見るのはいつ以来だ、と顔を見合わせていた。

 あのガキ人の尊厳がないほど潰されるぞと面白そうに笑っている。 

 マミヤが金髪の少年の様子を窺う。そこに映っていたのは恐れおののく姿でも、気合十分な姿でもなかった。

 

「せめてわが拳の名を聞いてから挑むのだったな。その時点でお前は詰んでいる」

「何……」

 

 大仰な構えのセイジに比べ、利き手を上に、そうでないほうを下に、単純な構えのなかの異様な気配を感じた当事者がはっとしながら叫んだ。

 

「まさか……その型は南斗聖拳」

「よく気づいた。だがもう遅い」

「笑わせるぜ。おれが極めたのは北斗の拳、何千年もその影に怯えていた南斗ごときが敵うと思っているのか!」

 

 拳格の差を見せてやる、とばかりに突進してきたセイジの正拳がその数を増して放たれる。

 北斗の百裂拳に等しい打撃の威力はすさまじいもので、辺り一面の障害物がすべて吹き飛んでは散っていく。

 彼に破壊できないものはないかと思われた。

 

「逃げ足だけは速いな小僧!」

 

 そう哄笑しかけたセイジに、少年の二本指が繰り出されてきた。

 鍛え抜いた掌底で受け止め、小僧のひ弱な拳を握りつぶしてから剛拳を叩きこんでやろうとした彼が掌に痛みを感じたとき、咄嗟に察して腕を引こうとしたが、その判断が遅かった。

 

 相手の指が自身の手のひらに刺さる。それはけして勢いを緩めることなく、そのままセイジの体へと突き進んだ。

 両手で押さえ、闘気を最大に放出しても少年の一撃を止めきることはできなかった。レスティエに与えた攻撃そのものを返された形だ。

 両手を貫通された男は右肩あたりを突き入れられ、さらにその体を貫かれて吹き飛んだ。

 血煙を上げて転がり、途中にあった木製の見張り台を破壊し、バリケードのような働きをしていた廃車に突っ込んでようやくその動きを止めた。

 パラパラと破壊音のあとの静寂のなか、時間差を置いて配下たちが叫んだ。

 

「セイジ様ぁ!!」

 

 誰もが呆然とする光景において、最初に反応した坊主たちが車に激突して跳ね転んだ長に駆け寄り、必死で安否を確認している。

 マミヤも町の人間も、少年のあまりもの凄まじい拳の威力に声もない。

 レスティエでさえ実際にシンの指突を見たのは初めてのようで、握った拳にさらに力をこめながら、あれが本物の南斗の拳、と呟きながら起き上がっていた。

 

 恐ろしい拳法使いを一撃で倒したことで、うおおと騒ぎ立てる周囲の喧騒とは逆に、少年のテンションは低い。

 彼にとっては北門の拳などというまがい物に対して何の感慨もない。

 (そし)ることも嘲ることもなく、その男が半死半生で立ち上がろうとするのを見て歩み寄った。

 

「頑丈にできているな。秘孔で出血を止めたか」

「こんな小僧に……ありえん……南斗ごときがこのおれを初撃で……!!」

「このガキぃ」

 

 坊主の何人かがシンに襲い掛かる。忠義者たちへシンが必殺の拳を向けることはない。近づく女の影を悟って少し身を引いただけだった。

 

「しゃ」

 

 彼女のかけ声で全ての刺青たちがどっと倒れ込んだ。斜めに胸を斬られた彼らが血が血があと叫んでのたうち回っている。

 

「女……!」

 

 ふらつきながらも立っているセイジが、空中で回転して着地したレスティエを睨みつける。

 彼女はふううと息を吐いて、口元の血をぬぐっていた。

 

「過去の南斗しか知らぬ、ゆえに主にあしらわれたのだ。わたくしより遥かに強い男。だが相手にしたのはいずれ北斗の全てのを凌ぐであろうお方の拳。お前は修める拳法を間違った。せめて北斗神拳ならば」

「ほざくな女ぁ!」

 

 北門の拳が北斗神拳を継承できなかった者の救済の拳だと知らず、セイジの逆鱗を踏んだ彼女へ飛びかかった。

 鬼の形相といっていい彼とレスティエの間に、金色の髪が割って入る。

 龍の牙に例えられる指突ではなく、薙ぎ払いの指斬がシンから放たれた。

 致命の衝撃を避けたのは、彼の天性の資質だったといえるだろう。

 それでも胸を横切るように斬りつけられた男は、それが威力を大幅に減らした牽制程度のものであると思い知らされながら、バイクのほうにいた手下の刺青男たちのほうへ飛ばされていった。

 

 長を受け止めきれずに押しつぶされた坊主たちの隙をついて、マミヤが忍びの女に助け出される。

 彼女は両親の元へ駆け込んだ。抱きあう親子をよそに、レスティエはバイクの近くで立ち止まったシンの姿を見つめていた。

 

「その体では当分ものの役に立つまい。鍛え直してまた出なおせ」

「……小僧……小僧こぞう小僧!!!」

「次に出会うとき、俺はさらに強くなっている。手を伸ばして見上げたところで届かぬ対象がある以上、いかに拳威を高めようと俺が慢心することはない。以前と違ってな」

「キサマは必ず殺す。いずれ必ず」

「無理だ。俺はもう死んでいる」

「何……」

 

 シンの言葉に要領を得ず、薄い青髪を血で染めた男は無理やり手下に担がれ、バイクに乗せられて去っていく。

 不意の侵入者が撤退したことで沸き上がる町の連中のなか、両親とともにやってきて礼を述べるマミヤは、忍びとその主に丁重な謝意を告げていた。その際、シンはレスティエに清潔な白の手ぬぐいを渡していた。

 

「主自らそのようなお気遣いを」

「女は」

「守るもの、ですね」

 

 彼女が柔らかく微笑する。その横にいる象徴に似た美しい女が思い詰めた様子でシンに向かって跪き、決意した表情の面を上げた。

 その拳を教えてほしい、という内容の懇願に、少年は難しい顔で受け止めた。

 その思いがよくわかるレスティエは助け舟を出した。

 

「この不安定な世においては、南斗聖拳の基本の型を教え込むのは無駄ではないと思います。彼女はわたくしめから見ても性根の正しい女性。悪用することはまずないかと」

「そういう意味ではない」

「は……」

 

 薄い青の頭巾をかぶる忍びは一般門下生ながら、死神の眼鏡にかなったゆえか、なかなかの才能があり使い手であったが、彼女の身分では南斗の頂点、慈母の星の顔までは知らぬらしい。

 よく似た顔つきのマミヤという女が門下生になったのならば、その先がどうなるか、シンには読めていた。

 これほど好都合の影武者は他にいるはずもなく、親孝行の彼女をそんな騒動に巻き込みたくないと考えて、彼はマミヤの懇願を一時保留とした。

 必ず南斗の里へ伺います、という決死の表情を見て、シンは社交辞令に頷いていた。




セイジ。新・北斗の拳(小説)に登場したキャラクター。北斗神拳の亜流、北門の拳の使い手。
レスティエ。オリキャラ。影の長、南斗天翔拳ジョーカーの配下。聖拳を学んでいる優秀な門下生。
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