聖拳列伝   作:小津左馬亮

14 / 97
十四話   五車と慈母

 武者修行のような放浪を一旦引き上げ、金色の髪の少年が南斗の里に戻ってきた。

 慈母の騎士として特別に設けられた象徴の館へと顔を出す。

 一般門下生であるレスティエは立ち入ることを許されていない。

 そしてそこで久しぶりに南斗五車星とも会うことになる。

 海のリハク、娘のトウとはすでに知己となっていたが、風、炎という今まで疎遠だった面子とも言葉を交わす機会に恵まれた。

 

「お前がシンか。オレの名はヒューイ」

「シュレンだ。見知りおけ」

「二人とも」

 

 傲然と自己紹介する二人の拳士にトウが(たしな)めるも、腕に覚えのある彼らは宗派を特に持たず、大聖殿や下界で修練を続ける少年にあまり好意を抱いてはいないようだ。

 象徴を守るべきは我々だという自負がそうさせるのだろうか、しかし現世のシンにはどうでもよいことだった。

 守りぬく以前に、無事であればそれでいい。

 

「五車の門下生においてこの二人は強すぎ、修練の人選にも事欠く有様。兄弟でしか練武の相手がおらぬのです」

 

 やたらとガタイがいい海の男が口髭を撫でながら言った。

 リハクの言葉に彼らはふんと鼻を鳴らし、上から目線で少年を見つめている。

 

「シン様」

「……いいだろう。相手になってやろう」

 

 遥か年上であり南斗の重鎮でもある男の恭しさに辟易としつつも、無言の懇願に応えたシンが風と炎の青年に向き合う。

 館の中庭でのことだった。

 

「どちらが先に?」

 

 トウの何気ない言葉に二人が鋭く目を光らせた。

 

「オレだ」

「いやヒューイ。ここは兄に譲れ」

「できんな。門外といわれたわが五車が本家に劣らぬ拳であることを見せるよい機会だ」

「ふざけろ」

 

 同士討ちを起こそうとした彼らを止めるべく、壮年の男は両手を上げた。

 ともすれば五車の長でもある彼にさえ歯向かってくる血気盛んな年頃の二人に、リハクが遠慮のない奥義を奮おうとしたときである。

 

五車波砕拳(ごしゃはすいけん)。そう何度も食らってやる義理はない」

「年を考えろ、リハク」

 

 長老格の気合を迎え撃とうとした風と炎が、不意に別方向からの重圧を感じたことで弾け飛ぶように後ずさった。

 いつの間にか双方の間にシンが立っている。

 

「小僧……」

 

 少年は彼らを見ることもなく手で来いよと告げている。

 ヒューイとシュレンが挑発されているのを悟って憤激し、同時に地を蹴った。

 

「その思い上がり、後悔させてやる!」

「わが獲物だ。先にいただく」

 

 風と炎を身にまとった青年たちが左右から標的に襲い掛かる。

 リハクがうぬら、と声を荒げた。

 

「心配するな爺、少し焦げてもらうだけだ」

「オレは容赦せん。しばらく修練ができんと思え」

 

 先に到達したのは風だったが、その衝撃は遅れて放たれた炎もろとも一瞬にして霧散した。

 

「なっ」

「これは……!」

 

 風と炎の拳士の手首は金髪の少年の両手に捉えられている。

 その光景を眺めていたリハクとトウが目を見張った。

 

「オレの風は鋼鉄をも切り裂く。素手でそれを受け流したというのか?!」

「炎上せず消え失せた……わが拳が不発だと」

 

 シンがその手を放すと同時に、二人は素早く飛んで距離を取った。

 本気になって構える彼らを横目に、過去の自身を思い出した少年は無意識に目を閉じている。

 

「なめるな小僧、余裕のつもりかっ」

「殺す!!」

 

 火炎旋風が沸き起こる。竜巻も同時に発生した。

 娘が父に心配そうな視線を送るも、リハクはその様子をまじろぎもせず見守っている。

 そして五車の長は呟いた。

 

刮目(かつもく)して見よ、ヒューイシュレン。あれが」

 

 ズシン、と中庭の一部が揺れる。

 鎮火したことを示す焼け焦げた跡、竜巻が芝生の上でつむじ風となって消え、それぞれの使い手は互いに反発するように吹き飛ばされ、受け身も取れずに地に叩きつけられていた。

 

「南斗極聖拳(きょくせいけん)

 

 南十字星をあらわすような両手を広げた構えは鳳凰拳にもあった。

 だがその奥義を知る者はほとんどいない。

 それでも南斗の拳士であるトウが青ざめた顔で唇を震わせている。

 

「なんてこと……ヒューイとシュレンほどの拳士が二人がかりで一撃とは」

「……しかも相応に手加減されておる」

「えっ」

 

 未だ昏倒して起き上がれない風と炎を見た後で、娘は父に振り返った。

 

「今の掌底が見えたか、トウ」

「わたしには……黄金の十字の光が輝いたと思ったら、あの子たちがもう弾け飛んでいて」

「そうか」

 

 リハクが構えを解いた少年に歩み寄った。トウがその広い背中に問いかける。

 

「お父様、あのすさまじい闘気の放出で手を抜くって」

「……極星は無駄に光り輝かぬ。派手な炎や風、気などを(まと)う必要はないのだ。その指一突(ひとつ)きで全てを貫く。それが復古の拳の真髄」

 

 背中で語る父を呆然と見送っていたトウが、はっとして倒れる二人に駆け寄った。

 リハクが丁寧に礼を示し、遥か年下の少年に頭を下げて言った。

 

「思い上がったこわっぱども。上には上がいると思い知ったでありましょう」

「……他人事ではない」

「はっ?」

「はっはっは!」

 

 すぐ近くの東屋(あずまや)の上から若い男の笑い声が聞こえてきた。

 屋根に腰かける男が腹を抱えて大受けしている。

 海の男が声を荒げた。

 

「ジュウザ!」

「そう怒んなよ爺、笑えるじゃねえか。生真面目だが傲慢なあいつらの鼻っぱしを一撃で折る。このジュウザでさえ同時に黙らせることは不可能だってのに」

 

 ラオウと同世代のような青年はおどけて失笑し始めたが、捉えどころのないその様子に隙はない。

 少年が飛びかかればすぐに退避し、反撃に移ることだろう。

 完封された炎と風の声がする。意識を取り戻したようだ。

 

「くっ……屈辱だ。このシュレンともあろうものが……いまだに起き上がれぬ」

「腕の力が入らん……本気のオレが片手であしらわれようとは」

 

 彼らの呟きに雲の声が重なった。

 

「お前には気合が足りん。いつもおれが言われてることだが、そのままそっくり返してやるぜ。子供扱いされて悔しくねえのか」

「おのれジュウザ!」

「わははは愉快愉快。正統なる五車の拳士の無様を見ろよ」

 

 足で拍手する雲が仰け反って寝転んだ。

 そのふざけた態度の同僚から少年に視線を移したリハクが、いかがなさいました、と問いかける。

 金髪を風に靡かせたシンがジュウザを見ることはなかった。

 

「あれは不羈(ふき)なる男なれど、拳才はあのラオウに劣らぬとリュウケン様から認められた逸材。ご容赦くだされ」

「風や炎が強すぎるゆえに思いあがる。才能に胡坐をかき、修練を怠って気ままに生きる。双方に違いはない」

 

 空を見上げていたジュウザが、虚空を見る少年の台詞を耳にして起き上がった。

 

「いずれ必ず、敵わぬ相手を前にその不調法を後悔することになる。守るべきものがありながら半ばで果てるなど、男の風上にも置けん」

 

 ジュウザのこめかみに血管が走った。

 いつにないシンの饒舌にリハクが驚愕するも、後半は雲に向けての言葉ではない。

 痛烈な皮肉はおのが前世に向けて放ったものだった。

 

「おれの機嫌まで損ねてどうするのかね、このガキは」

「煽られたと思っているのか。それが事実だと気づかないようでは、お前とてわが敵にあらず」

 

 静かに返答した年少の相手に対し、能面になった雲が屋根から飛び上がる。

 シンに向けて急降下してくるその形相は憤怒に変わっていた。

 迎え撃とうとしたシンの上空を飛び越え、ジュウザは宙返りをきめて降り立った。

 その際に一瞬だけ黄金の光が煌めいたが、気付く者は誰もいない。

 

「浅かったか」

 

 そう言ったとたんにシンの南斗の道着である肩のプロテクターが弾け飛んだ。

 

「おお」

「一発当てやがった、ジュウザのやつめ!」

 

 風と炎が未だ腰を抜かしたまま歓声を上げた。

 トウがまだまだ子供だと思いながら二人を助け起こしている。

 海の男がため息をつきながら言った。

 

「気ままな雲よ。その気になればラオウにも匹敵しように」

「面倒になるからおれのことは言いふらすなよ爺。まあとりあえずこのガキには少し思い知らせて」

 

 我流の天才は闊歩しながら声高に告げる。

 得意顔のジュウザが何歩目かを踏み出そうとして、不意に動きを止めた。

 

「ジュウザ」

「どうした」

 

 ヒューイとシュレンが立ち上がって問いかける。

 それには答えず、立ち止まったジュウザが無言で口元をぬぐっていた。

 手の甲についた血を驚愕しながら確認して、道着を砕いて一矢報いたはずの相手を眺めた。

 その対象はすでに背を向けていた。リハクが追いかける。

 

「……わしには一切見えませんでした。今の交錯で何をしたのですかな」

 

 背を向けたまま歩くシンが答えた。

 

「奴が本気になって北斗なり南斗なりを修めれば、今頃転がっているのは俺だ。極聖拳(きょくせいけん)がゆえにこうして立っている。見た目ほど俺に余裕はない」

「……現在ユリア様は礼拝堂におられます」

「ああ」

「北斗の末弟が同行しておりますれば」

「そうか」

 

 シンが草地を踏みしめた。

 それを合図に意識をなくして倒れ込む雲へ、風と炎が驚いてにじり寄った。

 トウも同じように寄り添った。

 最後までジュウザをまともに見ることがなかった少年の謎の怒りを理解できず、五車の長が気圧された形でそれに続く。

 南斗雷震掌という奥義の名を、彼が口にすることはなかった。

 

 

§§§§§§

 

 

「帰ってきた」

 

 そう呟きながら、シンよりいくつか年下の少女が嬉しそうな笑顔を見せた。

 幼馴染の北斗の末弟を連れて、やってきた相手を両手で出迎える。

 以前の無表情とは違い、感情豊かなその娘が金髪の少年の胸へ飛び込んでいく。

 妹のような存在を受け止めながら、シンも抱きしめ返した。

 美しい顔を上げてユリアが言った。

 

「武者修行はどうだった?」

「ああ、いろいろ見聞してきた。得難い経験だった」

「腕を上げたなシン」

 

 抱きしめる美少女の黒髪のむこうで、北斗の少年が少し怒ったように告げてくる。

 幼さの残る顔立ちの彼も象徴同様、幼馴染のような存在だ。

 五車星の何人かを一蹴した光景を見ていたのだろうか、ケンシロウはやりすぎだと表情で語っていたが、シンは無垢な少女の手前もあり、無言で頷くだけにしておいた。

 

「シン、今日は一緒にいられるのでしょう?」

「ご機嫌伺いが終われば聖堂に報告に行く。おそらくそのまま修練に入る」

「なぁに久しぶりに会ったのに。ご機嫌伺いだけって」

「その分ケンシロウに遊んでもらえばいい。リュウケン老師も夕方まではこいつが里に滞在することを許してくれるだろう」

 

 自分の騎士のような少年の言葉に、やや不機嫌になっていた象徴の表情がぱっと花が咲いたように明るくなった。

 

「ほんとね?」

「ああ。俺が話をつけておく」

「おいシン」

「なら行きましょうケン、向こうでサキたちが呼んでる。いくつか新しい書物が手に入ったみたいだし、それを読解したい」

 

 難解なものであろうそれを読み取るのがお遊び、というませた美少女の誘いに、武勇一辺倒な北斗の末弟がうげっといったようなリアクションを示している。

 当然にして愛する娘にそれを向けることはない。

 上機嫌な慈母の星がケンシロウの手を引くのを、シンは目をほころばせて見守っていた。

 黒髪の美少女が振り返る。

 

「今度また遊びましょうね、シン」

「ああ、必ず」

 

 手を振る相手に一度だけ手を振り返し、礼拝堂の向こうの本堂に消えていく二人を見送る。

 前世ではあれほどの温かいまなざしを自分に向けてくることはなかった。

 それに比べ、ここでの彼女の信頼しきった姿はどうだ。

 眩しすぎて見えなくなるほどの親族的な好意が感じられる。

 

 だがそんな純粋さに応えられなくなるあの日が来ることを、彼は今から覚悟しなければならなかった。

 殉星の宿命なのだろう。けして想い想われの間柄になることはない。

 

 曇天の空を見上げて少年は思った。

 ケンシロウが今のまま心に修羅を持たず、世紀末を迎えることは許されない。

 やがて覇者を名乗るあの男は、将来必ずユリアを手にいれるために動き出す。

 そのときに同年の幼馴染が甘さを捨てた強さを伴っていなければ、現世においても安心してユリアを託すことなどできないだろう。

 思い悩みながら歩き出した彼に、背後の壮年の男が尋ねてくる。

 

「シン様どちらへ」

「ケンシロウがいたのだ。リュウケンもこの近くにいるはず」

「現在フドウが対応に当たっております。修道場かと。それにしても何用でございますか?」

「ひさしぶりに本物の北斗神拳を食らうのも一興」

 

 叩きのめされるためにわざわざ行くのか、とリハクの表情が語っている。

 生きているうちにあの不敗の男の拳を受けることができるのは、四兄弟以外ではシンのみだ。

 それがどれだけ貴重なものか、五車星の長は察することはできなかった。

 一切の勝機がない組手を望む金髪の少年の酔狂な姿を、リハクはあきれ果てて眺めるばかりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。