聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十五話   トランプマークのならず者

「……」

 

 二人のいかつい男が一人の女の前で地面に這いつくばっている。

 金髪の少年は彼女との修練の成果を見るために一緒に南斗の里を下り、下界に降りた。

 しかしながら、悪党や犯罪者であふれるデーターロインという街のストリートにわざわざ足を運び、ならず者たちの地の利を生かした襲撃を返り討ちにするほど腕を上げていたのは、さすがの彼にも意外だったようだ。

 クセっ毛で黒い髪の美人が息を弾ませて師に振り返る。

 

「先生、見ましたか」

「あ、ああ」

「これも先生という優れた拳士に鍛えられた結果です!」

 

 一般人は昼夜を問わず歩けないと言われる国内屈指の危険なエリアで、息を巻いて力説している頭巾姿の女を、シンが引き気味に見返している。

 目元まで覆った布ではっきりとはわからないが、どう見てもドヤ顔である。

 目の前の愚連隊の男どもは、そんな彼女の空中蹴りを受けて未だ昏倒していた。

 まだ引いている年少の師が呟いた。

 

「わずか数か月でここまで上達するものなのか……」

「貴方に師事すれば誰でも伸びますよ」

「それはない」

 

 シンはのびている連中を再度見下ろしながら首を振った。少年が教えているのはただの拳法ではない。

 入門希望者の時点で万人を下らず、その入り口を突破できるものは千人前後。

 さらにそこで門下生になることができる数百人のなかでも幼少より修練に励んだ一部の者だけが、南斗聖拳の拳士として聖大導師から認可されるのだ。

 百八派ともなれば南斗の里の達人相手に十人組手を突破せねばならず、いよいよ人数が絞られる。

 一般人の女が思い付きで習って数か月で会得できるほど、南斗の門下生という立場は楽なものではない。

 元々戦士としての下地が十分にあるとはいえ、これほどまでに短期間に基本の型をものにした下界の女というのは、シンの知る限り覚えがない。

 

「非力な腕の力を補助すべく蹴りを磨き上げてきた甲斐がありました。これも先生のおかげ」

「その先生というのはやめろと」

「わかりました、シン」

 

 頭巾の女が目をほころばせて微笑む。

 そうしている間にも、この危険な街にふさわしい新たな悪党たちが周りを取り囲んでいた。

 彼らは物も言わずに銃火器を向けて撃ってきたが、誰一人として標的に当てられた者はいない。すべての弾は少年にかすりもせず叩き伏せられ、気を失って道端に倒れる人数を増やすのみだった。

 

「遠くのほうから新手が来ます。ボスのようですが」

「マミヤ。顔を出すな」

「はい」

 

 頭巾を下ろして敵を眺めていた美貌の女が、布地を目元まで引き上げる。

 結局は彼女の必死の懇願に折れた形で、頭巾をかぶって顔を隠し、南斗の里で基本の型を教え込んだのは数か月前の話であった。

 

 死神やレスティエの協力もあり、おのが修練の傍ら、マミヤに拳の手ほどきをしたという経験は、シン個人にも予想外な利点を生んでいた。

 基本の型とは基本の拳。すなわち指突を一から鍛え直すという命題を少年自ら課すことができたのだ。

 

 ちなみにマミヤには指突ではなく指斬による攻撃の組み立てを推奨している。

 女性拳士のほとんどがその例に漏れない。

 やがて筋肉の塊のような長身の男やってきた。別方向からひょろ長い二メートルを越えるような大男も手勢を連れて姿を見せた。

 さらに裏通りからロックミュージシャンにいるような化粧をしたごつい巨漢も長大な棒を手に、手下を率いてやってくる。

 

「また囲まれましたね」

「嬉しそうに言うんじゃない」

「せんせ……いえシンの動きが間近で見られます」

 

 美しい瞳を輝かせる戦闘狂のような美人に、彼は珍しくため息をついていた。

 三方向からの連中のボスたちが顔を合わせて互いに唾を吐きあっている。

 

「なんだてめえら。おめえらの出番はねえぞ」

「そう言うなスペード。ダイヤもおれさまも同じよ、抵抗しやがるよそもんには血を。あの曲がり角の惨劇を見せてやらねえとな」

「おめえが出張るほどのもんじゃねえクラブ。引っ込んでろ」

 

 なんのコードネームか、スペードダイヤクラブという名のごつい男たちがそれぞれ獲物を手に持った。

 スペードは斧を、ダイヤは三メートル近い(じょう)を、クラブは鉄爪(てっそう)をつけてマミヤとシンの前に立ちはだかった。

 飛び道具に頼らない男たちを意外そうに見る少年に、くけけと薄笑いを浮かべたクラブが鋼製の爪を舐めながら言った。

 

「意外か? この街じゃ火薬なんて使うやつぁ雑魚のやることよ。本物はおのれの力のみで成り上がる」

「暗殺者か」

「そんないいもんじゃねえな。これで叩き潰すだけだ小僧、覚悟しろ」

 

 (じょう)を持ち上げたダイヤがいきなりそれを横薙ぎしてきた。巻き添えを食らいかけたクラブがそれを避けたものの、その配下はまともに当たって後ろへ飛ばされていった。

 

「てめぇ、ダイヤこの野郎」

「ちょっと遠巻きにしてろ。派手にいくぜ」

 

 棒術の心得がある化粧男がストリートで気合の声を上げる。

 マミヤが一歩踏み進んだ。

 

「さすがに相手が悪い。やめておけ」

「かいくぐって点穴を撃ちぬく。それも基本のひとつでしたね」

 

 決死の覚悟の彼女が横顔を見せている。仕方なしにシンは腕を組んだ。

 ズシンというアスファルトを砕く音で腕を解き、それがマミヤにヒットしていないことを確認してまた腕を組む。

 

「どうしたダイヤぁ、女に全然当たってねえぞ!」

 

 スペードのヤジが飛ぶ。繰り出す杖術がことごとく空を切ったことでダイヤは波状の攻撃を一旦止めて、大きく息をついた。

 

「ヤロウ本気になりやがった。ありゃ死ぬな頭巾の女」

 

 クラブが悔しそうに言う。そのひょろ長い男は女を叩き潰す嗜虐(しいぎゃく)の趣味を取られて舌打ちを放っていた。

 うおおと盛り上がった愚連隊がやってしまえと歓声を上げている。ダイヤの振り回す杖がマミヤの頭巾や道着にかすかに触れ、その布を裂いたからだ。

 

「あいつが本気になったら普通の人間には見えやしねえ。覆面女はすぐに肉塊だ」

 

 スペードがそう言いながら何か取り出している。それがボウガンだと悟ったクラブがきたねえぞと叫んだ。

 

「女ぁおれさまがもらったぜぇ、死ねえっ」

 

 ダイヤに意識を集中していたマミヤがスペードのボウガンに気が付いたときには、それが自分の額に突き刺さろうとする直前だった。

 

「しまっ」

「ヒャッハァーア……あ?!」

 

 ボウガンの矢はマミヤの額を貫くことなく止まっていた。

 彼女の背後にいた誰かの二本の指が矢をはさみ取っている。

 それが方向を変え、スペードに向かって目にも止まらず飛んでいった。

 リュウケンに教わった北斗神拳の技、二指真空把(にししんくうは)だった。

 情けない悲鳴を上げてごつい男が転げまわる。足に突き刺さったようだ。

 

「ハハハざまあねえぜクソ野郎が、飛び道具なんぞに頼るからそうなるんだ。そのまま死んどけ」

 

 ダイヤがその様子を見ながら標的目掛けて杖を振りかぶる。

 一瞬だけスぺードに視線を向けたことで隙ができた。

 南斗聖拳を学ぶ女はそう思った。

 

「空舞の型」

 

 宙に浮かんだマミヤが長い足でダイヤの後頭部に蹴り込んだ。女の脚力とは思えない衝撃で態勢を崩したプロレスラーのような大男が踏ん張ってこらえ、利かねえなあと咆哮する。

 その前のめりになった首を両足で締めた彼女が、ダイヤの体重そのものを原動力に、彼の脳天をアスファルトに叩きつけた。

 

 重低音が響く。

 地面にはひびが入っており、ならず者の頭がめり込んでいる。痙攣した巨体がどさりと崩れ落ちた。

 歓声は一瞬にして静寂に包まれる。この街を支配する一方の雄が女に敗れるとは信じられず、転がりまわって悶え苦しむスペードとニヤリと笑うクラブ以外は皆呆然と立ち尽くしていた。

 嬉々としたマミヤの声が響く。

 

「先生!」

「一時期シュウに師事していた経験が生きたな。裂脚の百分の一の威力はある」

「……」

「そうむくれた顔をするな。あの男の足技ならここにいる悪党どもをすべて撫で斬って肉片しか残らんし、この通りの地形が断裂されて使い物にならなくなる」

「わたしはそうなりたいのです」

 

 冗談ではない、とシンは思った。

 幼少から拳才を轟かせ、なおかつ修練に打ち込んで昇華させてきた彼の蹴術をそう簡単に真似されてはたまったものではない。

 少年から見てもマミヤの素質は一般門下生の枠に入らないが、いかんせん習う歳が遅すぎた。

 逆に遅すぎたからこそ、ほどほどの成果にとどまり、象徴に瓜二つのこの女が南斗の里で大きく認知されることなく、ひっそりと拳を教え込むこともできたのだ。

 彼女の異才を知る人物は少ないほうがいい。

 

「どこむいてんだ女ぁ!」

 

 クラブが両手に取り付けた爪を振りかざして突進してきた。

 咄嗟に構え直したマミヤをよそに、いい加減この茶番に飽きてきた少年が少しだけ地を蹴った。

 ひょろ長い男の首がシンの手に絡めとられた。同時に男の顔に火花が散った。肉を粉砕し骨が砕かれる音が響く。

 膝蹴りを受けた大柄なならず者が悲鳴さえ上げることなく、仰向けに沈んでいく。

 今度こそ声もない愚連隊の連中が金髪を揺らして着地する少年の姿を見た。

 

「ウソだろおい?!」

「あのクラブがガキに一撃……ダイヤも女に蹴り倒されるって」

「……スペードはうるせえし」

 

 クソがああと雄叫びを上げ、刺さった矢を抜いたスペードが斧を振り上げ少年に飛び掛かる。

 シンは背後を確認もせず、何気なく回し蹴りを放った。

 にぶい音がした。

 三人目のボスが腕を折られ、肋骨も砕かれて廃車へと飛んでいく。

 フロントガラスを突き破ってようやくその動きを停止させた。

 悶絶するスペードを見た愚連隊たちが棒立ちになる。

 呆けたようによそ者二人を眺めるばかりだった。

 

「これ以上両親がいるあの町を留守にするわけにもいくまい。成果も実感しただろう、そろそろ実家に帰ってはどうだ」

 

 戻りがたい様子を示している頭巾姿の彼女が、また機会があれば里に来るように告げたシンの言葉で愁眉を開く。

 少年の手を取って先生! と喜びをあらわにしているものの、美しき師弟の姿というには周囲はあまりにも凄惨にすぎた。

 

 よそ者によって街の支配者層の三人が道端に倒れ、やがて恐慌に落ちいった愚連隊が仲間を置いて逃げ去ったあとの光景は、国内でも最も危険な区域、データーロイン始まって以来の出来事だった。

 見物していたストリートの住人が後にそう証言している。

 

 やがて災厄のような男女が街を去ってから、もう一人の幹部が遅れて巡回にやってきた。

 腰の養生を終えてニコニコ顔の巨漢が、意識を回復して半死半生の姿で自分の元へやってくるスペードダイヤクラブから事情を聴いた。

 そのニコニコは怒気に代わった。

 ハート、仇を取ってくれという泣き言にちかい要望を、彼は面子のうえでも受けざるを得なかった。

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