聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十八話   数年後

「ユリアさま、ユリア様ー!」

「どうしたのサキ」

「あの金髪の幼馴染さん、とうとう大聖殿で南斗聖拳の認可が下りたみたいなんですけど」

「彼なら当然。でもそれがどうしたの」

「どうしたの、っておかしいじゃないですか!」

 

 侍女サキが疑問を口にした。

 聖堂で書物を手にする主人が当たり前のような顔をしているが、サキのような女の子でさえも異質に映る、認可の状況だったのだ。

 彼女は興奮気味に叫んだ。

 

「普通、聖大導師さまが印を手渡すのは百八派の伝承者だけなんですから、つまり上位の拳士のみ」

「ええ」

「でもあの人は流派を持たない普通の聖拳使い。それが認可の際の十人組手に百八派の達人を選ぶわ、その上位の拳士たちを蹴散らして平然としてるわ、さらに南斗の頂点、六聖拳に選ばれても眉一つ動かさないんですよ! 門下生だけじゃなくほとんどの南斗の拳士さんたちが驚きから声もない様子で、里中が混乱してるみたいなんですっ」

「……そう。シンが六星に」

 

 ユリアは象徴ということで、拳士への指名権や六星を動かす軍権はない。

 あるのは五車星という独立部隊のみで、おおよその南斗を率いるのは大導師たちであり、神輿に徹するのが代々慈母の星の役割だった。

 

「鳳凰拳のサウザー、紅鶴拳のユダ、白鷺拳のシュウ、水鳥拳のレイ、孤鷲拳のジュガイ、そして極聖拳のシン」

 

 新たに選ばれた六星は当然にしてみな若い。

 そのサキから伝えられた情報を少し訂正してユリアが反復する。

 南斗聖拳のシン、ではなく、南斗極聖拳(きょくせいけん)のシンだということを、彼に復古の拳を伝承させた聖大導師はこのとき初めて大々的に公表したのだ。

 

「六星のなかでも最年少の幼馴染さん。彼に反発する他の拳士さんたちの動きが不穏で、なんだか里が物々しい雰囲気になってるんですよ……って、あ、トウさまが来た」

 

 扉を開けてやってきた海のリハクの娘トウが、ユリアのそばにやってきた。

 

「サキから詳細をお聞きになりましたでしょうか」

 

 ユリアが頷いた。

 

「父は他の五車を従え、後堂に控えております。鎧をもってしてお姿を変えたあと、六星に選ばれた彼らと謁見を、とのことです」

「ジュウザはどうしているの」

「あれは……自由気ままな雲ですので」

 

 侍女と主従は聖堂の外に出た。

 曇り空を見上げたとき、彼女は不安そうに眉を曇らせた。

 いやな風だ、とユリアは思った。

 

 

§§§§§§

 

 

 大聖堂は広く、百八派をはじめとする南斗の中枢やその他が結集しようと、空間にはかなりの余裕があった。

 鎧姿に身を包んだ象徴、慈母の星が謁見と称して居並ぶ六人の王、六星たちと初顔合わせを展開する。

 王の背後には将軍格である九龍衆、佐官級である十六翼将と上級拳士たちが続いている。

 

「大儀」

 

 声色を変えた彼女が玉座に座る。

 跪くユダ、シュウ、レイ、シン以下、百八派がそれに倣っていた。

 だが膝を屈しない王が二人いた。鳳凰と鷲だった。

 

「サウザー、ジュガイ、跪かぬか!」

 

 導師の一人が叱責の声を上げる。

 南斗の帝王との異名がある男からすれば、師父オウガイ以外の者はすべて下郎であった。

 鼻で笑って相手にしていない。

 隣のジュガイも師であるフウゲンを再起不能にして実力で伝承者となっており、玉座にある得体の知れない鎧武者に頭を下げることを良しとしなかった。

 やがて臙脂色(えんじいろ)の髪の猛将が吐き捨てるように言った。

 

「茶番だな。茶番。名もなき金髪の小僧が六星の一人として選抜されることも、南斗極聖拳(きょくせいけん)という復古の拳とやらを我らに黙っていたことも、何もかも不信でしかない」

「ジュガイ、無礼者め!」

「年寄りの冷や水」

 

 導師の一人が力づくで膝をつかせようとジュガイの近くへやってきたが、すでに伝承者となって数年の孤鷲の爪は、古強者の拳を軽くあしらい、聖堂の壁まで吹き飛ばして悶絶させた。

 シュウとレイが何をすると立ち上がる。

 二人を眺めながらジュガイが両手を広げて高言した。

 

「六星になるべくして地獄の修練をこなし伝承者となったのは、正体を明かさぬ象徴とやらに頭を下げるためではない。力こそ正義、もはやそんな時代になったのだ」

 

 サウザーが無言で腕を組んでいる。

 南斗最強を(うた)われる男が黙認していることで、ジュガイの威勢はさらに強くなった。

 

「盲目も蒼い貴公子もおのが欲望に素直になるがよい。それほどの腕を持っていながら、権威以外に何の力もない鎧男などに従うこともなかろう」

「キサマ……南斗の序列を乱し、六星をも崩壊させるつもりか」

「レイ、偽善者よ。乱世が近いとわかっていように」

 

 ここに及んで数名の導師たちが動き出す。

 混乱の元のジュガイを取り押さえにかかるが、孤鷲拳の配下となった数派が長とともに反抗するそぶりを見せだした。

 

 無言の睨み合いが始まった。

 鳳凰の影響下にあるニ十派以上の拳士たちも、サウザーを中心に()えて固まっている。

 人数的にも導師らを圧倒し、謁見の間は大混乱に陥った。

 

「騒ぐな、者ども落ち着け!」

 

 導師たちの制止の声が響く。むなしいそれを誰もが聞いていなかった。

 このとき象徴はヒューイとシュレンによって守られ、玉座のそばにリハクが立ちはだかって下克上の可能性を考えた立ち位置に変化している。

 そのときだった。

 

「ハハハハハ」

 

 不意に帝王が笑った。南斗聖拳は瓦解した、と高らかに笑った。

 

「小僧が六星とは世も末よ。さらに極星の拳とやらが復古することを余でさえ知らされぬ……愚弄しおって」

 

 一旦台詞を区切った剽悍なる男が口角を上げて宣言した。

 

「よかろう、逆に余から見限ってやろう。慈母の星など論ずるにも値せん。今より余が南斗の頂点、聖帝と名乗る」

(おおとり)め、気がふれたか」

 

 混乱しつつも激昂した導師たちが打ちかかる。

 彼らはサウザーによって一瞬に斬殺されたが、聖帝の歩みは止まった。

 シュウとレイが立ちはだかったからだが、造反の理由として最大の原因の青年が玉座の前にいつの間にか移動していたからだった。

 

「慈母の犬め」

 

 聖帝の口から鋭い牙が見えた。

 しかし彼の配下であろう影のような者から耳打ちされたことで、堂内で猛威を奮おうとしていた男が闘気を消した。

 

「リュウケンが」

「はっ」

「……行くぞ」

 

 踵を返し聖殿から出て行こうとしたサウザーが足を止める。

 大理石に打ち付けられて跳ね飛んだのは、ジュガイについた数人の百八派の拳士たちだった。

 この騒動に加わらなかった数十の中立派たちがおおっ、と歓声を上げる。

 

 今まで沈黙していた彼の、赤紫のマントがはためいた。

 開いた窓からの風で赤毛が揺れている。

 長くなったそれの持ち主が跪いた状態からようやく立ち上がる。

 名門の御曹司の振る舞いに群衆は目を奪われていた。

 そのなかで上位の南斗の拳士たちが囁くように言った。

 

「ジュガイについた者たちを一閃で薙ぎ飛ばした……」

「我ら百八派ですら見えぬ高速の拳。久しぶりに間近で見たぞ」

「南斗紅鶴拳……そうだまだあのお方がいた。ユダ様なら」

 

 ヒュウゥ、という風の音を(まと)ったような錯覚を思わせる気を発し、赤毛の青年が玉座へ視線を向ける。

 シュウとレイの名を読んでいた。

 

「双方は慈母の星に。コマク、ダガール、ゲンガン、ゲンジュ以下、わが手勢は導師たちを守れ」

 

 それを合図として、問答無用に六星の彼らが飛んだ。

 着地した先は玉座台の前、リハクをも護衛しようとしていた。

 ユダ配下、二十三派の拳士たちがその指揮に従っている。

 南斗の将帥のなかでも随一の規模であり、紅鶴拳が名門たる所以でもあった。

 

「赤毛の小僧……南斗の守護者を気取りおって。何様のつもりか」

 

 影響下に収めた者たちが動揺するのを悟って、臙脂(えんじ)色の髪をした猛将は激怒し、孤鷲拳必殺の構えを見せた。

 そんな気当たりを食らった大勢の連中が後ずさる。

 ジュガイ配下でさえも怖気を奮って散らばった。

 

「何様とはこちらの台詞」

 

 赤毛の青年の蒼い瞳が細められた。

 このとき、大導師や南斗六星すらも見たことがない、と後に語り草になるほど、いつもは沈勇な男が怒りに包まれていた。

 

「ジュガイ、後が控えている。そうでなくともお前は引き金を引いた」

 

 ユダの姿が消えた。少なくともジュガイの目には認識できなかった。

 それでも切っ先を読んだ彼が両手で赤い衝撃を迎え撃つ。

 

 双腕を大きく上げて振り下ろし、両足を踏ん張ってようやくそれを相殺させたものの、キィィインという音が抜けたあとのジュガイの頬には、片頬三本、計六本の傷が入っていた。

 血が流れると同時に抜けていった斬風は、聖堂の固い壁を切り裂き、崩壊と崩落を産んだ。

 轟音とともに大理石の床も八裂になっている。

 大きい破片の落下地点にいた拳士たちは皆ジュガイの配下たちだった。

 恥も外聞もなく、彼らはダイブして広範囲の落石から逃げていた。

 

「その罪」 

 

 ユダの声が冷たい。

 冷気を感じさせる御曹司の姿に、聖堂の中のほとんどの人間が震えあがった。

 

「死んで償え」

「……小僧、思い上がりおって大言を!!」

 

 南斗紅鶴拳の伝承者が指突を引いた。

 ジュガイも同じように鷲の爪を弾き絞るようにして気合を溜めている。

 

「赤毛を大敵と見て最初から千手を放つつもりか。良い判断だ」

 

 興味をそそられたのか、聖帝が六星どうしの戦いを見守る。

 巨大な気のぶつかり合いを危険とみたシュウとレイが皆に下がれ、と叱咤し、リハクは慈母の星を玉座の後方にある隠し扉から避難するように促している。

 

 シンは堂内の大展開など興味はない、と言いたげに後に続く。

 五車たちの先導で鎧武者の象徴が隠し通路を抜け、大聖堂の外に出る。 

 最後尾のシンが門をくぐったときには、すでにユダとジュガイの戦闘が本格的になったことを知らせるように、轟音と地鳴りが向こうから聞こえてきた。

 ユリアのすぐそばに控えていたトウが何かに気付く。

 

「お父様、あそこにトキ様とケンシロウ様が」

「来てくれたか。しかしリュウケン老師は」

 

 武者鎧を脱ぎ捨てていたユリアが、やってきた北斗の次兄と末弟の元へ飛び込んだ。

 トキが若い二人を窺いながら、師父はラオウと話があるということで来ないと語っている。

 ひねくれもののジャギは、慈母の面倒など御免だとして不参加らしい。

 

「トキ様。ここはわれら五車が死守いたします。サウザーやジュガイの追っ手ならば風や炎で十分、おっつけ山も駆けつけるでしょう。ケンシロウ様ともども、ユリア様を安全な場所までお願いいたします」

 

 五車の長の言葉に次兄が頷きながら、六星最年少の拳士を見た。

 

「シン、お前はどうする」

「……いやな予感がする」

 

 長くなった金髪を風に靡かせた青年は、一人で北斗の里へ向かうと告げた。

 己の名を呼ぶ南斗の象徴に目線で合図をし、ケンシロウとトキに頼むと告げてから、彼は守るべきものから背を向けた。

 これがシンが大戦前に見たユリアの最後の姿だった。




サキ。北斗の拳のアニメキャラで、ユリアの侍女のような存在。
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