聖拳列伝   作:小津左馬亮

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二話    宿敵

 陽門である南斗の拳は千前後の流派がある。

 そのなかでも聖拳を名乗ることを許された上位拳法が、いわゆる南斗の百八派と謳われている。

 

 百八のなかでも位階がある。

 最高峰である六聖拳は王、そのすぐ下の九龍衆は将官、さらにその下の十六翼将は佐官級と明確な身分わけがされている。

 その最上位三十一派が象徴たる正統血統を仰いで南斗聖拳を構成していた。

 

 頂上拳である南北西元の斗の拳法のなかで、とくに南斗は血筋を重要視しており、名もなき者がその一派を継ぐことは例外中の例外とされていた。

 そんな権威主義のなかで血筋とは縁のない存在が頭角を現してきたことは、乱世の前兆として到底受け入れられない風潮を生んでいた。

 

 南斗鳳凰拳のサウザーもその一人だった。そんな界隈の空気を実力で吹き飛ばした剽悍な男は、一子相伝ながらも将官、佐官級の流派やその他を従え、瞬く間に南斗有数の勢力を形成していったのだ。

 傑出した才能と帝王然とした風貌ながら彼はまだ若く、南斗の導師たちを凌駕する権力を手にしたわけではなかったが、すでに師のオウガイを倒してわが拳に及ぶ流派なし、と公言しても憚らないほどの地位を築いていた。

 

 そんななか、もう一人の名もなき門下生が宗家の拳を復古すべく聖殿に通い詰めており、詳しい事情を知らぬ権威主義の人々からの蔑視を買っていた。

 あらゆる意味で南斗の里からの扱いをまったく気にする様子もない金髪の少年は、陽門だけにはとどまらず、陰門たる北斗の伝承者候補たちとも交流を深めていた。

 

 そして象徴の少女を護衛する殉星は宿敵との再会を果たす。

 黒く短い髪の彼だけではない。長者然とした次兄、サウザーとほぼ同年ながらすでに覇気を纏いし長兄と、変わらぬ印象の面子には新鮮味なく対応したものの、やさぐれた悪人でしかなかった三弟が粗雑ながらも兄弟思いの人物になっていたのはさすがに驚愕を隠せなかったものだ。

 

「おめえがシンか、リュウケンから聞いてるぜ。南斗正統血統のためだけに生き、そして死ぬどこの馬の骨かわからない存在だってな」

「……」

「殉星の宿命っていうやつか? つまり災難のたびにあのガキの身代わりになり続けろってことだろ。見た目は清楚で可憐だが、おりゃあは騙されないぜ。兄者たちやケンシロウとは違ってな。あれは魔物だ。男を狂わせる魔性の気を孕んでる。自覚がないからこそよけいにタチが悪い」

「ほう」

 

 シンは瞠目しながらも視線を動かした。

 長兄次兄末弟、象徴の少女と邂逅するや否や、無表情の扉を優しく叩いてそっと中に入るような様相を展開させている様子を眺めやる。

 それを苦々しげに眺めているジャギの反応こそ目新しい。

 客観的な立場になってみると、象徴と出会ってもそれに絡めとられることのないこの男も、他の北斗兄弟と同じく特異だった。別の意味で優れているといえた。

 

「末弟はともかく、年長者二人は化けもんだ。誰が伝承者になってもおかしくはねえ。ただおりゃあも結構腕に自信があってな……南斗のガキごときに後れをとるとは思わなかったんだ」

「ああ」

「それにしてもおめえは強い。その拳には執念がこもっている。あの女のためだな」

「……」

「リュウケンの指示で長兄次兄とはやり合わなかった。まあそらそうだろ。特にラオウ兄者なんか相手にしたら、命がいくつあっても足りねえ」

「そうかな」

「模擬の相手が強いってのは兄者の覇気を刺激する。おめえもその年で六花八裂になりたかねえだろうよ」

 

 がははと笑って去っていった豪快な男の背中を見送る。がさつながらその忠告に従い、ジャギを蹴散らしたと聞いたラオウの挑戦状をシンは最後まで受けなかった。

 この時点で己があの大敵に勝る確率など万が一もない。トキにしろ同じ理由だった。

 リュウケンと南斗の大導師があらわれたことで交流会は終わりを告げる。

 金髪の少年は宿敵と象徴が手をつなぐのを少し離れた場所から見守っていた。

 この世界でのシンの役割はそれに始まり、それに尽きた。

 

 

§§§§§§

 

 

「水……」

 

 聖殿内の道場で打ち捨てられた少年が体を引きずり、外の庭園へと足を運ぶ。

 南斗最高峰の達人たちからの修練は日に日に厳しくなるばかりだった。

 書物でしか残されていない宗家の拳の伝承に彼らも手探りの状態であって、その教えは厳格を遥かに超え、死合いに等しいものだった。

 

 だがシンの執念はそれに押しつぶされることはない。

 彼は二度絶望を味わっている。

 ユリアが居城から飛び降りたとき。自らも同じ場所から投身したとき。

 その例えようもない虚無感に比べれば、今世における絶命の危機感など論ずるに値しない。

 練達への実感を味わうことのできる死線こそが彼の生きる力になっていた。

 

 この子の生き様はまるで死人だ、と後にリュウケンは語っている。

 半死半生で庭園の泉で水分を補給する少年が、不意に感じた背後の気配を察して振り返った。

 殺気が同時に飛んでくる。次の瞬間、指突の拳と薙ぎ払いの拳が交錯する。

 疲労の極にある年下が裂波の衝撃に耐えられず、もんどりうって芝生に転がった。

 跳ね起きたのを見た年上の青年がおや、と片目を見開いている。

 それを窺ったシンが口から流れ出る血をぬぐいながら、おまえはと言った。

 

「独眼竜だな」

 

 異名を告げられ、長い銀髪を後ろで結んでいる眼帯の青年が自分の手のひらを見て首を傾げていた。

 

「即斬のつもりで放ったのだが」

「趣味が悪いぞ。ガキに対して隠密機動の長が本気撃ちか」

 

 血をぺっと吐いた金髪の少年に、隻眼の青年は少しだけ白い歯を見せた。

 異相ゆえか只ならぬ雰囲気を持った者の本名はダガール。

 南斗の隠密機動をもって任ずる独歩に近い組織、極斗衆の棟梁だった。

 最大勢力のサウザーにも属さず、他の六星候補にも一定の距離を置き、導師たちからも一目置かれる南斗隼蒼拳(じゅんそうけん)の伝承者となるべき人物である。

 

「隼の一撃をその状態でかわすかねえ」

「殺気を放った時点で今から行きますよと告げておいて、何を言うのか」

「尽きた気力のなかでそれを察する君が規格外ってことだ」

 

 紳士のような仕草を見せて男は一礼した。

 剛柔を兼ね備えた、サウザーでさえもその名を知る南斗きっての勇将である彼のことは導師たちから聞いている。

 前世ではユダの副官だったはずだが、その彼とは風格が違いすぎた。

 完全に別人物だとシンは思った。

 

「極星の輝き、南斗を照らす光となるか」

「……」

「聖大導師の目論見は当たらずとも遠からず。どうやら復古の拳の情報は事実のようだな」

 

 影の集団極斗衆の長ならではの地獄耳で、ある程度の情報をつかんでいるらしい。

 指先から流れる自身の血を見て、ダガールは目を細めた。

 

「北斗は虎、南斗は龍に例えられる。その拙者の牙に一撃入れるとは」

 

 そう独語した独眼の龍が一歩踏み出した。

 二度目の交錯だとしてシンも震えながら立ち上がる。

 だが年長の勇将が庭園の別方向を向いた。あらわれたのは大導師たちと同年配の拳士とその配下たちだった。

 

「ダガールともあろう武辺者が瀕死の小僧に死合いを挑む。一体どういう了見だ」

「……紅鶴の宿老か。見ていたのか」

 

 クリムゾンレッドの道着は誉れの証であり、歴戦の南斗の戦士だと一目でわかるようになっている。

 聖堂の昇殿を許された数少ない現役の老人は、白い美髯を揺らしながら人差し指を青年に向けた。その標的が両手を上げた。

 

「南斗焔浄拳(えんじょうけん)。芸術にも等しいこの園内で爆炎を放つつもりかね、ゲンガン老」

「そのほう次第」

「やれやれ、あの紅鶴も存外甘い男のようだ」

 

 ダガールが踵を返した。主人であるユダの指図かと遠回しに指摘された老人が眉を寄せる。

 

「極星の原石に期待を寄せるほど切羽詰まった立場ではあるまいに」

「なんのことだ」

「あのサウザーに対抗できる唯一の赤い衝撃、カウンター拳法を極めようとする男が、なぜこの小僧に期待する?」

「……」

「復古なれば頂上の拳格を持つ鳳凰はもとより、百八派随一の名門たる紅鶴の影響力にも影を落とす。だが彼は南斗開闢以来の変動を座して見守ろうとしている。何故だ?」

「南斗の帝王たらんとする者。象徴に殉じようとする者。生まれが定かではない双方の羽ばたきが痛快でならぬようだ」

 

 名門の御曹司では珍しくもない、退廃というか屈折した思考を持つユダの酔狂に、ダガールは鼻を鳴らして苦笑した。

 

「だとすれば老の主人も大概前衛的な男だな。六星以下、百八派の南斗の枠組みを壊すのはサウザーでも極星の小僧でもなく、生粋の血筋を持つ紅鶴の若者になろうとは、皮肉なものだ」

「存外なのはそなたであろう。思っていたより権威主義だと知ってわしも驚いている」

 

 独眼竜はそれに返答せず、優雅な一礼を返して去っていった。

 洗練された振る舞いの青年を見送るシンのもとへ、現役の老人拳士が音もなく近寄った。

 

「そなた……北斗神拳をどう思う?」

 

 南斗の門下生で唯一北斗との交流を持つ少年に対し、二世代前の拳士が問いかけた。

 意図を理解しないまま、シンは簡潔に答えた。

 

「地上最強の拳法だが一子相伝にあらず」

「……なぜだ」

「一子相伝は南斗鳳凰拳であり、俺が修めようとしている復古の拳だ」

 

 ラオウ、トキ、ジャギ、ケンシロウ、キム。北斗神拳には現在五人の門下生がいる。

 だがサウザーとシンには南斗としての同門はあっても流派での同門などいない。

 受け継がなければ絶えるという危機感の中で修練を積んでいる。

 伝承者以外は拳を封じられる、という北斗の建前を信じているほど金髪の少年は純粋ではない。

 

「面白いことをほざく」

 

 ゲンガンと呼ばれた老人が去り際に若君の目に狂いはないな、と肩を揺らして独語していったのを、少年は知らない。

 這う這うの体で道場に引き返す。そこには今日二人目の師範が待ち構えていた。

 南斗孤鷲拳のフウゲンだった。




ダガール。ユダの副官。天の覇王では南斗比翼拳の使い手。
拙作では六星の下、九龍衆のひとり、独眼竜の異名を持つ南斗隼蒼拳(じゅんそうけん)の伝承者。
百八派きっての勇将。
天の覇王はユダを完全にバカにしているので嫌いです。ダガールの拳も差し替えました。
ゲンガン。オリキャラ。ユダ陣営の宿老。家宰。
九龍の下、十六翼将のひとり。南斗焔浄拳(えんじょうけん)の老拳士。サウザーの師オウガイと同世代。
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