199X年。世界は核の炎に包まれた。
海は枯れ 地は裂け、あらゆる生命体が絶滅したかに見えた。
だが……人類は滅亡してはいなかった。
「ヒャッハー、ハハハァア!」
荒廃した大地で砂煙が上がっている。
男女が乗るバギーが転倒していた。
そこに群がるモヒカンの集団が半死半生の二人を槍で刺し殺し、車内を物色してから戦利品を引きずり出していた。
「水だ水だぁ!!」
「固形食料も持ってやがったぜ」
「ケツを拭くしか用がねえねえってのによぉ、札もありやがる」
大戦により文明が失われた世界は、暴力による弱肉強食の世へと変貌していた。
殺戮を繰り返す武装集団は一地方だけでも数えきれないほどに存在しており、ジードと名乗る彼らも行動原理は同じであった。
そんな彼らが派遣していた偵察隊からの報告を聞いて騒然とする。
這う這うの体でやってきた部下のただ事ではない様子に違和感を覚えたのか、ジードと呼ばれた男がバイクを駆り、すぐさま現場に駆け付けた。
部下たちの亡骸が転がる廃墟ビル前の一帯を見た光景に、巨漢が怒号を放つ。
「誰が仲間をこんなにしやがった……どこのどいつだ!!」
「……こりゃひでえ」
ボスが激昂を抑えきれず震えるなか、他のモヒカンたちがあらためて周囲を見渡した。
ありえない状況に彼らの顔が青い。
「見ろよ、こいつらすべて体に風穴を開けられて死んでやがるぜ。他にも武器や飛び道具、バイクが鋭利に切り裂かれて」
「……レーザーのような兵器がまだ残っていたのか」
「大岩にもぽっかり穴が開いてるじゃねえか。ロケット以上の大砲をぶっ放したってのか。それにしても輪郭が綺麗すぎる……」
首飾りを下げたボスのジードが転がっているバイクを踏み潰した。
「そんな精巧なものが今も残ってるわけがねえ!! そしてこいつが残した血文字……なんと、とはなんだ」
ようやく仲間の死のメッセージに気付いた手下たちをよそに、荒くれ者の長が歯を剥きだして叫んだ。
「探せ! この近くに村やら町やらがあるはずだ。そいつを探し出してぶっ殺せ!!」
§§§§§§
「村長、フードをかぶったあの男女の二人連れ、安易に迎え入れてもよかったのですか」
壮年の男からそう問われた白いひげの老人が、小さい黒髪の少女の頭を撫でながら言った。
「おなごのほうは何やら病を抱えておった。見返りにガソリンをもらっておる……それに」
村にある唯一の宿泊施設に消えていく若い男と女を、村長に撫でられていた少女が手探りで追いかけていく。目が見えぬようだが、その所作は慣れているのか、躊躇がない。
施設前で見送りながら話し合っている大人たちに混ざって、老人の孫のレンという少年は黙って聞いていた。
「目が不自由ゆえに真実が見えるというあの娘。あれがどういうわけかあの髪の長い女に懐いておった。逃避行なのか旅をしているのかわからぬが、今の様子ならこの村をどうこうしようとする意図はあるまい。レン」
寡黙な少年が祖父のまなざしを受けて頷いた。
「体を拭くタオルと水がある。それを彼らに持って行ってやりなさい」
トレーを取り出した少年を横目に、村人たちはこのところ付近を荒らしまわっているという武装集団のことを口にした。
村長もわかっている、と答え、廃車を積んで壁のようになっているほうへ目を剥けた。
「ジード。きゃつらの暴虐ぶりは聞いておる。ゆえに村の出入り口は封鎖し、周囲をバリケードで覆っているが、果たして」
「二十四時間体制で見張りを継続するのも骨が折れます。ましてや物資調達の男手が村を出入りすることでどうしたって隙もできますし」
「仕方があるまい。本来ならばこれほど小さい村、他の豊かな町かどこかへ移住を考えなければならぬ状況じゃ。だが今はその踏ん切りがつかぬ」
村内は荒廃した建物と土地が広がるばかりの廃墟のような景色が広がっている。
それでも人々が住める程度には修復した状態なのだ。
文明をほぼ全て吹き飛ばしたあの核戦争から数年が経っていた。
もはや以前のような文化的な生活を送ることはない。
少なくとも一般庶民がその恩恵に預かることはない。
老人が村を見回ってしばらく経ったとき、宿泊施設の中にいた男女が外に出てくるのに出くわした。
目の見えない少女とそれを支える無口な少年が続いている。
村長がフードをかぶったままの彼らに声をかけた。
「お若いの。少しは落ち着いたかね」
「感謝する。連れも発作が落ち着いたようだ」
「そうかね」
フードから見える青年の金髪は薄汚れていたものの、その連れという女の黒髪は清潔で、透明感が感じられる。
顔は見えないが、おそらくかなりの美女だろうと海千山千の老人は推測した。
「ルイがお連れの女性に懐いておる。それがあんたらを受け入れた理由でな」
「あの盲目の娘か」
「亡くなった流れ者の忘れ形見じゃ。もう三年になる。じゃが聡明で前向きで、心の強い子でな。精神的に問題のあるわしの孫の心を開いてくれた恩人。もはやわが孫に等しい」
フードをかぶったままの女がしゃがみこみ、ルイという少女と言葉を交わしている。
それを見守る金髪の男が連れの女の口角が上がっているのを見て、いつぶりだと呟いた。
「笑っている。心を閉ざしたあれに、出会ったばかりの娘が入り込めたというのか」
「……何があったかは問わんが」
杖を突いた白髭の老人が少女ルイと、無表情ながらそのそばから離れない孫のレンを窺って言った。
「男女は仲ようせねばならん。こんな時代じゃ。子を産む女は女神にも等しい」
何気ない年長者の言葉だったが、フードの青年は面を伏せた。金髪が揺れている。
「……まったくだ」
§§§§§§
「死神か」
誰もいない廃墟の裏で一人になったフードの青年が、音もなく背後にあらわれた何者かに反応して声をかけた。
その者は薄緑の短い髪、鳥の羽をつけた防具と、道化の恰好がようやく時代に追いついたような出で立ちをしていた。
「わが主よ。どうやら聖帝軍に動きがあるようです。この付近にも部隊を派遣するかもしれません
「それで」
「……あのお方を連れて今のうちに」
ここを早く出たほうがいいと目で語る男の無言の要請に、青年は頷いた。
「おっつけレスティエも駆けつけましょう。あのお方には同性のお付きが必要です」
「ああ」
言いたいことがまだ残っているような、一見極悪人のような痩躯の男がはっと面を上げ、村の中心街のほうへ振り向いた。
地獄耳の彼が何か言いかける前に、フードの青年が踵を返す。
「お先にお逃げ下さい、と言っても無駄でしょうな」
死神と呼ばれた男のため息に、青年は少しだけ口角を上げてそれに応じた。
§§§§§§
廃車のバリケードを破って侵入を果たした武装集団のボスは、規格外の大男だった。
それ見た村長が、苦々し気にジードか、と苦悶の呻きを放つ。
モヒカン男たちの長はこの乱世においても稀に見る怪力の持ち主で、数台の廃車を次々と持ち上げて侵入口を広げ、数台のバイクと数十人の徒歩の手下を村内に引き入れている。
その手下たちは斧や棍棒、弓などを手にすでに数人の村人を血祭りに上げていた。
「わが村の力自慢とて、あれほどの人外相手では戦いにもにもならぬ……」
「あ、あの集団は殺し合いに慣れた猛者揃い……普通の人間じゃ相手になりません……」
侵入者を遠巻きにして武器を構える男たちが震えている。
女子供老人は建物の影に隠れ、恐怖に身をすくませていた。
「今のうちに女、水、食料を用意してここに並べておけ。男どもは検問だ。ひとりずつ首をはねてやる」
そう吠えたジードが巨大な斧を一閃させた。
戦おうとした村の腕自慢を一撃に叩き斬ったことで、村民たちは大恐慌に陥った。
「仲間を殺ったやつぁどこのどいつだ、ここにもいねえのか!」
「ジード、女たちはここに隠れてやがったぜ」
数人のモヒカンが女子供を引きずってやってきた。
ジードがそれを見て子供の一人をつまみ上げ、首を引きちぎろうと持ち上げた。
「残りの品はどうしたぁ?! 男どもも早くガン首揃えて出てこい!!」
大男が持ち上げた少女に対し眉をひそめた。
悲鳴はおろか泰然としたその様子を見上げ、舌打ちを放った。
「なんだこのガキ、(放送禁止用語)か」
「ルイを放せ!」
全ての大人たちが硬直するなか、棒きれを持った少年がジードの前に現れた。
モヒカンたちがどっと沸く。この村には男がいねえのかヘタレども、と哄笑している。
「いい度胸だな、ガキい」
つかみかかろうとするモヒカンの一人だったが、意外に素早い動きを見せた少年が相手の脛に棒を叩きつけた。
「うわっちい!」
「バカ野郎が、ガキに一杯食わされてやがる」
下卑た笑いが収まったのは、転がって跳ね起きた少年の、年に似合わない殺気を乱入者たちが察したからだった。ジードが少女を持ち上げながら牙を剥く。
「情けねえ野郎どもだ、まともな男はこのガキだけか。やはり仲間を殺したやつぁここにもいねえみたいだな」
「ルイを」
「うるせえ」
打ちかかってきた少年をジードが蹴飛ばした。
巨漢の蹴りを受けた彼が渇いた大地に叩きつけられ、跳ね飛んだ。
祖父たる村の長が慌てて駆け寄る。
「……無事か。無茶をしおって」
「ルイを……ルイを助けるんだ」
「やめろレン。村長の孫のあんたが流れ者のガキのために命を落とすことはない」
村人の誰かの言葉は少年には届かなかった。
精神を病んでいたときに手を差し伸べてくれた唯一の光に向かって、彼はまた立ち上がった。
「よさぬか、孫よ」
「負ける…もんか」
勇ましい少年の小さい体に影が下りた。
モヒカンが棍棒を振り下ろそうとする姿を、レンはなすすべもなく見上げていた。
その瞬間、つんざくような悲鳴が村内に響き渡った。
「逃げて……レーン!!」
「ルイ!」
悲鳴の一つも上げなかった盲目の少女が、心の目で感じたのか、少年のほうを見て必死に叫ぶ。
村長が駆け寄ろうとするも、村人たちに羽交い絞めされている。
「死ねえ」
モヒカンの棘付きの棍棒が少年の頭に叩きつけられる、と誰もが思った。
老人の絶叫のなかで、それは空中で停止していた。
何者かがならず者の武器を素手でつかんでいた。それも棘の部分をだ。
レンは涙と鼻血にまみれながら、かすれた声でかみさま……と呟いた。
「な、んだ?!」
ビクともしないその力に、モヒカンが棘の部分を握りしめる誰かを窺った。
逆光で見えにくい。
その光が雲によって遮られ、ようやく邪魔者がフードをかぶった男だと確認できたならず者は、腰に差してあったナイフを抜いた。
「邪魔しやがって、ぶっ殺す……」
そう吠えたとき、モヒカンが口から大量の血を吐き出した。
「あ……?」
ごぼっと流れ出る鮮血を見下ろす。
仰天したモヒカンはああああと叫んだ。
信じられないことに、胸板にめり込む何者かの指が背中まで貫通していたからだ。
フードの下の目を、その恐ろしいまでの深淵なる瞳を見ながら、彼の意識はそこで途絶えた。
血の海の中で沈む男を、ジードも部下たちも村人も誰も彼も、現実に起こっているとは思えない感覚にとらわれて見つめていた。
一番最初に我に返ったのは、一番修羅場をくぐってきた大男だった。
「てめえか! てめえが仲間をやりやがった野郎だな?!」
ルイを片手に持ちながら、ジードが巨体を踏みしめながらやってきた。
フードの男はまだ若い。
顎をしゃくったボスの合図で、斧を手にした何人かのモヒカンがその青年に襲い掛かった。
間一髪で助かったレンは村長に引きずり戻されたが、そのときいつの間にか姿を現していたフードの女がもう大丈夫、と少年に告げた。
「でも…でもルイが」
「あの男は地上最強の拳法すらも倒した存在。ならず者など」
女は言葉を切った。
十数人のモヒカンは武器ごと体を貫通され、あるいは切り裂かれてすれ違いざまに吹き飛んだ。
ボウガンを持つ者は飛んできた衝撃波で体を真っ二つにされていた。
「ゴミクズ同然」
女の台詞に軽蔑と憎悪がこもっているのを感じたのは村長だけだった。
老人がその女の横顔を見たときには、すでに彼女は無表情になっていた。
「な、なにもんだてめえ……手下どもを一瞬で」
金髪をひとなでした青年が手を上げた。
ジードの振り下ろした大斧は、その瞬間彼の指で砕け散っていた。
村人たちがさらにどよめいた。
「あ、あの巨漢のジードの斧を指一本で粉砕だなんて……化け物か」
「……村長?!」
側近たちが白い髭を震わせている老人を窺う。
その彼がいつにない動揺を見せて叫んだ。あれは南斗聖拳じゃ、と。
「なんとせいけん?!」
「二千年の長きに渡って伝えられてきた残虐非道の殺人拳。この世紀末となっては幻の頂上拳のひとつ……」
村人たちのやりとりを聞いていたジードがうおおおと絶叫した。
そんな伝説なんざあるわけねえ、と強がりながら笑っている。
「金髪野郎、このガキの首をねじ切られたくなかったら近寄るんじゃねえ」
冷や汗が止まらないボスの言葉に反応せず歩き進む相手が、何気なくフードをめくり上げた。
「てめ」
ジードは見た。巨漢の自分の目の前に浮かび上がる長い金髪の青年の姿を。
スローな動きだと思った。その空中蹴りを避けるのは容易い。
しかし体は自由が利かなくなったと思うほど鈍重だった。
片手でつかんでいた少女の首をねじきるような余裕もない。
視界がぐらりと揺れた。
そう思ったら彼は空を見ていた。大きく仰け反っていたことに気付く。
慌てて体勢を戻した。
すでに盲目の少女は青年によって助け出され、後方まで逃げている。
「へへへへぇなんだその間抜けな蹴りはぁ?! このジードさまには蚊に刺されたほども効いてねえぞ!!」
哄笑する巨漢が、周囲の村人の表情に違和感を覚えながら吠える。
仲間はすでに目の前の若僧に殺されて誰もいない。
それでも自分ひとりで逃げ通す自信があった。
得体の知れない拳法を奮う相手に、ジードが覚えていろと捨て台詞を吐く。
「いつか必ずこの村の全てを燃やしつしてやる、それまで」
悪態をつきながら感じた。風通しがいい。
そう思った巨漢が自分の体に風穴どころではない空洞が出来ているのに気が付いた。
村人たちの引きつった顔を見ながら、ジードは両膝をついたのち、笑顔のまま乾いた大地へ崩れ落ちた。
§§§§§§
夕陽に照らされた金髪が輝くように光っている。
村長をはじめ、村人たちが出立する二人の男女を総出で見送っていた。
そのなかに少年少女の姿もあった。
フードの女と盲目の少女が言葉を交わしている。
それを見ながら少年レンは、金髪の青年にルイを助けてくれてありがとう、と深く頭を下げていた。
その傷だらけの面を上げたとき、彼は必死の表情で叫ぶように言った。
「貴方のように強くなりたい。強くなってルイを守りたい」
その真摯な瞳には覚えがあった。青年はかすかに表情を崩していた。
「だとしてもお前が報われるかわからんぞ」
相手の静かな声に、少年が口角を上げた。
以前に同じ言葉を投げかけられたことがある男は、それが会心の笑みだということを知っている。
夕陽に照らされたレンが迷いなく言った。
「ルイが無事ならそれでいい」
風に靡いた金髪が青年の顔にかかった。
ゆえに少年には彼の感情は見えなかった。
しばらく風の音を聞いていたレンに、長身の男が告げた。
「いつか落ち着いたら俺の元へ来い。本懐を遂げさせてやる」
「ほんと?!」
「ああ」
「約束だよ、お兄ちゃん」
男どうしが指切りを交わした時、女たちも指切りを交わしていた。
出立しようと女に近づく彼の背をレンが追いかける。そして尋ねた。
「お兄ちゃんの名は?」
そう問われた青年は無表情になった女を連れ、振り向きざまに、シン、と告げた。
夕陽のなかに消えていったシンという青年の背中を、女は守るものという去り際の言葉を、レンは生涯忘れることはなかったという。
レン。北斗の拳イチゴ味のキャラ。バットに酷似。
イチゴ味は原作北斗の拳に続く自分の聖書。これなくして拙作の投稿はありえませんでした。