「女ごときを助けるために余から遠ざかる。ふぬけめ」
仮面のサウザーが天を翔け、門下生を助けるために地を蹴った金髪の青年の前に降り立った。
シンが叫ぶ。
「邪魔だ……!」
「そのほうの存在が、だ」
足を上げた残像を見たときには、彼は吹き飛んでいた。
極星十字拳をまともに受けたのは初めてだった。
以前北斗の分派の争乱においてかの技を遠目に見たとき、さほどに感じなかった重圧を、その凄まじさを今更にして知る。
対戦相手であるソウブがシンの思う以上の豪傑だったのだ。
転がりまわる前に跳ね起きる。
そのときにはすでに、鳳凰の剽悍なる体躯が目の前にあった。
「散れい」
後退と突進という大振りの動き。
だが鳳凰にかかっては、紙一重で避け、大胆に迫るというフットワークのひとつにすぎなかった。
極星の突き、薙ぎは聖帝の体術でことごとく流されるばかりだ。
逆にサウザーの貫手が極星の頬や体に裂傷を与えていた。
剛柔の均整がとれた、恐るべき仮面の男が告げた。
「北斗神拳伝承者と戦い、破ったそうだな。その際の龍の牙、見事な一点突破だったと聞いている。北斗の秘奥義を力で打ち砕く。まさに余が目指す南斗の戦い方そのものよ」
「ぐっ」
「いかにして北斗を超えるのか、それが余の命題であった。その手がかりをつかませてもらおうか、南斗
ブワッという空気を薙ぐ音で、シンが大きく後退した。
聖帝の回し蹴りをなんとか防いだものの、その衝撃で痺れたのか、腕の感覚がまるでない。
彼の視線の先の聖帝軍がやっちまえ、とどよめいた。
双子がレスティエの奮戦を退け、今まさに彼女に偃月の刃を突き立てようとしたからだった。
「レ」
シンが彼女に手を伸ばした。
ユリアだけではない。
女は守るものとほざいておいて、どの口でケンシロウに愛を説くというのか。
地上最強の相手に背を見せながら彼は叫んだ。
「あのリュウケンが認めた唯一の南斗の男。その無様を見よ」
「若!!」
鳳凰の羽ばたきが金髪の青年の背中に炸裂しようとしていた。
リゾの拳を受け止めた死神が絶叫する。
ブシュウウと血が沸き上がった。
斬撃を放った当人が、間に入ってきた何者かを斬り捨てる前でその手を止めた。
聖帝は奥義で葬る敵を選ぶ。
彼は宙返りを決め、跳ねて間合いを取っていた。
乱入者は背中を闘気で裂かれながらもシンを抱き留め、離れた場所に転がった。
獣のような声を上げてのたうち回っている。
「いっ……てえええ!!」
「お前は」
呆然とするシンの問いに、ヘビメタミュージシャンのような風体の大男が、呻きながら答えた。
「……女王を救ったんだってな、いろんな意味で。あれを助けた以上、おれぃとしてはその借りは返さなくちゃならねえ……」
長い髪のサングラス野郎が膝をつきながら、助けた青年を見上げる。
口からぺっと血を吐いた大男の名はリマ。
エバの親衛隊である彼のことをシンは思い出した。
「その背中」
「深すぎるけどよ、そのうちほとんど塞がる。こちとら生物兵器なんでね」
獣のような男が牙を剥きながら聖帝を窺う。化け物めとその唇が動いていた。
起き上がったシンに彼は声をかけた。
「待てよ色男。あの美人ちゃんはたぶん助かる」
レスティエの元へ走り出そうとする恩人をヘビメタ男が止めた。
彼女に襲い掛かった双子が不意に何者かに弾かれるのを、誰もが見た。
トゲトゲ防具のモヒカン二人は、着地しつつも衝撃を流せず後退する。
「へっ、いいところに来やがる」
リマがサングラスをかけ直しながら鼻を鳴らす。
南斗双斬拳の伝承者が女を助け起こす何者かを確認し、この野郎と怒鳴った。
リーゼント頭のドジョウ髭。同じ南斗の拳士だった。
「まじかてめえ、よくもわしらの前に姿を見せやがったな!」
「聖帝軍の将軍でありながら野に下りやがった裏切者め……!!」
素肌にノースリーブの革ジャン。黒の長ブーツ。
攻めた格好の男は長い後ろ髪を風に揺らし、やれやれといった
「アスガルズルに忍び込んだネズミを退治しろ。そう女王から仰せつかった」
そう彼が言ったとたん、双子が持つ偃月の双剣が砕け散った。
その拳の冴えを見たことがあるレスティエが、南斗紅雀拳、と呟く。
「ザンよお、恰好つけやがってヒゲ野郎」
リマの悪態に、キザな同僚が肩をすくませて返答した。
「おれは帝王の斬撃を受けて回復できるような超人ではないのだよ。適材適所だ」
「いけ好かないナル男め。さっさとハエを駆除しやがれ!」
「ハエだと?! このゴリラが」
「獣人め死にてえのか!」
虫扱いされた双子が新たな双剣を取り出し、跳躍した。
上空からリマに迫る。
しかし彼らは、自分たちより上空へと舞う男の姿を確認した。
追撃者を打ち落とそうと、ベジ、ギジの二人がザンを間に挟んで刃を繰り出す。
斬ったと思ったそれは幻影だった。
そう理解したとき、双子は互いの瞳の中で孔雀の羽が広げられるのを見た。
「南斗紅雀拳、
無数の両の手が滞空中の双子を突き抜いた。
ハチの巣にされたベジ、ギジが鋼鉄製の双剣を持ったまま、その武器が根元から折れていることに気づかず絶命し、落下していく。
飛燕の体裁きで着地した男の動きは、外見に見合わぬ華麗なものだった。
かつて鳳凰配下の勇将として知られた男の凄まじい拳さばき、その健在を見た聖帝軍が恐れおののいて後退していく。
南斗善
「ザン、貴様」
「そう怖い顔をするなリゾ。主命だ仕方がない」
「よそ見している場合か」
死神がリゾの背中へ斬りかかる。
なんとか避けきったものの、仕事は終わった、とばかりに城塞へと去っていくザンの後姿を、歯噛みしながら眺めていた。
「奴は城の内乱を鎮めに戻った。おれぃはあんたとあの化け物の戦いを見届けよと女王から命じられている」
リマが傷ついた背中を気にしながら、レスティエを守るために移動した。
彼女の安全を確認した金髪の青年が、空を見上げて佇む南斗最強の男と今度こそ対峙した。
その聖帝が低く呟いた。
「ザン。余が目をかけた天才だったが……覇権を握ったあとでまた招聘するとしよう」
一歩踏みしめた鳳凰が余興は終わりだとばかりに仮面を外し、闘気全開で立ち向かってくる。
帝王に構えはいらぬという無言の圧で、リマやレスティエ、リゾや死神までもが身の危険を感じて大きく引き下がった。
ヘビメタ男が我知らず呻く。
「ものすごい暴風じゃねえか。あのロフウでさえ、あそこまでやべえ威圧は出せねえ」
「ロフウ……あの程度のご老人と一緒にしてはもらうまい」
先代に一応の敬意を表するのは、ロフウが彼の師オウガイと親交があったからだろう。
レイと死闘を演じた水鳥拳先代伝承者でさえ歯牙にもかけぬ物言いに、どんだけ強えんだあいつ、とリマが毒づく。
「おい勝てるのか色男。あの野郎、禍々しすぎて尋常じゃねえぞ……噂に聞く拳王とやらが戦いを避けるほどの怪物なんだろ」
「さあな」
「胸に七つの傷の男と戦って受けた傷もある。あんたの勝機がほとんど見当たらねえんだが」
長い金髪を風に靡かせた青年の背中には、一切の躊躇も怯みもない。
それを見守りながらリマが呟いた。
「あのエバが……あの死にたがりが光明の行く末が見たいと……生きる希望を与えてくれた存在だって言ってたぜ……見せてもらうしかねえだろ。女王が言うあんたの執念とやらを」
§§§§§§
リゾとジョーカーが戦いを止めた。
彼らの頂点に立つ男たちの死合いの始まりに、それどころではなくなったようだ。
気が付けば若いほうが地に叩きつけられていた。
鳳凰の動きをようやく理解したのか、南斗の二人が最強の男の拳技を解説した。
「南斗鳳凰拳、
「闘気だけで金髪の若僧を撃墜する、帝王の誉れたる攻防一体の拳」
死神がうめき、聖帝の側近であるリゾが滅多に見られない主の奥義を見届けて声を震わせている。
北斗の闘気すら撃ち抜いた極星が、鳳凰のそれを仕留め損ねた。
気合の練度はケンシロウの比ではない。
まさしく聖帝の名にふさわしい男だった。
そんな彼を前に、シンは成すすべもなく血反吐を吐いていた。
「立つがよい。極星の拳とやらを余にもっと見せよ」
このままではラオウとの前哨戦にもならぬ、と告げたサウザーは、いつでも振り下ろせる羽を止めて、眼下に倒れる青年を見守っていた。
「北斗との闘いなど言い訳にはさせん。立ち上がるまで待ってやる」
屈辱以外の何物ではない台詞を聞きながら、シンが身を起こす。
侮る台詞を吐きながらその表情に侮りなどなく、無防備な姿に隙はない。
片方のプロテクターを破壊された金髪の青年が、南斗凄斬爪を撃ち放つ。
黄金と紫の閃光がぶつかり合った。
ロフウ。南斗水鳥拳先代伝承者。レイ外伝 蒼黒の餓狼のキャラ。