聖拳列伝   作:小津左馬亮

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二十八話  極星の腕のなか

 鳳凰を(かたど)った衝撃が大地を穿(うが)つ。

 それが羽を広げた際、かの地中にめり込んでいたオーラは地盤を割いた。

 飛び上がる(おおとり)とともに岩石の破片が浮き上がった。

 その過程で、聖帝軍が巻き添えになった。

 

 死神がレスティエを担いで遥か後方へと必死に翔ける。

 リゾが己が持つ体術を全て駆使して跳躍し、闘気に巻かれながらもなんとか爆風から逃げ切った。

 

 ソニックブームを思わせる効果音を残し、派手な紫色の気合が地平線へ向かって消えていく。

 野獣の震えた声がその惨状を語る。

 

「こ、この荒地一帯が壊滅しやがった……なんてでけぇ爆発だ……砲弾どころか戦略兵器並みじゃねえか」

 

 彼も殺傷範囲から逃げる際に、上半身の服や防具が消し飛んでいた。

 そんな生物兵器の男がひび割れたサングラスをかけ直しながら、改めて周囲を窺う。

 

 舞い上がった物質が雨あられと荒野に落ちていく。

 聖帝軍だったもの、廃墟ビルの資材、抉られた地盤も含んでいる。

 

 紫炎を放出しきった男がゆっくりと地上に降り立つ。

 彼は大きく息をついていた。

 これほどまでに巨大な気合を、かつて消費したことはなかったようだ。

 精神的な疲れもあっただろう。

 視線を落としていたがゆえに、その先にある存在に気が付くのが遅れた。

 

「あ、あの極大の瞬激(しゅんげき)を……(しの)ぎ切りやがった、あの野郎ォッツ!」

 

 ほんのわずかな隙だった。

 リマの驚愕の叫びでサウザーが我に返る。

 握りつぶされた片手、龍の牙で突破された片手、両の手は機能的に死んでいる。

 血とともに湧き出るのは紫色の闘気であり、実体はない。

 その左右の翼で迫りくる標的の急所を、寸分たがわずに薙いだ。

 

 ……つもりだった。

 

「?!……聖帝の羽ばたきが黄金の牙に」

「突き消された……!」

 

 逃げのびた死神とリゾが、爆風に仰け反りながらもそれを窺う。

 サウザーの闘気が実の拳によって霧散、消滅するのを見た。

 レスティエが震えながら立ち上がる。

 

 主が今一度、弓を引き絞るようにして貫手を後ろに下げている。

 それを確認した彼女が、かすれた声で告げた。

 

「……今度こそ届きます。復古の拳の一点突破が」

 

 天翔十字鳳の構えを成すサウザーの、そのがら空きの胸へ、五本の牙が食い込んだ。

 世紀末覇者ですら撃滅できない、と(うた)われた不死の肉体に侵入を果たしたそれが、骨を砕き肉を破っていく。

 

 ボッ、という鈍い音とともに、牙は背中まで突き抜けた。

 溢れ出た血が舞い、虹のような弧を描いて地上に降り注いだ。

 

 落鳳破の巻き添えになった聖帝の部隊はすでに壊滅している。

 生き残ったのは三人の拳士と一人の生物兵器。

 その誰もが歴史的瞬間の一場面を呆然と見つめていた。

 

「し、信じられん……サウザー様を……あの南斗の帝王を貫ける人間がこの世に……存在しようとは……!」

「基本の型で全てを撃ち砕く……あれが南斗極聖拳(きょくせいけん)

 

 リゾと死神が腰を抜かした状態のまま、鳳凰の返り血に染まる金髪の持ち主を眺めている。

 龍の牙を引き抜いた青年が、膝をついて前屈みになる南斗最強の男を見守っていた。

 

「ふっ、フフッ……最後の最後で……曲芸などに頼らざるを得なかった余の不明……」

 

 血だまりの大地を見下ろして聖帝が苦笑する。

 彼はそうだ、と自答していた。

 

「闘気などで余が認めた男を砕くことはできんのだ。それが南斗を極めし者の神髄……北斗を破る……唯一の心得」

 

 サウザーが吐血しながら言った。

 

「その心得で北斗でさえ通じぬ余の肉体を貫き通した……まさに執念」

「執念だけではない」

 

 シンは静かに返答した。

 南斗の人間ならば(おおとり)を見上げるのは当たり前のことだ。

 誰もが頂点を目指す。

 彼はそれを実行したひとりに過ぎなかった。

 原動力はサウザーの存在そのものにあったのだ。

 

 流れる血に染まる唇を動かし、余は敗れたか、と彼は呟いた。

 そして頷いていた。

 

「……笑止。この爽快さが笑止よ。(かな)う相手ではなかった。だとすれば泣き叫んで転がりまわり、無念を噛みしめて死んでいく事態なものを」

 

 この晴れやかな気分はなんだ、と自分でも理解し得ない表情のまま、サウザーが面を上げた。

 

「後進に望みを託す、か……くだらん。余がそのような世迷言を口にすることになろうとは……北斗を凌駕するという南斗開闢以来の宿願を……金髪の小僧に任せることになろうとは」

 

 聖帝ががくりとうなだれる。彼の忠臣が思わず叫ぶように声をかけた。

 

「サウザー様……!!」

「リゾ」

 

 駆け寄ろうとした配下の将軍の名を告げたことで、南斗善知鳥拳(うとうけん)の伝承者は直立不動で礼を示した。

 帝王による発信は、誰の耳にも聞こえないレベルの声であろうと、彼らは反応するようだ。

 

「はっ」

「これより余の仇討はまかりならん。麾下の南斗九龍衆の者どもにも伝えておけ。世紀末覇者という大敵がいる以上、同士討ちはまかりならん」

「……ですが」

「本来は余を討つべき同門は赤い衝撃の役目であった。あの赤毛め、先を越されたと気付けば……己が失態で途方に暮れるだろう」

 

 だが名門の御曹司については問題ない、とサウザーは告げる。

 

「その代わりラオウが動けば当ててやれ。あれのことだ、贖罪として覇者を名乗る男すら恐れさせるほどの働きを見せるはずだ」

「……つまり妖星とこの若僧の邪魔はするなと」

「あくまで拳王を倒すまでの話だ。そのあとは個々の好きにしろ……」

 

 膝をついていた聖帝がゆっくりと大地に倒れ行く。

 リゾが慌ててそれを止めようとしたものの、主の体を支えたのは金髪の青年だった。

 どちらが死にゆく者かわからないほどの傷を、シンも負っている。

 その彼が南斗の頂点の名を呼んだ。

 

「サウザー」

「極星の腕のなかで死ぬ、か……余は運がいいのか悪いのか」

「待って、待ってくだされサウザー様。われらを置いて」

 

 涙と鼻水まみれのリゾが手を伸ばして二人の元へやってくる。

 年季の入った小僧がここにもいたか、と鳳凰はクセである口角を上げている。

 

 彼の青ざめた顔は若き日の己に等しい。

 オウガイと知らずに倒してしまったあの日……

 雷雨のなかでいかないで、と絶叫しながら泣きわめいていた自分の姿を見ているようだった。

 

「お師さん……そばに」

 

 サウザーが目を閉じた。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

「将星が()ちました」

「……そうか」

 

 アスガルズルにある城館の一室で、瞑想していた女が顔を上げて告げた。

 ベッドに横たわっていた黒い髪の男が、相手の様子を見て上半身を起こす。

 彼女は目を開けて断言した。

 

「彼はサウザーを……北斗の長兄すら(はばか)る存在を真っ向から撃ち破ったようです」

 

 それを聞いたケンシロウが俯いた。

 両の手を握り、小さく震えていた。

 

「ケン?」

「このオレと戦った後だ。それでも(なお)、南斗最強の男を倒してしまった……奴の執念……いや」

 

 重症の北斗神拳伝承者が傷の痛みに耐えながら恋人を見つめ、虚空を見上げた。

 ユリアへの愛、だがそれだけではないような気がする、と彼は思った。

 

「オレとあいつの差は……今どれくらいある。どれだけ死線をくぐれば奴に届く……」

「おそらく彼ならば……こう言うでしょう」

 

 南斗の象徴が優しく微笑んだ。

 

「そう思っているうちは強くはなれない」

「……」

 

 ユリアが近くの窓から空を見た。

 彼のことをわかっていないのは自分も同じだ。

 

 幼き日から彼の何を見てきたのか。

 

 あの執念の男が、今まで自分という女のために、それ以外の行動を起こしたことがあっただろうか。

 ケンが胸に七つの傷をつけられ、荒野に捨てられたあの日。

 それさえも意味があった。

 今の恋人を見てそう確信した。

 考えることを拒否していた彼女が自身の盲を払うかのように、吹っ切れたかのように笑顔を見せていた。

 

「あの人は最初から、出会った時から何も変わっていない。気付くのが遅すぎました。そう、あの人は私の愛など望んでいない。そんなことは微塵も考えてはいないと」

「……何故だ」

 

 ケンシロウの疑問はもっともなことだ。

 ユリアでさえもそれがどうしてなのか、具体的には理解していない。

 ただ漠然とした感覚があるだけだ。

 

「あの境地は……生まれ変わったとしか言いようが」

「バカな」

 

 二人の美男美女が見つめあう。

 黒い長い髪の女が黒髪の男との距離を詰めた。

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