聖拳列伝   作:小津左馬亮

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二十九話  旅立ち

「わが主君の遺命は受け取った。同士討ちはならず。その命をもって若僧、うぬの首は預け置く」

 

 たったひとりの聖帝軍の生き残りが、主の亡骸を抱えてそう告げた。

 敵愾心と殺気の凄みで思わずレスティエが息をのむ。

 それを向けられた半死半生の青年は死神に助け起こされたばかりで、まともに

返答できる状態ではない。

 極聖の影たる女の反応に、リゾは泣きはらした目を地平線に向けて吐き捨てた。

 

「……気などで倒せるならば……主君は百度、こやつを(ほふ)っている」

 

 空を見上げて彼は呟くように言った。

 

「聖帝軍の巨大な機構はこれからも生き残る。突出した存在がいなくなった今、幹部の連中がその覇権を求めて内部分裂を起こすかもしれん」

「……貴方はどうなさるのです?」

「わが忠誠心は聖帝サウザー様のみ向けられる。いかに上司とはいえ、九龍衆の将軍たちに仕えるなど、夢にも思わぬ」

 

 野に下るとでも言いたげな髭男の捨て台詞だった。

 シンを殺しかねない一瞥をもう一度くれたリゾが、爆滅を免れたバギーへ乗り込み、主君とともに荒野の彼方へと去っていく。

 ジョーカーが主の肩をかつぎながら告げた。

 

「しばらくアスガルズルで静養しましょう。傷がひどい」

「……いや、このままここを後にする」

「シン様!」

 

 死神とシンの会話を聞いて、レスティエが満身創痍の青年の言葉に血相を変えた。

 

「俺がそばにいること自体、ユリアを傷つける」

「……」

「であればこの拳、ユリアが望む世界を創るために奮うのみ」

 

 死神がその言葉を聞いて頷いた。レスティエは言葉を(つむ)いだ。

 

「ケンシロウ様にあの方を託して終わり、ではないのですね」

 

 風で血塗られた金髪が靡いた。

 乾いた風に吹かれ、復古の拳の伝承者は影の助けを借りて歩き進んでいく。

 青白い頭巾の女拳士が万感の思いでその背に向かって呟いた。

 

「悲しい人……なんて悲しい宿命なのか……」

 

 それでも、と彼女は思った。抑えきれずに声に出した。

 

「わたくしにはわかります……いえ、わたくしでもわかります。あの人がゆえに、南斗極聖拳(きょくせいけん)はいつか必ず北斗を(しの)ぐのでしょう……拳ゆえではない、あの人だからこそ」

 

 

§§§§§§

 

 

 女王エバはアスガルズルの最上階で、地平線へと向かう三つの人影を眺めていた。

 赤褐色の肌、黄金の髪の美女が振り返る。

 彼女は忠臣たる男の帰還をヴァルキリアたちと出迎えた。

 

「世話をかけました、リマ、ザン」

「……やれやれだぜ。あいつらは正真正銘、まじもんの化け物だった。ロフウとレイの闘いが児戯に等しく見えるとはな……まあそれにすら及ばねえてめぇの無力に死にたくなるんだが」

 

 その後に続いてやってきた南斗紅雀拳の拳士も、まったくだと肩をすくめている。

 二人に頭を下げた女王がテラスのほうへ一歩踏み出した。

 

「南斗の聖帝が倒れた。これからが本当の乱世になるでしょう。少なくともこの地ではもうあの世紀末覇者の進撃を食い止める存在はいない。彼の独壇場になるはずです」

「でも……まだあいつがいる」

 

 ヴァルキリアの隊長、隻眼のフリーダが口を開いた。

 景色を眺めるエバは背を向けたまま頷いている。

 

「そう。彼は拳王を名乗った暴狂星に対する希望の光。けれどあの光明ならばこう言うはずです」

 

 エバの元に、血のつながらない妹がドレスに着替えてやってきた。

 ユウを抱きしめた彼女はその妹と手をつなぎ、テラスに出る。

 そして微笑みながら言った。

 

「俺は救世主の器ではないと」

 

 その断言にリマが腹を抱えた。

 傷に響いたのか顔をしかめたものの、大受けしたのか爆笑している。

 

「言う言う。あの(ひね)くれた野郎なら絶対ほざく。そういう大仰な肩書はケンシロウに任せるってな」

「あれほどの力を持ちながら武名はおろか、たったひとりの女に対しても何も求めない。ある意味あの青年は狂っている」

 

 煙草を取り出したザンが心底呆れたようにぼやいたが、周囲の環境を考えたのか、それを懐にしまい直していた。

 エバが南斗の用心棒に首を傾げながら尋ねる。

 

「貴方ならどうすると?」

「……快楽主義のおれにつまらぬ答えを言わせるつもりですかな、女王よ」

 

 キザな男の諧謔(かいぎゃく)に、腕の中のユウの髪をなでながら、エバが白い歯を見せた。

 しばらくの時間を経て、やがて救世主の伝説を創るであろう男の訪問を受ける。

 終生の連れ合いとともに、数日後には街を出るという。

 彼の驚異的な傷の回復力に驚愕を覚えながら、エバは北斗神拳伝承者と握手を交わす。

 本当に触れ合いたかった男はすでに地平線の向こうへ消えていた。

 

 

§§§§§§

 

 

「主。行先は孤島のサザンクロスでしょうな」

「そう思っていたが……気が変わった」

「なぜ?」

「あの島は五車星を連れたユリアが居城とし、組織的な機能を備える街になる。ケンシロウも傍にいるだろう。俺は邪魔でしかない」

「……ではどこに」

 

 レスティエが後に続きながら訪ねた。

 シンに肩を貸そうとするも、血で汚れるという理由で遠慮されたのだ。

 彼女からすれば白頭巾や衣服がそうなろうが身の誉れなのだが、彼は断固として受け付けなかった。

 なぜか得意気なジョーカーを横目に、彼は小さく言った。

 

「しばらくどこかに身を潜め、傷を治す」

「その後は」

「ある人物の消息を追う」

 

 金髪の青年の横顔を死神とレスティエが窺った。

 北斗神拳伝承者にもっとも近いと言われた男。

 核戦争の折にユリアとケンシロウを助け、シェルターの外で被爆した聖者。

 そう説明された影の長がトキですな、と答える。シンは頷いた。

 

「人格見識、そして武威。彼ほどそれを均衡させている人物は他にいないでしょう。ですがいかにあの聖人とて、病となれば拳王には及ぶべくもありません。今更あのお方になんの用があるのですかな」

「俺ではない。彼に用があるのはユリア」

「……?」

 

 ジョーカーとレスティエが顔を見合わせた。

 

「トキを探しだしてサザンクロスに送り届ける。あれは医術の仁でもある。今ならまだ……間に合う」

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