聖拳列伝   作:小津左馬亮

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三話    群星乱舞

 丘の上に建つ大聖殿を見上げる形で建てられた基本的な南斗の道場は、敷地内にいくつも備えられている。そのなかのひとつに、同じ道着を着た門下生の一部が集まって月に一度の十人組手が開催されていた。

 流派の枠を超え、腕に覚えのある若手の拳士たちが名乗りを上げて日頃の修練を披露しあう。

 

 裂帛ながら手加減された一撃を食らい、石畳の地に叩きつけられた対戦相手を助け起こす青年の雄姿に、皆が拍手を送っていた。

 十人目を軽々と突破した白鷺拳の最有力候補が壇上から降りる。このときすでに彼は南斗の誉れである六星に入ることさえも確実視されていた。

 番狂わせを期待した誰かが何人かはいただろうが、この里においてシュウと対等に戦える門下生はほとんどいない。

 そんな大物が立ち見のなかの大多数の歓迎を受けた後、特等席である座椅子に腰かけて次に行われる武闘の瞬間を見守った。

 

 背後にはさらに大物である鳳凰拳のサウザーが鎮座していた。

 次に壇上に上がったのは、チリチリロン毛の臙脂色(えんじ)の髪をした男だった。シュウやサウザーよりは幾分若い。

 そんな彼が十人組手の最初に選んだのは、近頃界隈を騒がしている金髪の少年だった。

 

「上がってこい、捨て子の小僧」

 

 周囲がざわつく。特等席の大物たちは眉も動かさなかったが、他の門下生はなぶり殺しかと疑ったのも無理はない。

 南斗孤鷲拳の次代伝承者としてすでに名を轟かせるジュガイが、大聖殿に出入りしながらも特定の師を持たぬ一般修行生に対して名指しをするなど、あまり褒められた行動ではない。勝ち負けはその時点で決まっていた。

 

「おれが出よう」

 

 代わりに自薦したのはアイスブルーの髪色の美少年だった。次代の伝承者としてジュガイに劣らぬ名声を持つ者の名はレイと言った。

 

「華麗なるものよ、お前には実力はあってもわが興味はない」

 

 レイの挑戦を鼻で笑ったジュガイに対し、臆病者とそしる拳士は誰もいなかった。

 着席しているサウザー、シュウ、紅鶴の御曹司でさえ異論を唱えない。

 壇上に姿を見せた金髪の少年に興味深い視線を向けたのみだ。

 

「乳飲み子よ。少しは呼吸ができるようになったか」

 

 煽る男の鋭い目を見返し、金髪を風に靡かせたシンの道着とジュガイの道着はデザインが同じでも色が違った。

 黒い肩当て、黒の長い靴の一般門下生に対し、銀色のそれを着込むのは大物の証である。

 鋭角な印象が強いそんな青年が両手を広げ、孤鷲拳の構えをとった。

 

「わが爪牙は全てを掻き切る。小僧の貧弱な体で受けきれるかな」

 

 大仰なその様子に、特等席で観戦していた南斗の帝王が長い足を組み、鼻で笑った。

 

「貧弱な小僧を相手に身構える。体が言葉を裏切っておるわ」

「無謀にすぎる」

「大人げないと(そし)るかシュウよ」

「あのジュガイは敵と認めた者に手加減を知らぬ。組手は死合いなどではない」 

 

 立ち上がろうとしたシュウを制したのは、彼と同じ線上に腰かける赤い髪の少年だった。

 

「ユダ」

「度を越せば私が止める」

「紅鶴の御曹司、貴方はかの者を随分と買っているようだが、今回は相手が悪い」

「負けるだろうな」

 

 赤毛の美少年の断言に、サウザーが眉を上げた。

 含んだ物言いに何かを察したのか、シュウは無言で腰を下ろした。

 

「ッシャ」

 

 ジュガイが気合を発したと同時に標的へ迫る。南斗凄斬爪という奥義の名を一般門下生は知らずとも、孤鷲拳の衝撃はそれが当たれば一撃必殺の威力だとわかるほどの痕跡を石畳の壇上に残していた。

 ×の形に断裂した爪痕を見た見物人たちが、おおっと歓声を上げる。

 そんななかでジュガイの背後をとったシンの動きを当人は読んでいた。

 手を鎌の形にしながら弧を描いて背後を薙ぎ払った年上の拳を受け流し、年下が蹴りを放つ。

 遅い、と思いながら膝受けの態勢になったジュガイが重いそれを止めきれず、大きく後退していった。

 壇上の端まで吹き飛ばされたような状況に、さらに場内がどよめいた。

 

「小僧……」

 

 力負けに憤慨したジュガイが勢いよく相手に突進した。南斗のなかにおいては剛に値する鷲の拳を突き放つ。

 同様にシンも指突で反撃していた。両者の牙がぶつかり合う。

 互いの鮮血が舞った。

 

「あれは南斗千刺貫手、ではないな」

「ジュガイの奥義は千本の爪。だが今のきゃつめは百に抑えている」

 

 サウザーが呟くと、奥義中の奥義のクセを見せたくないのだろうとシュウがそれに答える。

 

「しかしそれを受けきっているのは流派のない南斗聖拳のこわっぱ。孤鷲拳め、存外ふがいない」

 

 南斗の帝王は大きく発言したわけではない。けして寡黙ではない帝王だったが、彼の独語のような台詞は頂上を目指す野心家の耳に痛烈に届いた。

 言いおったな、とジュガイが殺気という名の闘気を放つ。シュウが再び立ち上がった。

 

「いかん」

「シュウ、ここはおれに任せてくれ」

「レイ」

 

 ライトブルーの髪の美少年の名を呼んだのは赤毛の御曹司だった。

 

「奴を甘やかすな、まだその時ではない」

「なんだと、ユダ」

「止めるなら私が阻むぞ」

「キサマ」

 

 水鳥拳を年少で会得した秀才と紅鶴拳開闢以来の天才が睨みあった。闘技中の二人よりも興味をそそられたのか、サウザーは青と赤の対立に肘をついて見守っている。

 

「サウザー、南斗の長者としてこの場を収めぬか」

「なれ合いなど武門の穢れ。同門とて宗派の優劣を示すのはそう悪手ではない」

 

 愉快そうに小さく笑う帝王が道場の混乱を制する気がないのを見て、シュウが飛び上がった。

 舞台上の対決は体力と経験の差ですでにジュガイに軍配が上がっていた。何本も突き入れられ、シンの体は真っ赤に染まっていた。

 

「とどめだ」

 

 気合をこめた最後の一撃は相手のガードごと地盤をえぐりぬいて突貫する奥義のひとつだったが、その前にジュガイは上空から降りてくる闘気の存在に気が付いていた。

 目の前の瀕死の少年では到底繰り出せない疾風の踵落としを避ける。

 それが石畳を断裂するのを見ながら、臙脂色の髪の拳士はさらに横から薙ぎられる脚を大きく後退してしのぎ切った。

 

「シュウか。頂上拳のひとつ白鷺、しかと見せてもらった。なかなかやっかいな足技だな」

「十人組手の最初の一人をこなしたばかり。あと九人も残っているが、このまま相手を殺して棄権でいいのかね」

「……赤毛といいお前といい、拳才のない孤児へ目をかける老人どもといい、南斗の先のないことよ。何を考えているかわからない将星といい、どいつもこいつも」

 

 サウザーを遠くに窺いながらジュガイがぺっと吐き捨てる。それには血が混ざっていた。

 シュウやレイ、ユダらがまず驚いたものの、当人がそれ以上に驚愕しながら膝をつく金髪の少年を睨みつけていた。

 名もなき流派の孤児を支えに来るものは誰もいない。彼はよろけながらその場を後にしていった。

 

「続きだ。あと九人はまとめてかかってこい!」

 

 気を取り直したジュガイが吠えた。それは大言ではなく、わずか数人を除けば南斗のなかには敵などいないと事実を告げただけだった。

 

 

§§§§§§

 

 

 応急の処置を施された金髪の少年はベッドからすぐに身を起こした。

 見た目ほど致命の傷はない。奴の牙は俺の表面を抉っただけにすぎないと豪語する彼に、ほざくな負け犬と冷笑した介護班の煽りを背に受けながら、シンは屋外へと抜け出した。

 その際、組手でジュガイに敗れて運ばれてきた拳士たちの様子を一通り窺ったが、自分ほどの負傷をした者は誰もいなかった。

 いずれも一撃、それも急所ではない部位を突かれて気絶している連中ばかりだった。

 それに比べればシンの負けは手が込んでいたといえよう。

 生まれ故孤独な少年はいつものように大聖殿を見上げる木の下に辿り着いて座り込む。

 そこへ気絶していた十人組手のとある門下生がシンの元へやってきた。

 同世代の少年は彼の隣に腰を下ろし、いやあ負けた負けたと苦笑している。

 

「お前は」

「僕の名はゲンジュ。老ゲンガンの孫だ」

「ああ、ユダの宿老の」

 

 くるくる巻髪の少年がクリクリした目をシンに向けてくる。それは侮蔑の色はなく尊敬の念を孕んでいた。

 

「ジュガイ、さすが六星候補と呼ばれることはある。あの化け物を倒せるのは今のところ帝王のみ。シュウ様やユダ様でさえ手に余る」

「……」

「だが数年後はどうだ。まだまだ若いユダ様などはもっと伸びる。そのときにジュガイはユダ様ほど腕を伸ばすことができるかな」

「とは?」

「君に可能性を見た」

 

 風が二人の少年の髪を揺らした。なびく金髪を眩しそうに見たゲンジュが言った。

 

「あの恐ろしい男に奥義を駆使させるほどの年少の拳士が何人いる? 僕が思うに君のような歳に限定すると他に二人しか思いつかない。ユダ様、レイ様だ。すなわち君は」

 

 南斗の天才たちと肩を並べる男なんだ、と興奮気味にゲンジュが語った。

 それを聞いても他人事のように振舞えるのは、シンがここが前の世界ではないと確信しているからだ。

 さらに彼は言った。ジュガイは大物だが、それに張り合える男はまだまだ存在すると。

 聖殿に入り浸る世間知らずのシンは、南斗の現状を伝える少年の説明を大人しく聞いていた。

 

「独眼竜の隼、あれならジュガイに引けを取らない。他にもユダ様やサウザー様の麾下にも逸材が幾人かいる。特に帝王はあえてそれを隠しているみたいだけど、ゲンガン爺様の目はごまかせない」

 

 多士済済の南斗の人材を知ってシンは内心驚きを隠せない。前世では六星以外に世に名を馳せるほどの人傑はいなかった。

 それがここではダガールをはじめ、ジュガイ以外にも優れた拳士たちが存在するという。

 

「ユダ様やレイ様といった生まれのよい貴公子ではないものに目を向けよ、爺様はそう仰せになった」

「……」

「あの年寄りはぼんやりながら未来が見えるようで、南斗は枠外から復古すると断言していたよ。僕には君の煌めきを確認できても爺様ほどの目利きはない。つまり可能性を見た、ってのも方便でね」

「老に命じられて縁を結びに来た、というわけか」

「許してくれ、爺様の命令は絶対でさ」

「……かまわん」

 

 拝みながら謝る同輩の立場を思いやる。人畜無害なゲンジュの人となりを無碍にするほど、二度目の人生を歩む男は子供ではない。

 この世界の南斗は前世に比べ精強なる集団だ、という確信を得たことは大きかった。

 北斗と対峙する前に超えるべき牙城がそこにはある。あらためて大聖殿を見上げながらシンはそう思った。




ジュガイ。真救世主伝説北斗の拳 ZERO ケンシロウ伝に登場したキャラクター。
ゲンジュ。オリキャラ。南斗焔浄拳(えんじょうけん)、ゲンガンの孫。シンよりさらに若い。
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