聖拳列伝   作:小津左馬亮

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三十話   南斗二十三派

 ブルータウンという街がある。

 湖を含めた風光明媚な外観を見下ろせる大城塞だ。

 緑や水が豊富なこの地域を支配するのは、赤い衝撃の異名がある南斗六星のひとりだった。

 

 この世紀末となっては得難い資源を持つ要地ながら、ここ近年は他の軍閥の侵攻や謀略の類ですら見る影もない。

 実際にその領土を侵したものは全て鶴翼の餌食となっている。

 

 その配下も規律正しく強力で、主人の出陣すら仰ぐ機会すら減っているという。

 死屍累々を晒した敵対勢力は滅亡を恐れて勢力基盤を退転するほどで、そのためにブルータウンの治安は核戦争前の大都市より良好だと名高い。

 

 赤毛の支配者はフェミニストであり、リアリストであり、信念を遂行して余りある力を持つ人物で、そのためかこの街は女子供の駆け込み寺としての側面を持っていた。

 国中の美女が集まるアスガルズルより女性の質がよい、とも言われているのだ。

 

 ブルータウンの主が街並みと湖を眼下に眺め、風に吹かれて佇んでいる。

 不意に現れた小男が跪いて彼の名を呼んだ。

 

「ユダ様」

 

 風に靡くマントに手をやり、赤毛の美男子は影に横顔を見せた。

 

「拳王はまだ居城に戻らぬようです」

「……」

「きゃつは聖帝沈むの報を受けて以来、狂ったように領土を拡張しているようで」

 

 隠密部隊の小頭である男はコマクといった。

 長旅を終えて帰ってきた中年に水を差しだす侍女は、駆け込み寺に相応しい庇護を受けた女性だった。

 タオルを持つもうひとりの女も、同じく美貌の持ち主だ。

 見目好いそれを鑑賞しながら水を飲む丸眼鏡の小男が、満足気にグラスをトレーに返した。

 

「コマク」

「ははぁ」

 

 影の名を呼んだのは、主人の一番近くで控える老人だった。

 妖星の宿老である南斗焔浄拳(えんじょうけん)の伝承者だ。

 

「慈母の星は極星の元にいるのか」

「聖帝崩御で情報が錯綜しておりましてね。しかしあの若僧が生きているということは、聖帝から象徴を守ったと同じ事」

「……ならば拳王はこの機を逃さず追撃に入るであろうな」

「若僧が負傷しているのなら猶更です。野望の品を手に入れるために自ら陣頭に立つはずでさ」

「ユダ様」

 

 互いに向かい合って列になり、主人からやや離れた場所で侍立する配下の武将たちがいる。

 そのなかで、まだ若い青年が末席から主人の名を呼んだ。

 

「先ほど姿を見せてすぐ消えた死神……奴の情報は事実だということになります。あれの要請通り将帥を救援に向かわせますか?」

「ゲンジュ」

「おじい様は黙っ」

「小僧」

 

 若気の至りな青年が祖父の叱咤に抗弁しようとしたとき、居並ぶ列の先頭から声がした。

 吹き抜けの大広間の雰囲気が一瞬にして凍り付く。

 その者は鷹の嘴のごときひと房の前髪、その他はオールバックで後ろは長い。

 腕を組んでいた赤銅色の髪の男が虚空を見つめながら言った。

 

「ゲンガン老直系の孫ゆえ許された列席を(わきま)えず、本来は末将にも及ばぬ未熟者がわが紅鶴に意見する不調法……」

 

 鋭利な顔つきに相応しく、鋭い声の持ち主は長身だった。

 羽織った斑模様(まだらもよう)のマントを煩わしそうにかき上げながら、末席の青年に一瞥もくれることなく控えろ、と告げる。

 

 反抗期のような年頃のゲンジュが最前列の彼に敵愾心の目を向けたが、ユダのすぐそばに控えることを許された最長老がたわけっ、と孫を一喝した。

 

「おのれは誰に不平を述べようとしている?」

「……二十三派筆頭、南斗羽鷹拳(はおうけん)のイルフォーン将軍でしょう」

「その将軍に対し、下士官のそなたが迂闊な口を利こうとするでない。下がりおれ!」

「……」

 

 祖父に面罵された孫が不承不承に列の末席に戻る。

 当然にしてこれはゲンジュを守ろうとしたもので、当人のみが叱責されたと拗ねている様子だった。

 

「そう目くじらをたてることもあるまい」

 

 あくびを噛み殺そうとする緊張感のない男が、初めて口を開いた。

 向かい合うように二列で立ち並ぶ彼らのなかでは、筆頭イルフォーンに相対するような位置にいる。

 妖星配下において、鷹とともに「双璧」と讃えられる隻眼の男だった。

 独眼竜の異名を持つ南斗隼蒼拳(じゅんそうけん)の伝承者は新参者にかかわらず、わずか数年でこの地位まで上り詰めた百八派きっての勇将である。

 

「ダガール。よそ者よ」

 

 イルフォーンが目の前に立つ隻眼に視線を移す。

 歯牙にもかけなかったゲンジュとは違い、明らかに同格に対する反応だった。

 

「そのほうは死神と変わらん。信用ならぬ影め」

 

 鷹の両目と隼の片眼が交錯する。

 股肱の臣であるイルフォーンが、成り行きで配下になった極斗衆(ごくとしゅう)の棟梁に不信の目を向けるのはいつものことだ。

 

 他の幹部たちも見慣れている。

 誰も収拾しようとする者はいなかった。

 

 もともと鷹と隼は南斗六星を支える九人の将軍、南斗九龍衆の地位にあり、そのなかでも三傑と呼ばれた武辺者どうしだった。

 互いにライバル視し、何かと張り合おうとするのは当然のように思われている。

 しかしイルフォーンはともかく、ダガールはそういった展開に一切興味がないようで、相手の威嚇を無視して主人の背に問いかけた。

 

極斗(ごくと)ならいますぐ動かせますがね」

「貴様」

 

 眉を上げた鷹が一歩踏み出した。

 同時に湖を眺めていた男の赤紫のマントから、薄い紫のアームバンドが伸びてきた。

 それが主君による制止の声だということを、居並ぶ将帥たちは知っている。

 筆頭の将軍が音もなく定位置へと戻った。

 独眼竜が一礼しながら自薦の言葉を告げる。

 

「わが部隊で十分。拙者が拳王の軍を蹴散らして参りましょう」

「きゃつらは兵の数も多く、一癖も二癖もある難敵や猛者がひしめいている。わたしもダガール様についてまいります」

 

 黒く長い髪をポニーテールにした女が一歩進み出る。

 彼女は隻眼の勇将の配下であったが、現在は影ではなくユダの親衛隊として仕えている。

 名はメイエルといった。

 そのかつての配下に、ダガールが問いかける。

 

「南斗紫蝶拳(しちょうけん)。守りばかりで血に飢えたか」

「世紀末覇者が率いる名将たち。それを狩る機会を逃すべきではないかと」

 

 熱のない上司と気負いのない部下の会話が途切れた。

 主人がふわりと音を立て振り向いたためだ。

 その赤毛の美男子が言った。

 

「私が出陣する。メイエルはここに留まり、湖の守りに備えよ」

「御曹司!」

「ユダ様!!」

 

 ゲンガン老は思わず傅役 (もりやく)が抜けきれぬ言葉を発し、南斗紫蝶拳(しちょうけん)の伝承者も我知らず声を荒げて主君の名を呼んだ。

 だがブルータウンの主は微笑しながらそれに答えない。

 

「コマク」

「ははぁ。赤兎(せきと)の準備はできておりますぜ」

「仕事が早い」

「この下僕、ユダ様が幼少の頃よりお仕えしておりますれば」

 

 居並ぶ将帥たちに向かってドヤ顔を向けたコマクが、大広間から出ていこうとする主人の後を追う。

 その際、赤毛の青年を絶対君主として崇めるメイエルが、彼のアイスブルーの瞳を受けたのか前言撤回、お心のままにと跪いていた。

 

「イルフォーン」

「は」

 

 カツ、とブーツの音を鳴らして足を止めたユダが、古参の猛将に命令を下す。

 

「ブルータウンの軍事を任せる。火急の際は迎撃して殲滅せよ」

「……仰せつかりました。拳王侵攻隊など全て呑み込んでやりましょう」

 

 腹心の高言に紅鶴は口角を上げた。

 内はゲンガンが仕切れと言い残してマントを翻し、背中を見せた彼がまた手を上げた。

 退出する主に、居並ぶ臣下たちは一斉に背筋を正し、礼を施す。

 乱世の雄たる支配者層の一幕を、侍女たちは瞬きも忘れて眺めていた。

 

 

§§§§§§

 

 

 潜伏先の村で静養していたシンがベッドから身を起こす。

 やぼ用だと告げ、長い間姿を消していた死神が、ようやく顔を出したからだった。

 砂埃や擦り傷にまみれていたのは、機動力のある凄腕の男に見合わぬ様相だったが、そのわけを聞いて、配下の影の女は納得していた。

 目つきの悪い男が包帯(まみ)れの主に告げる。

 

「カサンドラに侵入するのは骨が折れまして」

「カサンドラ……」

「一度監獄に入れられると脱出不可能と呼ばれる収容所です。まあわしを捕らえることは叶わなかったわけですが」

「自慢ですねジョー様」

「事実だ」

 

 ベッドの横に座った韋駄天が一気に水を飲む。

 そして大きく息をつきながらぼやいていた。

 

「北斗の聖者がそこにいるとつき止めたものの、どの牢獄にいるのかまでは不明で」

「長を倒して吐かせるしか」

「そんな簡単にはいかん。あそこは獄長ウイグルを別格としても、拳法の達人が多い。軍閥を相手にする覚悟が必要だ」

 

 レスティエに答えながら死神がシンを窺う。

 

「主の回復が追い付いていない。ここであの獄長と闘うのは早計かと」

「それほど強いのですか? そのウイグルとやらは」

「強い。わしでも相打ちがやっと」

「それほど……」

「あやつはカサンドラの伝説そのものだ。かつてあれを倒したのは拳王のみ」

 

 金髪の青年が身を起こした。

 ベッドの背にかけてあった肌着に手を伸ばす。

 影の長が肩をすくめている。

 

「やはり行きますか」

「ここ最近は寝てばかりだ。運動不足を解消する」

「まあ」

 

 レスティエが目を見張る。

 北斗のケンシロウといいこの主といい、負傷からの回復は驚異的だった。

 それが時代の光明たるべき資質というか才能なのだろうか。

 そう思いながら彼女は、立ち上がったシンに上着をかけた。

 

「あのウイグルが準備運動の相手にしかなりませんか。鳳凰を倒していなければ、わしでさえ貴方はほら吹きかと錯覚しますよ」

 

 ジョーカーがそう嘆息したが、配下の様子に気付いてどうしたと問いかけた。

 耳に手を当てて目を閉じていたレスティエが顔を上げる。

 

「……この村で何かがあったようです」

 

 地獄耳の女の報告で、シンがドアノブに手をかける。

 拳王侵攻隊か先遣隊か、どちらにしろ腕慣らしになるといった主の背中を、目つきの悪い忠臣がやれやれといった(てい)で追いかけた。

 

 

§§§§§§

 

 

 小さい村でさえ標的にする拳王侵攻隊の面々は、急襲後に生き残った人々を広場に集めていた。

 拳王様に忠誠を誓わせる、という名目で烙印を押すか、燃えた鉄板の上で黒焦げになるかの二択を迫っている。

 

 すでに数人がその鉄板で亡き者になっていた。

 生き残った全ての村人が奴隷になると選択し、長い列をなして待っていたときだった。

 

 とある少女が引き立てられた。

 焼いた鐘のようなものに自ら腕を押し付ける、という烙印の行為を拒否した彼女は、靴下を脱ぎ、自ら燃え盛る鉄板に向かって歩き出したのだ。

 侵攻隊の隊長以下、モヒカンたちがどっと沸いた。

 

「おっおっ、健気なガキだぜ。お手を貸してあげましょうねえ、お嬢ちゃん」

 

 異相ともいえる巨漢のモヒカンが、少女を掴もうとしてにじり寄る。

 初老の村長が助けようとするも、仮面のならず者に殴られて地に転がった。

 

「り、リン……よすのじゃ!」

「うるせえぞジジイ」

 

 何度も蹴られ、意識が薄くなった村長が、同じように足蹴にされている少年を見る。

 リンという少女を守ろうとした彼が再び起き上がった。

 

「バット」

「くそったれが、リンに近寄るな!」

「小僧、まだ死んでなかったのか」

 

 仮面の男がバットという少年に掴みかかる。

 次の瞬間を予想して、村人たちは一斉に面を背けた。

 ひとりだけ眼を逸らさなかった少女が何を見たのか、女神さま、と呟いた。




イルフォーン。南斗羽鷹拳(はおうけん)伝承者。九龍衆のひとり。オリキャラ。
ビジュアルイメージは、神・原哲夫先生の作品「SAKON-戦国風雲録」に登場する羅刹七人衆の一人、鷹麻呂。
メイエル。オリキャラ。百八派、南斗紫蝶拳(しちょうけん)の伝承者。
かつて北斗分派の争乱で、ラオウにその命を救われている。
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