近くにいるのも汚らわしい。
そういった女性の表情だった。
青白い頭巾のその人物は、リンとその近くにいたバットを優しく見守りながら言った。
「小さいながらも貴方たちは戦士。このレスティエ、その思い確かに受け取りました」
「ああ?! なんだあ女ぁ」
「絞め殺されてえのか!」
大柄なモヒカンが女性の目の前ですごみだし、仮面のならず者が挟み込むように立ちふさがる。
村人たちの悲鳴が響く。
不意に、彼女がモヒカンの顔に手をかざして言った。
「人の皮を被った悪魔め……!」
ごつい男の顔面に、女の白い指がさくっとめり込んだ。
指の数だけ斜めに斬り裂かれたモヒカンが、なにをぱら、と意味不明の叫び声をあげ、血をまき散らして倒れ込む。
周囲がどよめいた。
大仰な椅子に座り込んでいた侵攻隊の長が、あれは、と瞠目しながら腰を上げる。
「南斗聖拳……?!」
「てめえアマぁ、ぶっ殺して」
「死ぬのはお前だ下種」
我に返った巨漢の仮面男が見たのは、青白い頭巾の女が舞うように片腕を一閃させた姿だった。
音もなく着地した相手に、ふざけやがってと棍棒を打ち下ろそうとしたものの、息ができなくなって喉に手をやった。
仮面男がつんざくような悲鳴を放つ。
「ちっ、ちちちち、血ぃいいいい!! 切れてるきれてる切れて……」
喉を裂かれたならず者が絶叫を止めた。
鉄の仮面が用を成さず、頭の半分がスイカ割りになった標的が静かに倒れ行く。
一瞬にして侵攻隊の二人が斬り殺されたことで、モヒカンたちが引き下がる。
そんな士気の乱れを悟った隊長が一喝した。
「静まれい! 南斗の使い手とてたった一人の女、押し包んで踏みつぶせ!!」
十数人の大柄な男たちが武器を手に、レスティエを囲む。
リンを抱き寄せた彼女がバットのいるところへ跳躍し、彼も救って両の脇に抱え込んだ。
「すばしこい女め、このジジイがどうなっても」
村長を人質に取った一人のモヒカンの背後に、いつの間にか誰かが立っていた。
はっと周囲が気付いたとき、その大男は脳天から股まで唐竹割りにされていた。
村人たちと侵攻隊がそろって驚愕の声を上げる。
そのすさまじい一刀両断を見たならず者たちが、本能から怖気を奮って後ずさる。
「お前は」
侵攻隊隊長、ガロンが黒い髭をしごきながら、薄緑の髪の乱入者を見て言った。
「死神。鬼の
「この天翔が図体のでかい獄長やその他の連中にか? 笑わせるな。それより侵攻隊のなかに、カサンドラの獄卒が混ざっていることのほうが驚きだ」
「ほざきおって。わしの火闘術で黒コゲにしてくれるわ!」
ガロンが立ち上がり、二本の偃月刀を抜き放った。
その侵攻隊の隊長を呼び捨てにし、獄卒の中から進み出た何者かがいる。
「噂に聞いていた韋駄天とはお前か。いいところに出くわせた。ガロン、この敵はおれに譲れ」
「ターゲル」
長めの白髪、額のヘッドバンド。
カサンドラの拳士のなかでも別格の雰囲気を持つ男が、ジョーカーと向かい合った。
「ジョー様」
「レスティエ、子供たちを連れて下がっていろ」
目つきの悪い上司が部下へそう告げ、強敵に向き直る。
「ターゲル、黒掌十字拳か。ウイグルの右腕が登場とは、探す手間が省けたな。わしが直々に退治してやろう」
「大言を軽々しく口にする、薄っぺらい疫病神め」
腰を落とし、十字に構えた男がトランプを手にする死神と睨みあった。
「わが拳を見たものには死、あるのみ!」
「シッ」
死神が放つトランプのカードは空を切るばかりだった。
それをつかみ取ったターゲルが高らかに笑う。
「ハハハ下らぬ術だ。舐めおって」
南斗の拳と十字拳が交錯した。
双方とも軸足を回転させてまた対峙したが、目つきの悪いほうの男だけに出血があった。
「ほう避けきった。なかなかどうして、やりおるな死神ぃ」
レスティエにはいつ彼が上司を斬ったのかわからない。
それほどの早業だった。
「お前が初めて見る拳法。果たしてどこまで避けきれるかな」
十字に構える相手に本気になった男が、あっという表情でターゲルの背後を見た。
「やめましょうや、それはない。ここは黙って手下の活躍を見ているべきです」
「何を世迷言を。背後に注意を向けて隙を作ろうなどと」
「ターゲルよ振り返れ、そして渾身の気合で迎え撃て」
「あ?」
ジョーカーの自分を案ずる形相で、彼は反射的に後ろを向いた。
警戒を込めて構え直しながら、彼が鼻で笑う。
「このターゲルの背後を取れる者などいようはずが」
言いかけた白髪の拳士が押し黙る。
ガロンが火闘術発動のために飲んでいたガソリンのドラム缶を、無意識に落としていた。
煙の中から歩み寄ってくる影の方向を見つめる隊長は、顔一面汗まみれになっていた。
侵攻隊の面々が誰だかわからず打ちかかろうとしたとき、死合いに慣れたガロンが大音声で命令した。
「おのれら、下がれぃ!!」
風に吹かれた金髪が靡いている。
見た目は線の細い美青年にしか見えない男だが、そこから発せられる押し込めた何かは、他のどの強者とも違っていた。
そのことに気づいたのは隊長とターゲルだけだった。
「あいつが……あれが南斗の帝王を貫いた極星の牙」
「おいターゲル」
火闘術の髭男が、僚友の
だが拳士として自負があるウイグルの片腕は、何かに魅せられたように十字の構えのまま、その相手との間合いを詰めていった。
「黒掌十字拳、その金髪首は頂いた!」
ターゲルの技の発動を見てから、その青年が動いた。
高速の相手ほど素早い所作ではない。
だが彼が十字の傷がある手の甲を向け、指突の形に変え、それを引き絞って突き放つと、突進してきたカサンドラの拳士は一瞬にして撃ち砕かれた。
その体は衝撃音や爆風とともに跳ね飛んでいき、粉微塵になりながら、荒野の彼方のつむじ風となって消えていった。
「……」
村人も拳王侵攻隊も獄卒も、呆然と固まって声もない。
信じられない破壊力に、今何が起きているのか理解が追い付いていないようだった。
「南斗
「あの方と対等に戦っていた聖帝や北斗神拳伝承者が異常なのだ」
主の拳の復活を見た上司と部下が無表情に語り合う。
ようやく状況を呑み込んだ侵攻隊が恐慌状態に陥った。
「村人を盾に取られると面倒だ、レスティエ」
「はい、できるだけ討滅致します」
罪もない人々を奴隷に仕立て上げようとした悪魔どもに容赦はない。
南斗聖拳の前にはゴミクズ同然、という言葉通りの一方的な追討戦が始まった。
「あばばばあばばあ、あ」
死神に腹を斬られたガロンが断末魔を残し、口から吐いた炎に引火して大爆発を起こした。
それに巻き込まれた侵攻隊は全て消し飛んだ。
獄卒は幾人か逃げ伸びたようだが、それ以上の追撃をやめた二人が戻ってきた。
村の人たちから謝意を受ける影たちが主を窺う。
金髪の青年はリンとバットの質問攻めにあっていた。
「北斗神拳を知ってるの? じゃあケンって人の名前は?」
「知り合いなんだろ? じゃあどこにいるか教えてくれよ」
子供らしい台詞で
カサンドラでの用事がすんだら、病人を連れてここに戻ってくると。
ケンと会えるの? やったあと早合点に喜ぶ二人に、シンは何も言えずにいた。
それを微笑ましく見守るレスティエとは違い、頭痛の種が増えたとばかりの死神が、主に向かって肩をすくめていた。
「トキをこの村で一旦療養させるのはわかります。ただ、そのあとこの子らを連れてケンシロウがいるサザンクロスへ向かうとなると、色々と手間が」
「……」
「大人だけならともかく、小さき者は色々厄介ですぞ」
「ジョー様!」
部下らしからぬ叱咤の声が村に響く。
その剣幕に死神が肩をすくめている。
二人くらいの子供をどうにかできないで世を救えますか、というのが彼女の言い分である。
ユリアが望む世を創るために拳を奮う、と公言してしまったシンも、これには押し黙るしかない。
天をも砕く拳の持ち主と、影の実力者が女性の意見に唯々諾々と従っている。
リンはその様子を不思議そうに眺めていた。
力こそが正義の世界でおもしれえことがあるもんだ、とバットが腹を抱えて笑っていた。
ターゲル。黒掌十字拳。北斗の拳のアニメキャラ。カサンドラの拳士。