四輪駆動を手に入れたシンの一行が、リンとバットのいる村に引き返すのはさほど時間を要しなかった。
銀の聖者、医療の仁を知る者は多い。
当然にして村からは
しばらく静養に専念したあと、宿舎の部屋で改めてシンと対面した。
寝食を得て数日、ベッドから身を起こした彼の顔色は悪くはない。
そんな彼が傍らに立つ金髪の青年に尋ねた。
「わが弟よりも先に私に会いに来た理由とは」
「ユリアだ」
「……ユリア?!」
伝承者だけではなく、北斗の長兄や次兄にとっても南斗の象徴は青春だった。
トキほどの人物が水の入ったグラスを震わせたほど、その名は衝撃的だったようだ。
「あれは病に体を蝕まれている」
「……」
シンの言葉に、影主従が神妙に頷く。
貴方の仁術ならばまだ治せる、という青年の言葉に、トキは水を飲み干してから頷いた。
「……私の力が及ぶ限りその期待に応えよう。だがケンシロウとユリアは今どこに」
「いずれサザンクロスに向かうはず。主がユリア様のために建てた南の孤島です」
レスティエが代わりに告げた。
しかし目的地は遠い。トキ自身も体調を整える必要がある。
「組織だった抵抗ができる城塞。そのサザンクロスでわが兄ラオウを迎え撃つ、か」
「五車星やダンテ、ナリマンなどの手練れが北斗神拳伝承者の脇を守る。備えは万全です。まあ時間稼ぎは必要でしょうが」
死神がトキの言葉に答えながら、シンを窺った。
まだ完全に傷が癒えない状態でラオウと戦うのか、という表情をした銀の聖者へ、南斗
獄中にいたトキが外の世界の流れをレスティエから聞いて、思わず嘆息した。
天を仰ぎ、そして俯く。
やがて感無量といった
「そこまでしてユリアに殉ずるというのか……けして報われぬと知っていてあの娘を……いや、ケンシロウを含めた二人を生かそうと」
「……」
「ならば救世主はあれではなく」
「おっと、そこまでです仁のお方。主はその呼び名に相応しいお人ではありません」
おどけた様子でジョーカーが間に入った。
そう評する影の長は得意気だ。
誇るかのように仰け反っている。
「北斗神拳伝承者こそ救世主の器。主の動機はあくまで慈母の星。それ以上ではありやせんぜ」
「……」
名も実もいらぬ、か。
隠遁者であるトキが静かに独語する。
であるからこそ聖帝を倒し、自分ともあろう者がケンシロウの気と読み間違えたのだろう。
休養が今の貴方の仕事だ、とシンから告げられた聖者が部屋で一人になった。
一抹の寂しさを消せないまま、彼はベッドで横になる。
目を閉じたとたん、その意識はすぐに消えた。
§§§§§§
当然のような顔でついて来る死神が、各軍閥の新しい情報を告げてきた。
「カサンドラを落とされた拳王の動きが今以上に活発になりました。ですがそれに匹敵する一大勢力が不穏な動きを示しているようで」
「とは」
「元斗皇拳です」
「元斗……。天帝の忠臣たる拳士たちか」
「それは核戦争前の話。今は事情が違っておりましてな」
地獄耳のジョーカーが語る。
現在帝都の実権を握っているのは総督ジャコウ。
事情があって、その狡猾な男に元斗の拳士たちは従属を余儀なくされている。
天帝が人質に取られているというのは噂であり、真偽はわからない。
「それにしても金色のファルコ率いる元斗の伝承者たちは、北斗四兄弟や南斗六星にも引けを取りません。軍勢や装備に至るまで、その規模は軍閥中随一でしょう」
恐れていた乱戦の様相に、ジョーカーが苦い表情を浮かべている。
「拳王の脅威がある今、帝都などを相手にしている余裕はなく……ましてや金色はその世紀末覇者に匹敵する豪傑。いっそ化け物どうし相打ちでもしてくれませんかねえ。それだけでこの世は平和になりそうだ」
砂塵の中を進みゆくこと数日、久しぶりに見る街並みを指さして、死神が言った。
「やっと見つかったか。あれが近頃拳王の影響下に入った街、メディスンシティーです。支配者の長寿のために、霊薬が作られているとも聞きます」
「くだらぬ」
カサンドラでは拳法家の極意書を取り上げて解読し、手に入れたばかりの街で薬剤を研究させる。
ここ一連のラオウの動きは、今のシンにとって唾棄すべき所業でしかない。
前世での己が悪行を思い出す。
自身に向けて怒気を発しているのも同じだった。
「慎重に見定めるべき
ジョーカーが目を凝らして、砂のカーテンの向こうにある目的地を眺める。
そのときステンレスの水筒が飛んできた。
「おっと」
「……薬の他に水や食料も必要だ。サザンクロスまでの道は長い」
小型のスキットルを受け取った死神がそれを口に含む。
アスガルズルで手に入れたブランデー。年代物だ、と影は相好を崩した。
§§§§§§
霊薬の街、メディスンシティーを任されたのは拳王陸戦隊の将軍だった。
槍使いとして高名な男だ。
銀に統一されたプレートアーマーで全身を覆っており、長大な三叉の槍を手に幾多もの戦功を挙げた歴戦の勇士である。
古風で謹厳な騎士である彼が、配下の騎士団を率いて城外の敵を迎え撃つ。
バルダと呼ばれた将軍は、翻る多数の旗の紋章を見て、それが帝都の軍であることを確信した。
「長槍部隊、行くぞ」
帝都の鉄機兵団と守衛の槍歩兵が門前の荒野で激突する。
剣戟が鳴り響く乱戦のなか、防戦側の騎士団が噴水のように舞い散った。
軍団のプレートアーマーを撃ち抜く閃光が戦場に
その青の闘気が振るわれるたびに、侵攻軍の敵が砕け散った。
猛者ぞろいの長槍部隊が隊列を乱して後退していく。
団の崩壊を防ごうとバルダが先頭に立ったとき、巨漢の拳士が湧き上がる闘気を
「青光将軍ボルツである。暴狂星の飼い犬どもよ、この街は天帝の指揮下に入る。慈悲により奴隷として生かしておいてやろう。滅光の痛みを受けることはあるまい。降伏せい」
長く青い髪、青いマントを靡かせた男は、帝都の将をあらわす太極星の胴着に身を包んでいる。
腕組みをするその相手に、バルダが槍を構えながら一喝した。
「ばかめ。世紀末覇者の知遇を得てこの街を任された以上、うぬら得体の知れぬ輩に下る者などおらん」
「ならばその首を置いていけ」
ボルツの体が青い光に包まれた。
湧き上がる気脈で髪が逆立たせた彼が、嘲るように言った。
「元斗の滅光、初めて見たか」
「その程度の闘気で粋がるな。わが獲物で突き殺してやろうぞ!」
そんな城門前の光景を窺う二つの影がある。
倒壊したビルから顔を出した死神が、主に振り返って尋ねた。
「なんか殺伐としてますが……どうします?」
「放っておけ。それより薬の調達が先だ」
「調達というより窃盗ですがね。まあ代替えのガソリンは置いていきますが」
主従が気配を消してシティーへ潜入していく。
それを知らぬ街の支配者と侵攻部隊による、大将どうしの一騎打ちが始まった。
「しぇあ!」
無数に突き出される三又の槍を見切ることができたのは、元斗の戦士だけだった。
巨体に似合わぬ体術で避けていた彼に、なんであれが見えるんだと拳王軍が瞠目する。
薙ぎ、払い、突きと縦横無尽の槍がボルツを追い詰めていく。
その切っ先が青い髪の猛将の頬を抉った。
「ほうこれは」
槍を避けたつもりだが、と呟いた巨漢が流れる血をぬぐいながら言った。
「ふむ拳王め。なかなかよい手駒を飼っている」
「揺らぎが真随、わが
「なるほど……わしの体術を上回るか」
ボルツが槍を振りかぶる構えを取った。
死ねいと咆哮したプレートアーマーの騎士が歴戦の獲物を奮ったが、それは相手の槍の形の闘気に払われた際に、あっけなく曲がって二つに折れた。
「なっ?!」
「帝都にもそうはおらん槍使いよ。この体に傷をつけた褒美である。今度はわが奥義を見せてやろう」
むーんと気合を込めたボルツが両の手に闘気を
長剣を抜き放ってくる相手を武器ごと、その分厚いプレートアーマーを撃ち抜く。
元斗の青い滅光はそれだけでは止まらず、後方にいた長槍部隊も巻きこんでいった。
すでにバルダは
青い炎にまかれる槍使いの死にざまを見て、生き残った配下たちが浮足立った。
「元斗
闘気を消したボルツが、城内へ退散していく敵軍をあえて見送る。
周辺の状況を探らせていた斥候が戻ってきたことで四輪駆動に引き返し、その報告を受けた。
「巨馬に率いられた一軍が近づきつつあります。あれを乗りこなすことができるのはこの世でただ一人」
「……来おったか」
帝都の将軍が我知らず武者震いを見せる。
シティの攻略より本命の首を取ることを優先した彼が、重歩兵に転進を命令した。
「天帝の
ボルツ。元斗皇拳伝承者のひとり。帝都の青光将軍。アニメ版のキャラ。
バルダ。拳王軍の武将。
同じくアニメ版のキャラ。