聖拳列伝   作:小津左馬亮

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三十五話  拳王登場

 黒い兜、赤いマントの世紀末覇者が手綱を動かした。

 両前足を上げていななく雄姿を知らぬ者はいない。

 その巨大な黒い馬の名は黒王号といった。

 

 そんな黒王の威嚇に、対峙した帝都の重歩兵が後ずさる。

 やがて青い髪の元斗の将軍が進み出た。

 荒野のなか、異様な闘気を放つ無言の存在と向かい合う。

 

「貴様がラオウか。聖帝が(たお)れて以降、随分と動きが激しいようだが、我ら太極星がいる以上そうはいかん」

 

 ボルツが両の手に光を宿し始める。

 青の波動を(まと)った際に、地面が抉れて砂煙を上げていた。

 それを見た拳王侵攻隊が大刀や斧を振りかざし、相手に打ち掛かる。

 

 主に劣らぬ巨躯を誇る男たちだったが、ボルツが奮う重い拳撃に耐えられる者は誰もいなかった。

 青光に溶けていく猛者たちの数は増えるばかりだ。

 それを見守っていた北斗の長兄が、傍に控える兜武者の名を呼ぶ。

 

「ザク」

「はは」

 

 陸戦隊の将軍である兜武者が配下の隊員に下がれぃ、と一喝する。

 波が引くように彼らが後退する。

 そのなかを歩み来るボルツが、ラオウを見上げる距離まで近づいた。

 帝都の猛将に向かい、馬上の主が静かに言った。

 

「バルダをやったのはうぬか」

「……あの槍使いか。なかなかの使い手ではあったが、このボルツの元斗皇拳には及ばぬ。ラオウよ、貴様も例外ではない」

 

 滅殺の光の持ち主がぬはははと高笑う。

 闘気の槍を作り出した彼がそれを投げ放った。

 

「ぬっ?!」

 

 ラオウは手綱ひとつ動かさない。

 ブシャッという効果音を残し、その青い光は一瞬で霧散した。

 馬上の主がどうやって防御したのか、いつ弾いたのかわからず、ボルツが目を剥いた。

 

「わが光槍が消えうせた……?」

「間合いを飛び道具で詰めようなどと小賢しい。来い、うぬ自身でこの拳王に寄ってみせい」

 

 赤いマントが風に靡いた。ラオウが初めて構えたのだ。

 しかし馬上からのその様相に、ボルツがさらに瞠目した。

 

「なにィ降りぬのか?!」

 

 ラオウが低く笑った。

 その心胆寒からしめる唸りのような音に、元斗の拳士が我知らず一歩引いた。

 己に逆らった達人たち、そのすべては同じ反応を示してくる。

 その矜持を砕いてから肉体を砕く。

 世紀末覇者は馬上で凄まじい気炎を上げていた。

 

 無言ながら、心得のある拳士には伝わるものがある。

 下馬して戦うまでもないというラオウの反応で、帝都の将軍が激昂した。

 

「思い上がりおって……! 天帝の戦車にすぎぬ北斗如きが図に乗るとは!!」

 

 馬上で死ね、と叫んだボルツが巨体に似合わず俊敏に飛び上がった。

 青光が標的を薙ぐ。

 遠巻きに見ていた拳王侵攻隊がおおっとどよめいた。

 覇者の赤いマントの一部が細切れになっている。

 ラオウが珍しく眉を上げた。

 

「元斗皇拳……わが闘気の防御を斬り破りおったか」

「次はマントなどでは済まさん、その駄馬ごと突き殺してくれよう」

「皆の者下がれっ、まだ足りん!!」

 

 将軍ザクが部下を振り返り、さらに後退するよう叫んだ。

 その瞬間、戦場がカッと(きら)めいた。

 青い光を(まと)い、再び舞い上がった青い髪の拳士が、世紀末覇者の極大の闘気をまともに受けて吹き飛んだ。

 バカな、そんなバカなぁあという断末魔を残し、元斗皇拳伝承者は衝撃の波に飲み込まれていった。

 技の発動後も消え失せぬ風圧に耐えながら、ザクが思わず呻く。

 

「北斗剛掌波……さしもの帝都の猛者も拳王様にかかれば一撃掃滅」

 

 ボルツだけではない。

 彼の率いる重歩兵の軍団も巻き込まれ、ラオウによる渾身の掌底で塵と化していた。

 奥義が突き抜けたあとの地形が抉られ、一本道のように続いている

 

 ラオウが拳を握る。指の間からは血が流れ落ちていた。

 彼からすれば屈辱の負傷といっていい。

 元斗皇拳侮るべからず、という意識を強くした不機嫌極まりない覇者が、不意に馬首を返した。

 

「メディスンシティー、現在は城代がおりません。誰を使わしましょう」

 

 ザクの言葉にラオウが天を見上げながらガルダ、と名指しした。

 

「ガルダ……別動隊を率いて近くの村を攻略中ですが……あやつは南斗」

「かまわん、聖帝にも従わなかった反骨の男。あやつならバルダの後任に値する」

「……御意。ではその村を鎮圧後、シティーへ赴任するよう伝達いたしましょう

 

 ザクが一礼した。

 先に霊薬の街へと侵入したシン主従のことを、現在のラオウが知るはずもない。

 治安維持のために軍勢を駐屯させるよう命令しただけだった。

 

 

§§§§§§

 

 

 メディスンシティーの医療施設に侵入した二人組がいる。

 残虐非道の殺人拳の伝承者である彼らは、施設の倉庫内で堂々と犯罪行為に勤しんでいた。

 だがそんな窃盗犯は当然にして、防犯の網に引っかかることになる。

 阻んだ者としては当然の誰何(すいか)だったが、初めて犯罪者扱いされた金髪の青年は、むずかゆい表情を守衛の男に向けていた。

 その男はゾリゲと名乗った。

 

「拳王様のための霊薬の街で、白昼堂々リュックを背負って、ですか。いい度胸をしていますな。そんな命知らずは今までほとんどいなかった」

「……あやつ、変な玉を持ってますぜ」

 

 窃盗組のなかで、目つきの悪い男のほうがふと告げた。

 浅黒い肌の守衛は、白いその球を何個も懐から取り出している。

 重そうに見えるそれをお手玉し始めるのを見ながら、死神は中身は詰まっていると察した。

 

「盗人どもには死を」

 

 爬虫類系の薄気味悪い男が、白い玉を放り投げてきた。

 当然にしてそれはジョーカーに当たることはない。

 しかし玉が当たった壁や地面が煙を上げて溶解しだしたのを見たとき、彼が舌打ちを放った。

 

「物質は砕けても液体は砕けない。いかに名のある拳士であろうと、硫酸を防ぐ手立てはありません」

「っと」

 

 死神が踊る。

 次々と投げられてくる硫酸の入った玉を(かわ)し続けていた彼だったが、そのうちのひとつを斬撃で切り落とした際、死角から飛んできたそれが肩のプロテクターに命中した。

 激痛を堪えしゃがみこむ犯人を見たゾリゲが、ほうほうと感心しながら呟いた。

 

「硫酸を密封する厚い素材を素手で斬り落とす。そんな芸当ができるとは貴方……ただのコソ泥ではありませんね」

 

 浅黒い男が喉の奥で笑う。

 連投される玉から逃げるため、ジョーカーは高い天井に向かって飛び上がった。

 

「ほほう脚力も尋常ではない。しかし小官も空中戦には自信がありましてな」

 

 盗人と守衛が空中ですれ違った。

 決定打を与えられず、双方が着地する。

 

「やりますねぇ!」

 

 ゾリゲが構え直しながら振り向いた。そのときだった。

 鳥の羽が目の前に舞った。敵の首元の飾りから落ちたものだった。

 

旋回残指(せんかいざんし)

 

 目つきの悪い男がゾリゲの眼前で膝をついて着地する。

 その際、×の形に相手を斬り下げていた。

 時が止まったように二人は動かない。

 やがて守衛が血を吐きながら口を開いた。

 

「人間のうご、きじゃない、ですね……すばらしい……舞いだ」

「南斗天翔拳。せめて名乗りを聞いてから挑むのだったな」

「そう……か……キサマがあの、いだ、てん」

 

 体にヒビが入ったひょろ長い男が、職務を全うできずバラバラになって崩れ落ちた。

 余計な負傷を負った死神に、金髪の青年が消毒薬と包帯を手渡す。

 

「……お前がここまでやられるのは珍しいな」

「奴の言う通り、液体には勝てませんて。それより薬ですが」

「健康飲料、真空密封された薬剤、錠剤。そのほか医療器具が見つかった」

「それはそれは。では水や食料もろとも、背嚢(はいのう)に収納してとんずらしましょう」

 

 天をも砕く拳の持ち主が、盗品をリュックにつめて背負う姿は見ものだった。

 気配を消して進むそんな美男子に思わず笑いそうになる死神が、トランプカードを一閃させた。

 施錠を破壊し、扉を蹴破っていく。

 もともと善人ぶるような二人ではない。

 世紀末のこの世において珍しくもない悪党そのものな姿だった。

 

 拳王が支配する街に堂々と押し入り、強盗に及んだ男たちの噂は、一時休憩のために滞在していたラオウの耳に入ることになる。

 手練れであった医局の守衛を倒した痕跡から、将軍ザクはそれが南斗聖拳であると断定して主に告げた。

 

 聞くや否や、奴らを追う、とラオウが黒王号に乗り上げる。

 機動力のある部隊のみを率いて、すぐにシティーを後にした。

 薬や食料品だけではなく、車も乗り逃げした凶悪犯を逃がすわけにはいかない。

 かくしてシンたちからすれば自業自得の振る舞いで、世紀末覇者を招き寄せることになった。




ゾリゲ。医局の守衛。テレビアニメ版のキャラ。
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