聖拳列伝   作:小津左馬亮

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三十六話  邂逅

「王よ」

「……」

「主のことです」

「聞きなれぬ呼び方はよせ」

「ではKING」

「……なんだ」

 

 四輪駆動のハンドルを握る死神がバックミラーを見た。

 察して振り返る助手席のシンが、遠くにはためく拳王軍の旗を確認して立ち上がる。

 

「何をなさいます?」

「お前はこのままトキの元へ行け。医療品だけではなく水や食料も必要な村だ。ここで俺が足止めする」

「足止めは普通部下がするもんですが」

「お前の韋駄天は得難い。それに」

 

 追手の先頭に立っているのは巨大な馬だ。

 砂煙を上げて疾走してくる黒い影。

 あの追撃を止められるのは自分しかいない。

 

「あれはラオウ本人だ」

「なんですと?! しかしまだ貴方は万全ではない」

「任せたぞ」

 

 シンが車両から飛び降りた。

 遠ざかるバギーから死神の迎えに上がります! との叫びが聞こえてくる。

 それに背を向けて、金髪の青年は砂煙のほうへと歩き出した。

 

 かくしてわずかの時間で黒王号は標的に追いついた。

 いななく巨馬の手綱を握り、世紀末覇者が久しぶりに会う人物を見下ろす。

 そして言った。

 

「若僧。多少は男の顔になったか」

「そういうお前は人相が悪くなった」

 

 兜の下で眉を上げたラオウが重々しく告げる。

 

「……聖帝を破って(おご)ったか。わが街に押し入って物資を強奪しようとは」

 

 もしくはそれはユリアのためか、と彼が虎眼を見開く。

 その推測を南斗の男は否定しなかった。

 再び北斗の男が尋ねた。

 

「あれをどうした」

「……知らんな」

「うぬがケンシロウからあれを奪い、連れまわして旅をしているのは聞いている」

「見ての通り、ここにはいない」

 

 シンが両手を広げた。強盗の被害者側がさらにたたみかける。

 

「カサンドラを崩壊させ、トキを救い出した。それだけで万死に値する」

 

 ごうっと風が吹いた。

 自然現象ではなく、馬上の主から放たれた(ほとばし)りだった。

 金髪が靡き、その体は後退したが、そんな気当たりは南斗極聖拳(きょくせいけん)伝承者を一ミリもひるませることはできなかった。

 シンにしては珍しく、その語気に侮りの色がある。

 

「万死に値するのはお前だ。リュウケンを殺し、世紀末覇者を名乗り、その勢力を築くために、どれほどの暴虐を繰り返した? あまつさえカサンドラやメディスンシティーの建設など、凡百の権力者に成り下がる」

 

 無言の馬上の男が手綱を動かした。

 衰えたな、という地上の男の台詞で、それを握りしめた彼が黒王に突進を命令する。

 土砂がどっと跳ね飛んだ。

 馬の蹄による砂塵であったが、地上の男が飛んだ際の破片でもあった。

 

「ぬうりゃ」

 

 拳王の気合の声が響く。

 元斗の戦士に破られた防御とは比較にならない厚みの闘気を発し、飛び上がった相手を迎え撃った。

 金髪の青年の蹴りは鋭かったが、その防御を突破することはできなかった。

 ラオウが体勢を崩した相手へ正拳突きを放つ。

 

 シンはかろうじて十字受けで耐えたものの、衝撃を完全には受け流せず、防具を粉々にされた状態で大地に叩きつけられた。

 包帯だらけの体を露出させてからようやく、彼は跳ね起きた。

 馬上の豪傑が負傷者を鼻で笑う。

 

「サウザーを倒したものの満身創痍。有象無象ならばともかく、その状態でこの拳王に立ち向かおうとは」

 

 練られた気脈の凄まじさで大地が震える。

 気宇の大きさに相応しい強さの覇者に対し、かの防御を突き破る力はまだ戻ってはいない、と確認したシンが、ボトムの埃を払いながら立ち上がった。

 

「このままで十分。南斗ごときの細腕などこの黒王が噛み砕いてくれよう」

 

 馬で始末をつける、とまで宣言された瀕死の男が、十字の傷がある手の甲を相手に向けて動かした。

 

「もう一回やってみろ」

 

 ラオウが無言で馬を駆る。

 蹄を繰り出して蹴り殺そうという、彼の目算は見切ったものの、人馬一体、拳王たる男の剛腕まで防ぐことはできなかった。

 

「ちっ」

 

 舌打ちを放ったのはラオウ自身である。

 手応えのなさと、黒王のたてがみが斬り取られたことへの驚きも混ざっていた。

 

 砂埃に(まみ)れ、大地に手をつく青年が呼吸を整える。

 勝機が一切見えない戦いのなか、シンは口角を上げていた。

 不世出の剛拳の持ち主に死の稽古をつけられているようだ。

 あの日に戻った感覚に囚われていた。

 不審そうにラオウが問いかける。

 

「若僧……何が可笑しい」

「俺のように恵まれた男はいないと思っている」

 

 震えながらシンが立ち上がって独語した。

 

「南斗、北斗の頂点と拳を交えるはもはや武運。冥利というものだ」

 

 燃え(さか)る闘気や感情の(ほとばし)りのない半死半生の相手に、ラオウはとどめを刺す動きを停止させた。

 この男は筋金入りの死人である。

 そして南斗六星の拳士には、断固相殺拳という奥の手があることも知っている。

 

「俺はすでに飛び掛かる力はない。どとめを刺しにこい、ラオウ」

 

 世紀末覇者を名乗る男には野望があった。

 北斗神拳伝承者を破り、乱世に覇を唱え、ここではない別の大陸を制する。

 

 そんな野望とは別のものも、未だ手にしていない。

 金髪の若僧一人に拘っている時間などはないのだ。

 そうでなくても元斗や北斗の分派、そして正体をあらわさない他の斗の拳の存在もあった。

 

「拳王サマぁ、もはやこんなゴミにかまっている時間はありやせんぜ」

 

 拳王偵察隊のシーカーと呼ばれる奇妙な男が、軍勢のなかから姿を現した。

 舌が異常に長い。

 そのゴーグル男がラオウに跪き、カサンドラが落ちたことで各地に反乱の狼煙が上がり、帝都の新手、聖帝の残党などが蠢動していることを告げてきた。

 

 配下の早耳にラオウは満足したものの、それぞれの地域に名のある武将を差し向けることを命令したのみで、この場から動かない。

 

「こいつの始末はお任せを」

 

 シーカーが数名のならず者を従え、爬虫類のように舌をくねらせながらヌンチャクを手にし、シンに迫る。

 黒王がぶるると鼻息を放ちながら主人を窺うような動きを見せた。

 

 馬上の主の虎眼に揺らぎはない。

 己の体を突き破った唯一の男、黄金の牙の持ち主を一瞥し、その最後を見ずに馬首を返そうとしたそのとき、地平線から煙を上げてやってくる軍勢を発見した。

 

 ラオウほどの男が珍しく瞠目した。

 肌にピリッとした緊張を覚えたのは無意識のことだった。

 

 紅に統一された部隊の装甲が陽の光に照らされている。

 その(さま)はまるで火の玉だ。

 斥候を放った拳王の機動部隊が軍旗を発見して舞い戻り、黒王号の前に跪いて驚愕を隠せずに叫んだ。

 あの赤紫の旗はU.D、ユダの軍勢です、と。

 

 

§§§§§§

 

 

 そのころ、とある村を攻略しようとしていた人物がメディスンシティーの赴任命令を受けた。

 霊薬の街の城代とは大役ながら、とりあえず優先させるべきは目の前の村落である。

 数十名の部下とともに村の前で陣を敷いた。

 指揮官がぺっと唾を吐き捨てる。

 

「ザクの奴め。このオレを駒扱いとはいい度胸だ」

「これでは急襲どころではありませんな。しかしどちらにし標的は小さい。将軍のお手を煩わせるほどではありません」

 

 側近の言葉に将軍と呼ばれたツンツン頭の青年が頷いた。

 灰色(かいしょく)の髪、顔の右面だけ仮面で覆い、希少な羽毛を首元に巻いた男の名はガルダ。

 南斗尉鳥拳(じょうちょうけん)の伝承者であり、六星に次ぐといわれる南斗九龍衆のひとりだった。

 

 核戦争前からあった南斗の権力争いのなか、師でもある母を殺された経緯から、彼は配下以外の全ての南斗に憎悪を抱いている。

 そんな復讐に身を焦がす男が拳王軍に入ったのは当然の成り行きだった。

 

「ん」

 

 ガルダが椅子から身を起こした。

 籠城の構えを見せていた村から二人の女がやってくる。

 双方とも容貌に優れているようだった。

 戦利品じゃあ、と味方部隊から口笛を伴った歓声が上がった。

 

「たわけどもめ」

「女どもを生け捕りにして褒賞となさるべきでしょう。このあとメディスンシティーにも赴任せねばなりません。士気を高めるにはちょうど良いかと」

 

 側近がお任せくださいと進み出る。

 彼も百八派のひとつ、南斗牙翼拳の使い手だった。

 生え際が怪しい壮年の姿を見た女の片割れが、貴方はコウシュウ様、と驚きを隠せない反応を示している。

 

「ほう吾輩をしっているのか、南斗の女か?」

 

 青白い頭巾のなかの表情をひきしめて、レスティエが頷く。

 片側に仮面をつけたガルダを認識するにはもう少しの時間を必要とした。

 百八派のなかでも最上位に近い九龍のひとり、それが総大将だと気づいた彼女が、裂帛の気合を見せて構え直す。

 

「死を覚悟したようだな。よい顔をしている」

 

 コウシュウが武人然とした面に同情の色を浮かべたが、そんな感傷はすぐに消えた。

 今は乱世だ。

 彼女の隣にいる黄緑の髪の女ともども、自軍への生贄にするつもりで間合いを詰めていく。

 

「ここはわたくしが押さえておく。ベラはトキ様を呼んで」

「何故だ。二人がかりなら倒せるはず」

「おしゃべりとは余裕だな女」

 

 南斗牙翼拳の牙が大地を薙いだ。二手に分かれた女たちがコウシュウを挟み込む。

 

「シャ」

 

 レスティエの南斗聖拳を(かわ)し、牙を薙ぎ払う。

 そんな自分の反撃で一瞬にて終わるどころか、服を破く程度にあしらわれたことで、コウシュウが何っと驚愕する。

 それとは別方向から、緑の髪の女の拳が放たれた。

 バラの棘の如き一撃が彼の脇腹に食い込む。

 彼は攻勢を中断し、後退せざるを得なかった。

 その棘の跡を見たコウシュウがなるほど、と呟く。

 

蘭山紅拳(らんざんくれないけん)……古臭い拳法め、まだ伝承されていようとは」

「どうしたコウシュウ押されているぞ、オレが出ようか」

「お戯れを」

 

 南斗牙翼拳の伝承者が本気を出す。

 蛇割斬(じゃかつざん)という奥義の発動を見たものの、レスティエはその影すらも捉えることができなかった。

 達人たちの闘いを見続けた彼女は、門下生には収まらない見切りを備えていたものの、百八派の正当な伝承者にはまだまだ遠い。

 肩口から斬り下げられたように見える青白い頭巾の女が、どさりと荒地に倒れこんだ。

 それを見たベラが怒髪天を衝いた。

 おのれっと叫んでコウシュウに撃ちかかる。

 

「……確かカサンドラの拳士として雇われていたはず、なぜ裏切った蘭山紅拳」

「母を人質に取るような輩に心から合力するはずもない。レスティエの仇だ、ハゲ野郎!」

 

 ベラの煽りは彼の逆鱗に触れたようだ。

 門下生に放ったものよりさらに速い斬速の踏み込みを受けながら、練達の士である彼女はそれをなんとか避け切っていた。

 腕を組んで眺めていたガルダがその殺気を察したのか、おいと口を挟む。

 

「……コウシュウ。女を殺す気か」

「蘭山紅拳は侮れません。戦闘不能にしようとすれば吾輩が殺られます!」

 

 手の甲に薔薇が刺さったことで捕らえることを諦めたようで、生え際の怪しい男が、百手の拳をベラに突き放った。

 

「くっ」

 

 数十もの牙をいなしたものの、ベラが態勢を崩して膝をつく。

 目の前に避けた以上の南斗の指突が迫っていた。

 彼女が死を覚悟したとき、銀色の羽が舞った。

 牙翼拳の百の手はすべてその羽の持ち主によって捉えられていた。

 

「ガルダ様?!」

「女は戦利品だ。殺すな」

 

 己の奥義をあっさり見切られたこと、そのついでに蘭山紅拳の拳士の腹に当て身を食らわせた主の早業に、コウシュウが畏怖を抱きながら拳を収める。

 崩れ落ちたベラを抱える南斗九龍衆のひとりが、もうひとりの女を眺めた。

 壮年の配下が彼女の呼吸を確かめようと、レスティエの近くで膝を折る。

 

 そのときだった。

 コウシュウが鳥肌を立てながら動きを止めた。

 ガルダもその方向へマントを翻した。

 

「コウシュウ避けろっ!!」

 

 怒声に近い主の叱咤が荒野に響き渡る。

 南斗牙翼拳の伝承者が大宙返りを決め、大きく距離を取った。

 彼の額には汗が浮かんでいた。

 これほど強烈な気当たりを受けたのは久しぶりのことだった。

 自分のいた場所の荒れ地は大きくひび割れ、煙が沸き立っている。

 

 ガルダの目にはそれが隼の爪だということがわかっていた。

 羽を広げたような構えで上空からやってきた何者かを迎え撃つため、コウシュウも飛び上がる。

 その誰かを認識していれば、彼は空中戦など挑まなかっただろう。

 だがガルダほどの拳士が退けという暇もないほど、二人の激突は瞬間のものだった。

 

「っか……!」

 

 着地する前に壮年の拳士は口から鮮血を吐いていた。

 

「なん…の……風か」

 

 薄れゆく視界のなか、コウシュウは背中を向けて大地に降り立った銀髪の男を、空中から眺めていた。

 主と同じ髪色だった。

 しかし硬質の主とは違い、艶やかな長いものだ。それを後ろで束ねている。

 

「そ、うか……あれは」

 

 独眼竜、という異名を言い残し、地上に叩きつけられたコウシュウが目を閉じた。

 

 いきなり渦中に現れた隼の羽ばたきが見えたものは、ガルダだけだった。

 南斗百八派の拳士でさえも一撃即斬、という凄まじいまでの神業を見た彼の部隊が、声をなくして硬直している。

 ようやく事態を把握したのか、新たに現れた影の手勢を指さして、極斗衆(ごくとしゅう)だと叫び、狼狽し始めた。

 ガルダが呟くように言った。

 

「南斗の影衆、極斗。どの派閥にも属さない男があの赤い衝撃に仕えたと聞いていたが……」

 

 黒装束の影は少数であるものの、それを率いる長は南斗九龍のひとりでありながら六星にも匹敵する、とまでいわしめた百八派きっての勇将であった。

 

「疾風の拳、南斗隼蒼拳(じゅんそうけん)。やってくれるじゃねぇか」

 

 久しぶりに会う真の強敵に武者震いをしながら、ガルダがマントを投げ捨てた。

 委縮した兵たちに己が武威を示そうと、同格の相手へ歩み寄る。

 高揚すると口調が悪くなるのは彼のクセだった。

 

「ダガール! てめぇ」

「この展開は……やれやれだな」

 

 独立性の高い軍団を率いる二人が対峙する。

 南斗においては、この二人にユダ配下筆頭の鷹、イルフォーンを含めた三人が九龍衆三傑、あるいはもうひとりを加えて四天と呼ばれており、互いにライバル視し、競い合う間柄だと讃えられている。

 

 しかしながら、ダガールが他二人ほどそれを意識している様子は以前も今も見あたらない。

 剛毅な二人に対し、この男は飄々として捉えどころがないのが特徴だった。

 

 独眼竜、強さに見合わず重厚さがない。そう言われて久しい。

 本人は重々しいのは嫌いでねとうそぶいて、身の軽さを自ら認めている。

 そんな彼が頭をかきながらぼやいた。

 

「拳王軍を蹴散らす、と主君に息巻いたものの、相手がガルダでは骨が折れそうだ」

「折れるくらいでこのオレを蹴散らせると思っているのか隼。わが忠実なる配下の弔い、その首をもって晴らす……!」

「花鳥風月。ご婦人を助け出せ」

 

 ダガールの呼びかけに黒装束の影が動いた。

 花、鳥、風、月の四人がレスティエとベラを助け起こし、応急処置を施している。

 気絶していたにすぎない黄緑色の髪の拳士は、すぐ目を覚ましたようだ。

 レスティエは傷の具合から、花鳥の二人が村へ避難させる流れとなった。

 

「ダガール様……この場を……お頼み申し上げます」

 

 一門下生からすれば、九龍の一人である南斗隼蒼拳(じゅんそうけん)の伝承者は雲の上の人である。

 そんな彼女からの平身低頭を受けて、ダガールはひらひらと手を振った。

 

「あれが独眼竜……」

 

 ベラも拳士として彼の異名を知っていた。

 南斗聖拳の最上位に近い戦いを見守ろうとする彼女も、武者震いで(たかぶ)っていた。




次回の投稿は4月1日になります。
ガルダ。北斗の拳外伝、金翼のガルダに登場したキャラ。
南斗神鳥拳。本作では南斗尉鳥拳(じょうちょうけん)の使い手。
拳王配下の将軍のひとり。
コウシュウ。南斗牙翼拳。北斗の拳イチゴ味 オウガイ外道伝に登場したキャラ。
今作では拳王配下の将軍ガルダ傘下。
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