聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四話    北斗あらわる

 一年ほどの月日が過ぎた。

 感情をなくしていた慈母の星が次第に喜怒哀楽を示すようになってきた、と南斗の上層部でそう囁かれ始めたところだ。

 それは北斗の門弟との邂逅で発生した偶然の産物だったものの、それゆえ定期的に交流を持つようになったのは自然な流れだった。

 

 慈母の騎士として復古の拳を習得中の少年も同行している。

 彼女の周りにはケンシロウだけではなく、トキ、ラオウといった年長者も姿を見せている。

 普段はこういう催しに興味がない気質の長兄がこの場にいることは違和感しかなかったが、豪気な彼がトキにだけ語った「ユリアはわが野望のひとつ」という言葉を偶然耳にしたシンはその理由を知っていた。

 ラオウといえば金髪の小僧との接触を師父から止められてでもいるのか、手合わせなどは専らトキやケンシロウに任せている。

 ここで北斗神拳相手に実戦のような経験を積んだのは、他の南斗にはありえない僥倖だとしてシンは積極的にそれに挑んでいった。

 

 今更言うまでもない天才中の天才、トキの柔の拳に叩き伏せられるのはいつものことだ。

 剛柔あわせもつケンシロウにも現時点で敗れている。以前ならばユリア強奪までの彼には後れを取らぬ自負があったのだが、それは過去のものだと認識を変えなければならなかった。

 喋り好きなジャギからの情報で、少年は北斗の門下生であるキムがこの場にいないことを知る。

 才及ばぬ者は斗を越えた交流に出せないというリュウケンの方針に対し、キムに一番同情的なジャギの言葉が印象に残った。

 

「凡人は凡人を知る。長兄次兄は泰然としすぎ、ケンシロウでさえ凡百を知るには若すぎる。それに比べおりゃあはできないものの気持ちがよくわかる」

「ぬかせ」

 

 シンは鼻で笑った。確かにキムはこの場に来ることを許されなかったようだが、未だ伝承候補生に名を連ねるこの男が凡百とは少年には到底思えなかった。

 彼からすればジャギの拳才は、千人以上にも及ぶ大多数の南斗の門下生より上を行く。

 実際戦ったところでジャギを倒せる南斗の人間は限られているだろう。

 そのうちのひとりがシンなのだが、そんな少年にジャギを侮る様子はない。

 どうやら俺はほかの三人の北斗よりジャギのほうが気が合うようだ、と思っただけだった。

 

 北斗の里は南斗に比べ、表向き一子相伝を謳っているだけあって小さなものだ。

 そんな静かな里に風雲急を告げる密使がやってきた。

 慈母の星を客人として迎えているリュウケンはそれでも密使を目通りさせ、事の次第を聞いていた。

 

「北斗の分派が天帝に反逆を起こしたか」

 

 伝え聞いた北斗神拳伝承者が黒い口髭に手をやって考え込む。

 慈母の従者であるダーマが緊張を滲ませた視線を、同世代のリュウケンに向けた。

 

「曹、孫、劉の三家拳ですか」

「うむ」

 

 他門の問いかけに、リュウケンはまだこの大陸で明らかにされていない一派の存在を明かすことなく頷いた。

 北斗琉拳の存在はそうそう他へ漏らすわけにはいかない。

 

「天帝の守護者である元斗は迂闊には動けん。そして西斗の沈黙は不気味だが、この際捨て置く」

「では南北が中心となって鎮圧にあたると」

 

 傍にいたトキの言葉にリュウケンは再度頷いた。ラオウは乱世の序章かと目を爛々と輝かせている。

 この時点では覇王たる彼もまだまだ若い。シンは自分の手を握ってくる美しい姫の白いそれを、ケンシロウとともに握り返した。

 

 

§§§§§§

 

 

 天帝の六つの門を守る衛将として、または戦車として南北の共同軍が編成された。

 傍から見れば拳法の世界における内乱である。

 各地の里で反乱の狼煙をあげた北斗の分派三家拳がそれぞれ手勢を率いて天帝領に迫り、すでに迎撃態勢を整えていた元斗の軍を一時は蹴散らしたが、背後から南北の拳士たちの奇襲を受けるに及んで混戦となった。

 

 部隊戦が膠着するなか、それぞれの指揮官たちが独自に動く。

 実戦にまさる修練はない。導師たちにそう告げられ、最前線に投入されたシンは一兵卒として反軍の先鋒と拳を交えていた。

 

 そこで出会ったのが北斗曹家拳と名乗る、タイエンという青年だった。

 年若い男が一軍を率いていたことに疑問を呈する金髪の少年へ、お前のほうがだいぶ若いだろと奇異の目を向けながら彼が言った。

 わが師タイゲンから別働隊を預かったと。

 そんな機密を告げてくるこいつはバカなのか、と言い放ったシンを一瞥して、彼は鎮圧軍の南斗の集団に飛び込んだ。

 予備動作のない高速の蹴りによって周囲の味方が爆散していくのを見上げる。

 体を砕かれた同門の拳士たちが雨あられと降ってくる。そのなかで歩み寄ってくる青年の魔相に、背後の鎮圧部隊が一斉に後退した。

 

「逃げないのか、大した度胸だな」

 

 濃紺の色をしたボブヘアスタイルの青年が片手をかざし、ならば死ね、と口にした。

 漢服のような彼の道着はすでに血塗られている。

 

「北斗神拳抹殺の前にわが生贄となれ、下流の南斗よ」

 

 

§§§§§§

 

 

 轟音とともに花火のように舞った孫家の反乱軍のなかで、生き残った者たちはたったひとりの男から一斉に身を引いた。

 そんな様子は曹家の一部隊を率いるタイエンにも見えていた。

 

「貧弱な孫どもめ。寄せ集めは我らだけではなく敵も同様であろうに」

 

 ん、と彼が目を細めた。シンには確認する必要もない、鳳凰の闘気の発動だった。

 

「あれは……」

 

 さらに味方が吹き飛んだのを確認したあと、タイエンは舌打ちを放った。

 金髪の少年が彼の頬に傷を与えることに成功したからだ。

 

「小僧」

「やめておけ、お前程度が挑んだところで帝王の進撃を阻むことはできん」

「帝王だと?」

 

 離れたここからでも大きく見える紫のオーラが再度敵を薙いだ。散り散りになっていく孫家の先鋒隊は、(おおとり)の二度の羽ばたきでただ一人を除いて完全に壊滅した。その一人とは孫家拳の伝承者になるであろう黒髪を逆立てた青年だった。

 タイエンがもう一度ちっと舌を打った。

 

「そうかあれが南斗最強と名高い、鳳凰の舞か。孫家拳のキョウウンめ、大金星を挙げられるとは運のよい」

「あほうめ」

 

 少年の再度の煽りで曹家拳の若者のこめかみに血管が浮かぶ。

 

「聞いていなかったのか。北斗の分派風情が束になってかかっても無駄だ」

「……威を借る狐、遺言はそれで終わりか?」

 

 一歩踏み出したタイエンだったが、今度は逆側に見えている劉家拳の部隊が飛散するのを視界の端で捉えた。

 鳳凰の斬に対し、それは爆裂のエフェクトを生んでいた。

 そのすさまじい闘気は帝王すら凌駕するものだった。分派である彼はそれが本家のものだ、とすぐに理解した。

 

「北斗剛掌波、我らの宿敵の奥義じゃあねえか」

 

 小僧など眼中にない、とする彼がシンを打ち捨てて劉家拳の元へ駆け寄ろうとしたものの、正拳で撃ち抜いたはずの相手がそのすぐ後ろに迫っていた。タイエンが裏拳を繰り出しながら振り返る。

 

「北斗の覇王に挑むのも十年早いぞ」

「タイエンだ。名乗ってやったからには今すぐ死ね」

 

 裏拳を防がれた青年の、予備動作のない蹴りが放たれた。

 シンも蹴り返す。年少の足を砕き折って体ごと踏みつぶすつもりでいたタイエンは、脚が交錯してそのまま互角で動かない状況になったことで驚愕の目を見開いた。

 

「脚には俺も自負がある」

「……ガキぃ」

「極聖拳復古の狼煙をお前に向けてやる。誇りに思え」

 

 シンが飛び上がった。それに応じてタイエンも同様の動きを見せた。

 再び二人が交錯した。スン、という風を切り裂く音が響いた後、双方が着地した瞬間に、苦悶の叫び声を上げたのは年上のほうだった。

 

「バカな……!!」

 

 両手両足から鮮血が迸る。鍛え抜かれた北斗の拳士の肉体を易々と切り裂いたのは、斬撃ではなく蹴撃だったことに意表を衝かれた様相だった。

 

「南斗獄屠(ごくと)拳」

 

 血しぶきをあげながらタイエンが体勢を崩す。長身を支えようにも踏ん張りがきかず、そのまま地上に倒れ込んだ。

 不意の突風に吹かれ、少年の金髪が揺れる。彼の目には北斗の分派は映ってはいない。

 その視線は同門の帝王であり、北斗の覇王に向けられていた。

 

「小僧……このタイエンは眼中にないというか」

 

 ブシュウ、とさらに吹き出した鮮血は彼が立ち上がったことによって起こったものだった。

 憤怒の形相を見返し、シンは相手の極意の発動を身構えて待っていた。

 

「肉塊にしてくれよう、爆龍陽炎突」




ダーマ。慈母の星の従者。真救世主伝説北斗の拳 ユリア伝に登場したキャラクター。
張太炎。北斗曹家拳。蒼天の拳のキャラクター。
芒 狂雲。北斗孫家拳。同上。
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