聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四十話   余波

 拳王倒れるの報を聞いた各地の軍閥は、急速に勢力を拡張した世紀末覇者の領分を侵し始めた。

 彼の配下の軍勢は多士済済の人材がいるのものの、各地の鎮圧に追わる日々が続く。

 戦線後退、支配地域縮小の流れにあたり、その消極性につけこむ敵も数多い。

 

「拳王軍などラオウがいなければションベンよ、徹底的に圧し潰せ」

 

 野盗や中小の軍閥までもが共闘する状況になっている。

 

「ネズミどもめ生かして帰さんぞ」

 

 拳王軍創成の時期から配下だったという女剣士が、ならず者どもを双刀で迎え撃ち、あっという間に数人を斬り殺した。

 その近くにいる男の蹴りで、モヒカンたちが円状に吹き飛んでいく。

 

「他の部隊は壊滅したようだな、レイナ」

「残念ながら。指揮系統が生き残っているのはあたしとソウガ兄さんの二軍だけです」

「……まさに拳王包囲網。聖帝の残存勢力も敵に回るとは」

 

 妹は親衛隊長、彼は軍師として軍団のなかで重職にあった。

 武張った集団でしかない拳王の兵に戦術や兵法を教えていたが、さすがに絶対権力者を欠いたまま包囲網を敷かれては、その知力も半減する。

 

 リュウガやザク、バルガ、ガルダ、ヒルカといった手練れを要所に配置して内部を固め、絶対防衛圏の維持は万全だったもの、その外側の反乱の連続で、このところ彼の疲労の色が濃い。

 

「雑魚どものちょっかいならばまだよい。だが天帝の軍をはじめとする組織が相手となると、われら遊撃隊では厳しいな」

「ではリュウガたちを前線に」

「……その判断が狂えば拳王軍が内から滅ぶ」

 

 レイナの剣で巨漢の野盗が手首を切られてもんどりうった。

 

「……なんてこと。あの赤い衝撃一人のために我らがここまで押し込まれるなんて」

「本人の意図ではない結果だがな」

 

 ソウガがやるせない表情で舌打ちを放つ。

 

「もはやあれを倒せるのは拳王様ただひとり。報復として奴の領内にわが軍が侵攻したが……相手にもならず殲滅の憂き目にあった。主だけではなく手下も手ごわい。当面ブルータウンには関わらないほうがよかろう」

「ほんと、憎らしいわ妖星め」

 

 配下の鎧武者たちが指揮官二人の名を呼ぶ。

 何事かと渦中に目をやると、そこには友軍の亡骸を越えて堂々と進みゆく一隊があった。

 

「あれは」

「南斗の旗……?」

 

 目を凝らした兄妹に、側近の武将たちがあれはハッカとリロン兄弟です、と告げた。

 

「ハッカリロン……たしか聖帝軍の将軍」

「南斗飛燕拳の使い手か。サウザー亡き後は野に下ったはず。この状況において再び立ち上がったようですね」

「まずいな」

「ええ」

 

 兄弟が凄まじい気を発しながら兄妹のもとへやってきた。

 その二人の双眼は血走っている。

 

「サウザー様の崩御に伴ってようやく動き出したふぬけの拳王。その残党どもは皆殺しだ……!」

 

 彼らの怒気に配下たちが後ずさる。

 だが別大陸出身であるレイナとソウガは、相手の殺気を受けても平然としていた。

 

「ふぬけはお前だろう。拳王様がお隠れになったことで安心して出てきたか」

「だいたい将星を倒したのは南斗の極星でしょう。ラオウ様は関係ない」

 

 軍師と親衛隊長の返答を彼らは鼻で笑った。

 

「聖帝自らあの若僧に仇討はならんと仰せにになられた。そうでなくとも主を倒したあの金髪の男。赤毛以外の南斗が倒せる存在ではない」

「まさにふぬけ。どの口で拳王様にほざくか」

「覇者を名乗りながら器の小さい行動に(まみ)れた暴狂星。きゃつがふぬけでなくてなんだというのだ女……指揮官のお前らはとくに念入りに殺してやる!」

 

 

§§§§§§

 

 

「おいいいのかよ、ソウガの野郎から主要都市を守れって言われてたろ」

「手勢は置いてきた。このリュウガ一人なら問題あるまい。そういうお前も持ち場を離れて前線に来たではないか」

「けっ。おらぁ兄者の配下じゃねえんだ。兄弟のよしみで少し動こうって気分になっただけだ」

「見えたぞ。あそこに兄妹がいるはずだ……ん?」

 

 泰山天狼拳の使い手が最前線の戦況を見て眉を寄せた。

 状況を察してひとりでその場に駆け込んだ彼は、倒れているのがほとんど友軍だということに衝撃を受け、馬から飛び降りた。

 レイナとソウガは善戦したようだが、他のならず者ならばともかく、相手が悪かった。

 

「南斗百八派のひとつ、南斗飛燕拳……傷は与えたが妹を執拗に狙われてこのざまだ」

 

 兄を助け起こしながら、リュウガが妹を見る。

 昏倒しているのか意識がなく、草地に突っ伏していた。

 ハッカとリロンが残った拳王軍をあらかた斬り捨てたのか、こちらに戻ってくる。

 

「貴様はリュウガ……要地で防衛に当たっていたのではなかったのか」

「お前たちのような手練れが湧いてきたことで戦況が変わった」

 

 銀色の髪の美男子を大敵と見たのか、二人は髪の毛を逆立てて気合を溜めている。

 

「拳王配下屈指の拳士たる天狼を討ち取ればその影響は計り知れん。ここで死んでもらうぞ」

 

 構えだす南斗の兄弟を見て、リュウガが立ち上がった。

 ソウガがよせと呼び止める。

 

「お前ほどの男が討たれれば……わが軍は士気的に壊滅する。やつらの連携奥義をひとりで見切ることは難しい、ここは」

「心配するな。口も性格も悪いが、頼りになる人物を連れてきた」

 

 リュウガが背後を振り返る。

 肩を鳴らしながらやってきたヘルメット男が、レイナを起き上がらせて生き残りの兵に任せている。

 その兄が驚いて言った。

 

「貴方は」

「なかなかボコられたようだなソウガ。ったく世話のかかる野郎だ。軍師なら後方で鎮座しとけ」

 

 鋼のような筋肉を持つ男の声に、ハッカとリロンが反応した。

 

「そのダミ声……そのヘルメットに防具。そうか貴様は北斗の落ちこぼれ、三男のジャギだな」

 

 指をさす二人が侮蔑の声を上げた。

 四兄弟の中で師リュウケンに当て馬、と揶揄された男だと嘲笑している。

 レイナがおのれっと牙を剥いて刀を抜こうとした。それをジャギが制した。

 彼が立ち上がる。

 その様子にソウガが口角を上げた。

 

「リュウガ、なかなかの曲者を連れてきてくれたな。だが感謝しておく」

「その風体言動から過小評価されがちだがな。あの南斗どもはすぐ思い知ることになる」

 

 リュウガがジャギと同時に身構えた。

 

「片方はもらったぞ」

「……なんでえ。二人相手だからちょいと気合を入れたのによ」

「こやつらを倒せば周辺の敵部隊など相手ではない。まずはかの首を取る」

 

 その大言を聞いた南斗の兄弟が高笑いをしながら跳躍した。

 

「落ちこぼれと泰山ごときに南斗聖拳が遅れをとると思ったか、まぬけども!」

「ジャギ様、リュウガ様!」

 

 レイナが叫ぶ。ジャギが飛び上がり、リュウガは地上で天狼の凍気を溜めていた。

 

「死ねえ南斗燕舞刃(えんぶじん)!!」

 

 リロンが下から飛び上がってきたジャギに裂帛の斬撃を放つ。

 その爪は彼の手の甲に遮られ、闘気はあさってに流された。

 

「なっ」

「南斗はちょいと心得があってよ。稽古をつけてもらったことがある。金髪の若僧にだ」

「ほざけ落第者め……」

「とりあえずな、おめぇには口がすぎる代償を払ってもらわなくちゃいけねえ。南斗で相手してやるよ」

「舐めるな!」

 

 組み合って落ちていく二人が何度かの攻防のあと、落ちこぼれと笑われたほうが上になった。

 その凄まじい剛腕にリロンの表情が歪む。

 

「ぐっ……! この」

「力でおれぃに敵うとおもってんのか、その細腕でよ」

 

 ジャギが指突の構えを示した。

 南斗邪狼撃(じゃろうげき)と呼ばれたその貫手は音もなくリロンの掌を突き抜け、そのまま胸を貫通していく。

 そして二人は地上に激突した。

 

「バカな……そんなバカな……! リロンほどの男があんな落ちこぼれに」

 

 ハッカが髭とともに声を震わせる。

 ゆらりと身を起こしたのは、上になっていたヘルメットの男のほうだった。

 ジャギがノンノンと人差し指を振って答えた。

 

「あのなあ、勘違いしすぎなんだよおめえらは。誰と比べて落ちこぼれって思ってるんだって話よ」

 

 不世出の剛拳の持ち主、世紀末覇者ラオウ。

 北斗二千年の歴史のなかで白眉と言われる華麗な男トキ。

 リュウケンが認めた北斗神拳伝承者ケンシロウ。

 

 それと比較して一体誰がひけをとらないというのか。

 現存する拳士のなかで、彼らと比肩しうるのは南斗においては二人、元斗においては一人。

 せいぜい三人程度だ。

 北斗の分派を含めたとしても数人。両の手に余る。

 北斗神拳伝承者争いに最後まで残ったという時点で、本来は評価されてしかるべきなのだ。

 

「シン、ユダ、ファルコ。そのほか二、三人。おめえはそいつらに匹敵するってのか? 恐れ多くて涙が出るぜ」

「……」

「おかげさんで侮ってくれる小物が多くてよ。おれぃの奇襲でみんな切り裂けるか弾け飛んじまう。逆に楽な話さ。そんなバカなって死んでいくあほうどもが後を絶たねえ」

 

 ジャギが今度こそ北斗神拳の構えを見せた。

 

「おめえには北斗の拳を食らわせてやる。ありがたいと思え」

「くっ」

 

 形勢不利と悟ったハッカが大きく跳躍した。

 退散しようとする身軽な相手を見上げてあらまと呟いた男が、そのそばで気合を溜めていた同僚が天狼の拳を撃ち放つのを察した。

 

「あっ、コラてめ」

「天狼咬裂弾(こうれつだん)

 

 凍気を(まと)ったリュウガが、ハッカの着地点に目掛けて水平に飛行していく。

 それに気付いた南斗の拳士が降り立つと同時に斬撃で迎え撃ったが、天狼の牙は飛燕の翼を噛み破った。

 

「か、あぐ」

 

 片腕がねじ切られて宙を舞う。

 そのまま喉に氷の削撃(さくげき)を食らった百八派の拳士は、受け身も取れず地面に倒れこみ、急所を撃ち抜かれたことでそのまま即死した。

 優雅に立ち上がる同僚に向かって、ジャギが声を荒げた。

 

「てめえ……リュウガ。必殺技の時間稼ぎにおれぃを利用しやがったな?!」

「おかげで手間がかからずに済んだ」

 

 ハッカとリロンが続けて倒されたことで、彼らの部隊は散り散りになって逃げ惑った。

 その様子を眺めていたソウガが、妹に寄り添われながらさすがだ、と独語する。

 

「わが軍を翻弄できる南斗の上位拳士があの二人にかかれば即殺か。リュウガとともにあのジャギは、やはり拳王軍になくてはならぬ存在」

「北斗南斗の拳を駆使する食わせ者の需要は大きい。各地の鎮圧にあの剛腕を奮ってもらいましょう」

「おい兄妹ども、過重労働させようってんじゃねえだろうな。おりゃもう帰って酒飲んで寝るぞ」

 

 その襟首をリュウガが掴む。兄妹に向かって天狼が言った。

 

「内部には戻らずこのまま各地を転戦する。双方ともそれでよいか」

「頼む。ただ相手が元斗などの強敵であれば時勢を読んで撤退してくれ。お前たちを失えば組織が崩壊する」

「そのときは内で防衛に当たっている逸材を呼び出せ。拳王軍には知られていない猛者どもがまだまだいる」

「領内中枢部の治安が悪くなるぞ……」

 

 頭を痛める軍師にお前の仕事だと言い残し、リュウガが北斗の三弟を引っ張っていく。

 やめろぉ働きたくないともがくジャギの声が遠くなっていった。

 

 それを見送っていた兄妹が伝令の報告にまた青ざめる。

 各地のならず者どもの侵攻がやまないなか、ついに帝都の正規軍が動き出したというのだ。

 元斗の将軍、ボルツが私兵を率いてメディスンシティーを襲った規模より上らしい。

 

「内部から諸将を呼び出さねばならんか」

 

 ソウガの苦悩が色濃く表情に出る。

 それを窺ったレイナが一時兄と戦線を別にすることにした。

 行先は主ラオウの潜伏先だ。

 

 

§§§§§§

 

 

 夜でも明りに照らされた帝都の実権を握るのは元斗ではなく、総督ジャコウという男だった。

 わが言葉は天帝の言葉、と偽ってその支配にあたっている。

 天帝に絶対の忠誠を誓う元斗の拳士たちを顎で使える理由はひとつ、忠誠の対象そのものを人質にしている、という(てい)を装って、彼らを恫喝していたからだった。

 

 老年に近いその男がファルコや元斗の将軍たちを外征に派遣し、周囲を側近で固めたあとで宮殿に籠り、贅沢三昧の日々を送っている。

 そんな宴会のなかでジャコウはスキンヘッドの息子二人に問いかけた。

 

「ジャスク、シーノ。天帝……いやあのガキの行方はどうなっている?」

 

 髪の毛がある親の質問に、ない息子たちが豪華なソファに寝そべりながら答えた。

 

「野垂れ死ぬように荒野へ放り出した後はどうなったか知らねえな。まあある程度地域は絞れるけどよ……そもそもいねえのにここにいるって匂わせる芝居が疲れたから、ファルコどもを辺境にやったんじゃねえのか」

「……金色どもが敗れたときの保険で、あのガキは戻したほうがよいと思ってな」

「あのガキの居場所が大体わかってるってんなら、おれさまが探しに行こう。規律規律とうるせえファルコがいないことだし、外で派手に略奪してくらあ」

 

 マスク姿のシーノが酒瓶を手にしたまま、ソファから立ち上がった。

 宮殿の中で閉じこもっているのは飽きたと言いたげだった。

 ジャスクは鼻から何かを吸い込んでいる。

 そういう薬物的なものを忌避する総督の次男が、快楽は暴力と女よと下卑た笑いを浮かべて広間を出ていった。

 




レイナ。ソウガ。北斗の拳 ラオウ外伝 天の覇王のキャラ。
ハッカ。リロン。南斗飛燕拳の使い手。同上。
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