聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四十一話  サザンクロス

 南の孤島に建設された城塞、サザンクロス。

 海に囲まれ、さらに城壁で守られた街にやってきたケンシロウとユリアが、先回りしていた五車の面々に迎え入れられた。

 

 海のリハク、その娘トウ、山のフドウ、炎のシュレン、風のヒューイ。

 雲を除く彼らが全部隊を率いて当地に常駐している。

 二人を迎えた時点で、シンとのつながりがある南斗の拳士ダンテや、その友ナリマンなど、正統血統直属ではないものの存在もあり、守勢を専らとするものの、サザンクロスは各地の軍閥も無視できないほどの一大勢力と化していた。

 

 放浪癖がある胸に七つの傷を持つ男も、今回ばかりはこの街で腰を据える気になっている。

 体調が優れない恋人に、寝食が足りた状態で十分に療養してもらう。

 そしてそのうち北斗の次兄がやってくる、と聞いたケンシロウが安堵の息を放った。

 

「トキ……生きていてくれたか」

「彼の共にはリンとバットという子供がいるとか。ケンシロウ様の知り合いですかな」

 

 リハクに言われてケンシロウが頷く。

 五車筆頭のこの壮年の男がサザンクロスの政治を担当し、フドウなどが軍事を担当する以上、北斗神拳伝承者としての彼に後顧の憂いはない。

 またシンが送ってきた人材も手練れであり、各地域を防衛するに足る達人たちばかりだった。

 ふと気付いて彼が呟く。

 

「……まさか兄をここに派遣してくれたのは」

「それはお心に留めておいて下され。とくにユリア様にはけして」

 

 リハクの表情にケンシロウがうむと答えたが、この街を建てた周到な用意といい、その他幼馴染の行動には驚かされるばかりだった。

 自分の彼女に対する想いが足らぬのか、と時々考えさせられるほどだった。

 

「ケンシロウ様、ひとまずトキ様があのお方を治療し、病状が快復に向かうまで、この街に留まってもらいますぞ」

「わかっている」

「それまで拳王や帝都、その他の軍閥は海という壁がある程度阻んでくれましょう。それに」

 

 海の男が咳払いをしながら、南斗の男としての見解を口にする。

 われらが慈母星には極星と妖星あり。

 かの者は南斗の双璧。

 象徴を守るために死んでくれるでしょうとまで言い切った。

 

 サウザーを倒したシン、ラオウを退けたユダ。

 ユリアを奪い、覇権を目指そうとした男たちはいずれも彼女の守護星に阻まれている。

 

 それに対しおれはどうだ。

 

 確かにいくつかのならず者、牙一族やゴッドランド、ジャッカルとデビルリバースなどを駆逐したものの、それらは世界を変えるほどの戦略的な効果はない。

 ユリアが望む世を創るために、聖帝や拳王と戦った彼らほど目立つ働きはしていない。

 そんな黒髪の青年の葛藤を感じたリハクが、その横顔を見た。

 

「今の己の役目は理解しているはずだが……」

「あの二人は武勇を奮うが宿命。貴方はユリア様とともにいるという、他の誰にもできない使命があります。それをわかっているからこそシン様は」

「……ああ」

 

 サザンクロスの城から見えるのは、眼下の街並みと水平線だった。

 北斗神拳伝承者の握り拳はわずかに震えている。

 耐えることもまた使命だと壮年の男は思った。

 ケンシロウはまだ若い。

 いずれ彼こそが世紀末救世主になるのだと、その点では僅かのゆらぎもなく確信しているリハクなのだった。

 

 

§§§§§§

 

 

 ゲルガの村で数日逗留した後、バイクに乗ったシンはマミヤを連れて荒野を駆けていた。

 旅先で聞くのは、ラオウが隠れて拳王軍が弱体化したこと。

 それによって大陸全体の治安が一層悪化したこと。

 その混乱を衝いて帝都という大勢力が動き始めたという、きな臭い情報ばかりだった。

 

 そんな道中、弟子の懇願によって彼女の両親が住む村に立ち寄ったとき、金髪の青年はいつぶりか、同門の拳士と再会することになった。

 ライトブルーの髪の美男子だ。

 マミヤが父と母に一時帰還の挨拶へ向かったとき、出迎える村人たちのなかで顔を合わせた二人は、人気(ひとけ)のない場所で言葉を交わすことにした。

 

 シンは南斗水鳥拳の伝承者が以前に会った顔とはまるで違っていることに言及し、それはわが幼馴染と出会ったためだろう、と告げる。

 レイが感慨深く頷いた。

 

「ケンには妹を助けてもらっただけではなく、あれの目も治してもらった。奴にこの村を頼まれた以上、その恩に報いる意味でおれはここを動けない」

 

 マミヤと行動を共にしていたシンに向ける彼の視線は、少々複雑なものだった。

 それはそれとして、レイはすぐに話題を変えた。

 

「知っているか。帝都のことだ」

「ああ、聞いている」

「おれがいる以上この村は何の問題もないとして……われらが南斗の仁星が帝都の侵略に対して再び立ち上がったことは知るまい」

 

 サウザー健在の間は、彼は病に伏していたという。

 戦争以降初めて聞いた闘将の名を、金髪の青年は驚きながら聞いていた。

 

「シュウが一団を指揮するとなれば天帝はともかく、他の軍閥などは容易に動けまい。彼がいるだけで抑止になる」

「うむ」

「お前もいずれ仁星と会うことになるだろう。そして彼は南斗百八派の誰よりもこの世に必要な男だ」

 

 レイの断言に、満腔の意をもってシンが首を縦に振る。

 

「妹やマミヤの両親がいるこの村から動けないおれが……どの口で言うのかと思うかもしれぬが」

「そんなことはない。シュウは南斗の拳士でなくとも得難い仁者。トキと同じくけして失ってはならぬ光だ」

 

 そのために自分や妖星のように戦うしか能がない男がいる。

 ユダがこの台詞を聞けば、口角を上げて渋く笑うであろう。

 しばらく滞在してからまた旅立つと口にしたシンが、崩れた建物の奥からやってきた女たちに気付く。

 振り向いたレイが紹介する、と告げた。

 

「あれは妹のアイリだ。この男はおれとともに南斗聖拳を学んだ同門」

 

 兄妹といえど髪の色は全く違う。

 その程度の認識でシンがおじぎをするアイリを見た。

 その彼女がマミヤに耳打ちしている。

 クセのある長い黒髪の美女が何を聞いたのか、眉を寄せていた。

 レイがそんな妹の様子に声を荒げる。

 

「おいアイリ、今なんと言った?」

「聞こえてたの兄さん」

「お前の声を聞き逃すはずもない。奥ゆかしいお前が、ケンと会った時も普段と変わらなかったお前が……なんだその羞恥の表情は!」

「だってほらこの人……黄金の髪の美男子じゃない。こんなハンサムな人初めて見たから」

「い、色気づくにはまだ早い!」

「もう十八よわたしは」

 

 いきなりの兄妹げんかが始まった。

 マミヤがいきましょ、とささやき、師の手を取る。

 彼女の先導でこの場を後にしようとしたシンだが、気安く手をつないでいる、とレイに見咎められ、二つの意味であやうく決闘騒ぎになりかけた。

 どうやらこの村を後にするのは早くなりそうだとシンは思った。

 

 

§§§§§§

 

 

 領内に潜んでいるラオウの隠れ家を知っているのは、側近でもごく一部だった。

 ザクやバルガといった将軍、見た目や所作は怪しいが、忠実な影のウサ、あとはレイナやソウガといった拳王軍旗揚げから付き従ってきた者だけである。

 

 情報屋としても小間使いとしても有能な小男が出先から戻り、主に状況を報告していた。

 すぐそばにはバルガがいた。

 直立不動の鎧武者が絶対君主の指示を待っている。

 

「前線にリュウガ殿やジャギ様を投入したのは正解であったようで。サウザーの残党の一部を殲滅し、未だ領内を侵犯する他の勢力の排除にとりかかりました。あとは」

「天帝か」

 

 バルガが思わず口を挟む。

 ベッドに座る主の前で跪く小男は、肯定するように面を伏せた。

 

 やはりあのとき総督ジャコウを殺しておくべきだった。

 片足を差し出したファルコの矜持に応えたために、奴らは強大な勢力となり、ラオウ様が不在の間に軍勢を動かそうとしている。

 正直ウサはそう思った。

 しかし目の前の豪傑は、そんな行動を今も後悔していないようだ。

 

「金色ならばこのラオウが相手をする。だがそれ以外ならば」

「御意」

 

 バルガが一礼する。

 ファルコ以外の将軍もかなりの使い手なのだが、拳王配下たるもの、それくらいは撃退してみせいという無言の圧に、ウサが心の中でうへぇとのけ反っていた。

 それを面に出さず、影は別の報告を口にする。

 

「それと……南の孤島サザンクロスに」

「……金髪の若僧が秘密裏に建てた街か。そこにあれが入ったのか」

「はい。それと五車星も入城しました」

 

 ラオウが初めて眉を動かした。

 風、雲、炎、山、海の機動部隊は少数精鋭であり、率いる将は知勇の拳士であって、彼らが強固な城塞に籠ったことは看過しえない状況だった。

 

「そこに……確定情報ではありませんが」

「……」

「さらに銀の聖者が加わるとかなんとか」

 

 それを聞いた北斗の長兄は、二つの石をごりごりと握りしめている。

 感慨に耽っているようだった。

 次の瞬間、バルガが姿勢を正して直立する。

 反射的に俯いた北斗史上最強の剛拳の持ち主が、無意識であろう、回復の兆しを図るその石を粉々に握りつぶしていた。

 以心伝心で主が何をしようとしているのか、大柄な忠臣にはわかっていた。

 

「バルガ、所定の守備に戻れ」

「はっ。ではウサがお供を」

「このラオウ一人で確かめに行く」

 

 まだ傷が癒えぬ包帯だらけの体で立ち上がり、彼が肌着を手にとった。

 将軍たる重厚な武人は敬礼を施していたが、影の小男は静かに頭を下げただけで何も言わなかった。

 同時に親衛隊のレイナが到着した。

 彼女も負傷の身で単独行動を遂げようとしている主の行動に、驚くばかりだった。

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