聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四十二話  塵芥

 一組の少年少女が荒れた大地のなかで逃げていた。

 少女のほうは盲目だった。

 少年はその子の手を引き、後ろから追ってくるジープらしき車両から逃れようとしていた。

 

「にげろ逃げろガキぃ~。もう追い付くぞぉ」

 

 ひゃはははという下卑た笑い声の聞いた少年レンは、少女ルイをかばって背中を見せた。

 ならず者の鞭が彼の頬をかすめた。

 薙ぎ飛ばされたレンの声でルイが悲鳴を上げる。

 

「つまらねえなもう終わりか。男のガキには用がねえ。女のガキは色々と使い勝手が」

 

 その台詞を聞いたレンが震えながらも立ち上がる。

 

「お前らみたいなクズどもに……ルイは渡さない」

「おっおっ、ほざきやがる。いい根性してんなぁ」

「その子に触れるな!」

 

 モヒカンの一人がジープから降りてきた。

 ルイの元へ近寄ろうとしたものの、その背中へレンが飛び掛かる。

 

「っこの」

 

 茶髪を掴まれた少年が、ごつい男によって地に叩き落された。

 その音を聞いたルイがレンの名を叫ぶ。

 

「このガキ、首をかみやがった」

 

 激昂したモヒカンが少年を蹴りつけ踏みつける。

 やめてという少女の金切り声を聞きたならず者だが、それでも上機嫌に笑っていた。

 しかし少年の瞳は力を失っていなかった。

 ジープの後部座席にいたヒゲ男が、その眼力を受けて再度鞭を手に取った。

 

「生意気な虫ケラが。そぐわん殺気を放ちやがって」

 

 空気を切り裂く音がした。

 その前に、目が見えないはずのルイがレンの上に覆いかぶさった。

 

「おい商品が」

「あーあ」

 

 男たちの落胆の声が放たれた。しかし鞭に打ち付けられた者はいない。

 それは何者かの腕に巻き付いていた。

 膝をついたその男は、もう片方の手で少女と少年の安否を確かめている。

 やがて金髪の髪の下の双眼がならず者たちに向いた。

 

「ひ……」

 

 生死に関わる戦いを何度経験したかわからない。

 モヒカンたちはそんな嗅覚に長けていた。

 そんな彼らが、鞭をつかみ取った男の目にこめられる凄まじい怒りを感じ取ったのか、何も言わず、蛇に睨まれたカエルのように硬直していた。

 

「なんだこいつ……ぎぁ」

 

 レンを蹴っていたモヒカンがいきなり絶叫を放った。

 どこからか出てきた女の飛び蹴りで、喉を突き抜かれたのだ。

 その見目麗しい出で立ちに、彼らは平時ならばおっいい女と感嘆しただろう。

 だがそんな暇もなく、鞭を持ったリーダーは金髪の男に引っ張られ、彼の元へ飛んでいった。

 

「ひ、ひぃええええ」

 

 それを遺言に、ヒゲのモヒカンは頭から股まで、素手で一刀両断にされ即死した。

 何かがおかしいと悟ったならず者たちは、うわあっと雄叫びをあげてジープに乗り込む。

 エンジンをふかして去ろうとするその相手に向かって、金髪の青年が飛び上がった。

 

「びあ」

「ひぃえ」

 

 車のスピードに追い付くほどの跳躍を、モヒカンたちは陽の光のなかで見た。

 斜め上空からやってくる得体の知れない男は、彼らにとってまさしく悪魔だった。

 痛みすら感じる暇もなく、彼らはジープとともに砕け散った。

 爆発と煙のなかからその男は戻ってきた。

 クセのある長い黒髪の美女が、ルイを抱きしめながら問いかける。

 

「貴方の知り合いなのね、シン」

 

 マミヤの言葉に頷いた金髪の青年がレンを助け起こす。

 鞭の傷と打撲のなかで気を失いかけた少年が、彼に助けを求めていた。

 マミヤがレンに優しく言った。

 

「大丈夫、奴らはもういない」

「……ちが、うんです」

「え?」

「ルイと……二人だけでいたのは……村長たちがぼ、くらを……逃がしてくれたから」

「レン!」

 

 少女が少年の手を握る。それを握り返し、大丈夫と告げてから少年は気を失った。

 

「シンさまお助けください。レンと、あの村を」

 

 盲目の少女が跪き青年を拝んでいる。

 その手をそっと包み込み、同じように膝をついた南斗の拳士は当たり前のように請け合った。

 その自然な行動の意味を、シンは後ほど知ることになる。

 

 

§§§§§§

 

 

 シンとマミヤに連れられて村に戻ってきたルイが、もどかしいとばかりに車両から降りて走り出した。

 行ってはいけないという美女の声は、耳に届いていないようだった。

 

 視界ではなく心の目で見る。

 以前村に立ち寄った心優しい仁者に教えられたことがある。

 その言葉が恩人たる村長の危機により彼女を覚醒させたのか、驚くほど鮮明に、景色が脳裏に浮かんでいる。

 

 駆け出すことができたのはいつぶりだろうか。

 後を追ってくる頼もしい気配を感じながら、ルイは村長の姿を求めて村役場の前に駆け込んだ。

 そこには大極旗を掲げた部隊と村人たちがいた。死屍累々の光景だ、とルイは思った。

 

「おっ、このガキじゃね?」

「シーノ様ぁいましたぜ! 頭に飾りをつけた盲目のガキが」

 

 戦利品として女たちを一同に集め、用のない男たちを惨殺していた凶悪な愚連隊が、少女を捕らえようとやってくる。

 井戸の近くで倒れる老人の気配を感じ、ルイはわき目も降らずに走り寄った。

 

 村長の名を呼んで突っ伏しているところへ、長らしきハゲ男が親衛隊を連れて姿を見せた。

 マスクや胴着、その出で立ちが道化だと言える者は誰もいないのは、その男が親衛隊に負けない筋肉質のならず者だからだろう。

 帝都の総督の子として絶大な権力を持つその大男が、ルイの姿を認めながらワインボトルを傾けていた。

 

「おうおういたかぁ。こいつだ。このガキが天」

 

 言い終える前に、シーノの眼前の景色が変わった。

 帝都の鎧を身に着けた正規兵も一緒に連れてきたのだが、その十数人が一斉に吹き飛んだ。

 彼らが手にする武器と防具が血煙のなか、宙に舞う。

 雨あられのように降り注ぐ肉塊を見たシーノと親衛隊が、何が起こったのかわからない状況に固まっていた。

 蹴りひとつで十数人を滅殺したその男は、ようやく我に返って打ちかかる親衛隊を(ことどと)く貫き、その全てを血の海に沈めながら少女のもとへ近づいた。

 

「あ、あっあっ、あいつぁ」

 

 血の気を失ったシーノがその地獄絵図を見て思い出す。

 以前父親たるジャコウから聞いたことがあった。

 

「あれが北斗神拳すら(しの)ぐと噂される南斗の極聖拳(きょくせいけん)?! じょ冗談じゃねえ、こんなところで会うなんて……!」

 

 長い金髪の青年が小さい娘の肩を抱く。

 村長に抱き着く少女の、悲鳴に近い泣き声を聞いたその男が、ゆっくりと身を起こした。

 

「あっ、あわ、あわわわ……」

 

 深淵にして極限の怒りを込めた南斗の拳士が、一歩一歩と大地を踏みしめてやってくる。

 その凄まじい気炎を見たシーノが背を見せて逃げた。

 残った親衛隊も同様に後に続いた。

 装甲車の中まで逃げたらこっちのものだ。ハッチを開けて自分だけ中に入る。

 待機させていた運転手に出せ、と怒鳴りつけ、振り返って防弾ガラスのむこうの追っ手を窺った。

 

「あ……?!」

 

 こちらに向かって逃走する親衛隊の連中が、後ろからの衝撃で飛散した。

 スピードを上げろと前の運転手に言いつける暇もなく、その衝撃は凄まじい速さでこの車に到達しようとしていた。

 

 これが龍の牙、南斗聖拳の指突だ、と思いながら、シーノは車ごと突き砕かれて生涯を終えた。

 素手で鋼鉄の装甲を鉄塊に変えた男が少女の元へ戻る。

 そのときにはマミヤがレンを負ぶって姿を見せていた。

 

「わしは元々帝都の役人……それを辞して故郷に戻った。先代の天帝の時代じゃ……」

 

 シンに抱えられた村長が、声を震わせながらルイに告げる。

 

「それでも次代の赤子の姿は覚えている。ルイ……ルイさま」

 

 嫌だと首を振る少女へにっこり笑ったあと、村長はシンを拝みながら懇願した。

 

「お、お願いじゃ、南斗のお方……このルイさまは天帝の血を引く忘れ形見のひとり。帝都は今……総督ジャコウの手にある……しかし退役したわしにはわからぬ事情ばかり。ゆえにお頼み申す……このお方をお守りくだされ。元斗はもはや頼りにならぬ……貴方様しか……」

 

 血と涙にまみれた老人の決死の表情に、シンは任せろとその皴深い手を握る。

 彼の言葉を聞いた村長は安心したように頷き、ルイの黒髪を撫でてから事切れた。

 ルイが天帝の子だと知ったマミヤが、さすがに動揺しながらシンの名を呼ぶ。

 金髪の青年が答えた。

 

「天帝ゆえこの子を引き受けたのではない。南斗ゆえに村長の願いを聞いたのではない」

「女は……守るもの……」

 

 マミヤの背に負ぶさるレンが小さい声で呟いた。寝言のようだ。

 クセのある長い黒髪の美人がシンの横顔を窺いながら、この人の意思を受け継ぐものがあらわれた、と大げさだがそう思った。

 このときは若い師と若すぎる弟子の将来のことなど、マミヤは想像しようもなかった。

 

 

§§§§§§

 

 

 生き残った村人たちをアスガルズルに避難させるために、シンとマミヤは先頭を歩いて地平線へと進む。

 負傷者や老人は、ジープや他の車に乗って低速で追尾させていた。

 

 ルイは歩くと聞かなかったが、レンの傍にいてあげてというマミヤの言葉に従い、今は車両に乗って少年の横に座っている。

 砂嵐が吹き付ける道中で、物見に出かけていた健脚自慢な村人のひとりが戻ってきた。

 この先で帝都の大軍が陣を張り、レジスタンスらしき小勢を包囲殲滅中であると。

 それを聞いたシンが、村人たちを廃墟ビルの影へと一旦避難させた。

 マミヤに後を任せると言い残し、ただひとり物見が指さす方向へ歩き進んでいった。

 

 村長代理の老人がその背中を見送って、救世主じゃ、と感慨深い台詞を口にする。

 マミヤはそれを聞いて微笑みながら答えた。

 

「その呼び名に相応しい男は他にいる、って嫌な顔をすると思いますよ、あの人は」

「……なんですと?」

「権力と同じくらいそういう名声を嫌ってますから。何日か一緒に旅をして……あらためてわかったことですけどね」

 

 老人の驚くまいことか、そんな男がこの世にいるのかと首をひねりっぱなしだった。

 わたしもそう思いますと答えたマミヤが、吹き付ける風の中で呟いた。

 

「不動の地位を手にして得るものが何か……知っているんでしょうね。今の彼の生きざまを見ていると、そんなものは塵芥に過ぎなかったんだなって推測できます」

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