聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四十三話  仁者と熱血漢

「シュウ様あれを。奴ら、女子供を人質に取って我らに投降を進めています」

「父上」

 

 敵の大軍に半包囲されたなか、仲間や息子のシバが指をさす。

 レジスタンスを率いて奮戦してきた盲目の闘将が、心の目でそれを窺った。

 彼は進退(きわ)まったかと独語する。

 

「南斗白鷺拳(はくろけん)のシュウ、これ以上抵抗すれば女やガキたちの命は保証せん! 仁者ならばこの場面は捨て置けまい。潔く下るがよい!!」

 

 帝都の重機動部隊が南斗六星のひとりに辟易としたのか、戦法を変えようで、人質を前面に押し出してきた。 

 見渡す限りの死屍累々は、重装備の彼らのものである。

 シバがその光景を見ながらクソっと悪態をついた。

 

「卑劣者どもめ……このぶんでは元斗とやらもおそらく」

「……いや。金色率いる誇り高き拳士たちはあのような手段を好まん。こやつらは総督ジャコウの直属の配下だろう」

 

 シュウの説明に、息子が真っ青になりながら人質たちを窺う。

 そこへさらなる援軍がやってきた。

 太極と呼ばれる紋章の旗は元斗の軍を示している。

 

 重装歩兵のなかを割って入ってきた部隊の長が、人質を取る正規兵たちを蹴散らそうとするのを、ジャコウ直属の部将がやめんかと止めている。

 

 内輪揉めのその成り行きを見ながら、シュウが仲間の輪の中に身を潜ませた。

 赤い旗の元斗の将軍と、ジャコウの正規軍とが睨みあう。

 

「ショウキ貴様……戦線を離脱して何しに来やがった。命令違反で叩き切るぞ」

「外道め笑わせるな。うぬらじじいの走狗ごときに、わしを実力で排除できると思っているのか」

 

 ベロンと名乗るエリアの長官とその配下が白刃を連ねて、黒髪黒髭の元斗の拳士と対峙する。

 女子供が正規軍に(とら)われているのを改めて眺め、ショウキが不満気に吐き捨てた。

 

「装備兵数、あらゆる意味で圧倒的に勝るわがほうが、なぜ人質などという姑息な手を取らねばならん。南斗などわしが片づけてくれよう。か弱き者らを放すのだ」

「そうはいかんなあ。こやつはあの妖星や黄金の牙が名を連ねる南斗六星のひとり。貴様といえど勝てる保証はない。切り札を捨てるあほうがどこにいるのか」

 

 額に帝都の紋を施した長い髭の大男が、人質に対し鞭を奮う。

 打たれた女のひとりが悲鳴を上げて倒れ込んだ。

 

「おいクソ野郎……」

「いいから貴様はシュウとやらを早く始末しろ。おいバロナ!」

「へへい」

 

 ベロン配下のバロナという黒い肌の巨漢が斧を手に、人質のなかから子供の一人をつかみ上げた。

 

「てめえ」

 

 ショウキが気色ばむのを見たベロンが薄く笑う。

 同じようにがははと笑ったバロナがつかんだ子供の首をへし折ろうとして、不意にその動きを止めた。

 

「うお」

 

 帝都の正規軍がどよめいた。

 上空に舞う白鷺(しらさぎ)の姿を皆が見上げる。

 その片足の切っ先が、黒い巨漢の額に音もなく振れた。

 

 ピシ、という音がした。

 バロナの頭から順に胸、腹、下半身に向かって亀裂が入る。

 

「んなあ?!」

 

 帝都の長官の素っ頓狂な反応とともに、黒い巨漢が真っ二つに分断されて吹き飛んだ。

 それだけではない。

 勢いの止まらないその斬蹴(ざんしゅう)は地を走り、正規軍のほうまで到達した。

 帝都の軍の一部が噴水のように打ち上げられ、細切れになって飛散していく。

 本気のシュウの一撃を見て、レジスタンスの面々がうおおと気勢を上げている。

 

 元斗の将軍ショウキが腕を組みながらそれを見守っている。

 疾風の体術、練達の斬撃に感心したのか、何度も頷いていた。

 

「六聖拳のひとつ、南斗白鷺拳(はくろけん)。雑魚どもが千匹かかっても無駄だな」

「ショウキ!」

「わかっておる。走狗はそこで見ていろ、わしとあの男との戦いをな」

 

 長官を一瞥し、髭面の武人が意気揚々とシュウの前に立ちはだかった。

 盲目の闘将は正規軍のベロンと彼との違いを明確に察している。

 闘気を内に秘めながら構え直した。

 

「わしが負けたら帝都の軍は引く。お前がそうならレジスタンスに投降を促せ。お前以外の命は保証する」

「ショウキと言ったか。その申し出を受けよう」

「ドブネズミとその親玉にそんな温情はいらん、余計なことを」

「黙っていろ(いぬ)めが。その口を引き裂かれたいか」

 

 正規軍の長ベロンは帝都においても歴戦の猛将だったが、さすがに元斗の将軍であるショウキには敵わない。

 歯噛みしながら彼の後ろ姿を睨みつけていた。

 

 

§§§§§§

 

 

 元斗の赤光将軍と南斗の仁星との戦いはほぼ互角だった。

 だがそんな好勝負を良しとせぬ戦果重視の正規軍が、ようやく現地に到着した遠距離攻撃の兵器をレジスタンスの長に向けて発射する。

 

 大敵を前にしていたシュウの反応は、元斗皇拳の闘気の前に反応が遅れた。

 弩兵部隊から放たれた巨大な矢が南斗の拳士に迫る。

 元斗の剛腕を避けながら、それを裂脚空舞で弾き飛ばした。

  

「父上!」

 

 息子の叫びを聞きながら、彼は必殺の間合いを得たショウキの奥義が炸裂するのを垣間見た。

 

「元斗赤光烈弾」

 

 轟音のなか、滅殺の赤い光に包まれたシュウが弾き飛ばされ、地に叩きつけられて転がった。

 レジスタンス側から悲鳴が上がる。

 

 勝者であるはずのショウキが蒼白になりながら、背後の味方を振り返る。

 てめぇら邪魔しやがったなと怒号を発するも、正規軍のベロンは弩ではまったく通じなかった南斗の闘将に向けて、舌打ちを放っていた。

 

「わが軍が誇る床弩(しょうど)でさえもきかぬとは……化け物め!」

「横槍を入れおったな、ベロン!!」

「その厄介者に早くとどめを刺せ。お前の奥義で奴はもう炎上したまま起き上がれん」

「……舐めた真似を」

 

 シュウにとどめを刺すどころか、長官に向かってその拳を奮おうとしたとき、ショウキが巨体の歩みを止めた。

 燃え続ける敵将が起き上がるのを、背中で察知したのだ。

 両軍がさらにどよめいた。

 

「げ、元斗の滅光を受けて立ち上がるとは」

 

 ベロンの呻きを聞いた赤い将軍が、両目を輝かせて向き直る。

 父上、と呼びかける少年の叫びが響いたが、当人はそれに一切反応しなかった。

 

「練り込んだ闘気を受けてなお燃え尽きぬか。さすがは南斗六星のひとり」

「……手加減は無用。遠慮なく終撃を手向(たむ)けるがよい」

 

 シュウが震えながら手招きをしている。

 赤い滅光は、彼の内から(たぎ)る闘気によって消え失せていた。

 だが炎に巻かれたあとのその身は焼け焦げており、到底戦闘を続行できる体では

 ない。

 

「闘将の気概を受け取った。わが秘奥義をもって敬意を示す。いくぞ……」

 

 瀕死の相手に向かって、ショウキが赤い気合を放ちながら突進する。

 その両手を振りかぶって咆哮した。

 

「元斗紅煉掌(ぐれんしょう)!」

 

 やめろぉおというレジスタンスの雄叫びとともに、赤い光がシュウを押し包んだ。

 地鳴りと轟音が周囲をつんざき、岩盤がめくれ上がる。

 不明瞭な光景ながら、ベロンが髭をしごきながらほくそ笑んだ。

 

「爆炎そのものなショウキの気烈。奴とて粉々に」

 

 滅殺の赤い光に包まれた相手に手を伸ばす元斗の将軍が、ぴくりとその指先を動かした。

 

「こ、れは幻」

 

 反乱軍の長の姿は消えていた。

 砂塵と煙のなかで視界が不明瞭になっている。

 ショウキが闘気のガードを放ちながら周辺を見渡した。

 

「無駄だ。気操(きそう)おいて南斗は元斗の足元にも及ばぬ。お主の斬撃はわしのガードを破ることはできん」

 

 気配を断った闘将の動きに、ショウキは両手に赤い光を(まと)って迎撃の態勢を整えた。

 カウンターを放つべく、心眼で相手を見切るつもりで彼は目を閉じた。

 

「なんだ、どうなっている?! ショウキめが起こした爆炎で奴らが見えん」

 

 ベロンが目を凝らして二人の影を追う。

 正規軍も赤光の配下もレジスタンスも、誰もが当事者の姿を見失っていた。

 

 だがそのベールはすぐに引いた。赤い光がもう一度閃いたためだ。

 同時に凄まじい斬裂音が轟く。

 大地を抉るその奥義が南斗の拳であることを知るのはレジスタンス側だった。

 うおおおという歓声が沸く一方で、帝都の軍が唖然としながらその光景を見守っている。

 

「南斗白鷺拳、誘幻掌」

 

 両の手を合わせたシュウの指突が、元斗皇拳の将軍の右肩下を貫いていた。

 ショウキのマントが切り裂かれ、背中から血が(ほとばし)った。

 元斗の軍勢が主君の名を悲痛に叫んでいる。

 ショウキは歯を食いしばり、眼下の吐血を見下ろしてから呟くように言った。

 

「は、白鷺拳の蹴撃(しゅうげき)を警戒していた……それを逆手に取った貫手とは」

「南斗聖拳の神髄は指突。奥の手は最後までとっておくものだ。油断したなショウキ」

 

 元斗の猛将がフフやられたわと告げて薄く笑った。

 膝をつく相手とは正反対に、奥義を放った側が立ち上がる。

 

「見たか! これが南斗六聖拳の闘将だ。帝都め思い知ったか!!」

 

 士気を鼓舞するために息子のシバが囃し立てる。

 劣勢だったレジスタンスの面々が今度こそ息を吹き返した。

 

「シュウ様に続け、女子供を人質に取るやつらを突き崩すぞ!」

 

 戦況が一変した。

 だが戦意百倍して敵に打ちかかる仲間を制したのは、彼らの長だった。

 

「引けい! 皆後ろに下がれっ」

 

 シュウの一喝でシバが空を見た。

 レジスタンスが咄嗟に大きく後退した。

 弩の矢の嵐が地上に降り注ぐ。それは斗の拳士二人の場所にも降ってきた。

 二人とも死ねえ、というベロンの高笑いが聞こえる。

 

「……クソ野郎が。おいシュウ……巻き込まれたくなかったらお主は逃げろ」

「最後の一撃で力を使い果たした。もう逃げる気力がない」

 

 言葉と裏腹に、南斗の仁星が赤光将軍の背後に回る。

 特大の弓が元斗の拳士を目掛けて打ちこまれてきたからだ。

 鋼製のそれをシュウが脇に挟み込んで防ぎとめた。

 大きく後退する闘将の体から血が湧き上がる。

 ショウキが目を見張って振り返った。

 

「お主……!」

「この傷は赤い閃光から受けたもの。飛び道具ごときで」

 

 シュウの体を支えた髭面の男が上空を見上げる。 

 続けて飛んできた二本目の矢を二人で受け止めてから、なぜ助ける、と敵将に尋ねた。

 問われた側が呟くように言った。

 

「目は見えずとも……真贋(しんがん)を見抜く心はある。お前は帝都の民のためにも死んではいけない男だ」

 

 済まぬなシバ、と親は唇を動かした。

 空から降る何本もの矢を受け止める余力はさすがにない。

 ショウキが男泣きに泣いた。

 そんな熱い男と人生最後に戦えた。そういう最後もよかろうとシュウは思った。

 

「父上~ッ!! ちちう……え?」

 

 シバの泣き声は途中で止んだ。

 飛んでくる矢の前に立ちふさがった何者かがいる。

 その背中には金色の髪が靡いていた。

 少年が彼の名を口にしようとしたが、震えて声にならない。

 

「あ、あ、あの人は……!」

 

 何本もの矢は黄金の爪のひと薙ぎで、まとめて撃ち落とされていた。

 明後日の方向に落下していく飛び道具の金属音が聞こえる。

 最後に打ちこまれてきた弾頭のような矢は大きさのレベルが違ったが、その男は飛び上がって迎え撃った。

 ショウキが思わず叫ぶ。

 

「真っ向からだと?!」

「……見える。あれは……極星の羽ばたきだ」

 

 シュウの断定を聞きながら、元斗の将軍は見た。

 金髪の男は巨大すぎる矢を正面から軽々と蹴り砕き、その後の矢も飛散させていた。

 全ての弾を放ち終えた帝都の正規軍が、着地した男の歩みが自分たちに向かってくることを知った。

 大砲にも等しい兵器を打ち落とす得体の知れない敵から逃れようと、彼らは一斉に後退し始めた。

 

「う、狼狽えるな! こちらにはまだ人質がいる!!」

 

 長官ベロンが親衛隊に命じ、何人かの女子供を前面に押し出した。

 止まれと怒鳴る暇もなく、その男はいつの間にか親衛隊の背後を取っていた。

 

「近寄」

 

 言いかけたヘルメット装備の彼らの首が、一瞬にして宙に舞った。

 もともと南斗聖拳は暗殺の用途もこなす残虐非道の殺人拳である。

 それを極めた存在が、標的の背後をとるなど造作もないことだった。

 ベロンが辺りを窺えば、自分以外の正規軍が遠巻きにして半ば撤退しかけていることに気付く。

 

「きっ貴様ら……ワシの命令を」

「人に命じるのではなく、自分の力で戦ったらどうだ」

 

 金髪の青年が人質を後ろに下がらせた後、ベロンの前に立ちふさがった。

 大男である帝都の長官が大刀を抜き放って構える。

 だが腕に覚えのある武人だからこそ、相手の凄絶さが肌身で感じられた。

 この迫力はファルコにも匹敵する、と思い知ったベロンが、大汗を流しながらショウキの名を呼んだ。

 

「ワシを助けろ! 元斗の部隊もだ」

「ショウキ様、下種が何か言ってますぜ」

 

 赤光将軍の子飼いが主人の手当てをしながら、憎々しげに長官を眺めている。

 どうしますと問われた髭面の熱血漢が、重傷の身で起き上がった。

 

「約束は守る。わしを倒したことで帝都の軍は撤退させる」

 

 ショウキの言葉にシュウが頷いた。

 彼はレジスタンスに人質を救出するよう言い含め、敵の首魁を一瞥した。

 

「おい待てショウキ、ワシを置いていくのか?!」

 

 勝手に撤退し始めた元斗の私兵に続いて、正規軍も我先にと逃亡していく。

 一人になった長官がこのままでは済まさぬぞと息巻いていたが、詰め寄ってくる怒りの闘将の姿を見て、一目散に逃走し始めた。

 

「冗談じゃねえ、盲目のクセにショウキを倒す化け物なんかとやり合っていられるか!」

 

 それが最後の言葉となった。

 空から降ってきた白鷺の両足が彼のごつい両肩に乗った。

 あ? と間抜けな声を上げながら顔を上げた瞬間、その頭は唐竹割となった。

 倒れこむ大男には目もくれず、再度飛翔したシュウが同門の近くに着地した。

 

「南斗白鷺拳。衰えていないようだなシュウ」

「そういうお前は……わたしが思っていたよりさらに強くなったようだ」

 

 壮年の男が青年の手を握り、感慨深げに告げた。

 シバが感無量な武者震いをしながら、六星どうしの邂逅を見守っている。

 

「言いたいことはいろいろある……とりあえず詫びねばならぬ。サウザーを倒す際、わたしは病で何の役にも立てず、お前に任せきりだった」

 

 同門だが遥か年上の仁者の懺悔に、シンは頷くのみだった。

 南斗のなかで最も死んではならない男が無事な以上、何の問題もない。

 逆に彼が盲目の闘将に要請する。

 この先で控えている村人を含め、ここにいる女子供を避難先まで護衛していほしいという内容だった。

 

「アスガルズル……皆殺しの色里だと聞いているが」

「以前とは違い、女子供や老人が住まうには最適な城塞となっている。エバが長である間は大丈夫だ」

「助けてもらった返礼だ。その件は進んで受けよう。だがお前はこの後どうするのだ?」

「帝都を討つ」

 

 シンの断言にシュウが眉をひそめた。

 そうさせるほどの理由が彼にあるのかと思ったようだ。

 

「元斗皇拳は脅威だ。金色のファルコとやらがラオウに匹敵する存在ならば、それを擁する帝都がこの機を逃すはずもない。かならずまた侵攻の手を伸ばしてくるだろう」

 

 仁星が相手とはいえ、天帝の子ルイのことは易々と離せない。

 一般論でごまかした。

 わたしも手を貸そうというシュウに形式的に頷いたシンだが、他にも心当たりがある彼は具体的な助力を仁者に求めることはなかった。

 

 女子供に囲まれたシンがシュウたちを連れ、マミヤや村人の元へ戻る。

 クセのある黒髪の美人が、鬼の形相で師に纏わりつく女たちを蹴散らしたのは余談である。




元斗赤光烈弾。アニメ北斗の拳のショウキの奥義。
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