聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四十六話  陰と陽

「バカな?! そんなバカな……タイガほどの猛者があんなにあっけなく」

 

 帝都の正規軍、その軍団長が、撤退しろと全軍に告げながら呻いた。

 元斗の緑光将軍をわずか一撃で葬った赤毛の青年の雄姿を眺めて、呆然としつつも装甲車に引き返す。

 

 赤紫のマントを翻した彼が度し難い、とその唇を動かしている。

 元斗の戦士でありながら総督ジャコウに内通していた、と自白した相手に対し、彼は問答無用に斬り飛ばした。

 その絶影の拳法の使い手が、潰走していく敵を一瞥する。

 このまま帝都を落とす、と告げた主に、小男の影が周囲を見渡しながら言った。

 

「どうやら金色とやらはユダ様に恐れをなしたようですな。中原に攻め入るために囮を……タイガとやらを用意していたのかも」

「ちょうどよかろう」

「……とは?」

 

 愛馬の赤兎に乗り上げたユダが馬腹を蹴った。健脚のコマクがそれを追う。

 

「元斗皇拳のファルコとやら、ラオウと互角という自負があるためか視野が狭い。だがそれは思い上がりというもの」

「黄金の牙、ですか」

「だけではない」

 

 妖星の視界の端に南斗紫蝶拳(しちょうけん)の伝承者があらわれた。ポニーテールの髪型、黒い髪の彼女も影のひとりである。

 

「なんじゃいメイエルか。お前もユダ様のお供に来たのか」

「ブルータウンの守りはダガール様。難攻不落の城にわたしがいてもしょうがない」

「ならばそのうち鷹も駆け付ける気がするわい。こうなれば元斗の主力が大方出払った帝都など、落ちたも同然だな」

 

 紅の旗の機動部隊がすぐ後ろを追尾してくる。

 その勇壮な姿を振り返って、コマクは軽快に笑っていた。

 

 

§§§§§§

 

 

 慈母星の病はいずれ治る、と確信した北斗の長兄は、早々に南の孤島サザンクロスを後にした。

 トキが診療し、五車や南斗の拳士らを護衛にする城塞の守りに不安はないと見たのか、末弟も別ルートから大陸に戻るという。

 

「なぜ伝承者までサザンクロスを経つのか。どういう了見だ」

 

 主人とともに小型の船に乗り込んだウサが首をひねっている。

 最後に乗ってきたレイナが答えた。

 

「帝都の侵攻を迎え撃つつもりでは」

「……金色のファルコならば拳王様しか倒せぬだろう」

「とはいえラオウ様の行先、復活を図る相手はもう決まっている」

「わかっとるわい。先代伝承者すら凌ぐと言われた隠遁者じゃろ」

 

 水平線を眺めながらラオウが二人の会話を聞いていた。

 わが回復が万全かどうか、それを図るにふさわしい大敵。

 

 リュウケンの同門コウリュウ。

 

 奴を倒して世紀末覇者としての復活を遂げる。

 身の程知らずの元斗に対し、拳王に相応しい威厳を示すのはその後だ、と彼はそう考えていた。

 それにしても愛などと……ラオウは内心で毒づいた。、

 

「くだらぬ」

 

 剛毅な男に似合わぬ様相で、彼が思わず独語する。

 北斗神拳の神髄に至った己にとまどい、まだ受け入れきれていない自分に喝を入れるべく、北斗神拳有数の剛拳使いを相手に選んだ。

 敗れるならば死あるのみ、と決めている。

 ほとんど見られない主人の高揚した表情に、お付きの二人は顔を見合わせるばかりだった。

 

 

§§§§§§

 

 

 金色のファルコ率いる元斗と軍監の正規部隊の混成軍は、一路アスガルズルを目指している。

 そんな情報を手にした死神がシンたちの元へ戻り、帝都へ向かう彼らに引き返すよう告げてきた。

 意外過ぎる帝都の攻略先にレスティエもマミヤも驚きを隠せない。

 

「どういう理由です?」

「……帝都の実権は総督ジャコウにあり。奴は権力欲だけではなく色ボケの権化だ」

 

 上司が吐き捨てるように言った。レスティエが嫌悪感をあらわして首を振る。

 マミヤがはっとしてシンを窺った。

 

「アスガルズルには今ルイが、天帝の子が」

「わかっている」

 

 偶然にもファルコは、攻略先で探し物を得ることになる。

 総督に従う理由もなくなる。

 アスガルズルを落とすのは必至でも、その後ルイを発見すれば正規軍相手に壮絶な仲間割れが始まるだろう。

 その混乱のなかでルイはともかくレンが無事でいるとは限らない。

 

「あれはもはや俺の弟子。ルイと同じように死なせはせん」

 

 シンは遥かアスガルズルの方角の空を見上げて、静かに言った。

 かの地には女王エバを守る手練れたちが幾人かいる。

 彼らの奮闘に期待するしかない。

 

「そしてこういうときに……ああいう輩が蠢動するもんです。拳王が隠れて中小の軍閥どもが騒ぎ出す」

 

 ジョーカーが遠くの砂煙やエンジンの駆動音に気付き、トランプカードを取り出した。

 バイクから降りたシンが女たちはこれに乗れと言い残し、踵を返す。

 背中を向けたまま影に語り掛けた。

 

「ジョーカー」

「はっ」

「奴らは任せた。追い払え」

「御意。KINGのご期待に応えましょう」

 

 膝をつく影が嬉しそうに首を垂れた。

 金髪の青年がそのまま歩き出そうとしたとき、二人の女が彼の名を呼んだ。

 

「あたしたちは頼りにならないってわけ?」

「シン様」

 

 二人の南斗聖拳門下生が腕をまくっている。

 ラオウ不在により、各地で蜂起した軍閥たち、数で攻めかかるそんなモヒカンどものヒャッハーがここまで聞こえてきた。

 

「マミヤ、レスティエ」

 

 呼ばれた美女たちが目を輝かせた。

 後から追ってこいという言葉に、「ええ」と「はい!」という小気味よい返事が重なった。

 風に吹かれた長い金髪が揺れる。彼は一気に駆け出した。

 

 

§§§§§§

 

 

 かつては高層ビルが立ち並んでいた場所に辿り着いたとき、シンは速度を緩めて歩き出した。

 何者かの気配を感じて立ち止まる。

 尋常な存在ではない。

 感覚で言っても拳王か聖帝レベル。

 そのすさまじい内に秘めた闘気を感じとった。

 

 この気宇は元斗のなかでも最上位のものだろう。

 ファルコか、と考えたシンが、倒壊したビルの物陰からやってくる隙のない誰かに目掛けて跳躍した。

 同時に相手も跳んでいた。

 空中で交差する。それは完全に極聖拳(きょくせいけん)の間合いだった。

 

「南斗獄屠拳(ごくとけん)

 

 自分の口からではなく、敵らしき男がそう告げてきた。

 着地したシンと敵が向き合うまでに、復古の拳士の片方のプロテクターが吹き飛んでいた。

 

「打ち負けた?!」

 

 世紀末になって以降、獄屠拳を放ってやり返されたことは一度としてない。

 だが相手は服を少し切り裂かれただけのようで、平然としていた。

 建物の影で見えにくい。

 その男の胸元が、陽の光に照らされてあらわになった。

 

「お前は」

「ようやく見切ったぞ、極聖拳の蹴りを」

 

 胸に七つの傷。忘れるはずもない。一度目の急襲で自分がこの男につけたものだ。

 

「ケンシロウ」

「ここで会うとはな……シン」

 

 宿敵が感慨深げに言った。

 気纏(きそう)も含めて、さらに重厚になった雰囲気の北斗の男が、色里に向かうと告げてきた。

 向かう先は同じのようだ。

 

「お前に生かしてもらったおかげで今のおれがある。だが……次はそうはいかんぞ」

「ファルコを相手に死なぬようにするのだな。本末転倒になる」

 

 幼馴染の憎まれ口に、ケンシロウが珍しく口角を上げて笑った。

 南斗極聖拳(きょくせいけん)伝承者は、北斗神拳伝承者がその神髄に目覚めたことを肌で知った。

 

 しばらくして駆動車両の音が聞こえてきた。

 親善的ではない存在の兵団が、この地はもらったと大口を叩いている。

 それに敵対する部隊も、ふざけやがってぶっ殺すと息巻いている。

 

 拳王の領土が縮小し、王を名乗り始めた軍閥がいくつも発生しており、縄張り争いを始めた複数の勢力の戦場に、たまたま二人が居合わせた形となった。

 

 シンとケンシロウに気付いたならず者たちが兵団を率い、二人の元へやってきた。

 何人かが偉そうに自己紹介をしていたが、北斗南斗の男たちの反応は薄い。

 

「知っているかケンシロウ」

「鬼王ゴラム…? 知らんな」

 

 鬼王軍と名乗るその軍閥の長が怒髪天を衝いた。

 歯牙にもかけない扱いをされ、なおかつ挑発する言葉を吐くも二人に無視された男は、クマドリ模様の異相に怒気を(みなぎ)らせて牙を剥いた。

 

「この峨嵋拳(がびけん)のゴラムさまを知らねえたぁ許せねえ! 若僧ども、今すぐわが拳の錆に」

 

 鬼のごとき風体のごつい男が、台詞の途中で尻もちをついた。

 黒髪の男に額を突かれた軍閥の王は、立ち去る相手に向き直ってごルァと吠える。

 

「北斗壊骨拳」

「ほ、くと」

 

 ゴラムが彼の背後に飛び掛かろうとして動きを停止させた。

 全身の骨が肉体から飛び出し、爆散した。大軍がどよめいた。

 

「ゴラムが」

「てめぇら……!」

 

 見慣れぬ流れ者に対し、他の王たちが共同戦線を張った。

 智王だの我王だの龍帝だの名乗りだけは大層な連中が、シンとケンシロウに連携して打ち掛かってくる。

 

「ほぁたぁ!」

 

 北斗の拳が智王の胴体を一撃でぶち抜いた。

 南斗の拳が我王の胸を音もなく貫き通した。

 あたたたたというケンシロウの気合のたびに、智王配下の部隊が溶けていく。

 特に掛け声の必要のないシンが無言で我王の隊列を突き崩した。

 

「こ、こいつら……まさかこの拳法は」

 

 龍帝と名乗る太極龍拳の使い手、アモンが白髪と長髭を震わせながら、部下もろとも一旦引いた。

 互いを背にして構える北斗と南斗の拳士は、一見剛柔の組み合わせに見えるが、北斗神拳はもとより、シンの極聖の拳は南斗においては随一の剛拳である。

 

「北斗神拳と南斗聖拳がなんでこんなところにいやがる?!」

 

 主のいなくなった智王我王の部隊が潰走していく。

 アモンが冷や汗をかきながら、逃げろと全軍に命じた。

 

 そんな悪党を逃がすわけもない二人の男が同時に跳躍する。

 かつて互いに繰り出した蹴りが、アモンもろとも龍帝軍を狙い撃つ。

 北斗飛衛拳と南斗獄屠拳を同時に食らった彼らは、爆裂と斬破のなかで消え去った。

 

 倒壊したビルが巻き添えになり、轟音を立てて崩れていく。

 めくれ上がった地盤が、やがて隕石のように降ってくる。

 黒い髪と金色の髪の拳士たちは、そんな埋葬地に一瞥もくれることなく、その場を立ち去った。

 

「シン。ファルコをどう思う」

「……天帝の忠臣。あれは自分のために元斗皇拳を奮ったことは、おそらくあるまい」

「それはお前も」

「フン」

 

 以心伝心の彼らが同時に荒地を蹴り、走り出す。

 

「ファルコはおれが倒す」

 

 しばらく走った後、ケンシロウが呟くように言った。

 

「あれは自ら盲を開くことができる気質の男。ただ撃ち破ればよいという相手ではない」

「……お前は慈母星に感謝しておけ。全てはあの女のおかげだ」

「ユリアがもう一度会いたいと言っていた」

 

 シンはそれを聞いても微動だにしなかった。

 どこにいようと生きていてくれさえいればそれでいい。

 彼の横顔からは何も感じ取れなかったケンシロウが、全てを悟って泣いていた恋人を思い出して前を向く。

 

 気付くのが遅すぎた。その一言に尽きた。

 

 地平線に映し出されてきたのは、目的地の皆殺しの色里である。

 その城壁を前に陣を敷いている帝都の旗が見えた。




ゴラム。北斗の拳 ラオウ外伝 天の覇王のキャラ。
アモン。同上。智王や我王なども同上。
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