聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四十七話  炎上

 ファルコ率いる元斗と正規軍の混成部隊は、アスガルズルの城門の前で陣を敷いて、降伏勧告の返答を待っていた。

 本来ならば速攻を求める正規軍側も、沈黙して対陣の姿勢を見せているのがファルコにとっては不気味だったが、指揮系統が乱れないに越したことはない。

 

 彼は門から討って出てきた旧知の拳士を、先ほど退けたばかりだ。

 南斗双鳶拳(そうえんけん)のハーン兄弟が負傷すると、代わりに何人もの用心棒が出てきたが、元斗皇拳最強の男に敵うべくもない。

 

「ふん、こいつぁ……つまらねえことになっちまったぜ」

 

 滅殺を(かわ)しきれずリマが吹き飛んだが、ハズ、ギズの兄弟をかばいつつも、なんとか立ち上がった。

 その背後でうつ伏せで倒れるいかつい南斗の拳士が、顔を上げて憎まれ口を叩く。

 

「……おいサングラス野郎、女王とやらの守りはどうすんだ」

「うるせえなハゲ。あれにはヴァルキリアやザンがついてる。ってかオメエらだけじゃ相手にならんだろ、あの光り輝くオッサンにはよ」

 

 頭髪の寂しいハズの呼びかけに、リマが血の混じった唾を吐く。

 弟のギルも口元の血をぬぐって言った。

 

「たしかにあの角刈りの強えこと。以前戦ったより数段も手ごわくなってやがる……!」

「てめえらの南斗聖拳が大したことねえからだろ。おりゃもっとすげえ奴を知ってるんだ」

「なあにぃ若僧?!」

 

 減らず口を叩きあう用心棒たちの前に、帝都随一の猛将が立ちはだかった。

 その彼が静かに口を開く。

 

「このファルコ、無駄な流血は好まぬ。幹部どもはともあれ、この城の一般市民の命は保証する。ただちに(くだ)るよう女王とやらに進言してくるがよい」

「ハハハふざけろよ。このおれさまたちが今更おめぇに下ると思ってんのか、ファルコぉ」

「……思わん」

「だったらさっさと止めた刺しにこいや……!」

 

 兄弟の手招きに金色の男が一歩目を踏み出した。

 だが彼らが取り出した弾頭を見て、陣を敷く帝都の部隊が驚愕しながら一斉に引いた。

 

「これを見ても余裕かファルコ、舐めやがって……このまま爆殺されてぇのか?!」

「笑止。あわれな南斗め」

 

 物音ひとつ立てず、巨体のファルコが兄のハズとの間合いを一気に詰めた。

 ギルがそれを阻止しようとするも、金色の光で弾かれる。

 ボディビルダーのような巨漢の首にファルコの剛腕が伸びた。

 片手で持ち上げられたハズが、思わず持っている起爆用のピッケルを手落とす。

 

「速ぇ……あの図体でなんであんなに素早く動けるんだヤロォ。バカ力なのは見た通りだが」

 

 目で追うのが精いっぱいだったリマがけっと吐き捨てた。

 

「陽門の南斗聖拳などわが元斗皇拳の敵ではない。闘気のないおのれらの爪では、このファルコに傷をつけることはかなわぬ」

「……ほざけ、角刈り!」

 

 余裕で背を見せる相手に、弟のギルが渾身の斬撃を放った。

 ファルコはそれを避けたものの、頬に傷を与えることに成功していた。

 

「はっははざまあねえぜ! 傷一つ与えられねえんじゃなかったのかぁ、ファルコ。ハッタリ野郎め!!」

「……うぬら」

 

 元斗最強の男が片手に金色の闘気を込めた。

 彼が少し本気になったようで、それを察したリマがしゃあねえなあと頭をかきながら大敵へと向かっていく。

 

「三匹まとめて始末してくれよう。元斗皇拳、衝の輪」

 

 必殺の流輪は三人の用心棒を撃ち抜き、その身を焼くはずだった。

 だがその奥義は、どこからかやってきた何者かに、逆に撃ち抜かれる結果となった。

 金色の光が黄金の牙によって跡形もなく霧散していく。

 ハズ、ギル、リマがうおおっと叫ぶ。

 帝都の部隊が何事かとざわめき、動揺で陣形を崩した。

 

「こやつ」

 

 長い金髪を靡かせ、正面から堂々と突き入れてくる男がいる。

 我を恐れぬか、と驚嘆しながらも、ファルコが元斗白華弾を放つ。

 だが歴戦の戦士の勘が働いた。

 攻撃から防御に、闘気の流れを咄嗟に切り替える。

 だがその気のガードも一瞬にして砕かれた。

 

「ぐっ……!」

 

 凄まじい突撃だった。

 対峙する敵に先手を取られたことも、成すすべもなく白刃取りで対応せざるを得なかったのも、彼にとっては生れて初めてのことだった。

 

 両手で渾身の闘気を迸らせ、その貫手を挟んで止める。

 巨漢のファルコが荒地を削って大きく後退していく。

 

「ぬううう」

 

 歯を食いしばり、うおおと咆哮した金色の男が全闘気を放出してようやくその後ずさりは止まった。

 ドウっと地盤がめくれ上がる。

 土砂の雨のなかで見た金髪の下の深淵なる双眼に、ファルコは思わず一歩退いた。

 

 その彼が放った片手の指突を防ぐために消費した気合は膨大なものだ。

 疲労の発汗は冷や汗と思われても仕方がない。

 大きく息を吐く自分と違い、龍の牙を引き抜いた青年は呼吸一つ乱していなかった。

 

「一点突破に対し、一点集中の防御で防いだか。さすがは金色(こんじき)……だが南斗聖拳に貫けぬものはない。当たればその体に風穴が開く」

「貴様は……」

 

 ラオウすら認める元斗最強の男が、一撃を防いだだけで片膝をついた。

 一撃で敵を倒した光景は数知れずども、その逆を見たことがない彼の配下と正規軍が声もなく固まっている。

 

「おせえぞ黄金の牙! まんまと裏をかかれやがって、とんぼ返りご苦労様なこった」

 

 リマが怒鳴りながら尻もちをついた。

 あー疲れたとぼやきながらかたわらの兄弟を見る。

 

「んだてめぇら、シンの同門だろうが、挨拶なしかよ」

「……接点なんかねえよ。百八派の頂上拳、南斗六星のひとりだぞあいつは」

 

 握り拳に力をこめて、弟のギルがけっと悪態をつく。

 兄のハズは一連の流れを眺めてから、呆けたように言った。

 

「ワシらはあれがやりたかったんだぜ……あのファルコが、拳王に匹敵すると謳われた帝都の猛将が……南斗の一撃で片膝をつくなんてよ。そうだあれが」

 

 南斗極聖拳(きょくせいけん)か。兄弟の台詞がシンクロした。

 その伝承者が別方向を向く。

 そこから歩み寄ってくるのは、黒い髪の黒い恰好をした世紀末救世主だった。

 驚愕のなか、それでもファルコは死闘の相手だと直感じて問いかけた。

 

「北斗神拳伝承者、ケンシロウだな」

「お前がファルコ」

「……然り」

「引けぬか」

「元斗のさだめ、引けぬ」

「……やはり戦わねばならんか」

 

 ケンシロウが拳の骨を鳴らしてファルコの前に立つ。

 そのとき彼の幼馴染は城門のなかへ入ろうとしていた。

 

「なんだあイケメン野郎、こいつらの死合いを見ていかねえのか?」

 

 リマの声にシンが城塞を見上げた。中から煙が立ち上っている。

 サングラスの生物兵器がやれやれの(てい)で、金髪の青年に続いた。

 

「チッ……御大層に陣を敷いて降伏勧告なんてまどろっこしい真似をって思ったら、内から破ろうとしてやがったか。鳳凰といい、やるこたぁ変わらねえな」

 

 めんどくせえと呟いたリマが渦中の戦場を振り返る。

 

「おっさんども、とりあえずこの門はおめえらに任せる」

 

 そう言ったエバの親衛隊の台詞は、二人の耳に届いていなかった。

 ハズとギルは戦闘開始した北斗と元斗の応酬を固唾を飲んで見守っていた。

 

 

§§§§§§

 

 

 アスガルズルの内乱は何度目だ、とぼやいたリマの先導で。シンも建物の中に入った。

 女王は無事なのかという彼の言葉に、サングラスをかけ直したロックな格好の男がさあなとうそぶく。

 

「エバが作った街だが、もともとここは皆殺しの色里だ。どんな不満分子がいるかわからねえ」

「……」

「まあフリーダやザンがいる以上壊滅ってことにはならねえだろうが……ただエバ以外の女子供がどうなるかってのは、正直保証できん」

 

 暗にレンやルイのことを匂わせたリマが、女王の居館に至る扉を蹴破った。

 

「このフロアまで制圧されてやがんのか、ザンの野郎、何をやってやがる」

 

 腹立ちまぎれのリマの拳骨が唸る。

 広い通りの向こうからやってくるアスガルズルの元用心棒たちが、彼の剛拳でまとめて吹っ飛んでいった。

 いきなりシンが立ち止まる。

 分厚い通路の壁に手を添える彼を振り返って、リマがおいと声をかけた。

 

「さすがにそいつぁ無理ってもんだぜ。エバの居城は爆弾でも吹っ飛ばねえ構造になってる。こいつらを全てぶっ殺して回り道を」

 

 何気なく壁に突き立てた金髪の青年の指が、徐々に高強度コンクリートにめり込んだ。

 ゆっくりと埋まっていく龍の牙の動きに、サングラス男の動きも止まる。

 

「地上のどんな物質も力で打ち砕く、だったな。正真正銘のバケモンだぜおめぇは」

 

 重厚な壁がひび割れた。

 それを蹴り砕いたシンが、地響きのなかで広間に押し入る。

 襲い掛かる正規兵をぶちのめした野獣もそれに続いた。

 

 閃光とともにさらなる爆発音が轟いた。

 煙の中から炎にまかれた男が、シンとリマの足元へ転がってくる。

 それは仲間である南斗紅雀拳のザンだった。

 その腕の中に気絶したエバを抱きかかえていることに気づいたリマが、彼女を助け起こす。

 

「よくやった、といいたいところだが……てめえほどの男がエバを守るだけで精一杯か。ヴァルキリアたちはどこだ」

 

 火傷を負った髭男が無念の様相で、フリーダたちは向こうで倒れており、人質に取られて思うように動けなかったと弁明して面を伏せた。

 

「……やさぐれた風体の者ども、断定はできんが……奴らは女王よりひとりの少女を狙っていた」

「あ……?!」

「天帝の忘れ形見とかなんとか……少年も一緒に攫われて」

「おいシン……!」

 

 金髪の青年を見たリマが、ここは任せなと吠えたてた。

 頷いた彼は同門のザンが済まぬと頭を下げるのに応え、煙の中から急襲してきた重武装の敵とすれ違う。

 

 シンが奥のバルコニーに駆け込んだ時には、それらの首は全て飛んでいた。

 おおらァというリマの掛け声と壁に激突する帝都の兵の断末魔を聞きながら、遠くに飛んでいくパラグライダーらしき数名の姿を遠目に窺う。

 

 敷地の広いバルコニーの死角から、鎧兜の男たちが左右同時に斬りかかってきた。

 彼はその片割れの鋼鉄の胸を貫き通し、もう片方の首を掴んで壁面に叩きつけた。

 その大柄な男がもがきながら、憤怒の青年の問いに対し、わははと笑って高らかに告げた。

 

「て、帝都の門は幾人もの元斗と重甲機兵団が守る……おのれら生身の人間に突破する術はない」

 

 バカめと煽る相手を高層のバルコニーから投げ込んでおいて、シンは手すりに足をかけた。




ハーン兄弟。原作では南斗双鷹拳(そうようけん)
本作では南斗双鳶拳(そうえんけん)
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