聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四十八話  黒幕の正体

 帝都にある総督ジャコウは、派遣した元斗の軍や正規兵が各地で撃破されている、と報告を受けて動転していた。

 

「ふぁ、ファルコはどうした?!」

「現在アスガルズルを攻略中です」

「すぐ呼び戻せ! ソリアもだ。タイガはどこに」

「紫光は中原で南斗の軍と戦闘中、緑光は……南斗紅鶴拳に一撃で敗れました」

「なんだとぉ?!」

 

 薄暗い広間のなか、白髪頭の中年の男が思わず立ち上がる。

 

「……そ、その妖星ユダ率いる赤備えが途上の群や市の守りを突破し、この帝都に向かって侵攻中とのこと」

 

 玉座に座り直したジャコウが葉巻を吐き捨てた。

 震えて火がつかなかったようだ。

 

「ユダ……あの拳王を退けた赤い衝撃がここに……」

「きゃつは手勢のみで帝都を落とせると思っているのか」

 

 配下たちのそんなどよめきを聞きながら、彼は唾を飛ばして叫んだ。

 

「息子はどうした?! 天帝を捕らえにいったシーノは?!」

「……シーノ様の私兵は先日出立したまま全員行方知れずです」

「ジャースク!」

 

 ジャコウが爪を噛みながらもう一人の息子の名を呼ぶ。

 

「重機兵と装甲車の大隊を門前に配置しろ! 残っている元斗の拳士どももだ」

「おーぅ。なんだっけ、えー……アスラ、パトロに、えーっと」

 

 後頭部だけの髪を結いあげたハゲ頭の大男が、酩酊したまま立ち上がる。

 その親は帝都宮殿の玉座の間からすべての警備兵を追い出して、一人になったことを確認すると、不意に椅子のボタンを押した。

 

 地下へ続く隠し扉を開け、階段を下りる。

 水食糧、その他必需品を詰め込んだ駆動車に乗り込み、動作を確認してからまた王の間に戻った。

 陸路だけではない。

 海路への脱出の手はずも整えている男が、自分だけは生き延びると呟いてワイングラスを手に取った。

 

 

§§§§§§

 

 

 地平線からやってくるのは、U.Dの紋章を掲げた旗の軍団だった。

 それを確認した帝都の装甲部隊が、各地からかき集めた長官や傭兵を盾に、城門上からの遠距離攻撃の準備を終えて待ち構えている。

 

 元斗の拳士ブロンザや長官ダルジャ、ゲイラ、ゲルド、ゾング、用心棒のブゾリ、アインらを揃えた錚々たる面々が門外へ出る。

 装備も兵数も圧倒的な防衛側と、軽騎兵を中心とする赤備えが帝都の膝元で対峙する。

 

「行けい用心棒ども。あの赤い髪の道化を追い払えば金や女は思いのままだ!」

 

 軍監たる正規兵が鞭を奮って傭兵たちを叱咤する。

 その様子を一瞥し、アインが舌打ちを放ちながらクソがと毒づいた。

 同じ賞金稼ぎ仲間のブゾリがごつい体格の手下たちを何人か向かわせたが、それらは赤備えの赤い槍に全て刺しぬかれて死亡した。

 

「やるじゃない」

 

 アインがブゾリの肩をぽんと叩き、行くぞと告げた。

 槍騎兵のきっ先を(かわ)し、赤い鎧ごと体を叩き潰す巨漢のブゾリや、アインの超ヘビー級の剛腕から放たれるパンチを受けた赤備えの数人が、兜を砕かれながら血煙の中に沈んでいく。

 

「やりますねえ」

 

 主人の愛馬赤兎の傍に従う影の小男、コマクが呟く。

 

「なかなかいい用心棒どもを雇ってやがる。兵卒では相手にならんか」

 

 丸眼鏡をかけ直した小男が、進み出た影の女の背中を見る。

 

「メイエル」

「ここまでの防御網にあれほどの猛者はいなかった。帝都の一番槍をもらいます」

 

 長い髪のポニーテール、黒い衣装に身を纏った女拳士が、二メートルを優に超える眼帯の大男と、黒髪のヘビー級ボクサーの前に立ちふさがった。

 

「女ぁ? このブゾリ様に小鳥を狩れってのか」

「まあ待てよ。おい女、おめぇに男はいるのか?」

 

 眼帯の賞金稼ぎが小鳥なんぞ興味ねえ、とばかりに赤備えとの戦闘を再開させた。

 アインは年若い美女に、もう一度男の存在を確かめていた。

 

「それを聞いてどうする」

「いないなら気兼ねせずにぶっ飛ばせる。このおれの前にしてビビらねえっていう胆力は褒めてやるから、相手がいるならさっさと帰れ」

 

 メイエルと呼ばれた女が後方を振り返る。

 赤兎馬に乗る赤毛の主に一瞬だけ視線を送った彼女が、口角を上げて返答した。

 

「逆に聞こう。お前に女はいるのか?」

「……だったらどうするって」

 

 アインが眉を上げた。

 聞き返された記憶はない。

 超ヘビー級ボクサーの自分の威圧に、ここまで涼しい顔をして迎え撃つ女を見たことがなかったからだ。

 

「だったら? ……半死半生で済ませてやる。世界チャンプ程度の腕で南斗聖拳に通じるかどうか、おのが身で試してみるがいい」

「てめェ」

 

 こめかみに血管を浮かべた用心棒がトントンと跳ね、ファイトタイルを取った。

 南斗という流派の拳法には大いに心当たりがある。

 そんな女の構えからして、尋常な相手ではないと悟ったようだ。

 

 ぬううと気合を込めてパンチを放つ。

 大砲に匹敵するその一撃で女の体は四散するかと思われたが、それは相手の手刀で軽くいなされた。

 

「な」

 

 いなされた上での平手打ちをくらったアインが、長身をのけ反らせた。

 切れた唇から出る血を拭い、まぐれだろと独語する。

 

「本来ならお前の顔は二つになっている。メイエルの手加減に感謝しろ」

 

 二人の戦いを見物していたコマクの解説に、アインが怒髪天で応じた。

 

「舐めた代償は大きいぜ女」

 

 フットワークと連続して打ち放つパンチの速さは、もはやヘビー級のものではない。

 そしてヘビー級でもありえない剛撃がメイエルの背後にあった岩を打ち砕いた。

 

「逃げ回っていてはおれは倒せんぞ」

「では南斗紫蝶拳(しちょうけん)の神髄を見せてやろう」

 

 アインの拳を再三(かわ)しながら、メイエルが掌を合わせるような構えを示した。

 南斗の拳士は頭から垂直に降りてきて、彼に斬撃を見舞う。

 空を切った用心棒の拳に鮮血が走った。

 

「重力無視かよ、すげえな」

 

 余裕そうなごつい男のそんな反応に、メイエルが目を細めた。

 無軌道な動きを見極めつつ、アインがちょいと本気でいくぜ、と告げた。

 

「シッ」

 

 その掛け声とともに、何発ものジャブがメイエルを襲う。

 南斗の無軌道に対し、無軌道に合わせに来るアインの拳撃を避け切れず、彼女は宙を舞って着地した。

 彼女が目を剥く。

 

 肩の防具が粉砕されていた。

 演舞を止めなければ、体の芯に剛拳がヒットしたかもしれない。

 南斗百八派の拳士が冷や汗を流していた。

 

「南斗聖拳とは何回かやりあったことがあってよ」

「何?」

「ハズ、ギルのハーン兄弟とだ」

「……南斗双鶯拳(そうえんけん)

「ってことで、一人しかいないおめぇに負けるわけにはいかんのよ。殺しはしねえが……おれの女のためにおとなしく捕まってくれな」

「なるほど不覚。そなたを舐めたことについては詫びねばならんな」

「あ?」

「わが身と同等以上の敵。そう認識して戦おう」

 

 メイエルが奥義の発動を予感させるように闘気を溜めている。

 アインがやるじゃないと口グセを放ち、間合いを詰めた。

 だが対戦相手の斜め後ろからやってくる赤い衝撃に気づき、とっさにダイブしてその波を避けた。

 

 彼女はそれが過ぎ去ってから、何事かと友軍を振り返っている。

 赤い波は帝都の正規軍の装甲者を真っ二つに割いていた。

 赤備えと戦っていたブゾリも驚愕しながら城門のほうを窺っている。

 

「なんだ今のは?!」

 

 蹄の音とともにやってきた赤毛の馬、その馬上の男をアインが見上げる。

 こいつが首魁かと思いながら思わず鳥肌を立てていると、群の長官ゲルドとゾングが何者かに刃を当てて、用心棒ども奮戦しろと威嚇してきた。

 

「てめぇらっ!!」

 

 アインがその様子を見て激昂した。

 ブゾリも赤備えという敵を捨ててやってきた。

 彼の娘のアスカが正規軍の人質になっていた。

 眼帯の巨漢の男の老母も、同じように囚われていた。

 

「アイン、ブゾリ。親族を殺されたくなければ……相打ち覚悟でそこの赤い衝撃を仕留めろ。いつまでも遊んでいる時間はない」

「ぶっ殺す……!」

 

 ブゾリが大刀を取り出したが、老母の首元に刃が当てられているのを見て動きを停止させた。

 顔を真っ赤にさせながら唸る同業者の横で、アインが冷たい声を放つ。

 

「アスカに少しでも傷をつけてみろ……うぬら全員、生かして帰さんぞ」

 

 超ヘビー級ボクサーの凄まじい殺気に長官二人はひるんだが、ガマガエルのような出で立ちの長官、ゲイラがこれを抱えて赤毛の男に特攻しろ、と二人にダイナマイトを放り投げてきた。

 

「でめぇ」

 

 震える眼帯の巨漢が歯ぎしりをしながら母親を窺った。

 その老母は目が見えないのか、息子を拝んでいたが、それは助けてというより彼に生きなさいと告げているようだった。

 

「はやくしろぉ、ガキと婆を殺されてえかっ!」

 

 ゲルドとゾングの異口同音の恫喝が、帝都の門前に響く。

 そのとき、影である小男コマクが動いた。

 続いてアインと戦っていた女拳士、メイエルも地を蹴った。

 

 その二人の動きが注目されることはなかった。

 それ以上の事態が正規軍の目の前で起こっていたからだった。

 赤紫のマントがばさりとめくれ上がった。

 その持ち主は馬から飛び上がり、音もなく空を舞っていた。

 

「ああ?!」

「あっ」

 

 長官二人が空を見る。

 前列にいる配下の甲兵たちを飛び越えた赤い髪の青年は、さらに自分たちの頭上も越え、人質の前に着地していた。

 

 人質の首を掻き切ろうとした配下の正規兵たちが、音もなく崩れ去った。

 同時に前列にいた重装甲の兵、その全ての首が飛ぶ。

 

 一瞬の出来事で、守衛側は声もない。

 その間に少女と老婆がコマクとメイエルに助け出され、アインとブゾリの元へ戻っていた。

 赤紫のマントが風に靡いている。

 その神速に反応できた帝都側の人間はひとりもいない。

 彼が立ち上がったのを合図に、長官ゲルドとゾングは細切れになっていた。

 

「逃がさねえぞガマガエル!!」

 

 アインの憤怒の鉄拳で、両生類のような外見の長官、ゲイラが頭をぶち抜かれて死亡した。

 ブゾリが母を抱きかかえながら、救出してくれた小男と女拳士を拝んでいた。

 

「ユダ様を前にして女を人質に取る。殺してくれと言っとるようなもんじゃ、あほうどもめ」

 

 コマクがやれやれと肩をすくめている。

 アインも娘を手渡してきたメイエルに、すまねえと頭を下げていた。

 

「おれぁ降りるぜアイン。母ちゃんを盾に脅してくる野郎どもとは一緒に戦えねえ」

「もっともだ」

 

 アインが頷いた後、城門前で敵の大軍と唯一人向き合っている赤毛の青年を見た。

 フゥウウという効果音はその男が発している静かな闘気だ。

 

「役立たずどもめ、こうなったら全軍で赤毛を押し包め!」

 

 帝都の長官ダルジャが、かかれっと一斉攻撃を命じた。

 数十の重武装の猛者たちが、それぞれ得意な獲物を手に、中背に見える南斗の拳士に襲い掛かる。

 その彼らの巨体がまとめて真一文字に裂かれていくのを、逆の端で襲い掛かろうとした兵士が見ていた。

 避けようとする暇もない。

 帝都の軍の第一波は赤い衝撃の指一本で、全てが胴体を二分割されて全滅した。

 南斗妖旋舞、というその技の名を、配下のメイエルが口にした。

 

「ばっ化け物か、こやつ」

 

 ダルジャが城門上にいる遠距離部隊に射撃を命ずるも、いずれの矢玉も相手に届くことなかった。

 無駄撃ちする射撃隊の真ん中に妖星がふわりと飛び降りた途端、それらは爆散するように弾け飛んだ。

 石が水面に落ちて弾け飛ぶ雫のように彼らは舞い上がり、武器ごと斬り裂かれながら、城門の下へと落ちていく。

 紅の軍団がどっと沸いた。

 同時に敵の兵士たちが怖気を奮って後退していく。

 

「魔人か奴は?! お、おいブロンザ、てめえの出番だ!」

 

 元斗の将軍に迎え撃てと言い残したダルジャが、数人の側近とともに門の中に退散していく。

 それを一瞥したブロンザは赤い衝撃の前に巨体を躍らせた。

 額に走る傷と長い口髭をひとなで、元斗の構えとともに闘気を纏わせ始めた。

 

「南斗紅鶴拳。噂に聞く凄絶の高速拳、見事である……だがいかに貴様とて、ひとりではこの門をくぐることはかなわぬ」

 

 赤い前髪を人差し指で弾いた美男子が、そのまま標的に指をさす。

 

「お前が元斗最後の将軍か」

「ふはは余裕だな赤毛め。まあよい、その肝の太さに免じて答えてやろう……元斗の層は厚い。ファルコが最強とは表向き。それに匹敵する者は二人ほど存在する。そもそも総督ジャコウなぞ、はなからビジャマの操り人形にすぎん」

 

 初耳の事態に、ユダが少しだけ眉を上げる。

 続けて得意気にブロンザが語った。

 

「それがしはそのビジャマに従う者。長官ダルジャも含め、帝都の要人すら誰も知らぬ。我らは天帝など必要とせん。元斗自ら天帝を名乗り、この世を支配する」

 

 ブロンザの合図を受け、城門の上から二人の壮士が飛び降りてきた。

 それぞれ異なる闘気の色を(まと)っている。

 蒼光の渋い髭面の男がバトロ、銀光で長い銀髪の青年がアスラと名乗った。

 

 体格の良い元斗の将軍三人が赤毛の青年を半包囲する。

 元斗の軍はともかく帝都の正規兵は、見慣れぬ拳士の登場に驚きを隠せない。

 それでも彼らから引け、と命じられた部隊は、抗弁もせず門の内側へと撤退していった。

 額に傷がある浅黒い肌の男、ブロンザが嘲笑いながら構えだす。

 

「いかに貴様とてわれら三人には歯が立つまい。その細首を叩き切ってくれるわ。そのうえで紅鶴の領土はわしが頂く」

「……なるほど。ビジャマとやらが帝都の黒幕とは良いことを聞いた」

 

 主の台詞を聞いた長年の忠臣、コマクはつばを飲み込んだ。

 彼が放つ気炎を窺った小男が後ろに振り返る。

 

「用心棒ども、我らとともに下がれ! はやく!!」

 

 丸眼鏡の影が叱咤し、アインとブゾリの両名を城門前から遠ざかるように促した。

 メイエルは主君が元斗の将軍三人を相手に、本気を見せようとしているのを察した。

 固唾を飲んで見守ろうとしたとき、赤い閃光が煌めいた。

 

「こ……これは」

 

 額から(ほとばし)る鮮血が自分のものだと知ったブロンザがよろめいた。

 いつのまに衝撃が衝き抜けていたのか、彼には認識することができなかったようだ。

 元斗の闘気が昼の戦場をも明るく照らす。

 それを受けるほうは、ただ風に吹かれて佇むのみで、気脈の発動はない。

 敵からすれば小憎(こにく)らしいほどの沈着ぶりだった。

 

「そのほうらで妖星の赤い牙が折れるかどうか、やってみるがよい」

 

 三人まとめて相手にしてやる。

 そう煽られた元斗の拳士たちが憤怒の気合に身を包んだ。




バトロ。アスラ。パチスロ北斗の拳、新伝説創造のキャラ。
機械で発生させた闘気を用いて戦う真元斗皇拳の使い手、らしい……
ビジャマ。同上。
ゲルド、ゾング。アニメ版のキャラ。天帝軍の司令官。
ブロンザ。元斗皇拳の拳士。アニメ版のキャラ。
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