聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四十九話  帝都へ

 復活を図る北斗の古老との戦闘を終え、洞窟から出てきた巨漢がいる。

 その男は上半身の防具が吹き飛んでいたが、概ね無傷だった。

 しかし赤い衝撃による南斗の裂傷は、未だに背中に色濃く残っている。

 

 剛毅な外見の彼が空を見上げて息をつく。

 そして近くの岩にかけてあったマントを羽織った。

 立ち去ろうとして歩みを止める。二つの影が目の前に現れたからだった。

 待ち構えていたのは若者二人。

 双方は長大な鉄の棒を手にしていた。

 

「よくも父を……!」

 

 相手が世紀末覇者でなければ、ほとんどの人間がその武器で撲殺されていただろう。

 それほどの剛撃であったが、当人はそれを避けもせず受けきった。

 二本の金砕棒(かなさいぼう)はぐにゃりと(ひしゃ)げるのみだった。

 

「バカな?!」

「コウリュウの息子か」

 

 拳王を名乗る男が二人に問いかける。

 それには答えず、悲壮な覚悟の兄弟が空手を奮う。

 だが地上最強の暗殺拳を極めた男にはかすりもしなかった。

 

 息子たちの悲鳴が重なる。

 撫でているにも等しい手加減で地に叩き伏せられた二人が、未熟を自覚して慟哭する。

 起き上がれない屈辱に震える彼らを横目に、ラオウは待機させていた黒王号に乗り上げた。

 

「兄弟ならば違う道を歩むがよい。何も求めて競り合うことはない」

「ち、父のかた、きを……!」

「コウリュウは倒した。だが死んではいない」

 

 ラオウが馬首を返す。

 仇敵の言葉に二人が顔を見合わせた。

 一縷(いちる)の望みをかけて、息子たちは震えつつも立ち上がる。

 やがてふらつきながらも洞窟の中に入っていった。

 

 父は昏倒しているだけだ、と確認したアウスとセウスが外に出たときには、北斗の長兄の姿はすでに消えていた。

 巨馬を駆る男は猛スピードで坂を走っている。

 やがて傍にバギーが隣接した。影のウサと親衛隊長のレイナだった。

 

「ご報告を。中原のアスガルズルでケンシロウとファルコが激突しました」

「ほう」

「北斗神拳伝承者は義足の金色と同じ立場で戦い……そして辛くも下したとのことです」

「……そうか」

「このまま帝都を征伐するおつもりですか?」

 

 レイナの言葉にラオウがうむ、と頷いた。

 ウサの情報では、すでにユダが帝都まで進撃し、城門を攻め立てている最中だという。

 影の小男が主に言った。

 

「ファルコがケンシロウに敗れた以上、残った元斗ではあの赤い衝撃に敵うはずもなく……勝負は見えておりますが」

「あの赤毛に受けた傷のせいで、オレは何の働きもしておらん。少しは北斗の長兄らしきところを見せる必要がある」

「……元斗が練武の生贄というわけですか。なんとも気宇の大きいことで」

 

 ウサがそう嘆息すると同時に、世紀末覇者がはいやあと黒王号を駆った。

 

 

§§§§§§

 

 

 アスガルズル攻略を中止した金色率いる元斗軍、その全員が帝都へと引き返している。

 そんな車両のなかにケンシロウが同席していた。

 死を覚悟して北斗神拳伝承者と戦ったファルコであったが、城外に出てきた女王エバから詳細を聞いて天帝の子の所在を知り、その矛を収めた。

 

 ジャコウの手の者に(さら)われたルイが帝都に連行された、と伝えられた忠実なる元斗の戦士は、北斗に対し潔く負けを認めていた。

 ケンシロウが応急処置を受ける金色の男に告げる。

 

「シンがあの娘を追ったはずだ、問題はない。残る元斗の将軍はお前の説得を聞けば道を開くだろう」

「……ソリア、ショウキはわが盟友。だがブロンザは総督側だ。それに」

 

 ファルコが傷の痛みとともに眉を曇らせた。

 

「ビジャマ、バトロ、アスラといった裏元斗の猛者どもはジャコウと利害が一致する。あれらの手にルイ様が落ちたのならば……以前と変わらぬ事態になる」

 

 苦渋の表情を浮かべる金色が面を伏せた。

 ジャコウの言いなりの結果、親ファルコの戦士たちが倒されただけで、状況はより悪くなっている。

 その様子にケンシロウが彼の肩に手を置いた。

 

「オレとシンがいる。お前と三人ならその元斗たちを倒せる」

「……すまぬ」

 

 互いに負傷した状態であれらと戦えるのか。

 正直ファルコはそう思ったが、最悪自分が死ねばよい、という開き直りで前を向く。

 そんな男を横目に、ケンシロウが拳の骨を鳴らして空を見た。

 

 

§§§§§§

 

 

 天帝の子ルイを(さら)った輩を追っていたシンが、中原に軍を進める帝都の正規軍と戦い、撃退した死神、レスティエ、マミヤと合流する。

 そこでバイクとバギーに分かれて乗り、総督ジャコウがいるはずの城塞を目指した。

 最大速度で疾走しているうちに、やがて帝都の前線基地、シティーが見えてきた。 

 シュウが落としたその街は戦乱がまだ収まらず、あらゆる建物から煙が上がっている。

 その城門前に、赤い軍団と紫の軍団の旗が翻っている。

 

「KING、あれを」

 

 バギーの運転手である死神が指をさす。答えたのは助手席のレスティエだった。

 

「あれは……元斗の拳士と……南斗の鷹ではないですか?!」

 

 驚くように言った彼女がバイクに乗る主を見た。シンが頷く。

 

「イルフォーンか。それにあの眼帯の元斗の戦士は……紫光の男だな」

「元斗皇拳第二の将、ソリアですな。しかしあの鷹がここにいるということは、恐るべき赤い衝撃もどこかに」

 

 死神が二人の激闘を見てから主人を窺う。

 双方とも満身創痍であった。

 元斗次将と南斗羽鷹拳(はおうけん)の勇将がシンたちの存在に気づいたようだ。

 

「来たな……黄金の牙」

「なにィ?!」

 

 頬の血を撫で拭うイルフォーンが彼の異名を口にすると、ソリアが胸の傷を手で覆いながら、砂煙が上がる方向を眺めて(うな)った。

 

「あれが聖帝を倒したという、南斗の極星……!」

 

 シンがバイクを下りた。

 フルヘルメットのマミヤがその背に手を添える。

 どうやら師が受けた様々な傷は治りかけているようで、その点は安心して送り出せた。

 

「あの紫光と互角に戦うとは……イルフォーン。六星にさほど劣らぬな。さすがは妖星の片腕といったところか」

「ユダ様の配下には独眼竜も控えております。勢力の規模に比べて、人材の層の厚さは尋常ではない。帝都にも拳王軍にもひけをとりませんね」

 

 影の上司と部下が言葉を交わす。

 イルフォーンが金髪の青年に何か言いかけたが、その前にソリアが標的を変えた。

 

「きゃつを仕留めれば、わが軍の起死回生となる!」

 

 巨漢の元斗の次将がそう叫び、目の前の大敵を捨ててシンに歩み寄る。

 その間に彼は極大の紫光の流輪を繰り出していた。

 鷹との戦いでも使わなかった最終奥義である。

 

「元斗皇拳、破の輪」

 

 練りに練った闘気を両手に(まと)わせ、その滅殺の光を相手に撃ち放った。

 これほどの巨大な気を見たのは初めてなのか、マミヤが悲鳴を上げる。

 

 いきなりの奥義で先手を打ったソリアの見切りに間違いはない。、

 だがかつて、鳳凰の闘気ですらも砕いた主の姿を見ている影主従は、涼しい顔でそれを見守る。

 その凄まじい紫光が一瞬にして弾け、そして消えていった。

 シンの指突が相手の胸に突き刺さる。周りからはそう見えた。

 砕かれた側が吐血した。

 地響きを立てて両膝をつき、力なく項垂(うなだ)れている。

 

 

「あれが南斗極聖拳(きょくせいけん)……ソリアほどの男を倒すのに奥義すらいらぬのか?!」

 

 復古の拳を目の当たりにしたイルフォーンが思わず(うめ)く。

 額に汗を浮かべながら、いや、と自答した。

 元斗の魂魄を込めた気合、それを実の拳で貫き通す。

 長い赤銅色の髪の猛将が、あれが南斗聖拳の神髄だと思い直して戦慄した。

 おのが主、赤い衝撃にも匹敵すると肌で実感したようだ。

 

「KING、峰打ち同然ながら奴はもう戦えません。先を行きましょう」

 

 ソリアの胸の手前で寸止めし、衝撃だけを与えたことを知った死神が、当然のような顔をしてエンジンをかけ直す。

 それでも元斗の将軍は両手をついて息を切らしていた。

 闘気が尽きたのか、打たれて息ができないのか、おそらく両方であることを察して、彼の配下たちが紫光将軍に駆け寄った。

 

 鷹の手勢、赤備えもやってきた。

 レスティエとマミヤが天帝の子、ルイの状況を語る。

 イルフォーンやソリアを含め、皆驚きながらそれを聞いていた。

 

 ルイという少女がこの時点でジャコウの手の内にない、と知った眼帯の元斗の拳士も慌てて帝都に戻ろうと、車両に乗り上げる。

 イルフォーンも自前のバイクに跨った。

 だが今しがた見た黄金の牙が炸裂する瞬間、その光景が目について離れず、恐るべき武威を示した男の遠ざかる後ろ姿を呆然と見つめていた。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 蒼光のバトロと白光のアスラ、裏元斗の二人が目を剥いた。

 表の元斗の将軍、ブロンザが赤い霧に包まれて仰向けに倒れゆく。

 ジャコウの部隊は度肝を抜かれて見守るばかりだ。

 紅の軍団と寝返った用心棒の連中も、呆気に取られて城門前の光景を眺めていた。

 濃紺の長い髪、髭の壮士であるバトロがアスラ、と声をかけた。

 一本指を上空に挙げた赤毛の雄姿を見て、踏み出した年少の同僚を呼び止める。

 

「ブロンザほどの男を一撃で葬り去ったあやつ……それこそ死合になる。消耗するぞ」

 

 忠告を受けた白髪の青年は、標的を見つめて目を細めた。

 

「あの敵はわたしに譲れ、バトロ」

「殺人マシーンめ。ビジャマの目算が狂う……だがあれ一人ならば問題あるまいか」

 

 はははと高笑うアスラの白い髪の毛が逆立っている。それを見てバトロは考えを改め直した。

 その白い闘気の迸りのなか、不意に彼の頬に線が走った。

 そこから血が流れ始めた。

 無言で指を這わせた無表情な彼が牙を剥く。

 

「南斗……このわたしの結界を貫きおったか」

 

 そう呟いたとたん、アスラの目の前に赤い髪が靡いていた。

 だが白髪の拳士はそれを一笑に付した。

 

「ばかめ」

 

 赤い衝撃は空を斬った。霧と消えた青年は南斗紅鶴拳の拳士の横脇へとすり抜ける。

 ブシュウウと血が噴出したのは、赤紫のマントを斬り破られたほうだった。

 

「ユダ様っ!!」

 

 メイエルとコマクの悲鳴が聞こえた。

 疾風でやり返された、と驚きを隠せない部下たちをよそに、当人は感心したように相手に向き直った。

 

「神速は南斗の専売ではないぞ、赤毛」

 

 その声は背後から聞こえてくる。

 アスラとともに挟み撃ちしようとしたバトロの蒼い閃光が間近にあった。

 仰け反りんがら、ユダが迫りくる凍気の蒼いそれを弾き返す。

 

「邪魔をするな……!」

「増援の兵気が近い。二人してこの若僧を倒すべし」

「ち」

 

 そう言い合いながら、白と蒼の滅殺の拳が赤い衝撃を押し包む。

 そのとき、裏元斗の彼らの指が明後日の方向に折れた。

 

「なっ?!」

「こっこの」

 

 バトロの驚愕と若いアスラの苦悶の声がする。

 死の間合いであった前後からの挟撃に対応した南斗の拳士は、回転するように舞って元斗の切っ先を薙ぎ、龍の爪で砕いていた。

 体格の良い二人が中背に見える彼の円舞を受け、ずささと引き下がる。

 

「バカな」

「こやつ……われらが双撃の闘気を素手で弾き飛ばしおった……!」

 

 アスラとバトロが驚嘆しながら敵を窺う。

 膝をついていた赤毛の青年がゆらりと立ち上がった。

 うおおと彼の軍団から歓声が上がる。

 

「ジャコウとやらに聞いていなかったのか。闘気では私は倒せぬと」

 

 千切れた己がマントを投げ捨てる。深淵のアイスブルーの瞳は左右の敵を見ていない。

 その視線は帝都の宮殿へと向けられていた。

 その瞬間、二人の元斗の拳士が胸板を抑えて態勢を崩す。

 指だけではなく、紅鶴拳の爪は双方の剛体に衝撃を与えていたようだ。 

 今度は彼らが膝を折った。苦悶の表情に比べ、青年の白い面は憎らしいほど清々しい。

 その美男子が両腕を上げた。深淵の闘気を内に込めている。

 それが誰の目にもはっきりとわかった。

 

「おのれ」

 

 白い髪の青年が地を蹴った。壮年の男がいかぬ、と呼び止めようとしたが遅かった。

 

「南斗紅鶴拳、点穴駁(てんけつばく)

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 地響きが帝都の城を揺らす。

 それは総督ジャコウのいる大広間にも届くほどの振動だった。

 

 城の外では裏元斗の二人とブロンザが妖星を食い止めているはずだが、先ほどから元斗の滅殺の轟音が鳴りやまない。

 つまりまだあの赤い衝撃を仕留められずにいる、ということだ。

 

 衛兵すらも下がらせた広間からは、城下を一望できる吹き抜けのバルコニーが設置されている。

 彼はガラスの両扉を開けて、その景色を恐る恐る覗き込んだ。

 すでに城門は開かれている。正規兵たちが城の中に逃げたのだろう。

 あとはブロンザと元斗の軍、裏元斗の二人が赤い髪の侵略者を食い止めている最中だった。

 ジャコウは何度も舌打ちを放った。

 

「何をしておるたわけどもめ。あとショウキがおればあのすばしこい妖星を押し包められるというのに……ん?」

 

 辛くも防戦していると思い込んでいた初老の男が、度肝を抜かれて目をこすり、手にした双眼鏡を覗き込んだ。

 

「こ、こんなことが信じられるか……! ありえん……元斗の将軍三人を相手にあの赤毛……赤毛の若僧……!!」

 

 ジャコウは怖気を奮いながら声を荒げて叫んだ。

 ブロンザは血の海に沈んでいる。

 白髪の青年、アスラは赤い閃光を食らったのか、地に仰向けに伏して昏倒していた。

 それを蒼い髪の壮年の男、バトロが抱えて南斗の拳士から逃れるように距離を取っている。

 

「ユダ……あ、あのラオウを……あの世紀末覇者を撃墜したただひとりの男……こいつはまずい、まずいぞ」

 

 汗まみれになって震える広間の主がもう一つの何かを発見した。

 地平線から何かやってくる。

 うおっと声を裏返しながら、ジャコウはもう一度それを見た。

 彼が最も苦手とする恐怖の暴狂星の愛馬を確認したからだ。

 

「け、けっ拳王……それにファルコの元斗の軍に……ユダの新手の部隊が」

 

 思わず双眼鏡を手落とす。

 このときの総督は動揺からか、ケンシロウやシンも共にいると認識できなかったようだ。

 ともあれファルコが寝返り、世紀末覇者が参戦した時点で帝都側の敗北は必死だった。

 

 慌てて室内に戻ろうとしたとき、ジャコウの目の前に不気味な出で立ちの男がいきなりあらわれた。

 腰を抜かしかけた彼が、おのれはビジャマ、と指をさす。

 頭にターバンを巻いた眼鏡男が喉の奥で不気味に笑い、この帝都はもう落ちると告げてきた。

 

「拳王、金色、北斗神拳伝承者、南斗極星拳(きょくせいけん)伝承者が揃って妖星の加勢にやってきた。いかにわれらとて、あれら五人には敵わんな」

「気軽に言いおって……どうすればいいんじゃ?!」

「かねての手はず通り、お前は息子ジャスクと天帝の子を連れて逃げるのだ。もうすぐわが手の者があのガキをここに連れてくる。おれさまの影が数名同行してやるゆえ、そのまま海路を経てあの国に潜め」

「……修羅の国……」

「ほとぼりが冷めたらまた帝都に呼んでやる。それまでわれらも野に下る。おっと、あのラオウが着いた早々馬から降りてきやがった」

「くそっ」

 

 他人事のように城門前を見下ろすビジャマの台詞で、中年男が広間に逃げ帰った。

 同時に息子ジャスクとビジャマの手勢が駆け込んでくる。

 彼らが連れていたのはまぎれもない天帝の子ルイだった。

 一緒に(とら)われている少年に覚えはなかったが、その手の嗅覚にすぐれたジャコウはこいつも使える、と思い直し、同行させることに決めた。




点穴駁。ラオウ外伝アニメ版のユダの奥義。
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