聖拳列伝   作:小津左馬亮

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五話    龍の牙

 しなる腕からの指突により敵を穿(うが)つ必殺の奥義で、勝負は一瞬にしてついたはずだった。

 変則的な動きと敵の背後からでも強襲できるそれは、年若い相手を貫手の的にしてまさに肉塊にできる威力を誇っている。

 だが現実には繰り出した百手の拳は全て少年の同数の拳によって相打ちになっていた。

 バゴン、と周囲の地盤が技の重さで崩落した。ぶつかり合う衝撃波が円状に広がっていく。

 同門である孤鷲拳のジュガイと撃ち合って負けた記憶は過去のものだ。

 南斗の極意である指突を向けられて後ろを見せるわけにはいかない。

 血しぶきの応酬のなかで指の一本が折れた。それはタイエンのものだった。

 

「ぐっ」

 

 北斗の分派のなかで剛柔を使い分ける曹家拳の、柔の部分が敗れた。

 それを無意識に悟って彼は仰け反ったあと、大きくとんぼ返りしながら間合いを取った。

 タイエンがシンを指さし、憤怒の形相でどの流派にも当たらぬ拳、と告げてくる。

 

「南斗の上位拳法はおおよそ見た覚えがある。だがそれは」

 

 たたっと血がしたたり落ちた。彼の両手両足と、指先から出るものだ。

 

「復古の拳……うぬが宗家の拳を奮うというのか」

 

 ぎりっと歯を食いしばったタイエンが雄叫びを上げた。北斗神拳に抱く憎悪や屈折をシンの拳に向けたと思われる。

 おおお、という裂帛の気合で彼の上半身の道着がはじけ飛ぶ。

 鍛え抜かれた体躯をさらなる闘気で包み込んだ曹家拳の使い手は、獄屠拳の断裂を膨張した筋肉で塞いで出血を止め、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 轟音の一歩一歩で大地が揺れる。

 

 北斗の激流に比べ、南斗の少年の構えに見える闘気は薄いものだった。南斗極聖拳に体中から溢れるほどの凄まじい気合は必要ない。

 気を込めるべきは龍の牙に例えられる指突の部位であり、放つものではなく内に込めるもの、と秘伝書から学んでいたからだ。

 言うほど易くもない教えを体得できたのかと問われれば、未だそれは未到達と言わざるを得ない。

 

 それにしてもタイエンの増幅された剛の殺気は、シンには見慣れたものだった。

 曰く、帝王が持つそれであり、覇王が持つそれでもあった。

 少年が遥か見上げるその先から、目線を落としてタイエンを見る。

 

「侮どるか、小僧!」

 

 双眼を血走らせて両手を掲げたその構えから、爆龍陽炎突だと察したシンが意表を衝かれる形で蹴り飛ばされた。

 高速の蹴撃を目で捉えたものの、無軌道な動きを読み損ねて直撃したのだ。

 

「この手ごたえ、利き手が折れたか。虚実に騙されおって」

 

 草地まで転がった相手が起き上がるのを見て、その姿勢にタイエンが見切りの台詞を放つ。

 

「半人前の分際ででわが曹家拳を侮った。なぶり殺しをもって応えてやる」

 

 今度はシンの体に血煙が湧きたった。あえて一撃で殺さぬよう、加減をしながら鞭の如く、双腕での滅多打ちが展開された。

 

「仕上げだ。幻夢百奇脚」

 

 奥義の名を高らかに叫んだタイエンが大勢を崩す。トト、ト、と片足でステップを踏んだ違和感のあとで見たものは、己が利き足の激痛だった。

 足指の先を確認し、切断ではないことを知る。だが相手の指が脛にめり込んでいることにようやく気付いた。

 驚くまいとして、そのまま蹴り潰してやろうと横薙ぎに足を押し込む。

 しかし南斗の指突がふくらはぎまで貫通する様相を見せたため、タイエンは本能から足とともに、またも体を大きく仰け反らせて後退した。

 彼の奔流していた闘気が縮小する。

 

「指一本でおれさまの足を……!」

「復古の拳の礎は斬撃ではない。指突を極めし者が南斗極聖拳の伝承者となる」

「南斗……極聖拳だと……」

 

 この時点のシンに許された奥義は南斗獄屠拳だけであった。それもまだ途上の仕上がりであり、龍の牙と呼ばれる南斗の貫手に至っては異名のまま名乗りを許されていない。

 青年に近くなった少年から放たれる指突は疾風のごとき速さを持っていたが、タイエンはそれを難なく見切ることができた。

 だが白刃取りで抑え込んだはずの牙は徐々に彼の両手の防御を押し抜け、その剛強なる肉体に指を突き立てることに成功していた。

 

「とっ……止められぬ……」

 

 徐々にめり込んでいく牙によってタイエンから新たな噴血が放たれた。

 両手を放せば貫かれる。足で反撃しようにも利き足は能力を半減しており、思うように動かない。

 静かなるシンの双眼に、激昂や覚醒以上の迸りを見た。それが少年の執念だということを、まだ若いタイエンが知るわけもない。

 復古の拳にて今度こそ慈母を守り抜く。その執念が常に死と隣り合わせの過酷な修練や実戦に耐えうる心身を生んでいた。

 

「かっは」

 

 吐血したタイエンが死を覚悟したとき、貫手を抜いた少年が乱入してきた誰かに対し足蹴りを放った。

 その者は蹴りを蹴りで受け止め、掌底でシンを弾き飛ばした。

 折れた利き腕でそれを受けた彼がさすがに表情を歪めながら、青年と自身の間に立立ちはだかった者を見返す。

 長く白い髭の、額に傷のある壮年の男だった。タイエンが師父、と男に呼びかけた。

 

「驚くべき小僧よ。利き腕ではない指突でわしが鍛えたタイエンを突き殺そうとするとは」

 

 曹家拳配下の郎党が若き伝承者候補を左右から支える。余計なことをするなと叱咤する気力もなく、タイエンは師父が自分と戦った少年に容赦ない報復を加えるのを黙って眺めていた。

 熟練した無影脚の威は弟子の比ではない。死を覚悟するのはシンのほうだったが、もとより決死の少年が引くはずもなく、決死の指突はたびたび現伝承者の道着をかすめ、あるいは頬や手の甲に傷を与えていた。

 

「こやつ。折れた腕で」

「師父、後ろだ」

 

 弟子の叫びに師が向きを変え、闘気を駆使して背後から放たれてきた衝撃波を打ち消した。

 岩盤が砕かれ、砂煙が宙に舞う。

 やがてそれが晴れ、やってきた人物の姿を明確に映し出す。

 金髪を血で染めた少年が腫れた目でそれを窺う。

 

 赤紫のマントが風に靡いている。赤毛、赤を基調とした南斗の道着は選ばれしものだけが着用することができる名門の証を誇らしげに示していた。

 

「北斗曹家拳のタイゲンとお見受けする」

「……推参者の小僧、名乗らずともよい。摘まれる新芽に名は必要ない」

「詰むのはそちら」

 

 どっと沸いたのはこの場ではなく、両側で戦闘していた孫、劉の方向からだった。

 赤紫のマントの青年のそばに、小さい影が着地する。

 

「孫の年若い指揮官をサウザー様が、劉はラオウが駆逐しましたぜ。あとは後続部隊の掃討戦に入るだけ」

 

 コマクと呼ばれた小男が主人の頷きに頷き返し、後ろに引き下がった。

 でははじめるか、という赤い髪の青年が片手を上げていき、その指先をタイゲンに向けた。

 




章大厳。北斗曹家拳伝承者。蒼天の拳のキャラクター。
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