聖拳列伝   作:小津左馬亮

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五十話   置き土産

「狼煙だ」

 

 城から立ち上る合図のようなものを確認して、アスラを抱えた壮年の男バトロが跳躍する。

 眼前に勢ぞろいした北斗南斗元斗の拳士たちを打ち捨てて、城内へと逃げ込んだ。

 分厚い鉄条門が閉ざされる。外に放り出された形となった元斗の軍がファルコの説得に応じて投降していく。

 

「ヤロウども、新手が来やがったとたんに撤退しやがったクソが」

 

 アインが毒づくのを横目に、車から降りたファルコとソリアが言葉を交わす。

 

「奴らが引いたということは」

「ビジャマの指図か。きゃつめ、ルイ様を手中にしたと見えるな」

「……ショウキはどうした」

「城中で養生中だが……あれらの動きから監禁されている場合もありえる」

 

 カッ、と閃光が奔った。天将奔烈というラオウの奥義の発動で、分厚い鉄鋼の城門がひしゃげ飛んだ。

 門両側の城壁までも崩して宮殿への道を作った豪傑の姿に対し、驚かない者は一部の拳士たちだけだった。

 それを目撃したほとんどの連中が腰を抜かさんばかりに驚愕の口を開けている。

 アインやブゾリはおろか、元斗の拳士たち、ユダの配下イルフォーン、マミヤなど、初めて見るラオウの剛拳には声もない。

 

 鉄塊やコンクリートなどの瓦礫を踏みしめた北斗の長兄が、赤紫のマントを風に靡かせる赤毛の青年の姿を横目で捉え、ぼそりと言った。

 その近くでは元斗の将軍、ブロンザが倒れている。

 

「フン、複数の元斗を相手に二人までも一蹴したか。さすがだな」

「無想陰殺を受けた傷がまだ治らぬ。三人まとめて片付けようと思ったが」

「言いおるわ若僧」

 

 ラオウが口角を上げた。

 シンとケンシロウが歩み寄り、ユダやラオウと並んでいる。

 赤い衝撃の異名がある男がそれらを見比べながらふむと頷き、金髪の青年に語りかけた。

 

「北斗神拳の神髄は愛と聖大導師から聞いたことがある。それに兄弟とも目覚めたらしいな」

「のようだ」

 

 シンの即答に、ユダが褒める語感で責める内容の言葉を口にする。

 

「以前の比ではない力を得た。それを是とするお前の度し難さに乾杯したい気分だ」

「年代物のワインならあとで提供しよう」

 

 南斗の双璧が揃って城内に入っていく。

 ラオウが足を止めてそれを見送っていたのは、元斗の筆頭と次席が近くにやってきたからだ。

 

「金色。わが末弟に敗れたそうだな」

「……言葉もなく完敗だ」

「だがそなたの格は落ちぬ。元斗最強の男よ、誇りに思うがよい」

 

 いくぞケンシロウと促した北斗の長兄が屋内へ姿を消した。

 

「あれが世紀末覇者。思っていた以上に大きい男だ」

 

 ソリアが初見の感想を述べる。

 彼と宿縁があるファルコもあの頃のラオウではないと肌で感じ、今では道連れも難しいと忸怩たる思いに浸るのだった。

 各斗の頂点の拳士たちを見守っていたそれぞれの配下たちのなかで、一番目つきの悪い男、ジョーカーがふと思いたったことを口にした。

 

「黄金の牙、赤い衝撃、世紀末覇者に救世主、元斗の金色。この大陸における最強の面子を敵にするなど、ビジャマという元斗のフィクサー、奴の目論見など最初から破綻しているも同然。どういうつもりか」

「少なくとも奴らに我らが翻弄されたのは事実。今中原はそれぞれの主がおらず、外からの侵攻には脆弱になっているが」

 

 妖星配下の勇将、イルフォーンが何気なく答えた。

 本人に自覚はないが、その周りにいた影のコマク、ウサ、拳王親衛隊のレイナといった諜報に明るい者たちがはっとして、それがある方向の空に視線を向けていた。

 

 

§§§§§§

 

 

 城への侵入者に対し、迎撃に当たる正規兵は数知れずであったが、誰一人して足止めに成功したものはいない。

 元斗の拳士二人はともかく、他の男たちは立ちはだかる帝都の守衛を倒すことに躊躇はない。

 火器を含んだ重装備の部隊をことごとく踏みつぶし、王の間に踏み込んだ。

 

「ぬっ」

 

 ラオウが暗がりのなかで目を凝らす。

 もぬけの殻のような広間には、白い布のスクリーンが設置されていた。

 やがて映し出されたのは総督ジャコウではなく、フィクサーの男、元斗皇拳のビジャマであった。

 

「ご苦労たったな諸君。残念ながら手遅れと言い残しておこう。首魁の中年男は天帝の子を連れ、すでに帝都を脱出している。経路は言えんが、その行き先は海外だ」

「海外だと?!」

 

 ソリアとファルコが異口同音に叫ぶ。

 

「奴はこれを撮り終えて逃げた、ということか」

 

 ケンシロウが映像のなかで得意気に語るビジャマを見ながら、そう独語した。

 

「ラオウにユダ、そしてサザンクロス。それらの領地がどこからかやってくる侵略者に襲われる可能性がある、ということだ」

 

 ほくそ笑むビジャマの台詞で、腕を組んで聞いていた巨漢がぼそりと呟いた。

 

「小物どもの逃亡先はおそらく……修羅の国」

「?!」

 

 ファルコとソリアが蒼白になって覇者を見る。

 北斗の四弟と南斗の極星はその国のことをほとんど知らない。

 赤毛の青年は多少知っているようで、少し考えに沈んでいた。

 そんな彼らに対し、ラオウがあれはわが祖国、と簡潔に説明した。

 

「ケンシロウのが生まれた国でもある」

「オレの……」

 

 さすがの堅物伝承者が驚きを隠せない。

 シンも元斗たちと同じように驚愕したままだったが、ビジャマの最後の台詞で柳眉を逆立てた。

 

「天帝の子ルイとお付きのガキはとある国に連れ去った。だからといってこの機会に蠢動する勢力は何も修羅の国と決まったわけではないがな。内乱の極み、その経過をこれから観察させてもらおう。天帝の下僕どもよ、せいぜいあがいてみるがよい……」

「飛べい!」

 

 カウントダウンを察したのか、重く鋭いラオウの叱咤で、歴戦の戦士たちが一斉に散った。

 爆裂音と地響きは、帝都の正門に待機していたそれぞれの軍勢の耳にも届いた。

 マミヤやその他用心棒たちが大丈夫かと顔を見合わせるなか、あの程度の爆発では主が傷一つ負うこともない、とユダやラオウの配下たちは確信しているようだった。

 

 

§§§§§§ 

 

 

 城外に戻ってきた各斗の拳士たちがそれぞれの部隊を引き返していく。

 各領地の治安を回復させるのが彼らの急務だった。

 

 それに比べ、北斗南斗の伝承者は身軽だった。

 帝都の秩序を回復すべき元斗の二人、ファルコやソリアは当分本拠から動けないため、天帝の子を救う役目はさしあたってケンシロウとシンの二人になった。

 向かう先は修羅の国とやらに最も近い海を隔てた孤島、サザンクロスである。

 

 城壁に囲まれた街、サザンクロスの外にある砂浜に出た彼らのほかに、味方の姿はない。

 死神やその他の使い手も城内の守りに就いている。

 無言で波の音を聞いているシンに対し、ケンシロウがふと告げた。

 

「ユリアが会いたがっている。ここまで来ておいてそのまま放っておくのか」

「……あれはまだ療養中だ。戦うことしかできない男が会っていい存在ではない。それより」

 

 ビジャマの捨て台詞通り、水平線から船団がやってくる。

 それは次第に大きくなってきた。小舟による数十の規模のようだ。

 海陸風(かいりくふう)が黒と金色の伝承者の髪を揺らす。

 

「奴らの船を奪って大陸に向かう。そう思ったが、あの小船ではな」

「おそらく後に本隊が来る。それまでの準備運動だ」

 

 シンの言葉にケンシロウが遥か彼方を眺めながら返答した。

 そんな北斗の男に、南斗の男が呟くように告げた。

 

「足手まといになれば置いていくぞ、ケンシロウ」

「それはオレの台詞だ」

 

 表裏一体の拳士たちが音もなく波打ち際へと進む。

 船に向かって彼らが同時に地を蹴った。

 最初にやってきた偵察隊のような小舟に向かい、二人は跳躍した。

 

 

 

§§§§§§ 

 

 

 

 浜辺が見えてきた。

 修羅の国から数十日、ようやく辿り着いたのは大陸ではなく、大城塞を抱える孤島だった。

 動力付きのこの帆船は大型で、これ以上は進めない。

 小型船で揚陸するしかなかった。

 ポマード漬けのオールバック、修羅の中でもひときわ目立つ恵体、ただひとり顔を晒している男が、仮面をつけた部下の報告を聞いて、船首まで移動した。

 

「あれは」

「ご、ご覧の通り先鋒は全滅しました……それも百」

「群将陸戦隊の(つわもの)ども……百人の精鋭が全て撃退されたというのか」

 

 素顔の長がすっと目を細めた。部下の仮面が思わず縮こまる。

 

「撃退というより……あれは虐殺でした」

「なにィ?!」

「ある者は爆散し、ある者は貫かれ……あれはもう……戦闘というものでは」

 

 名を与えられぬとはいえ、仮面の修羅どもは百戦を経て生き残っている手練ればかりだ。

 だがそれらは海岸に死屍累々を晒しているのみだった。

 

「わが国と同様、最前線は強者で固めていると申すか、あの砂蜘蛛のように」

 

 長が舌打ちを放つ。

 群将に匹敵する実力を持ちながら仮面を外さず、常在戦場(じょうざいせんじょう)を望む酔狂な若者。

 その名を知らぬ者は同国ではいない。

 陸戦隊の長であるオールバックの大男からすれば、ライバルに値する存在である。

 

 その名を口にした以上、帆船で督戦というわけにはいかなくなった彼が、手勢を率いて船を降りた。

 同胞たちの亡骸で覆われた戦場は、それでも波の音のみの静寂に包まれていた。

 長い棍棒を手にする長と配下たちが、城塞の高い壁を見上げながら海岸線に沿って進んでいく。

 

「はっ」

 

 仮面のひとりが膝をつき、体の内側から破裂して倒れ込んだ。

 皆が振り返るも、そこに人の気配はない。

 

「な、なんだ?!」

「確かに今……殺気が……どぼあ」

 

 続けて小柄の修羅も頭から砕け散った。

 波打ち際で隊列を乱した修羅の国の侵攻隊は十数名。

 しかし帆船にはまだまだ増援が潜んでいる。

 

「隊長」

「落ち着け。互いを背に、円陣を組めい!」

 

 ザザン、と波の音だけが聞こえるなか、修羅たちがアーミーナイフのような黒い双剣を手に、周囲を窺った。

 長大な棍棒を砂地に叩きつけた長が、不意にそれを一閃させる。

 しかし使い慣れた己が武器は空を切るばかりだった。

 

「いつの間に」

「よく気付いたな。オレの接近にこうも早く気付く雑魚は久しぶりに見た」

「な、何?!」

 

 黒い革ジャン、黒いボトムにブーツ。

 黒い髪の漆黒の暗殺者がいつの間にか姿を見せている。

 

「おごわ」

「べっ」

 

 オールバックの男の左右の修羅が、一瞬にして八裂になった。

 一斉に仮面が飛びずさったのは、長が下がれいと大喝したからだ。

 黒髪の男が拳を鳴らしながら素顔の大男と対峙する。

 

「いい手下を飼っているな。モヒカンどもとは格が違うようだ」

「……ほざくな下郎めが。修羅とそのほうらの国の下種どもと同じにするでない」

 

 裂帛の掛け声で長が棍棒を突き放つ。

 その切っ先を裏拳で撃ち砕いた男が、砕いたそれから飛び出た何本もの細い鞭により首と片手を絡めとられ、動きを封じられた。

 

「ククク……かかりおったな暗殺者め。その首はもらったぞ」

 

 くるくるとアーミーナイフを片手で回し、得意満面の男が笑みを消した。

 

「なっ」

 

 剛力を誇る彼が、敵の手に引っ張られて体勢を崩す。

 引き寄せられた男は、暗殺者の凄まじい正拳突きを顔面に受けて仰け反った。

 

「おおお……」

 

 黒い男が気合を込める。

 うぁたたたたという気合の声とともに、数十発の拳が修羅の顔面を滅多打ちにした。

 

 

「おあったあ!」

 

 とどめの一発、大ぶりの横薙ぎの打撃を受けた巨躯の修羅は、衝撃で宙に浮かび上がった。

 それでも堪えて態勢を整え直す。

 

「ふぎ……ぬぎ」

「なかなか丈夫だな。だがもう耐える必要はない」

 

 男のその一言で、修羅の長の頭部が炸裂した。

 仮面の部下たちはもはや戦意をなくしている。

 敵に背を見せて逃亡の体勢に入った。

 

「てっ撤退する! 長でさえ相手にならんとは……想定外だ」

 

 彼らが跳ね飛んだ。

 帆船に逃れるため、乗り込んできたそれぞれの小舟に乗り上げる。

 

「い、急げ。あの化け物に対抗するには砂蜘蛛クラスでないと」

 

 仮面のひとりが帆船を見上げる。逆光で見えにくい。

 やがて噴水のように湧き上がってきた同胞たちの姿を見た。

 

「あああ?!」

 

 逃亡する仮面たちだが、それでも地獄の国で修羅の称号を与えられた拳士だ。

 モヒカンとはわけが違う。

 その者たちが仮面の下の目を見開き、恐怖におののいてその凄まじい光景を眺めていた。

 

 帆船から跳躍してきた髪の長い男に対し、迎撃しようとしたのは、死中に活ありの教えに本能的に従ったためだろう。

 小舟から飛び上がった十数名の彼らが、金色の髪の敵と空中で交差した。

 浜辺へと着地したその青年に対し、すぐ近くにいる暗殺者の男が声をかけた。

 

「先発隊はこれで全員か」

「帆船を操縦する者以外はほぼ排除した。あれで海を渡る」

「……南斗獄屠拳。修羅どもなど相手にならんな」

「長を倒したお前ほどではない」

 

 体を砕かれて落下してくる仮面の集団を一瞥し、表裏一体の拳士が歩みゆく。

 

「修羅の国には闘神と呼ばれる男たちがいるらしい。ルイという娘が連れ去られた先は推測できるだろう」

「ああ」

「オレの故国でもあるあの国……ラオウもそのうち駆けつけるはず」

 

 その前に事を終えたいとする北斗神拳伝承者は、渡海先に何か因縁を感じているようだ。

 南斗極聖拳(きょくせいけん)の伝承者も、好敵手である赤毛の青年の増援が来るまでに事態を好転させたいと思ったが、彼ら北斗とは違い、あの国に何の縁もない。

 天帝の子を助ける以上の何かは、今のところ感じなかった。

 

 やがて砂浜の方角から、聞き及びのある女の声が二人の耳に届いてきた。

 ケンシロウが振り返る。

 別れの挨拶を交わす男女を見ることなく、シンはそのまま小舟に飛び乗った。




第一部はこれで終了です。
メモ帳に思うがまま書いていた適当な妄想、とりあえず区切りとなりました。
修羅の国編は少しは進んでいますが、相変わらず行き当たりばったりのストーリーで計画性はなく、下書きが終わるまでお目見えすることはないでしょう。
最後まで読んでいただいた方には感謝しかありません。
それではいつかまた……
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