聖拳列伝   作:小津左馬亮

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第二章 修羅の国編
一話    内乱の予兆


 静かだが、不気味な風の音がする。

 そんななか、海岸に辿り着いた男が小舟から降りてきた。

 (かい)を捨てて歩きだすその若者がふと足を止めた。

 砂浜に倒れる数十の屍がある。突き刺さっている槍からはためく太極旗で、彼らが逃亡した帝都の軍勢だと一目でわかった。

 

 一切の侵入者は許さぬと状況が示してくれている。

 彼はその死屍累々を眺めながら歩を進め、海岸の奥へと進もうとした。

 

「!」

 

 不意に砂地が盛り上がった。

 ボッという重い音を発し、数体の影がそのなかから現われた。

 そんな四方からの襲来に対し、侵入者は動かない。

 アーミーナイフのような刃をその男に突き立てた仮面の男たちが手ごたえあり、といった体で握っている柄をぐりぐりとねじ回した。

 

「ふん、ただの侵入者ではないと報告にはあったが……こんなものか」

「反応なしの隙だらけ。われら修羅には程遠い」

 

 四人の男たちが仮面の奥で笑っている。だがその乾いた笑いはすぐに途切れた。

 仮面から見える八つの目が驚愕で見開かれている。

 そんな彼らが一斉に飛びのいた。

 手にした巨大なナイフが折れていることにようやく気付く。

 

「こ、こやつ」

 

 ザザンという波の音を合図に、身構えて追撃しようとした四人は石像のように動かなくなった。

 海水の混じった砂を踏みしめ、若い男がそこから離れていく。

 

「ほう、あの四人の必殺から逃れるか」

 

 仮面の修羅、四人の首が一斉に飛んだ。

 同時にその一幕を見ていた新手が海岸に現れた。仮面の模様が違う部下を従えた小男は素顔である。

 もみあげの長い小兵の男はマシラ、と名乗った。

 

「ぬ?!」

 

 フードをかぶった男から伸びる金髪を見て、侍のような髪型、恰好をしたマシラが余裕の笑みを消した。

 双刀を抜いた彼が重く低い声で告げた。

 

「……ワシは男前が嫌いでな」

「猿だからか」

 

 侵入者の一言で、後ろに控えていた仮面たちが恐れおののいて数歩引いていく。

 確かによく似ているが、それは言ってはならぬ事実だった。

 小男が気を滾らせながら言った。

 

「ククク……おめぇは特に念入りに殺してやるぜ。そこの虫どものように、原型などとどめさせん」

 

 怒髪天を衝く相手が血走った目で刀を構え、そして飛び掛かった。

 薙ぎられたそれは空を切ったが、砂地は大きく斬り裂かれて持ち上がり、瀑布のように落下した。

 およそ刀で成しえる衝撃ではない。

 

「気纏の剣士か」

 

 初めて出会うタイプの敵に対し、フードの男が珍しく瞠目している。

 ぬはははと高笑う修羅は余裕だな男前と吠えながら、蹴り込まれてくる長い脚を膝で受け、衝撃を流してから回転して後退した。

 おおっと仮面たちがどよめいた。

 マシラ様が力負けしたのか、と互いに顔を見合わせている。

 

「押し返しやがったな。やってくれるぜ……試みにてめぇの流派を聞いておこうか」

 

 問われた若者がフードとそれに伴うマントを脱ぎ棄てた。

 沈みかける夕日に照らされた彼は黄金の髪と相まって、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 マシラにとってそれは憎悪の対象でしかなかった。

 脆弱の欠片もない美男子の姿に思わず惚けていた仮面たちが我に返る。

 その男は南斗聖拳、と流派を名乗ったからだ。

 

「なんとせいけん?!」

「……ふはははなんだそれは。知らぬなそのような空手の拳法」

 

 体術に優れたマシラが飛び上がる。俊敏な動きで相手をかく乱し、空からやってくると見せかけて着地し、凄まじい速さで標的の背後に回る。

 

「胡蝶流双剣。その首かき切って」

 

 名を許された修羅の台詞は中断された。

 金髪の青年による回し蹴り。その発動でマシラの利き腕はくの字に曲がってへし折れた。

 蹴撃はそのまま男の骨ごと胴体を粉砕していく。

 勢いで吹っ飛んだマシラは、海岸線に設置された石垣に激突し、一言も発することなく即死した。

 仮面たちを統率する村の長たる修羅が、金髪の侵入者の一撃で敗れたのだ。

 彼らが信じられぬ光景を見たとばかりに後退していく。

 

「バカな……マシラ様が蹴りひとつで」

「……区長に報告せねばならん。ここは引く」

 

 風のように現れ、そして去っていく修羅たちを見送る彼が、遅れてやってきた小舟から降り立つ幼馴染に声をかけた。

 

「ようやく来たなケンシロウ」

「周辺の掃除を先にやられたか。仕事が速い」

 

 黒い髪、全身黒の服装の男が辺りを見渡し、二手に別れようと告げる。

 シンが頷きながら、何かがお前を呼んでいるのだろうと何気なく返答した。

 ケンシロウが内陸部のほうへ視線を送る。

 

「ラオウやユダもそのうちやってくる。その前に事を片付けたいが」

 

 そう言いながら南斗の男が背を向けた。無骨な北斗の男も心の赴くまま、方角を変えた。

 

 

§§§§§§ 

 

 

 一人の仮面の修羅が郡将の居城に現れた。

 今日は定例会合が行われると知っての来訪だった。

 この国において羅将、准将に次ぐ高官である郡将たちは二十人を超えているが、定数は決められていない。

 その下の区将などからの下剋上は制度として認められている。

 圧倒的な力を持つ羅将以外は明日入れ替わってもおかしくない。

 尚武の国ならではの気風だった。

 

 通知せずのいきなりの乱入者が無言で大広間の会議室を闊歩する。

 その無礼極まりない仮面の男の行動を、警備の修羅はおろか、郡将でさえも誰も止める者はいなかった。

 仮面を取れぬ、すなわち下級の修羅である。

 だがその辮髪(べんぱつ)の彼は、修羅として千勝以上の存在が集まるこの場所で、あろうことかそのテーブルにどっかりと腰かけた。

 呆気にとられる郡将たちを眺めて心地よさそうに笑ってから、仮面が口を開いた。

 

「今日は何の会合だ? 茶の湯を楽しむためか。老害ども」

「……!」

 

 数人の群将が立ち上がる。壁際に立つ警備の仮面の修羅たちが息を飲んだ。

 

「やめい」

 

 同僚を一喝したのは長い白髪に白髭、壮年の大男だった。

 北斗の門の拳を駆使するという、他大陸からの流れ者。

 それでも郡将においては有数の拳士だった。名をサンガという。

 

「聞いておらぬのか砂蜘蛛。南の孤島に送った修羅の軍勢は全滅。あろうことか我が国に侵入してくる何者かのことを」

「フン」

 

 砂蜘蛛と呼ばれた仮面の男がテーブルに何かを放り投げた。

 それは総督ジャコウと息子の首だった。ざわつく室内のなか、次に口を開いたのは顔に傷がある短い金色の髪の男だった。

 静まれと呟くように告げる彼は、郡将のなかでも白眉と呼ばれるほどの実力者だ。

 若い仮面が向きを変え、嘲るように言った。

 

「カイゼル。侵入者はすでにオレが片付けた。うぬらがお茶会などを開いている間にな」

「……たわけが。くだらぬ煽りを」

 

 カイゼルと呼ばれた沈毅な男が腕を組む。

 辮髪の修羅が殺気を飛ばしてきたが、戦歴千八百勝の豪傑はそれを平然と受け止めている。

 

「同じ海岸線だが別の情報、わしらが持っていないと思っているのか。その侵入者はすでに前衛を突破し、各地を収める修羅どもに迫りつつある」

「ほう」

 

 仮面から見える目を見開き、砂蜘蛛がテーブルの上で膝を立てる。

 

「なるほど非常事態を上に伝えるかどうかの談合か」

「お前とは違い、わしらは一郡の主。羅将の機嫌こそ事態というもの」

「宮仕えのさもしいことよ」

「ハン様の下僕がほざくな」

 

 カイゼルが虚空を見ながらそう告げた。砂蜘蛛がぴくりと反応した。

 

「我が国有数の影。食わせ者め。古い情報をわざと流して我らの反応を見たな?」

「……何のことだ?」

「疾風のあのお方は鈍重な者を許さぬ。ゆえに今こそが事態だと先ほど言ったのだ」

 

 豪傑然とした風体の男によって児戯が暴かれ、砂蜘蛛がつまらぬと言いたげに天井を仰ぐ。

 

「鼎の軽重が問われる事態だが、それでも郡将総出というわけにもいかぬ。誰を遣わすかの話よ」

 

 議長格たるカイゼルが広間を見渡す。

 第三の羅将の腹心がいる場で武功を上げようと、数人の出席者が手を上げる。

 長丁場の会議の予定だったが、砂蜘蛛の登場によりほぼ即決で終わった。

 目論見を果たした推参者はいつの間にか姿を消している。

 攻勢に出る者、防衛に徹する者、それぞれの役割を心得た群将たちが退出していく。

 そのなかで、サンガとカイゼルが離れた場所で座ったままだった。

 同じ壮年でも長い髪、白髭の男のほうが年長である。

 彼が短い金髪の年下に向かって呟いた。

 

「小賢しい。発破をかけにきたか、あやつ」

 

 サンガの台詞にカイゼルが頷き、返答した。

 

「疾風の意思を告げに影が来た。つまり」

「あの男、見世物として楽しむ程度には興味がある、ということか」

 

 北門の拳士の郡将の語感には、微量の侮蔑を含んでいる。

 修羅の国の武人にとって上司とはとってかわるべき対象でしかない。

 

「かの国出身のお前は……見世物程度とは思っておらんようだな」

「見世物どころか黒船襲来の危機だ。カイゼル、わしはいつでも手を組む用意はできている」

 

 そう言い放ち、サンガが立ち上がった。

 カイゼルも同様に席を立った。巨漢の双方が配下の修羅を従えて部屋を出る。

 乱世になることを感じ取った彼らが別の通路を進みゆく。

 

 いにしえの拳、孟古流妖禽掌の使い手がふと足を止めた。

 従者である(シャー)(ザン)が暗器に手を伸ばす。

 広い通りの先に控えていたのは黒い肌の拳士、別名砂時計と呼ばれる男だった。

 もうひとりの修羅とともに、周囲の気配を察知しようとしていた。

 カイゼルが近づいて言った。

 

「ハンの走狗はもうない。案ずるな」

 

 郡将がアルフにそう告げ、同じように跪いているモヒカンで筋肉質の男、イゴールに目を向けた。

 その彼が主に対して、先日保護した修羅の件を口にする。

 

「西嶽派銀槍。ハンに殺されかけたあやつを助けて匿っております。火急の際には何かと役に立つでしょう」

「重畳。アルフ」

「は」

 

 上司に促され、黒い肌の髭男がたった今得た情報を口にした。

 

「砂蜘蛛め。渡海してきた雑魚を皆殺しと思えば、ガキ二人を連れてハンに引き渡すそうで」

「……ハン。ダンディを騙るあの男……第一の羅将には報告せずか。まああの魔人にとっては些細なことであろう。第二、第三の羅将の座がすげ変わろうともな」

 

 カイゼルが広い窓の外を眺め、マントを翻す。

 黒い肌とモヒカンの修羅がそのあとに続いていった。

 

 同時期、違う場所で同じように窓からの景色を見ていたサンガも、待ち構えていた何者かの登場に体の向きを変えた。

 

「ここはわれら郡将共用の城。部外者は隠れ家に潜んでいろといったはずだ」

 

 センター分けの白髪の男が目を見開き、影にそう告げた。

 柱の傍に立つ異相の男が腕を組み、けだるそうに返答する。

 

「バトロアスラはどうにせよ負傷で動けん。このビジャマ様ならばあの魔人の城にも」

「やめておけ。あれは魔界に君臨する王そのもの。お前程度の悪だくみが通じる相手ではない」

 

 サンガの語感にビジャマを侮る色はない。単に事実を告げただけだった。

 丸い眼鏡の異相な男が柱にもたれて嘲笑する。

 

「ほざけ。あの北斗の救世主を待つまでこうしていろというのか。お前も剛毅な見た目に反して慎重なことよ」

「ぬしらの拳法、元斗皇拳は確かに頂上拳。だがバトロやアスラ、そなたを含めたところで、この国はビクともすまい。しかし伝説のあの男ならば」

 

 元斗皇拳を知っているただ一人の郡将が救世主の名を告げる。

 ビジャマが仮面の下ゆえに、偽ることなく顔をしかめていた。

 帝都で見た剛掌破の凄まじさは今も目に焼き付いている。情報収集に長けた彼が調べた限りでは、魔人以外の羅将などあの男の敵ではない。

 そんな彼を一瞥しながら、サンガが冷たく言い切った。

 

「我らが望むは第一の羅将が救世主と相打つこと。うかつに蠢動すべきではない。せいぜい第二第三の奴らを相手に駆け引きを展開する程度に留めておけ」

「……やれやれ」

 

 ピジャマが修羅に偽装した仮面を改めて付け直す。

 サンガの野心を煽ってあしらわれた元斗の男は、しょうがないといった様相で廊下から気配を消した。

 死神を上回る韋駄天の彼は城の屋根にまで跳躍し、眼下に広がる郡都の様子を眺めながらわずかに口角を上げた。

 

「ラオウ、ユダ、ケンシロウ、シン。奴ら最強といってよい者どもを修羅の国に引き付けることは成功しそうだな。あの天帝のガキ様様か。あの国に残るはトキやファルコ以下ばかり。つけいる隙は十分にある」

 

 うっそりと呟いた裏元斗の策士が鋭い牙を見せて無意識に笑う。

 

「そして北斗抹殺を拳是とする月氏の拳士……手段を選ばぬあやつがこの機を逃さずわけもなく、必ず動く。この修羅の国を平定するであろう誰かも無傷ではすまん。やがて北斗と南斗と月氏、三つ巴で戦うことになるであろう。奴らが相打ちになったその後に残るのは……このビジャマ率いる元斗よ」

 

 

 くけけ、と気味悪い声で笑う仮面の男が跳躍した。

 しばらく彼は郡将サンガに従う下級の修羅で押し通すつもりだった。




修羅マシラ。元になったキャラはSAKON(左近)戦国風雲録、羅刹七人衆。
郡将サンガ。新・北斗の拳(小説)に登場するキャラクター。
本作ではシンたちのいる大陸からやってきた流れ者。原作開始前に出てきたキャラ、セイジの父。
修羅イゴール。原作では砂時計アルフに倒された155勝の修羅。名がなかったので適当につけました。
区将。本作で勝手に作った郡将配下の役職。

生存報告のための一話を投稿してみました。
思ったより修羅の国編は早く終わってしまい、行き当たりばったりのそのあとの大陸内乱編で手間取っています。
いつになるかわからないので、修羅の国編のさわりだけお目見え。
次回投稿はいつの日かまた……
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