聖拳列伝   作:小津左馬亮

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二話    北斗の羅刹

 茶髪髭面、顔に二本の傷がある群将、ケインが側近のトー、ナン、シャー、ペイを呼んだ。

 仮面ながら名を与えられた凄腕の修羅たちである。

 闘技会場の特等席に鎮座する一群の長の前に跪いた。

 会場では修羅を目指す男たちが死合いを繰り広げている。

 歓声は席を埋め尽くす群民たちのものだ。

 引き締まった体躯、長身の上級修羅が髭に手をやり、ワイングラスを揺らしながら足を組んだ。

 

「かの国へ送った先発隊は全滅。逆に侵入者がわしのエリアの海岸線を突破しおった。委細聞いておるな」

 

 四人が肯定するように仮面を伏せる。

 

「サンガとカイゼル。東華八盾(とうかはったて)に名を連ねておきながら……この緊急事態に傍観を決め込みおった。砂蜘蛛の動きも怪しい。奴らめ、何か企んでいる」

 

 東華八盾。修羅の国の東部を領域とする群将たちの総称である。

 内陸部を支配する羅将、准将の盾となり、核戦争以降、東の海からの侵入を防いできた。

 この緊急事態に当たり、攻勢に出ると自薦した彼は策士として名が通っていたが、猛将を自称するライバルたちの不明瞭な動きは特に気に食わぬところであった。

 

「まあよい。第三の羅将と反目するという一点で、奴らとは共闘する意味がある」

 

 ケインがグラスを叩きつけた。

 羅将ハンの武威は国中に轟いているものの、いかんせんその気まぐれに振り回される者は多かった。

 彼の配下につきたいと願った修羅などは「生きていても仕方があるまい」という謎の理由で殺されかかった事実がある。

 この国三本の指に数えられる拳士とて、そのような男に心底からついていく配下などいない。

 気まぐれで殺した修羅の人数を覚えていない、と豪語する彼を憎悪する者は多かった。

 

「それにしても……なんと、という流派の侵入者。そやつの首を」

 

 そうケインが言いかけたとき、拳法家としては死んだといわれる全身にボロ布を纏った下僕が脱走者を確認しました、と告げてきた。

 

「ひとりのボロが海岸で補足した子供二人を牢から外に連れ出し、逃げたとのことです」

「……たるんでおるのは海岸線の守衛だけではないようだな。ふぬけども」

 

 報告したボロ思わず首をすくめた。

 会場全体に響き渡る群将の無言の圧で、場内がしばらく静まり返ったからだ。

 一人の修羅を送れ、とだけ告げたケインがワイングラスを再び手に取った。

 

 

§§§§§§

 

 

 砂漠にしては日の光が弱い。だからこそ連れ出したのだといわんばかりなボロに先導され、子供二人が後に続く。

 盲目の少女の手を引く少年が、どこに行くのかと背の低いマスク姿の相手に尋ねた。

 

「第三の羅将の元へ」

 

 そう告げたボロが押し黙る。

 低空飛翔する機動車両が群将の城の方向からやってくるのを発見したようだ。

 三人の脱走者の前に回り込んだ車両が砂地に着地した。

 

「さすがに打つ手が早いな」

 

 ボロがそう呟く。降りてきた追手は仮面をつけていない。それを外すことを許された髪の短い修羅が全身に殺気を漲らせながら闊歩してくる。

 

「男のガキは修羅に、女は修羅の子を産む。それらを勝手に持ち出すおのれは何者か」

「見たままでさ」

 

 そう言いながら周囲を窺うボロの背は低い。

 戦いに敗れ、足を切られた身分の彼らなど、修羅からすれば路傍の石に等しい存在だった。

 

「わが目で確認した。問答は無用、持ち出しにより死罪に処する」

 

 浅黒い修羅が目にも止まらぬ突きをボロに放つ。

 だが周囲を見回していたボロがそれをあっさりと躱し、相手の背後に回る。

 

「なに?!」

「……お前一人か。ならばよい」

 

 ボロを脱ぎ捨てた男が膝を折っている状態から身を起こした。

 恵体の修羅に劣らぬ長身だった。

 

「キサマ……ボロと偽っていたというのか。ケイン様の城にどうやって忍び込んだのだ?!」

「お前が知る必要はない」

 

 ズオオという闘気を身に纏った銀色の髪の男はロックミュージシャンのようなヘアスタイルだった。

 修羅の国ではあまり見ることのない様相に、追手側が我知らずに一歩後退する。

 その気当たりには覚えがあった。彼が驚愕しながら呟いた。

 

「その型、まさか北」

 

 堂々と間合いに突っ込んできた銀色の長い髪の男に対し、何か言いかけた修羅が応戦する。

 名を許された拳士に相応しい突き入れだったが、それらは全て男の裸の上半身に弾かれた。

 

「ぐぁ」

 

 仰け反って距離を取った修羅との距離を詰めた男が両手を広げ、拳を空に消した。

 その切っ先が浅黒い修羅の両側の額に突き刺さる。

 

「北斗琉拳、喝把玩(かつはがん)

「ほくとりゅうけん?!」

 

 レンとルイが異口同音に叫んだ。

 二人とも子供ながら、北斗神拳のことは知っている。だが琉拳という拳法など聞いたことがない。

 

「ば、ばかな……こっこのわしが一切反応できず両撃を受けようとは……」

 

 浅黒い修羅があがっと悲鳴を上げながら、頭が踏みつぶされたような形状に変化していく。

 踏みつぶされたような残骸はすぐに砂の下へと消えていった。

 

「ほくと……いやあれはほくとじゃ」

 

 レンが怖気を奮いながらルイをかばい、筋骨隆々の恐るべき男から遠ざかる。

 

「オレの名はシャチ。お前らを殺すつもりはない。羅将への手土産にはするつもりだがな」

 

 北斗の拳の使い手が子供たちを捕らえた。

 放せともがくレンが言葉通り放されたことで尻もちをつく。

 はっとした盲目の少女が何かを察したのか、とある方向に指をさした。

 その方向を見た少年が息をのみ、ルイを後ろに下がらせた。

 シャチが舌打ちを放ち、四人の仮面を従える剛毅な男のほうに向き直る。

 

「……隠れていたのか。群将ともあろうものが」

「北斗琉拳。その拳筋を見させてもらったぞ。不用意な若僧め」

 

 茶色の短い髪と髭、この区域の長に相応しい気合を持つ将がマントをなびかせながら言った。

 

「ここ最近、周囲の村の修羅を殺し回っているのはお前だな」

「そうだ。オレがその羅刹だ」

 

 シャチの自白を聞いた群将ケインが哄笑した。

 

「たわけめ。羅刹とは羅刹七人衆のことを指す。お前ごときこわっぱに値する名乗りではない」

「……ほう」

「知らぬか。われらの上、准将たちの別称だ。しかし断罪に処するお前には関係のないこと」

「あらゆる拳法を消し去るほどに輝く光の玉、それが北斗琉拳……カイゼル以外のキサマらなどわが敵にあらず」

 

 北斗七星を象る構えを見せる青年に対し、巨漢が大剣を抜いた。

 それを見たシャチがふんと鼻を鳴らす。

 

「キサマは拳法家ではなく謀略家と聞いている。わが拳に刃などが通用すると思っているのか。城内でおとなしくしていればいいものを。武功をあせったな」

 

 言い終えた側が目を剥いた。

 相手の背後にいた四人の仮面の姿が消えていたからだ。

 

「?!」

 

 はっとして彼が上空を仰いだ。

 逆光の影になる二人の修羅、トー、ナンが名の通りの方角から急降下してくる。

 

「ケインの懐刀ども……奴らのほうが拳士として才がある。よかろう」

 

 シャチが吠え、砂地を蹴った。空中で東南の修羅たちを薙ぎ払おうとしたとき、地中から飛び上がってきたシャー、ペイがシャチの背後を取る形で跳躍してくる。

 小賢しいとばかりに回転蹴りを四方に繰り出すが、それは空を切った。

 

「ちっ」

 

 宙返りを決めて着地する四人を見下ろし、長い銀髪の青年が再び目を剥いた。

 投げ放たれた大刀を躱したことで体勢を崩す。

 そのわずかな隙を見逃す群将ではない。彼はいつの間にか敵の背後に立っていた。

 

「なっ」

「多一の戦いに慣れておらんようだな、未熟者め」

 

 練られた闘気を纏う群将の双撃がシャチを襲う。ガードしようとして彼の腕が弾かれた。

 ブシャっという音を立て、北斗琉拳の拳士が吹き飛ぶ。

 砂地に叩きつけられたものの、脇腹から流れる血を抑えながらシャチは跳ね起きた。

 

「……これは」

 

 気功を駆使する、とようやく気付いた若い男の前に、壮年の修羅が立ちはだかった。

 

「この尚武の国おいて、謀のみで成り上がれるわけもない。わしはあえて惰弱の情報を流している。そしてわしの真髄に気付いたものは全て死んでいる」

「フン、やはりキサマは奸計の輩よ。それで千五百勝の修羅とよくぞほざけたな」

 

 立ち上がったシャチがぬん、と気合を迸らせた。

 

「だがこのおれにここまでの傷をつけたことは誉めてやる」

「わが国の頂上拳は短い拳歴で極められるものではない。言ったはずだ、お前は未熟者だとな」

 

 

§§§§§§

 

 

 砂煙が上がる。

 だがトーナンシャーペーの修羅が四方から突き入れた拳は砂地を抉るのみだった。

 先ほどやられたお返しとばかりに、シャチが空から襲い掛かった。

 

「北斗琉拳、破琉双爛(はりゅうそうらん)

 

 四人の仮面が弾け割れた。

 破孔を突かれた彼らがひしゃげて弾ける前に、とどめの纏気弾が彼らを撃ち抜いた。

 地に降り立ったシャチの背後で群将の側近たちが血の海に沈んでいく。

 ブワっという風圧がこの地を治める支配者のマントを大きくはためかせた。

 壮絶な形相の若い拳士が向き直る。

 

「次はキサマだ」

 

 未熟者という暴言に報いを与えるべく、茶色い髭をしごいて高笑うケインに向かってシャチが距離をつめていく。

 彼は止め置かれているバギーを一瞥しながら言った。

 

「懐刀はすでに折れた。打つ手はあるまい。だが逃走はさせんぞ」

「ふははほざくな若僧!」

 

 突進してくるケインの打ち込みを受け流したシャチが、ありえない体勢から蹴りを放つ。

 目にも止まらぬ不規則な蹴撃(しゅうげき)だった。

 

「がっ」

 

 肩口を蹴り込まれた群将が地面に叩きつけられた。その重圧でケインの剛体が砂地に大きくめり込む。

 

「とどめだ」

 

 そう言い放ったシャチがいきなり体を痙攣させ、横向けに倒れ込んだ。

 逆に起き上がった相手が肩をおさえ、吐血した口を覆いながらふううと息をつく。

 

「……ようやく効きおったか。さすがは羅刹を自称するだけはある。わしの毒手を食らってそれで済むとはな」

 

 群将の上半身の防具とマントは、北斗琉拳の蹴りひとつで弾け、そして消えていた。

 うつ伏せになったシャチも血を吐いていた。

 震えながら立ち上がろうとする彼をケインが蹴り上げる。

 だがそれはシャチの掌で防御され、気功が炸裂することはなかった。

 

「うぬ」

「やってくれたぜ……キサマの拳が毒とはな。おれともあろう者が油断した」

「その体でまだ応戦できるのか」

「……未熟者と煽ったのは悪手だったな。わが逆鱗に触れた」

「う、うお」

 

 群将の片足を持ち上げたシャチがそのまま腰を上げる。

 踏み潰そうとする剛力を、長い銀髪の拳士は渾身の気合を放って弾き飛ばした。

 

「こ、こやつ」

 

 よろめくケインがいきなり動作を停止させた。

 気功術の猛将が首だけを動かし、自由が利かぬ、と吠えたてた。

 

「初撃が終撃。おれもキサマも同じ流れの奥義だったとは驚いた。その効き目が遅いこともお揃いか。なるほど、認めざるを得んな。確かに群将だけはある」

「こっこ……これが……は、破孔だというのか?!」

「奥義幻闇壊(げんおんかい)。北斗七星が闇夜に輝くとき、その体は砕け散る」

「ま、待て」

 

 くるりと背を向けたシャチが子供二人を抱え、砂嵐の向こうで固まるケインを一瞥してバギーに乗り込んだ。

 

「毒で顔が真っ青に」

 

 盲目のルイをかばいながらレンが運転手にそう告げる。

 震える青年はいらぬ詮索をと相手にしない。

 朦朧とした意識の中、エンジンをかけようとしたシャチが無意識に鳥肌を立てた。

 すさまじい気当たりを食らった気がして視線を上げる。

 ボンネットの上に立つ辮髪(べんはつ)の仮面の男の眼光を受け、彼が驚愕の目を見開く。

 砂蜘蛛か、とだけ言い放った彼の意識はそこで途絶えた。




東華八盾。群将八人の総称。勝手に設定しました。
群将ケイン。アニメ北斗の拳のキャラ。
北斗琉拳、破琉双爛。北斗無双のシャチの奥義。
さらにご報告。
修羅の国編の再編がまだ終わりませぬ。とりあえず次の話くらいまで投稿して様子を見たいと思います。
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