聖拳列伝   作:小津左馬亮

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三話    南斗燃ゆ  

「う……」

 

 シャチの意識が回復した。

 遠くから気功で弾き飛ばされ、砂地に転がった彼が、揺れる視界のなかでこちらに進み来る一郡の長の姿を呆然と見つめている。

 

「なぜだ……幻闇壊で動きを封じたはず」

「……何度言わせるつもりか……お前は未熟者だと」

 

 髪を逆立てたケインが鬼の形相でシャチの前に立ちはだかる。

 破孔を破ったのか、という青年の驚愕に対し、巨漢の郡将が重苦しく告げた。

 その目は血走っている。

 

「我が国の頂上拳に対する見切り……それが破孔封じ。郡将以上の者ならばある程度心得がある」

「……?!」

「魔人にはそのような小細工は通じん。だが第二、第三の羅将ならば……戦術次第でつけいる隙はある。少なくともお前程度の点穴など、わが気功で十分破れたということだ」

 

 ケインが砂嵐を巻き上げながら、気纏を全開に放出しだした。

 予想外の展開にシャチが相手の奥義から逃れようと身を起こす。

 そこでようやく辮髪の仮面の男を思い出し、彼は小さく毒づいた。

 

「あのガキ二人の姿が見当たらぬ……やはり連れ去ったのはあやつだったか」

 

 重くも速いケインの横薙ぎの拳で、シャチの銀髪が束になって風と消えた。

 体が重い。北斗の拳士として屈辱の防戦一方になっていた。

 

「く……」

「毒と裂傷で思うように動けまい。お前は北斗琉拳を学ぶのが遅かったのだ。このわしと戦うには十年早かったな」

「ほざけ!」

 

 シャチが渾身の力をこめて飛び上がった。

 見下ろせば、城からは郡の治安部隊がやってくるのが確認できる。

 拙速しかないとした彼が瞬炎仙(しゅんえんせん)という奥義を発動させようとした。

 

 そのときだった。

 

「う、お」

「ぐっ」

 

 ケインとシャチが見えない何かに弾かれ、双方とも後方に大きく跳ね飛んだ。

 

「なっ……?!」

 

 二人の拳士が異口同音に空を見上げる。

 

「ば、瀑布を生むほどの一撃だと……」

 

 何かの衝撃によって地上から湧き上がっていた砂が到達点に達し、滝のように落ちてきた。

 ズザアァンという重い音を立て、それらはまた砂地と融合していった。

 加勢にやってきた治安部隊の修羅たちも声もない。

 砂嵐の向こうから二つの影が見える。

 やがて赤紫のマントをはためかせてやってくる何者かを、この場にいる誰もが窺った。

 仮面の修羅の一人が指をさす。

 

「なんだ、あの男は?!」

 

 長い赤毛、無骨なこの国ではありえない白い肌、ファッションに拘った格好といい、あからさまに部外者だとわかる風体だった。

 その青年はさらに若い従者を連れていた。

 金髪でくるくる巻髪の従者が問答無用に動き出す。

 敵だと断定した仮面の修羅たちと交戦を開始した。

 若者が叫ぶ。

 

「南斗焔浄拳(えんじょうけん)、爆龍」

 

 その奥義を食らった仮面二人がいきなり発火する。

 若者は油断せず、燃えた体で襲い掛かってくる相手をさらに斬り裂いた。

 四つになった残骸を横目に、若者はゲンジュと名乗った。

 怯んだ治安部隊を一瞥して、対峙する北斗の青年と気功の巨漢に向かってようやく口を開いた。

 

「どちらが首魁かは知らぬが……盲目の黒髪の少女と茶髪の少年を知っているか?」

 

 ゲンジュの言葉に若いシャチが反応した。謀略家であるケインは微動だにしない。

 

「その反応は知っているな。二人はどこだ」

「さて」

「答えぬと死ぬぞ」

「ほざいたな小僧!」

 

 北斗琉拳の拳士が自分よりさらに年少のそばかす顔に飛び掛かる。

 シャチの凄まじい踏み込みの速さに目算を誤ったのか、ゲンジュの炎の反撃は彼にかすりもしなかった。

 

「しまっ」

「大言の報いを受けよ。北斗琉拳、破摩独指!」

 

 シャチの一本指が若者の片目を貫こうとしたときだった。

 羅刹を自称する男が赤い髪の男に背後を取られたことに気づく。

 

「……っ?!」

 

 ずささと退いたシャチが膝をつく。

 得体の知れない赤紫のマントの背中を見た。

 無防備な背を取られ、さらに見過ごされるように突っ立っていた相手の目論見を理解できず、シャチが表情を歪ませる。

 

「このおれに寸分も気づかれぬ素早い動き……キサマは」

「あのガキ二人を攫ったのは砂蜘蛛。ならば第三の羅将、ハンのもとへ向かうはずだ」

 

 シャチの誰何(すいか)を遮り、郡将があっさりと自白する。

 海岸線を突破してやってきた侵入者だと断定したのか、何か思うところがあるようだ。

 相打ちを狙っているな、とシャチが正鵠を射た発言を口にする。

 ケインはそれを嘲笑うばかりだったが、赤毛の男がブーツを踏み出したことで、表情を改めて侵入者に問いかけた。

 

「先程の瀑布を生んだ一撃。あれはお前の拳だな? そこの小僧ではない」

「……」

「なんと、とほざいたな。近頃聞かぬ下等の拳法。ハンに勝たねばあの小娘は修羅の子を産む道具となる。なんなら合力してやってもよいぞ」

 

 ケインの煽りに、あっという顔をしたゲンジュが主に振り返る。

 郡将たる彼は歴戦の武人であり、煽ったからには赤毛の矛先がこちらに向かうことも承知していた。

 だがそんな下等な拳法の使い手は一瞬のうちに姿を消していた。

 その影を誰も見ることはできなかった。

 部下の仮面はもとより、シャチでさえ標的を見失って周囲を見回している。

 

「ぬ、おっ?!」

 

 ブワっという風圧を受け、ケインが巨体を仰け反らせた。

 体勢を整えた千五百勝の修羅が鋭い牙を見せながら、己の横を通り過ぎていく赤毛の背中を噛みつかんばかりに睨みつける。

 

「若僧~……そよ風でこのわしを揺らした程度が限界か?! 口ほどにもない」

「ユダ様」

 

 赤紫のマントの拳士が遠ざかる。

 くるくる巻き髪の若手が主人に続く。

 シャチは飛び掛からんばかりのケインがいきなり動きを停止させたことで、本能から構え直していた。

 その冷や汗を本人は自覚していない。

 ゲンジュの問いかけの声がする。

 

「ハンとやらを倒し、あの方を救った後はどうなさいます?」

「……目的を果たせば帰還する」

「羅将などというものには興味がないということですね。承知しました」

 

 そんな推参者たちのやりとりを聞いていたシャチだったが、この国の軍神、羅将に対する歯牙にもかけぬ物言いには黙っていられず、思わず声を荒げて叫んだ。

 

「我が国の頂上拳、北斗琉拳を知らぬのか……! ハンはそれを修めた者の一人」

「……北斗琉拳? 覚えがないな。神拳の亜流か」

「なに?!」

 

 そばかすが残る童顔の青年が顎をしゃくる。

 その方向に無言で佇んでいた郡将の肉体が不意に崩壊しだした。

 細切れになって風に消えていくケインをシャチと数十名の仮面の修羅たちが呆然と眺めている。

 度肝を抜かれて歩み去る二人を見送るのみだった。

 

「あ、ありえん。群将ケイン様が……先程の風圧ひとつで斬殺されたというのか?!」

 

 そんな捨て台詞を残し、長のいなくなった治安部隊が逃走を開始していく。

 羅刹を自称する北斗の拳士も、己とほぼ互角に戦っていた猛者が一撃で葬られたことに驚愕しっぱなしだった。

 

「ま、待て! あのハンはケインごときとは比較にならん怪物だ。軽々しく倒して帰還などと戯言をほざきおって」

「信じられぬのならついてこい」

 

 自分より年下のそばかすに鼻で笑られたシャチが目を怒らせた。

 それでも無意識に彼らを追いかけながら言う。

 

「奴の疾風の拳、今まで誰も見切ることはできなかった。いかにお前の主とて」

「笑わせるな。第三などという地位程度に甘んじている者の拳が疾風だと? アンタはまだ本物の絶影を知らん。自分の目でそよ風と赤い衝撃との差を見比べるがいい」

 

 虎の威を借る狐そのものだ、と呟いたシャチだが、子供ゆえに主人を誇りたいのだろうと考え直し、先ほどの出来事を思い出す。

 赤毛の雄姿に思わず気圧され、震えながら構え直してしまった己が失態。

 北斗琉拳を会得してからというもの、驚天動地といっていい瞬間だった。

 徹頭徹尾、多くを語らぬ赤紫のマントの拳士が自分では到底敵わない羅将とどう戦うのか……思わぬ拾い物だと無理やり納得したシャチは、臍を噛みながらユダ主従の後を追った。

 

 

§§§§§§

 

 

 タオは薄暗がりのなか、街の郊外を駆けていた。

 修羅になることを拒否し、道場からの脱走を図ったことで追手に捕まりかけたが、途中で出会った長い金髪の青年に危ういところを救われた。

 脱走の理由ともいうべき姉の隠れ家まで案内すると告げたのは、この国で愛を説く姉が、区の長である区将から危険分子と見なされたことを噂で耳にしたからだ。

 しばらく走ってから少年が呟く。

 

「衝撃的な光景でした。貴方と対峙したとたん、手練れの追手が勝手に倒れた。あんな拳は見たことがない」

「北斗の拳ではないことは確かだな」

「知っているのですか、北斗琉拳を?!」

 

 タオが驚いて立ち止まる。

 シンとしては軽口を叩いたものの、当たらずとも遠からずの反応をされたことで彼も眉をひそめざるを得なかった。

 だが彼は別のことを言った。

 

「それよりあれだ。山の麓から煙が立ち上っている」

「あッ」

 

 黒い防具に身を包んだ少年が隠れ家の惨状を見て走り出す。

 暗がりのなかで修羅たちの軍勢が周囲を取り囲んでいるのが見えてきた。

 

「姉さん!」

「なんだこのガキは……修道生か。どこから逃げてきた」

 

 タオが燃え盛る隠れ家に駆けこもうとしたが、修羅のひとりにあっという間に拘束された。

 手錠をかけられた彼が炎のなかの影を見つけた気がして絶叫する。

 そんな少年と現場を包囲する仮面たちの前に、後方から飛んできたのか、着地したひとりの男が業火に向かって進みだした。

 

「見慣れぬ風体の男、何者だ?!」

 

 金の縁取りが施された黒い胴着、銀のプロテクターとブーツ姿の青年が熱気をものともせず、炎のなかに侵入していく。

 しばらくして洞窟を改築した学び舎のようなそこから、轟音が鳴り響いてきた。

 地面が揺れる。

 建材と石、岩石を含んだ洞窟が崩れ落ち、火の勢いが弱まった。

 

「何が起こっている?! さっきの男は一体……」

 

 炎の最後のひと吹きはバックドラフトに近いものだった。

 様子を見に炎の近くに寄ろうとした修羅が爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。

 その後から出てきたのは、深淵なる闘気に包まれた金髪の男だった。

 傷一つついていない。

 

「あっ小僧」

 

 拘束から解かれたタオがシンに駆け寄るも、隠れ家はもぬけの殻だと告げられ、少年が修羅の軍勢を振り返る。

 

「どういうことだ、姉さんは?!」

 

 半包囲する仮面たちの返答は冷たい。

 

「焼き討ちに成功したことで目的は達成した。この国で愛を説く不満分子の女。あれは戦士の子を産むためにすでに攫った後だ。我らがここにあるは、あの女の帰る場所を焼き討ちしたまで。だが弟が釣れるとはな」

「こいつらの軍旗は郡将カイゼルのもの……そこに姉が」

「あの頭の固い女は一筋縄ではいかん。だがお前が危険に晒されるとあればその信念も揺らごう」

「くそっ」

 

 蒼白になったタオがハゲと後頭部にだけ髪がある三つ編みの仮面ににじり寄られ、後ずさる。

 

「この子の姉は郡将とやらの元にいるのか」

「うお」

 

 二人の歴戦の仮面が文字通り飛び上がった。

 いつ間合いを詰められたのかわからず、うろたえて後退した彼らが顔を見合わせている。

 この国にはない出で立ちの、黒い胴着の青年が静かに言った。

 

「そこまで案内してもらうぞ」

「おのれ何を言うか!」

 

 双方が吠えながら武器を取り出したとき、十数人の仲間の修羅たちは全て荒地の上で屍を晒していた。

 

「い、いつの間に」

 

 タオに向かって二人が得意気にほざいていた際に、シンは他の連中を全て始末していたのだ。

 南斗聖拳は北斗神拳に並ぶ殺人拳であり、彼らに気取られず修羅たちを貫き通すのは、シンにとっては造作もないことだった。

 

「こっこれだけの手練れどもを一瞬で……お前は?!」

 

 生き残りのハゲと三つ編みが助けを求めるように、暗闇の方向を窺った。

 それを見越したシンは薄暗い空を見上げた。

 誰かが宙を舞っている。そんな降下してくる何者かが拳法の名を叫でいた。

 

杜流陽湖拳(とりゅうようこけん)、わが鉄拳でその頭蓋を砕いてくれるわ!」

 

 おりゃはっという気合の声とともに、丸坊主の髭男が剛腕を振り下ろした。

 仮面をつけず、ウビという名を許されたその修羅は区将とよばれるこの地域の長であった。

 

「わはは……は?」

 

 丸坊主の長の高笑いが途切れた。

 自慢の剛撃があろうことか、彼からすればか細い男の片手で防がれたからだった。

 正拳突きを手のひらで受け止める金髪の青年は、数百人の修羅を配下に収める区将の拳を軽々と握り潰した。

 

「うぬぬぬおのれ!」

 

 片手を潰されたウビが宙返りを決めたその着地点に、すでにシンは立っている。

 同時に彼は口から大量の血を吐いていた。

 極聖拳の牙に背中まで貫かれた大男がガクリと膝をつき、信じられない表情を浮かべながら、生き残った仮面の二人を呆然と眺めてうつ伏せに倒れていった。

 

「なあ?!」

「んな」

 

 たった一人の優男に長を含めた不満分子の掃討軍が全滅させられるなど、ハゲと三つ編みの仮面にとっては悪夢といっていい。

 腰を抜かした彼らはアワアワと言いながら後ずさっていく。

 同様に、半分腰を抜かしていたタオも貴方の拳は一体、と尋ねる。

 金髪を靡かせたその男は南斗聖拳と答え、這う這うの体で逃げ出そうとしていた修羅の襟足を両手でつかんでいた。




瞬炎仙。北斗無双のシャチの奥義。
杜流陽湖拳。蒼天の拳に出てきた上海随一の道場の拳法。

取り合えずまだ再編中でありまして、次回投稿にはかなりの間を置きます。
下書きは大陸内乱編の終わりまでありますのでエタることはほぼありませんが、いつ再開するかはわかりませぬ。
また来年にお目見えしたいと思います。
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