聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四話    東華八盾(とうかはったて)

「ここに姉さんが……」

 

 タオが息を飲んでそう呟く。隣には郡将カイゼルの居城を眺めるシンがいた。

 その城門には門番の修羅二人が立っていた。

 彼らは問答無用にアーミーナイフを抜き放ち、同じ速度でこちらに向かって疾走してくる。

 雨が降った後ゆえか、荒地には水たまりができていた。

 水しぶきを上げてやってくる仮面の男たちとは、それでもまだ距離がある。

 少年が思わず金髪の青年を見上げた。

 シンは泰然と修羅の突進を待ち構えている。

 

「うわっ」

 

 衝突の余波であろう、タオが後ろ向けに転がった。

 起き上がって見れば、シンに突きこんできた仮面の二人は、彼の左右の貫手によって串刺しになっていた。

 門番たちが血の色の水たまりに崩れ落ちたと当時に、城門が開かれた。

 様子を窺っていたのか何者かの声がする。

 

「合格だ。新たに修羅になろうとするものよ。城内に入るがよい」

「あ、あれは」

 

 導かれるように門をくぐったタオがぎょっと目を剥いた。

 何人もの部下を従え、壇上の上で腕を組んで立っている巨漢がいる。

 この国では珍しいモヒカンのヘアスタイルだが、素顔を許された男はタオのような少年にすら只者ではないと確信させるほどの気合を放っていた。

 ひるみながらも少年が問いかける。

 

「待て、姉さんはどこに」

「あれは修羅の子を産む女。欲しいなら力で奪うがよい」

 

 モヒカン男、イゴールがそう告げた。

 荒々しく、獣気に満ちたその男が一瞬にして姿を消す。

 試練はまだだとばかりに、数十人の仮面の修羅たちが侵入者を取り囲んだ。

 

 一方、郡将の側近として防衛の指示を与えたイゴールは闘技場に戻る。

 死合いが繰り広げられるその会場のなか、ボロや観客の敬意を受けながら、城の主しか座れぬ座席に近づいた。

 しかしそこに座っていたのはカイゼルではない。

 イゴールのライバルともいうべき砂時計の異名がある黒い肌の男だった。

 

「……あのお方は」

「東華八盾の一角、群将ケインが何者かにやられた。その対応に追われている。凝りもせず会議中だ」

 

 ここを任されたと言わんばかりな黒い肌の男、アルフがワイングラスを手に取った。

 イゴールが不機嫌そうにそれを眺めている。

 双方ともカイゼルの側近たちとはいえ、郡将と区将の間にあるのは武威による上下関係であり、そこに信義などありはしない。

 この国は常に下剋上の気を孕んでいる。

 イゴールや郡将代理を自薦する黒い男も、虎視眈々と千八百勝の修羅の地位を狙っていた。

 ワインを嗜む相手を一瞥しながらモヒカンの巨漢がふと告げる。

 

「名を許されるべく訪れた先ほどの男……見慣れぬ拳法であったな」

「ほう」

「年若いが、歴戦の門番二人を一撃で倒しおった。ここまでやって来るのに一刻もかかるまい」

 

 そう言い終えた途端、イゴールのモヒカンが逆立った。黒い郡将代理が眉をひそめた。

 二人の傍らにいたボロたちが何かを感じ取ったのか、会場の入り口を眺めながら後ずさった。

 

「て、鉄条門が」

 

 ボロの驚愕が終わらぬうちに、闘技場内の進入を防ぐ巨大な門が蹴破られた。

 轟音とともに鉄の残骸が会場に散らばっていく。

 死合い途中の修羅の何人かが、その破片を避けきれず弾けとんだ。

 

 演武の熱気が一瞬にして失われ、歓声が小さくなっていく。

 やがて彼らにとっては道場破りに等しい侵入者が姿を見せた。

 だが金髪の青年にとってはカサンドラ以来二度目の城門破壊であり、そこに目新しさはない。

 やたら豪華な貴賓席のほうへ向かって歩を進めるのみだった。

 

「……一刻どころか五分も経っておらんではないか、イゴールよ」

「バカな、修羅の数は二十人以上もいたのだぞ?!」

「目算を誤ったか……やはりキサマは郡将の器ではない。区将で終わるべき匹夫よな」

「上から目線で大言を……!」

 

 鎮座する黒い男とモヒカンの大男が睨みあう。

 その間に、警備兵を蹴散らしたシンがタオを連れ、貴賓席前の広場にやってきた。

 面白くもなさそうに青年が言う。

 

「取り込み中か」

「若僧、黙っていろ」

 

 イゴールが肩を怒らしながら背後の侵入者を一喝する。今にも郡将代理に襲い掛からんばかりの剣幕だった。

 

「おい髭野郎」

 

 シンが大仰に座っているアルフのほうに呼びかける。

 

「お前がここのボスか」

「……であればいいのだがな」

 

 肘をつくアルフが赤い布を背中から取り出した。

 激昂中のモヒカンの修羅と、金髪の青年を見比べて低く笑う。

 

「あの偉そうな金髪と組んでかまわんぞ。キサマ一人ではオレを倒せまい」

「アルフ……うぬはこの混乱に乗じてわしを始末するつもりか」

「お前がいては何かと動きにくい」

「郡将への叛意は明白……いけ好かぬ黒ブタめ、正体を現しおって、打ち殺してやる!!」

「暴言の罪はその首で赦してやろう!」

 

 マントを手にしたアルフが飛び上がった。闘気を発しながら構えるイゴールが同じように跳躍しようと腰を落とす。

 だが間に入ってきた青年の深淵なる気当たりに気勢を削がれ、いずれも侵入者を挟んで飛びずさった。

 

「若僧……!」

 

 修羅を目指す者ではなく、修羅を倒すべくやってきた男とようやく気付いたイゴールが怒気を発しながら構え直した。

 それに比べ、郡将代理は冷静である。

 相手を惑わせるためか時間稼ぎか、得ていた情報を口にした。

 郡将ケインを倒したのは赤毛の男、キサマはその仲間かと尋ねられたシンが独語した。

 質問に対し肯定するような内容だった。

 

「……さすがは絶影。早くも俺の先を行くか」

「なるほど幾多もの海岸の防衛線を突破したという、近頃我が国を騒がす不定の輩がうぬらか。捨て置けぬ!」

 

 モヒカンの修羅が石畳を踏み砕いて間合いを詰める。

 叩きつけるように剛腕を振りかぶった。

 一撃粉砕の衝撃だと周囲の誰もが思ったが、それは鈍い音を発するだけで終わった。

 

「なっ?!」

 

 シンより頭二つぶんは大きいイゴールの双撃を片手で受け止めた青年は、マントを闘牛士のように持って構える黒い男に呼びかける。

 

「お前は来ぬのか」

 

 傲然たる侵入者の物言いだが、アルフは鼻で笑った。

 

「オレの異名は砂時計……時間内で倒す相手は選ぶ。お前はそれに値するかな?」

 

 見栄を切った黒い肌の修羅が哄笑を止め、目を見開いた。

 闘技会場が大きくどよめくなか、ズゥウンという重低音を立て、イゴールが血の海に沈んだからだ。

 おのが流派を名乗ることも奥義を発動することもなく、通算百五十勝の修羅は、シンの貫手の一撃で即死した。

 髭に手をやりながらアルフが表情を改める。

 

「……外部からの突きを得手とする拳法か。イゴールの鋼の肉体をものともせぬとは。よかろう、どうやらそのほうは二分以内に倒す価値がある獲物のようだな」

 

 砂時計を置いたアルフが独特な構えを見せた。シンは一歩踏み出したところで、十字の傷がある手の甲を見せて言った。

 

「認めた敵を常にその時間内で倒してきたというわけか」

「光栄に思うがよい。いくぞ」

「ならば今度は俺が宣言してやろう」

「なに?」

「わが二撃目でお前の命は尽きる」

 

 若い敵の高言に、会場全体がふざけやがってと言いたげにどっと沸いた。

 それに呼応するようにアルフが怒髪天を衝いた。

 

憤詛熄(ふんそそく)!!」

 

 鋭く吠えた黒い修羅が一瞬にして標的へと迫る。

 

「思い上がりおって、ハチの巣にしてやる。誘闘赤円舞(ゆうとうせきえんぶ)!」

 

 ブオっという空気を斬り裂く重い音がした。

 百の指突がシンを襲う。彼の頬から血が(ほとばし)る。この国に来て初めての裂傷だった。

 今まで戦ってきた修羅とは格が違うことを知ったシンが、反撃の牙を放つ。

 

「わはは、かかったな若僧!」

 

 マントで南斗聖拳の一撃を受けたアルフがそれを投げ捨てた。

 その際、けして突き破れたり切れたりせぬ特殊仕様の布が、イゴールの体のごとく風穴が開いていたことに気付く。

 だが郡将代理は術中にはまった敵の様子を窺うと、その違和感をすぐに打ち消した。

 

「毒を仕込んだわがマントに触れた。そのほうの目にはわしが何人に見えるかな」

「……」

 

 目元を抑えるシンが痺れた体のまま極聖拳の構えを取った。

 

「敵ではあったがイゴールは修羅。よそ者などに倒されてよい男ではなかった。報いを受けい!!」

 

 シンの周りを囲んだように見えるアルフの、百の突きがとどめとばかりに撃ち放たれた。

 毒により、シンからすれば千にも見える指突になっている。

 

「二分もいらぬか。一分で十分だったな。興ざめだ」

 

 アルフの勝利宣言が会場に轟く。観客や警備の修羅の驚嘆の叫びがそれに重なる。

 それは修羅の幻影に対する実の拳への畏怖といっていい反応だった。

 黒い肌の男の百突に対し、線が細く見える金髪の青年のそれは千本の牙。

 南斗極聖拳(きょくせいけん)のブシャッという効果音は一瞬だった。

 

「あ、あれを見ろ。砂時計が……」

 

 修羅、観客、ボロたちが指をさす。

 周囲から襲った幻影の拳はことごとく突き破られていた。

 巨体を震わせる区将の両手の肘から下は存在していない。

 勢いをそのままに、アルフに炸裂したシンの奥義は、郡屈指の修羅である黒い体をまさにハチの巣に変えていた。

 

「南斗千首龍撃」

 

 恐るべきその技の名を聞いたと同時に、ゆっくりと後方に数歩下がった郡将代理が、半分の長さになった腕を広げ、自分の体を見下ろす。

 

「し、信じられん……このアルフが……これほどの指突を打ち込まれ、よう、とは」

 

 満員の闘技場は静寂に包まれた。

 カイゼル以外の者に彼が敗れるなど、この領地の人間からすればありえないことだった。

 

「き……キサマの宣言通り二撃で敗れ……二分ももたなかったのはオレ、だ、った……か!」

 

 血煙を上げて倒れ込む郡将の側近をよそに、毒から耐えきったシンが椅子の奥の屋内に向かって歩みゆく。

 困惑から回復しない修羅と観客が固まっているおかげか、中から転げるようにやってきたタオの声が一帯に響く。

 

「ね、姉さんは羅将への献上品として連れていかれたって、ボロが」

「羅将……」

「第三の闘神ハン。それに比べればこいつらは雑魚だって……」

 

 震える少年に、郡将とやらはどこだとシンが尋ねた。

 

「強ければ何も問わぬと……会議中だったカイゼルが中で待っていると」

 

 

 

§§§§§§

 

 

 タオが後ろからついてくる。

 ようやく事態を飲み込んだ外の会場のどよめき、動揺は地を揺るがすほどの騒ぎとなっていた。

 それを背に通路を進む。大理石の堂内は屋内の広場そのものになっている。

 ガラスの屋根からは光が刺していた。

 

 そこにアルフを越える巨躯、威厳を備えた短い金髪の壮年の修羅が腕を組んで立ちはだかっている。

 仮面を従えているものの、他に数名の同僚らしき郡将が柱の陰に潜んでいるのがシンにはわかっていた。

 威厳のある修羅が静かに口を開く。

 

「イゴール、アルフを倒したか。区将ごときでは相手にならんようだな。名を聞いておこう」

「……お前程度に名乗る気はない。他の修羅ともどもまとめてかかってこい」

 

 カイゼルがこめかみに血管を浮かばせた。ここまで歯牙にかけぬ物言いをされたことはかつてない。

 力による支配は絶対であり、自分に抗弁する者などほとんどいないためだ。

 

「修羅として千八百勝。このカイゼルに大口を叩くとは、いい度胸だ若僧」

 

 (シャー)(ザン)と呼ばれた腹心が圓月の刃を手に飛び上がる。

 同時にカイゼルも動いた。

 

孟古流妖禽掌(もうこりゅうようきんしょう)

 

 赤銅色の闘気に身を包んだ豪傑が堂内を揺らす。左右からは殺、斬が迫っている。

 勝利を確信して姿を見せたカイゼルの同僚の台詞が聞こえてくる。

 

「われら八盾最強と名高いカイゼルの逆鱗に触れたか」

「加勢するまでもない。そうでなくてもケインを倒した赤毛とやらの対応で他の郡に向かわねば」

 

 背を向けた数人の郡将が奥の通路からやってくる何者かに気付いたとき、思わず総毛を逆立てた。

 彼らを畏怖させる存在など、この国ではそれ以上の地位にいる者しかいない。




エタってない投稿であります。
何十話とストックがあるのに間の編集が終わらないせいでなかなか定期的にお目見えできませぬ。
不定期になるものの、話は続けていきたいと思います。
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