聖拳列伝   作:小津左馬亮

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五話    死人の修羅

「じ、准将バルコム……」

「なぜ貴方がこの城に?!」

 

 八盾の一員、郡将であるギュウコ、ギャモンが黒いマントを靡かせるヘルメットを被った上司を窺った。

 肥満体系のギュウコや赤いサソリのような防具のギャモン、彼らに比べれば頭一つぶんは低いが、それでもカイゼルに匹敵するほどの剛体だった。

 纏う闘気の圧のせいか、この場にいる誰よりも大柄に見える。

 

 やがて妖禽掌の爪撃を炸裂させた八盾最強の拳士が首だけ横に向け、羅将に次ぐ高官の登場に驚きを隠せずに告げた。

 

「バルコム……何の用だ」

「つれないのう。加勢に来てやったものを」

「ほざくな魔人の飼い犬め……!」

「ほう、奴らが相手にならぬか」

「はっ」

 

 カイゼルが向き直る。

 側近の(シャー)(ザン)が南斗凄斬爪、という奥義で八裂になって散るのを見た。

 

「あの二人を即斬で……」

 

 驚愕の声を上げるギュウコと、両手に巨大な(はさみ)を装着したギャモンに対し、シンがお前らもまとめて来いと手招きしている。

 

「ワシら三人を相手にするというのか……?!」

「ギュウコ、ギャモン。カイオウの犬に手柄を譲ることはない。身の程知らずの若僧に報いを」

 

 八盾の長が吠えた。

 推参者扱いされた准将が腕を組み、興味深げにそれを見守っている。

 バルコムは第一の羅将の側近だった。

 それに対しつけこまれる隙を与えるわけにはいかない。

 二人が無言で応じた。

 三人の大柄な修羅が広間のなかで青年を取り囲む。

 

「若僧、さすがに勝機はなさそうだな。逃げてもかわまんぞ」

 

 バルコムが鷹揚に問いかける。

 なんだとと気色ばむ郡将たちをよそに、彼は小気味よげに笑っていた。

 一枚岩ではない敵を眺めながら、残像が残る極聖拳(きょくせいけん)の構えを見せたシンが、クセである傷があるほうの手の甲を向けながら言った。

 

「お前は見ているだけか?」

「……なにィ」

 

 ハーフヘルメットにゴーグル、赤いマフラーという外見の准将が組んでいた腕を解いた。

 

「聞こえなかったのか。お前も含んでかかって来いと言ったのだ。雑魚が千匹かかっても俺は倒せん」

「ほざいたな若僧ぅ!!」

 

 バルコムが激昂する前に、肥満体の修羅ギュウコがぶち切れてシンに突進した。

 力士のごとき張り手を繰り出す丸太のような腕を(かわ)し続けた彼が、相手のがら空きの脇下に必殺の牙を突き入れようとしたとき、横から巨大な(はさみ)が薙ぎ払われてきた。

 シンが後方に飛びのいた。

 そんな動きを見切っていたカイゼルは、その着地点にねじ切るような拳を撃ち込んでくる。

 闘気を纏う熊手のごときそれは、大理石を砂地のように軽々と抉り、打ち上げた。

 

「大言の報いを受けい!」

 

 石の破片を砕いてやってくる妖禽掌(ようきんしょう)の剛撃で、金髪の青年の胸元から血が吹きあがった。

 仰け反った南斗の拳士にギュウコとギャモンの追撃が続く。

 両手で双方の拳を受け流したシンが衝撃を完全に消せずに、砂煙を上げながら後ずさった。

 

「思い上がったなあ金髪の若僧。わが国を騒がす不逞の輩といえど、郡将三人が相手では」

 

 言いかけたバルコムが腕を組み直す。

 構える腕に遮られ、敵の目の上は見えないが、その下の口角は上がっていた。

 

「まさかあやつ……あえて不利な戦いを望んだとでもいうのか」

 

 相手の体から血を流さず、骨や内蔵を抜き取る妙技、妖禽掌(ようきんしょう)を受けて無事な男など、この修羅の国においてはほとんどいない。

 

 さらにあの男の気纏(きそう)は、部下三人に比べて著しく小さいのだ。

 バルコムほどの猛者でさえ、斧に立ち向かう蟷螂としか見えぬ。

 なぜあのような余裕を持てるのか理解できなかった。

 彼が深淵なる闘気、というものを理解するのは後になってからである。

 

虎背熊牙盗(こはいゆうがとう)……今度こそうぬの臓腑をちぎり潰してやろう!」

 

 クアアアという独特の気脈を(たぎ)らせ、カイゼルが奥義を発動させようとしている。

 彼と連携したごついハサミ男と力士体型の同僚が斜め後ろから襲い掛ってくる。

 

「むっ?」

 

 ドン、という重圧で広間がまた揺れた。

 重低音の後で煌めく黄金の光を確認し、観戦中のバルコムが目を細める。

 孟古流の奥義を放とうとしていた八盾の長が、思わず二歩、三歩と後退していた。

 

「カイゼル。何故間合いに踏み込むのをやめたか」

「……」

 

 犬猿の仲の准将にそう煽られた郡将だが、それに反応することはなかった。

 彼の体がさらに退く。そこでやっとバルコムがその理由を知る。

 

 左右から急襲したはずのギュウコ、ギャモンの両名が膝をついてしゃがんでいた。

 カイゼル以上の巨躯である男たちが、十字の構えで両手を広げた細身の侵入者に易々と体を突き抜かれていたのだ。

 

「脂肪の塊のギュウコ、刃も通さぬギャモンの鎧を……たった一撃で?!」

 

 カイゼルの驚嘆はそのままバルコムの驚愕だった。

 低い姿勢で南十字星の構えを見せていたシンが、突き抜いた標的から牙を抜いて立ち上がる。

 郡将二人は青い顔のままガクン、と首を後ろに下げてそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 重量級のダウンにより砂塵が舞う。

 一瞬にして上位の修羅たちを倒した奥義の名を、シンが静かに告げた。

 

「南斗虐指葬(ぎゃくしそう)

 

 闘気を駆使し、魔界を最上とするこの国においては、シンの実の拳は派手さに欠ける。

 だがカイゼルは無意識に後退し続けた。

 歴戦の武人の勘ともいうべきか、見えない気脈の凄絶さを肌で感じ取ったからだった。

 バルコムも時間差をおいてそれを察した。そして尋ねた。

 

「……お前の流派は」

「南斗極聖拳(きょくせいけん)

「なんと……北斗琉拳に匹敵する斗の拳法か」

「少しは心得があるようだな」

 

 彼らからすれば小柄に見える青年が金髪を揺らして進み来る。

 アルフやギュウコ、ギャモンと戦って負傷した相手ながら、千八百勝と二千勝を越えるこの国屈指の修羅が鳥肌を立てながら身構えた。

 互いに冷や汗をかいていたが、煽りあう余裕はない。

 

「こやつ……尋常ではないぞバルコム」

 

 カイゼルが額に汗を浮かべながら背後にいる政敵の名を呼んだ。

 

「わかっている。こうなれば二人がかりで」

「お前は引け」

「……なに」

 

 驚くバルコムに、カイゼルが羅将に報告しろと言い放ってから、利き手に闘気の全てを集中させた。

 

孟古流妖禽掌(もうこようきんしょう)伐陀羅(ばっだら)……」

 

 ライバルに等しい相手の最終奥義の名を口にした准将に、死人と化した郡将が伝説の来訪者かもしれぬと返答する。

 

「わが国の闘神、羅将の支配から解き放つと言われている伝説の男がこやつだというのか……?!」

「わからん。あるいはその手下かもしれぬ。どのみち内輪揉めしている事態ではなくなった」

 

 バルコムほどの猛将が躊躇したのを見て、カイゼルが吠えた。

 

「はやく行けい! よそ者になどに故郷の体制を荒らされてなるものか」

 

 ゴーグルの髭男が口角を上げる。

 しかし言葉にしたのは、相手を鼻で笑うような台詞だった。

 

「……武人よなカイゼル。小賢しい策士だと思っていたが」

「他の侵入者の出現も聞いている。仮面どもの報告では信頼に値せぬと魔人に一蹴される恐れがある。准将自ら注進すべし」

 

 東華八盾(とうかはったて)の長が因縁の相手に向かって再度吠える。

 それを受けた准将が金髪の青年に宣言した。

 

「魔人への忠義とあれば是非もなし……だが覚えておれ若僧。うぬはこのバルコムが必ず屠ってくれよう……!」

 

 カイゼル、バルコムが同時に視線を外す。

 郡将最強の男が最終奥義の発動を前に気をさらに溜めている。

 そんな相手の気当たりを受けたシンが金髪を逆立てた。

 二人だけになった広間に孟古流妖禽掌(もうこりゅうようきんしょう)と南斗極聖拳(きょくせいけん)の拳士が激突する。

 そして何度目かの轟音が轟いた。

 

 

§§§§§§

 

 

「ぐっ……ぬっ」

 

 カイゼルが顔を真っ赤にさせながら、破壊された利き手を掲げて仰け反った。

 秘奥義といっていい伐陀羅(ばっだら)を正面から砕かれたと同時に、上級修羅としての矜持も砕け散った。

 

 天地分断の勢いで放たれた黄金の牙が仰け反った空きの胸に刺さっていく。

 闘気のガードも鋼の筋肉も用を成さず、彼の胸板は軽々と撃ち抜かれていった。

 

 南斗極聖拳(きょくせいけん)に貫けぬものはない。

 

 己が拳法の真髄を語る相手に対し、カイゼルが屈辱に(まみ)れながら、血にまみれになりながら膝をつく。

 奥義ですらないただの指突に敗れるなど、人生の全てを戦いに捧げた修羅にとって、存在理由の否定でしかなかった。

 

 しばらくの時間を置いて、闘技場にいた修羅たちが現場の混乱から立ち直ったのか、騒々しく扉を開けて外から入ってくる。

 仮面の彼らの視線の先に、ギュウコとギャモンが血の海の中で屍を晒しているのが見えた。

 

「ぐ、郡将様方が……」

 

 一撃で倒されたと思われる二人の傷跡を見た修羅たちは、さらに奥にいる二体の影に気付いた。

 中背に見える金髪の青年が、両膝をつく東華八盾随一の猛将の胸に、貫手を打ち込んでいるのを確認して、彼らは絶叫していた。

 腰を抜かした修羅の一人が渦中に指をさしながら言った。

 

「あ、ありえん……かっカイゼル様すらも?!」

 

 竜の牙の異名があるそれが、千八百勝の修羅の背中まで突き抜けた。

 ボッという鈍い音とともに、巨体が九の字に折れ曲がる。鮮血が宙を舞った。

 

 仮面の連中はどうすることもできず体をすくませ、震えながら堂内を眺めるばかりだった。

 三人の郡将をまとめて倒す男の存在に気圧され、柱に隠れるタオに気付く様子はない。

 静まり返った空間のなか、カイゼルがかすれた声で告げる。

 

「八盾をものともせぬか……見事だ……だが我らを倒したところでこの国はビクともせん。あの闘神たちがいる以上……伝説など伝説で終わる」

 

 両手を大理石についた孟古流妖禽掌(もうこりゅうようきんしょう)の豪傑が吐血しながら薄く笑った。

 貫手を抜いて態勢を立て直したシンは、うつ伏せに倒れ行くカイゼルの言葉を聞いていた。

 

「……行くがいい……これよりは准将をはじめ、このカイゼルよりはるかに強い男たちがお前を待っている……修羅ども」

「は、はっ」

 

 十数人の仮面たちが間際の郡将の声に背筋を正す。

 

「南斗極聖拳(きょくせいけん)……それがこやつの拳法だ。国中に触れ回れ」

「ぎょ御意!」

 

 闘技場へと逃げるように出ていく彼らをシンは見送る。

 倒した相手を見下ろすのみだった。

 カイゼルが佇んだままの相手を見上げて言った。

 

「あえて止めぬか……侵入者よ」

極聖拳(きょくせいけん)の極意でとどめを刺した。そんな相手の最後を妨げる理由はない」

 

 流れる血の範囲が広がっていくのを他人事のように感じながら、カイゼルがフンと鼻を鳴らす。

 薄れゆく意識のなかで彼はようやく悟った。

 この恐るべき男は奥義を駆使せぬときこそ真価を発揮する、ということを。

 そんな情報を伝え切れなかったのを無念に思いながら、郡将カイゼルは眼を閉じた。




ギャモン。アニメ版北斗の拳のキャラ。
准将バルコム。
アニメ版北斗の拳、シン配下の将軍。
今作ではカイオウの側近。
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