聖拳列伝   作:小津左馬亮

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六話    表裏一体

 潜ませていた影からの情報で、郡将サンガは東華八盾の長カイゼルが倒されたことを知る。

 同時にこの国に帰ってくるという救世主の伝達を告げる「赤い水」の目撃情報が多発していることも知った。

 

「南斗復古の拳……あの聖帝サウザーを貫いた牙の持ち主が相手では、さしもの孟古流妖禽掌(もうこりゅうようきんしょう)も相手にならずか……」

 

 センター分け、長い白い髪に白い髭の男は、執務室で仮面から報告を受けた後、目を閉じてそう独語した。

 好敵手の討ち死にを聞き、感慨を持って応えた壮年の群将が椅子から立ち上がる。

 仮面の影がさら告げた。

 

「この事態はすでに羅刹七人衆のお耳に入っております」

「……なにィ?!」

 

 准将のなかでも特に武に秀でた者を称して羅刹七人衆と呼ぶ。

 サンガほどの人物が怒号に等しい返答になったのも無理はない。

 まさかここまで早く事態が悪い方向に進むとは思っていなかったようだ。

 

「ば、バルコム様を含め准将たちは会合を開く予定だとか」

 

 上司の剣幕に仮面が平伏しながら言った。

 魔人の子飼いの名を聞いた彼が落ち着きを取り戻したようで、無意識に舌打ちを放つ。

 

「侵入者は黄金の牙だけではない。評定の結果、個人プレーで迎撃ではあるまいな」

 

 個々の武力で状況を打破してきたこの国の体制は、もはや弊害と言えた。

 大陸からの流れ者の彼は口だけ動かし、あほうどもめが、と上司たちをこきおろした。

 窓からの気配を感じたサンガが部下を下がらせる。

 間髪入れずに開いたそこから入ってきた仮面は修羅ではない。

 同胞といっていいが、利害のみの関係だった。

 慣れない仮面をつけ直すクセのその男はターバンを巻いている。彼は喉の奥で笑っていた。

 

「笑えないスピードの展開だな。羅将とやらのすぐ下の精鋭どもがこうも早くご出馬とは」

「……」

「このビジャマの勘が告げている。出国の用意はしておけ」

「なんだと?」

「身をひそめ、この国の進退を見極める必要がある」

「……まだ羅将が控えている状態で逃げを打つか」

「脱出経路は常に確保する。それが最強ではない者の知恵というもの」

 

 この時点でビジャマは修羅の国自体が井の中の蛙という言葉は避けた。

 そしてサンガも彼の言い分に理があると思ったのか、慌ただしく執務室を後にした。

 

 

§§§§§§

 

 

 海岸線を突破した侵入者の噂は、このころになると国中に伝わっていた。

 そんななか、赤毛の男が近侍の若者と北斗琉拳の使い手シャチを連れ、東華八盾の生き残りが籠る城へと到達した。

 ここを突破すれば羅将へと続く最終防衛ラインへとたどり着くはずだった。

 

「ここのエリアは郡将シエが守っている。奴はカイゼルの足元にも及ばぬが、ケイン程度の腕はある。多勢に無勢、突破するには知恵を絞るべきだと思うがな、赤毛の」

 

 シャチが高い城壁を見上げながらそう言い、壁に手をかける。

 分厚いそれを砕くのは容易ではない、と思いつつも、足元の砂漠から何かが盛り上がってくるのを察して飛びのいた。

 

「ふん……シエの手下か。主に似てカニそのものだな」

 

 両手に刃を装着した修羅は仮面ではなくゴーグルをつけている。十数名の彼らはガニガニと擬音を発しながらシャチに飛び掛かった。

 連携技の急襲から逃れるためにシャチが跳躍する。

 それを追って地を蹴ったカニが到達点でなにいと吠えた。

 うつ伏せのような状態で待ち構えていた北斗の拳士が、気合の声とともに四肢を伸ばす。

 その瞬間、四人のカニの胴体はシャチの拳と蹴りに撃ち抜かれていた。

 風穴があいたそれらが砂漠のなかに落ちていく。

 

「郡将ケインを殺った赤毛。その手下め、やりおるガ二」

「あ?」

 

 聞き捨てならない台詞を聞いた若い彼が着地際に回転蹴りを放つ。

 地上にいたゴーグルの修羅数体の頭が吹き飛んだ。

 しかし最初から罠として設置していたのか、不意に砂から突き上げられた刃により、シャチは足首を斬られる寸前でまた飛びのいた。

 後方への着地点にも刃があった。

 周到なと呟いたシャチが倒立の状態になり、かろうじてそれを躱す。

 

「本体のお出ましか」

「アッシがカイゼルの足元に及ばぬだと? キミはこのシエの足元にも及ばぬガニ」

 

 砂をかき分けて姿を見せたのは、配下たちとは違いすぎる巨漢だった。

 男か女かよくわからないカニのような存在の巨大な刃には、敵の足を斬った血がついている。

 シャチは斬られた足の部分を見降ろし、鼻を鳴らして吐き捨てた。

 

「城主自ら前線に立つとはな、褒めてやる」

「くかか若僧、未熟者め」

 

 羅刹を自称する青年と郡将の一騎打ちが始まると同時に、カニの手勢が赤毛に忍び寄る。それを主に近づけまいとゲンジュが炎の拳を奮い出した。

 

「ユダ様、何をお考えです?」

 

 考え込むような仕草の主にそばかすの若者が問いかける。

 しばしの間をおいて、赤紫のマントの男がふと告げた。

 

「……この城のなかに兵気を感じる」

「うなっ?!」

 

 シエが北斗の拳を刃の柄で受けながら唸った。

 

「なじぇそれを……ガニ」

「中に誘い入れ、数で圧倒するつもりだったか!」

「か、数じゃないガニ。そばかすの小僧、お前、赤毛。並の修羅では歯が立たぬガニ」

 

 シャチの問いかけにシエが首を振り、ワハハと笑って長大な刃を振りかぶる。

 だがその笑みは沈勇を絵にかいたような優雅な男の一言で消えた。

 

「大手門の向こうの何者かの気が……ひとつひとつ消えていくな」

「ガニ?!」

「そなた」

 

 ユダが一歩踏み出した。

 数体のカニを相手に奮戦していたゲンジュが慌てて飛びのく。

 すると小ガニたちが一斉に鮮血の瀑布のなかで絶命した。何が起こったかわからず、戦闘中のシエとシャチが周囲を見回す。

 赤い衝撃、その絶影の拳を見たのは誰もいない。

 その優雅な拳士が静かに言った。

 

「先客をすでに罠にはめた後ではないか?」

「なっ、なななん何のことかわからんガニィ」

 

 門をちらりと見たシエが内側から響く拳撃に大汗をかき出した。

 シャチが城内の気配に気づき遅れたのは無理もない。ふざけた外見に口調の敵といえど、シエは大敵だった。

 今まで葬ってきた村長や区将とは格が違うのだ。

 耳をすませば、ドゴンバゴンという打撃音が聞こえてくる。

 城門に誰かがぶち当たったのか、鋼鉄製のそれが(きし)んでへこむほどの内側からの衝撃だ。

 

「あにょ叫び声はクジン、ルイスウの」

 

 どもった恰幅のよいカニが仲間の名を口走ったあと、キィィンという赤い閃光の後の名残りの音を聞いて跳ね上がった。

 

「な……」

 

 シャチが目の前の大敵とともに、驚愕で声を失くす。

 郡将の居城の門は砲弾でさえも跳ね返す厚さの作りになっている。

 その材質でできたそれがスパッと綺麗に四散したことで、周囲に轟音が轟いた。

 

 城門が四つに割れ、コンクリートの壁を巻き込んで崩れ落ちていく。

 そんな閃光を生んだ男は固まるシエには目もくれず、瓦礫の上を踏み進んで城の中に足を踏み入れた。

 

「すっすすすっ素手であの門をブチ壊しやがったガニ……?! バケモンかあの赤毛ェ」

「……」

 

 どもり続けるシエとシャチの感慨はまったく同じだった。あれほど鋭利に分厚い鉄の塊を切り裂いた者はこの修羅の国でも見たことがない。

 

「北斗琉拳でさえもあのような技はない。少なくとも……オレには不可能」

 

 若き北斗の拳士は年上であろう赤紫のマントの後姿を眺めて愕然としていたが、その赤毛の男が中にいる誰かの名を呼んだことで我に返る。

 

「ケンシロウか」

「……ユダ?!」

 

 彼らの生国でも見なかった珍しい組み合わせである。

 しかしサングラスをかけた黒髪の男のほうが驚いていた。

 ユダの傍らで周囲を見渡した金色のクルクル巻髪の従者が、倒れている衛兵と巨体を確認して主を見上げた。

 

「ユダ様、この何人かの立派な風体の奴ら」

「郡将たちだ」

 

 南斗の若手の質問に、北斗神拳の伝承者が答える。

 

「あんたも修羅の罠に誘われた口か、ケンシロウ」

「うむ」

「罠ごと噛み破ったのはさすがだが、少々やられているな」

「上級修羅とその部下、無傷というわけにはいくまい」

 

 そんなやりとりを聞きながら、ユダが城門前に視線を向けた。

 

「シャチとやら」

「なんだ、今は忙しい!」

「カニは放ってここに来い」

「ふざけるな! こやつを相手に背なぞ見せられる余裕など……」

「ゲンジュ」

「はっ!」

 

 そばかすの従者が反転し、シャチの元へと駆け付ける。

 

「ここは僕が引き受けた。はやく城の中に入れ」

「世迷言を。こやつは到底お前の敵う相手ではない」

「ユダ様に一任されるは南斗の男として冥利。もはや問答無用、はやく行けっ」

 

 決死の若者が炎を(たぎ)らせた。シエがそれを一瞥して鼻で笑い、シャチの背に言葉を投げかけた。

 

「命拾いしたな若僧!」

「用件を終えたら戻ってくる。それまで子供相手に遊んでろ」

 

 そう言い残し、シャチがユダとケンシロウの元へやってきた。

 

「つまらぬ用なら許さぬぞ赤毛」

 

 長身の彼だが、ユダはそれ以上に高い。その男が白い指を転がる亡骸に向かって指した。

 バカなと目を剥いたシャチの台詞が広場に響く。

 

「これは……東華八盾の生き残り?! 四人もの郡将をまとめて倒したというのか!」

 

 黒髪、黒い服の無骨な男が頷く。その筋骨隆々の男は北斗神拳伝承者と名乗った。

 

「北斗神拳……」

 

 そう呟いた北斗琉拳の拳士がハッとなる。彼が幼きころ出会った救世主のことを思い出したようだ。

 

「たしか……ラオウ様の拳法」

「兄を知っているのか」

「……わが父が仕えていた偉大なる王だ」

 

 誇らしげに告げた彼が爆炎の風圧を感じて横顔を向ける。

 崩落した城門の向こうで、その炎を刃で消し去ったシエが、南斗の若手に交牙断随(こうがだんずい)という奥義を放とうとしていた。 

 言わんこっちゃないという表情でシャチが毒づく。

 

「……哀れな小僧だ。有望な若手をわざわざ死地に向かわせるあんたも大概だが」

 

 そう言い終えたシャチがユダの姿を見失う。

 周囲を見渡してから、ようやく後方へと振り返った。

 毒づいた相手は一瞬にして渦中へと宙返りをきめていたからだ。シャチは口を開けてシエとゲンジュの間に着地する離れ業を眺めるばかりだった。

 

「ナ、ぬ?!」

 

 カニのような離れ目の郡将がそう叫んだときには、自身の武器である両手の刃は砕け散っていた。

 

「あ、ありえん動き、ガニ」

 

 城門の素材以上に硬い刃が根元から折れていることに仰天しつつ、シエがそれを投げ捨てる。

 どこから取り出したのか、新たなる刃を装着しようとしていた。

 

「死にたいのか、生きて帰りたいのか」

 

 すでに城の中の惨状を悟っていたシエは相手の問いかけに対し、生きたいガ二、と汗だくになりながら拝みだした。

 郡将の要職にあり、死合の経験が豊富な彼からすれば、この目の前の赤毛は拳威といい身のこなしといい、異常に過ぎた。

 闘気がないように見えて内に込める何かは、この国の他の誰とも違っていた。

 それに比べればそばかすの小僧やシャチとかいう北斗の若僧など赤子に等しい。

 怖気を奮いながらシエが恐る恐る尋ねた。

 

「じ、准将様方に襲来を伝えてきてもいいガニか?!」

「そのほうが手間が省ける。できるだけまとめて来るように」

「が、ガニ」

 

 いくらなんでもまとめて、ってこいつはバカなのかと考えつつ、羅刹七人衆になぶり殺しになりやがれと心の中で吐き捨てながら彼が逃走を開始する。

 それを見送ったユダはゲンジュを連れて再度城の中に入っていった。

 死屍累々の広場でシャチと何か言葉を交わしていた北斗神拳伝承者に向かい、ゲンジュが言った。

 

「郡将以上の修羅である准将とやらがここに来るらしい。ユダ様はそれらを一網打尽にするつもりだ」

 

 まだ二十歳前の若者にケンシロウが頷く。

 准将の名を聞いたシャチが武者震いを見せた。そんな彼が赤い川の発生を知るのはこの後すぐのことだった。

 ラオウ伝説はすでに始まっているのだとシャチは思った。




羅刹七人衆。
SAKON ~左近~ 戦国風雲録に登場したキャラクターを修羅として拝借しました。
クジン、ルイスウ。アニメ北斗の拳のキャラ。
本作では東華八盾のひとり。
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