聖拳列伝   作:小津左馬亮

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七話    羅刹七人衆

 バルコム、ナガト、テンキボウ、カラスマ、ツキヒグマ ゲンムサイ。

 彼らは羅刹七人衆と呼ばれている。准将のなかでも特に武名の誉れ高い者たちの称号だった。

 そんな彼らの城は郡将の大掛かりなものとは違い、敷地も広くなく質実剛健で質素な作りとなっている。

 そして知行も郡将とそうかわらない。それぞれが抱える軍団の規模も似たようなものだ。

 つまり頂点である三人の羅将からナンバー2の役職である准将は警戒されている、と世間からは思われている。

 真偽は定かではない。

 そんな七人の准将たちのなかで最後に姿をあらわした辮髪の仮面は挨拶もせず、無言で既定の座席についた。

 城というより館のような会議室の先客六人が、ただひとり素顔をさらさぬ中背の男を一斉に見た。

 ろうそくだけで照らされた室内は暗い。そして何者かが彼に語り掛けた。

 

東華八盾(とうかはったて)が崩壊、カイゼルも敗れた。聞いているな」

 

 入室していきなりの情報に、砂蜘蛛が仮面の下の目をわずかに細めた。すでに赤い川が発生したことは知っている。

 それには答えず、最年少の修羅は別のことを口にした。

 

「シエという郡将がわがもとに駆け込んできた。奴の城が攻略されたとのことだが」

 

 椅子を引いた砂蜘蛛が長い足を組む。

 

「侵略者ども、奪った城で待っているという。思い上がったのか七人衆まとめてかかってこいと」

 

 それまで静まり返っていた広間がどよめいた。

 舐められていることに静かな怒りを発しているようだ。しかしながら年長のバルコムやナガトは無言だった。

 仮面が議長格たる男に向き直る。

 

「どう思うね。七人衆を束ねるバルコム将軍」

「……どう、とは」

「赤毛とサングラスの男、そばかす、羅刹を自称する若僧。たった四人で我らが挑発されていることに関して」

 

 砂蜘蛛は明らかに筆頭を挑発している。

 テーブルを挟んで向かい合う五人の男たちはそう思った。

 だがバルコムは腕を組んだま相手を一瞥すらしていない。誰であれ、未だかつてこの猛将に煽りが通じたことはない。

 熊のような体躯の男は政敵を見ないまま返答した。

 

「カイゼルを倒した金髪の若僧……わしはそれを仕留めるための準備を整えている。赤毛やサングラスの男などに関心はない。必要があればお前が指揮を執れ」

「羅刹七人衆の一人とてオレは独歩の男。徒党を組むうぬらのように決まった部下はおらん。

統率力でいえばナガトが適任であろう」

 

 このなかで一番年下の青年の言葉に、最年長の口髭男、ナガトが葉巻を手に首を振る。

 武辺者のバルコムにせよ彼にせよ、ここに召集されたのが心外の様相だった。

 そんな暇はないと言わんばかりだ。直属の上司である第二の羅将が婚約者を何者かに殺されたせいで乱心し、その対応に追われている。

 そんななか、武勲を立てる機会だとして残る羅刹たちが自薦しだした。

 

 面白くなさそうに面白くもない会合が一段落すると、復讐に燃える七人衆筆頭は用事は済んだとばかりに出ていき、次席ナガトもそれに続いた。

 残されたのは砂蜘蛛ら五人だった。

 しばらく無言の時間が続いたが、若い彼は自分が指揮官になることなどないと断言し、他の羅刹たちの功名心を煽る。

 

「あのじじいどもは放っておけ。テンキボウ、カラスマ、ツキヒグマ ゲンムサイの四人で事はなる。今回ばかりはうぬらの功名を邪魔する気はない。侵入者を排除した功績は第一の羅将に報告しておく」

 

 砂蜘蛛がそう言い切った。おのれは魔人と呼ばれるこの国最強の男の直臣だと白状したも当然だった。

 ゆえに魔人の陸戦部隊を指揮するバルコムが邪魔でしかないのだが、そんな事情は四人の知ったことではない。

 意気込む同僚に心からの叱咤激励を送り、砂蜘蛛は影の役目を果たすべくただひとり城を出た。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 北斗琉拳先代伝承者が住むという、聖地の沼という場所がある。

 羅将以外の修羅たちがここに立ち入ることはできないといわれている。

 遺跡のようでもあるそんな区画に、ボロのような家人が背を向ける主人の足元に慌てふためいてやってきた。

 そして現在国中に触れが出されている警戒すべき斗の拳法について告げた。

 老年の男が振り返った。フードの下の暗い目をボロを纏った小男に向ける。

 

「南斗極聖拳(きょくせいけん)……それが東華八盾筆頭のカイゼルを破った指突の拳法か」

「他にも様々な地域で郡将たちが倒されております。それに敵は若い南斗の男一人ではありません」

「だとしても数人の仕業であろう……修羅の国ともあろうものが早々に准将の出陣を仰ぐことになるとはな。尚武の気風が聞いて呆れる」

 

 中背の老人が歩き出した。

 ボロが主人の名を呼ぶ。ジュウケイとよばれた先代伝承者が呟いた。

 

「だが南斗聖拳では……それ以上は望めぬ。この国を大きく揺るがすことは叶うまい」

 

 かつてジュウケイは北斗神拳伝承者リュウケンと比肩される賢者であった。

 その彼が知る限り、救世主はそのライバルの弟子でしかありえない。

 北斗の後塵を仰ぎ続ける南斗では役不足も甚だしいとさえ思っている。

 

「身の程知らずの南十字の拳士ども、わしが訓戒を垂れてやらねばならん。羅刹七人衆相手ではちと辛かろう」

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 精強を誇った郡将のトップ集団が壊滅したことは、国の東部区域に激震をもたらした。

 それ以下の郡将や区将などが各地を見回って治安の回復に努めている。

 そんな厳戒態勢の治安部隊がやがて修羅でも一般人でもなさそうな何者かを発見する。

 とある都市に近い砂原でのことだった。

 健脚揃いの仮面を率いる修羅、禿げ頭が全身にボロをまとった男を呼び止める。

 

「おっと待ちなじいさん。ここらへんじゃ見ない顔だな。どこへ行く?」

「……」

「検問だ。身元不明の怪しい奴ぁ金髪の若僧とガキ以外もひっ捕らえろって指令が出てる」

 

 皴深い額に刻まれた傷が目立つ老人は、相手の出で立ちを見て第二の羅将、ヒョウの部下かと尋ねた。

 

「おっお、我らが将を呼び捨てにしやが」

 

 巨漢の修羅が老師の胸ぐらをつかんだとたん、その体はボッといういやな音とともにその大半が消し飛んでいた。

 首から上だけになった偵察隊の小頭が無無、という断末魔を残して砂地に落ちる。

 残された仮面たちが飛びずさった。そのなかでただひとり冷静に対応している辮髪の男が、興味深そうに観察対象を窺っている。

 

「こ、こやつ何者?!」

「ラオウ伝説が到来するまでわが世の春を謳歌していればよいものを……南斗ごときに右往左往しおって、未熟者ども」

 

 北斗琉拳すらわからぬか、そう思いながら北斗の古老がおののく仮面の一人に目を向けた。

 その者は他の同僚のなかに身を隠している。

 それを一瞥し、ジュウケイは明後日を向く。砂原の向こうからやってくる二つの影に気づいたからだ。

 

 

「奴か」

 

 ジュウケイと異口同音の台詞が仮面部隊の中から聞こえてくる。辮髪のその男にかまわず、老人は長い金髪を靡かせる青年に同行していた少年の名を呼んだ。

 

「タオ」

「?! 老師?」

「小賢しい南斗の同行者とはおぬしだったのか」

「レイア姉さんが修羅どもに攫われたのです。この人とともに行方を追っていて」

「……」

 

 タオを姿が見えなくなるまで遠くに避難させたあと、少年の同行者がジュウケイと対峙する。

 遠くからの北斗の殺気を南斗の青年はわかっていたようだ。

 凄絶な殺気の持ち主がため息まじりに告げた。

 

「名乗る必要はない。わしも南斗ごときに名乗る気もない。身の程を弁えよ若僧。この国を救うべきはうぬではない」

 

 斗の拳法、老虎若龍の戦いを修羅たちが見守るために引き下がっていく。

 ヴァジュラという呪文のような言葉を発した瞬間、砂地一面が爆散した。

 うおっという悲鳴を上げる観客をよそに、暗い目の老人が砂の雨を他人事のように眺めている。

 だがそのなかから泰然と進み来る若い男の姿に瞠目して言った。

 

「わが気の奔流をどう(かわ)した?」

 

 黒い胴着の縁取りは金、その部分についた砂を払いながら、シンが十字の傷がある手の甲を見せて手招きしている。

 効かんなあといわんばかりの素振りに、ジュウケイの暗い目が光った。

 異様な気を察した仮面たちが背後の辮髪に横顔を向ける。

 

「砂蜘蛛様……あの気脈は」

「やはり北斗琉拳の古豪か。第二第三に及ばぬのは年のせいだけというわけだ。練度ならひけはとるまい」

 

 砂蜘蛛と呼ばれた中背の男が目当ての南斗の男とは違う興味を覚えて、老人の背を眺める。

 しばしの時間をおいてまた爆風の闘気がシンを襲ったが、今度は砂のカーテンの邪魔はない。

 

「ま、魔闘気が消えた……?!」

 

 修羅たちが仰天したのも無理はない。

 あろうことか、標的の青年は禍々しいそれを十字に払いのけ、一瞬にして霧散させていたからだ。

 当然にしてこの場にいる全ての者は、かつて彼が(おおとり)の最終奥義、極大の気当たりである落鳳破すら(しの)いだことを知らない。

 

「バカな。わしの暗流を砕くとは」

 

 自分の知っている南斗ではない、とようやく悟ったジュウケイが初めて構えだす。 

 魔闘気というのは空間を歪めることによって立ち位置を失わせるが本領だった。

 久々に駆使した暗流が歪み切っていないことで不発に終わった、とジュウケイは的確に分析している。

 北斗の矜持にかけて南斗に劣ると認識することはできなかった。

 

「死合の勘はこの場で取り戻す。うぬはなまった腕のわしにすら及ばぬことを今から思い知れ」

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