聖拳列伝   作:小津左馬亮

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九話    修羅の心得

「甘いのう若僧……ぅおおおおおうううむ」

 

 そう叫んだ老拳士が呪文のようなものを唱えだした。

 同時に枯れ果てたと思われた魔闘気が再び噴出し、二人を押し包んでいく。

 

「ふはははこの至近距離ならばわが瘴気はより強かろう。神気(じんき)を持つであろう聖拳使いめ、爆殺できぬのならば魔素にて窒息させてやるわ」

 

 死人となりし魔人、北斗の男として南斗に劣るわけにはいかぬという執念の奇襲に対し、シンは一切の悪感情を覚えなかった。

 彼が静かに告げた。

 

「封じ込めたはいいが、このままでは己も焼き尽くすことになる」

「格差をつけられての敗北こそ死にまさる屈辱よ……屑星と蔑称される北斗琉拳の先代として手段は選ばぬ」

「……未知の北斗、そんな死の教練を受けたからにはご老体もまたわが師」

「……?!」

「教えを受けた先人を失うのは一度で充分。二度と殺させぬ」

 

 仰向けのジュウケイが見開いていた両目を細め、逆に口は半開きになった。

 魔界の業火に焼かれる痛みを忘れたかのように、剛気がないように見える若い龍の言葉を聞いていた。

 

「り、リュウケン」

 

 魔素の上昇気流で金髪が総毛立つその男から、かつての怨敵の息吹を感じた。

 先程見たのは幻影などではないと彼は確信する。

 それにしても北斗の枠にとどまらず、他門の若僧に生き様を伝承させる者などかつていただろうか。

 負の感情が渦巻く闇がリュウケン、そしてシンという人物そのものに飲み込まれたのか、炸裂することなく、跡形もなく消失していった。

 ジュウケイは唖然としてそれを眺めるばかりだった。

 

「じょ浄化し、しおった……」

「読んで字のごとく、北斗神拳や南斗聖拳は魔道を下すための拳法なのだろう。俺に拳を教えたリュウケンがそばにいる気がしたが……ともかく老の魔界は完全に封じた」

 

 自爆を抑え込まれた側がくそったれと口汚く吐き捨てる。

 今度こそ力を失くしたようで、ぐったりと仰向けに寝ころんだ。

 くくくと自暴自棄に笑っている。

 

「なるほどのう……わしは最初は訓戒のつもりで……次は確実に殺すつもりで打ち合った。それが若僧にとっては調練にすぎなかった。そんなことも窺えず、北斗琉拳を破るための道筋を与えてしまった、というわけか。愚かな」

 

 夕日に照らされる荘厳な姿の南斗の男を見上げ、彼はやさぐれながら唸っていた。

 業火の痛みと精神的打撃により、自裁する力もない。 

 北斗の古老は止めを刺さずに背を向ける南斗の拳士がいずこかに消え去るのを、無念の表情で見送っていた。

 

 やや時間を置いて離れた岩陰に身を潜めていたタオ少年が姿を現した。

 死合いを制して戻ってきた金髪の青年を出迎える。

 

「老師を……殺したの?」

「疲れたと言って寝ころんでいる。あの状態でも仮面の修羅程度に倒される人物ではない。そのうち起き上がる」

 

 多くを語らない相手の表情に鬼気迫るものがないのを感じ取って、少年はほっと息をついた。

 そして荒野のむこうにある大城塞に向かって歩くシンの後を追いかけた。

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 時間は遡る。

 郡将シエの城を占拠したケンシロウとユダが北斗琉拳のシャチ、南斗焔浄拳(えんじょうけん)のゲンジュとともに、准将たちの急襲を受けている最中だった。

 羅刹七人衆のうちの四人、テンキボウ、カラスマ、ツキヒグマ ゲンムサイは配下の仮面に、弱ったシャチとゲンジュを牽制するように命じ、北斗神拳と南斗紅鶴拳の二人を包囲している。

 短い黒い髪の男がサングラスをかけなおし、背後の赤い髪の美男子にぼそりと告げる。

 

「今まで相手にしてきた奴らとは格が違うようだ。我が国では見なかった体術や気を使う」

「うむ」

 

 修羅の国にとって無用なる彼らは、この戦闘の前にシエの居館にて毒ガスと落石の計略を受けている。

 負傷したシャチとゲンジュとは違い、彼らはかすり傷程度で済んでいた。

 四人とも崩落した瓦礫のなかだと思いこんでいたシエの驚愕は未だ収まらない。

 

「あの若僧どもはともかく、サングラスと赤毛はなんで無事なんガニ……」

 

 そう呟いた巨漢のカニ男がいや待てと独語した。

 上司の攻勢を食らって吹き飛ぶ敵の動きを見て、いつもの動きではないと看破した。

 

「そうだ、神経毒はたしかに効いているガニ。それでも奴らがあの方向に退転したのは……」

 

 昏倒するシャチやゲンジュのもとに向かったケンシロウが膝をつく。

 その背を守るユダが残像を残しながら両手を上げていく。

 周囲の建築物や庭園が吹き飛ぶほどの応酬に巻き込まれまいと、シエが爆風の範囲外に逃れながら振り返る。

 四人の上級修羅と仮面の部隊を一人で迎え撃つ赤毛の顔色は、毒にやられてもなお涼しいものだった。

 その男が鶴翼を広げたとき、衝撃波が城内の広範囲に走った。

 

「ガニ?!」

 

 音速となって消えていくそれに巻き上げられた仮面部隊が、一斉に地に叩きつけられた。

 その惨状を眺めるシエがううむと唸る。

 

「部下どもを盾にしてあれから逃れたガニか……さすがは羅刹」

 

 着地した七人衆が散らばって倒れる配下たちに大儀、と告げ、あらためてユダと対峙する。

 先程の伝衝裂波を警戒しているのか、彼らは一定の距離を保って襲い掛かる瞬間を見極めているようだった。

 北斗神拳によって蘇生した若者たちのなかで、年上のほうがうつ伏せのまま憎々しげに口を開いた。

 

「意識を取り戻したと思ったら赤い衝撃が見えた。なんということだ……一振りの武威のみで准将四人を立ち往生させるか。やはり力こそが正義……オレもあやつのような強さがあれば」

「……シャチといったな。見習うべきは私ではない」

 

 羅刹を詐称する若い男の述懐に、異国の赤毛の男が靡くマントの背中を見せながら言った。

 ユダは振り向かない。

 それでもシャチは無意識に、ゲンジュを介抱した黒い服の男が立ち上がるのを見上げていた。

 その北斗の男が南斗の男と並び立つ。

 

「一人で刈り取ってしまうかと思ったが」

「それではお前が納得すまい」

「……絶影の奥義を見たからにはな」

 

 拳の骨を鳴らすケンシロウが今度は自分が、とばかりに弁慶のような恰好のテンキボウと、忍者のごとき風貌のカラスマを迎え撃つ。

 テンキボウの棍棒をへし折った北斗神拳伝承者がカラスマの爆裂式の暗器を握りつぶした。

 煙幕と爆風のなかで、サングラスの男は構えたまま敵の気の流れを読んでいた。

 どこから来るか容易に察知できぬ気当たりに、彼ほどの男でさえこめかみに汗を浮かべている。

 

「ぬっ?!」

「奴らが同時に動いた」

 

 シャチが目を見張り、ゲンジュが口から流れる血をぬぐって叫ぶ。

 その瞬間、ケンシロウが数珠を握ったテンキボウの渾身の拳撃を辛うじて躱す。

 己の血しぶきが派手に上がる。

 その際、血煙のなかから現れた小兵のカラスマによってサングラスを破壊されたものの、ケンシロウは双方が奥義の範囲内に重なるのを待っていた。

 そんなロックオンを待っていたのはケンシロウだけではない。

 彼らこそケンシロウの引き寄せを待っていたのだ。

 

「?!」

 

 北斗神拳の正拳突きが空を切る。

 ケンシロウの間合いから引くと同時に二人は飛び道具を放つ。

 

宝珠散華舞(ほうじゅさんげまい)

爆砕烏(ばくさいがらす)

 

 バラバラにした無数の数珠を投げ放つテンキボウ、烏を模したような形の爆弾を投擲してくるカラスマ、二人は技の発動を終えたとたんに地を蹴った。

 上空にいる歌舞伎役者のような美男子、ゲンムサイと、熊のごとき巨躯のツキヒグマがいつの間にか飛んでいた赤毛の男と撃ち合っているのに加勢するためだ。

 地上の轟音と爆発を聞きながら、次はお前だと二人が吠えた。

 

「ケンシロウ!」

「引け小僧、我らも巻き込まれる」

 

 叫ぶゲンジュを引きずり、シャチが爆風から遠ざかる。

 准将が四方からユダを仕留めたと思ったとき、ゲンムサイの大太刀は折れ、ツキヒグマの利き手の手首から先は消えていた。

 

「わが業物を素手で……!」

「このわしの剛拳を斬り捨てるだと」

 

 二人の驚愕をよそに、下方からのテンキボウとカラスマの鋭鋒を(しの)いだ南斗の男は、背後の気配を感じてふと微笑した。

 

「私を巻き添えにあれを放つか。北斗神拳奥義」

 

 天破活殺を不意に受け、ユダの周囲にいた国有数の修羅が弾け飛んだ。

 まさか味方の赤毛もろとも撃ち抜くとは思っていなかったようだ。

 

「黒髪の男、やりおるな。わしらと同じ修羅の心得があると見える」

 

 カラスマが哄笑しながら死角から不意打ちされた敵を見た。

 ハチの巣にされたかと思った優男は両腕を広げながら回転させ、その指先で北斗の闘気を一瞬にして霧散させている。

 闘気の余波でわずかに傷を負ったのみだった。

 

「ほ、北斗神拳の敵味方問わずの奥義を……最初から予測していた?!」

「いや……わが主は千変万化、応変の拳士。そもそもあのお方を闘気で倒すことはできん。ケンシロウは最初からそれを知っている」

 

 シャチとゲンジュが上空を見上げながらそれぞれの感慨を述べるなか、弾かれた活殺の残滓が熱で光り、周囲を照らしだした。

 

「小賢しい目くらましを。だが奴らはわしら羅刹を舐めている」

 

 不意の閃光にひるむどころか、好機と見た歴戦の男たちが以心伝心で動いた。

 羅刹を自称する北斗の青年はそれをすぐさま察して逃げたものの、名門の御曹司である南斗のほうは毒と傷で反応が遅れた。

 

「わしらの奇襲から逃れる余力があるとは、やりおるわ北斗琉拳」

「しまった、そばかすが」

 

 もんどりうって倒れたシャチが上空を窺う。

 カラスマの操る烏に捕らえられ、身動きの取れない状態のゲンジュのクソっという悪態が聞こえてきた。

 思わずシャチが味方を煽る。

 

「最も弱い敵を狙うは修羅として当然のこと。あんたらのお仲間がああなってるがどうする? 先ほどのようにそばかすごと気弾で奴らを撃ち抜くのか」

 

 北斗南斗の伝承者たちは無言だった。

 態勢を整え直した羅刹たちが若者の浅慮を嘲笑う。

 

「何がおかしい!」

「奴らの戦場の拳、まともに殺り合うのは得策ではない」

 

 人質の首に刃を当てた羅刹七人衆がケンシロウとユダに告げた。

 

「抹殺命令を受けているのはうぬら二人。互いに殺しあえ。さすればこの小僧には手を出さぬ」

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