聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十話    南斗聖極輪

「なに……」

 

 シャチが驚愕しながら表裏一体の斗の拳士たちを窺う。

 郡将シエは上官たちの機転にさすがガニ、と跳ねながら囚われのゲンジュを拘束する役目を買って出た。

 かつて北斗の後塵を仰いできた南斗ではあったが、それは過去の話である。

 聖帝サウザーが台頭してきてからというもの、この二つの拳法は戦えば勝者はない、とさえ囁かれ始めている。

 それを知ってか知らずか、羅刹七人衆のひとりカラスマが吠えたてた。

 

「何をしている黒毛に赤毛。早く戦え!」

 

 彼の三度は言わん、という脅しにケンシロウとユダが互いを敵として構えだす。

 怪しい動きはさせんという無言の圧をかけるべく、ツキヒグマやテンキボウ、ゲンムサイが彼らの周りに展開する。

 それぞれの妙技を発動させるべき絶好の間合いを准将たちは心得ている。

 

「わしの指令ひとつでこの小僧は喉を裂かれ、爆破で砕け散る。うぬらがいかなる使い手であろうと殺される前に小僧だけは道連れにしてくれよう」

 

 カラスマが台詞を言い終えた瞬間、北斗神拳と南斗紅鶴拳の伝承者が地を蹴った。

 先手を打ったのは絶影の異名がある男だった。

 

「ふっ」

 

 凄まじい斬りこみの双撃を両手でいなしたケンシロウが頬に走る切り傷のなか、珍しく笑みを受かべている。

 おあたぁという掛け声とともに拳を打ち上げた。

 仰け反って逃げた相手のがら空きの胸に北斗神拳奥義、北斗天勢撃(てんせいげき)を放つ。

 さらに大空に舞い上がった鶴は弧を描いて追撃の波動すらかわし、華麗に着地した。

 

「……あれを無傷でしのぎ切るとは」

 

 頬に走る傷に手をやり、ケンシロウが眉を寄せる。

 それに対しマフラーとマントを風に靡かせる男は、一本指を何度か振っている。

 あろうことか正統伝承者に対し、甘い攻勢だと告げているようだった。

 北斗の男が深淵なる闘気を貯めている。得難い敵だと再認識したようだ。

 

「わが宿敵が己より強いといわしめる美しき鶴。一度戦いたいと思っていた」

 

 普段は不愛想な男が楽し気に拳を持ち上げてそう告げる。

 北斗の拳からは血しぶきが舞っている。

 いつ斬られたのかわからぬ。ケンシロウは武者震いのなか呟いた。

 

「奴ら、本気か」

 

 再びぶつかり合うケンシロウとユダを、シャチが愕然としながら眺める。

 人質を取って余裕が出てきたのか、准将たちも一息つきながら戦いを見守る。

 カラスマが喚き散らすゲンジュにうるせえと拳を叩き込んでから言った。

 

「なかなかどうしてやりおるが……それにしても地味じゃのう」

「むっ見ろ、きゃつらが交錯するぞ」

 

 歌舞伎役者のような外見のゲンムサイが指をさす。あたあと吠えたケンシロウの蹴りを無言のユダが同じような蹴り上げで遮った。

 

「脚での押し合いか。しなやかに見える赤毛が不利だが」

 

 僧兵のような風体の大男、テンキボウが呟くと、手首の治療を自ら施したツキヒグマが拮抗しておるぞと意外そうに実況する。

 皆が剛のケンシロウが競り勝つと思っていたようだ。

 押し出せぬ状況に当事者である黒髪の男があえて引いた。

 

「ケンシロウのフェイントで赤毛が態勢を崩した?! そのがら空きの顔面に膝蹴りを」

 

 シャチの解説の間に状況は変化する。

 膝蹴りを繰り出そうとした北斗神拳伝承者は、途中で膝込みの腕の十字受け、という防御に変えていた。

 南斗紅鶴拳の肘撃ちという鋭鋒を受けケンシロウが後ずさる。

 かくして睨みあいの様相になった。

 

 郡将シエが目にも止まらぬ応酬だが地味すぎるガニ、と嫉妬紛れに毒づいた。

 シャチも思わず頷く。羅刹七人衆の四将でさえ大きな気のぶつかり合いがない戦いに、奴ら肉弾戦に終始するつもりかと疑っていた。

 

「終始組手では退屈だ。双方とも気を使えぃ」

 

 忍者装束の小兵のカラスマが唾を飛ばし、そう叱咤した。

 その声にケンシロウがわずかに苦笑し、懐から予備のサングラスを取り出して言う。

 

「奴らにはあの鍔迫り合いがただの組手に見えるようだ。誰が見てもわかりやすいようにとの仰せだが」

「……度し難い」

 

 口癖を放ち、ユダが構えを変えた。ケンシロウが驚愕するのも無理はない。

 その型は北斗神拳秘伝、聖極輪であったからだ。

 異様なその型に、当事者以外が本気になったかと身を乗り出す。

 ケンシロウがなぜその秘伝を南斗が仕掛けると表情で語っている。ユダが静かに返答した。

 

「読んで字の如く。聖極とは南斗宗家の異名……北斗がそれを編み出したというのは笑止というもの。一味違う虚実を見るがよい」

「?!」

 

 ブオっと風が吹いた。

 鶴歩斬掃(かくほざんそう)という技を繰り出したユダはすでに拳を引いている。

 しかしその後で発生した衝撃波は無数の龍の牙となって北斗の男に襲い掛かろうとしていた。

 そんなケンシロウはすでに目を閉じている。

 黄金の髪の好敵手が赤毛の背後に見える。

 迫る千本の貫手はまるで南斗千首龍撃だ。

 北斗神拳伝承者は好敵手に対する返答を口にする前に、両眼がかっと見開いていた。

 

「北斗天魁千烈掌(てんかいせんれつしょう)

 

 心底が読めないユダはともかく、少なくともケンシロウ自身は虚実の戦いにおいても本気であった。

 南斗の気の突撃を闘気弾で打ち崩し、それを霧散させてから放つ最後の掌底は実の拳と波動の合わせ技だった。

 赤紫のマントの持ち主が風に巻かれて吹き飛んでいく。

 広い城塞の壁に激突し、ようやく動きを停止させたユダが地に崩れ落ちた。

 全身に切り傷が走っていたものの、北斗の男は勝どきを上げるように拳の骨を鳴らして羅刹たちを見た。

 

「ほほう。サングラス野郎め。相打ちかと思えば……二段構えの剛拳で赤毛をの虚と実体を押し飛ばしおったか」

 

 カラスマがそう独語して拘束していたゲンジュを突き飛ばす。

 石壁が崩れるほどの衝撃を受けた主を窺い、そばかすの青年がそんなバカなと両膝をついて俯いた。

 

「フン、そう嘆くこともあるまい。お前もすぐ黄泉路に就くことになる」

 

 ゲンムサイが長い黒髪を揺らして小太刀を振り上げた。

 シャチが叫ぶ。

 

「約束を違えるつもりか羅刹ども!」

「甘いことを抜かすわ若僧め、うぬも死ねい」

 

 僧兵姿のテンキボウが棍棒を振りかぶる。しかしゲンジュとシャチの間に何者かが割って入った。  

 ゲンムサイともども、二人の准将が動きを停止させた。

 ケンシロウが片手で小太刀を、そして棍棒を受け止めていたからだった。

 

「うぬ?!」

「その傷でここまで早く動けるか」

 

 剛力を誇るテンキボウが顔を真っ赤にさせて力むなか、歌舞伎役者のような男前のゲンムサイが鋭い歯を剥く。

 そのときだった。

 敵の黒髪の男のサングラスに何かが映った。

 その持ち主がかの姿を横目に見ながらうっそりと告げる。

 

「さすがは羅刹七人衆。天破活殺の点穴が効くまでにここまで時間がかかるとは」

 

 テンキボウとゲンムサイが驚愕の目を見開く。あのときの閃光かっと双方は内心で思ったが、口に出すことはなかった。

 背後から壮絶にすぎる気合を感じたがすでに体は動かない。

 曇り空のなかでも()える美しき鶴が羽ばたくのを眺めるばかりだった。

 

「なにににににガニぃ?!」

 

 郡将シエの素っ頓狂な声がする。飛び上がった南斗の男にすぐさま応じたカラスマとツキヒグマの攻撃が空を切る。

 

「南斗鶴翼迅斬(かくよくじんざん)

 

 空を切り裂く鋭い音がする。

 小兵のカラスマと巨体のツキヒグマを瞬斬したユダはそのまま急降下し、秘孔を突かれて動けなくなったテンキボウ、ゲンムサイの間にふわりと着地した。

 北斗の奥義で瀕死になったと思われた南斗の拳士が優雅に立ち上がる。

 軽い打撲の跡はあっても剛拳を叩き込まれたとは到底見えぬ姿がそこにはあった。

 ケンシロウの言葉には隠し切れない悔しさが滲んでいる。それが声色にも表れていた。

 

「奴らの動きを封じるまで……秘孔が効くまでに、なんとかお前を倒しておきたかったが」

「本気で殺りあい、相手を惑わせるが南斗の聖極輪。仮死状態でごまかせるほどこやつらは未熟ではない。天魁千烈掌は演技ではないと思わせるに十分だった。北斗神拳は使い手ごとに特色があって興味深い」

 

 赤紫のマントをばさりとめくりあげ、ユダが楽しそうに告げた。その瞬間に大柄な二人の羅刹、テンキボウやゲンムサイが血煙を上げて倒れゆく。

 

「ひ、ひとりで四人の羅刹を二撃で殲滅?! なんなんだあの赤毛ェ……ありえん強さガニ」

 

 恐慌状態だったシエがそれでも我に返り、呆然とするシャチと生気が蘇ったゲンジュに駆け寄る。

 郡将としてせめて二人の首をと思うのは当然のことだった。

 一歩踏み出したユダの肩にケンシロウが手を置く。

 

「今度はオレの番だ」

 

 暗殺拳の伝承者が一瞬にしてシエの背後に到達した。

 カニの化身のような恰好の郡将の脇腹を突き、動きを止めてから脊髄に致命の秘孔を打ち込む。

 准将たる羅刹には相応の時間を必要としたものの、シエに対しては速攻で北斗神拳の必殺が炸裂していた。

 

 気ではなく実の拳で突いたためだ。

 

 シエの巨体は内部から破壊され、爆発して地に倒れ込んだ。

 生き延びていた一部の仮面の修羅たちが上司の全滅を見て、我先に城外へと逃走を開始していく。

 それを見送ったケンシロウがシャチとゲンジュを助け起こした。

 

「い、今のは北斗神拳の」

「北斗崩背撃(ほうはいげき)。オレとラオウとでは北斗の拳でも(おもむき)が違う。奴の巨大な気に比べればオレなど蟷螂に等しいが」

 

 思わずシャチが押し黙る。

 その気になれば闘気を操ることができるケンシロウの自負を感じ取ったようだ。

 それをよそに、人質になった不手際を恥じ、ゲンジュは平伏して主に詫びていた。

 

「申し訳なく……南斗秘伝の聖極輪でユダ様にお手数をかけるなど」

「そんなものは存在せん」

「は……えっ?」

「あれは北斗の秘伝。奴の少しばかりの本気を見てみたかっただけの戯れだ」

「えええ?!」

 

 くるくる巻きの金髪の若者が尻もちをついて主君を見上げた。

 戯れかどうか、まだ若いゲンジュには判別しようがない。

 しかしこのお方なら独自の聖極輪を編み出しても違和感はないと彼は思った。

 嘘とも本当ともとれる強敵の台詞を聞いたようで、ケンシロウが憮然としながら歩み寄ってくる。

 

「実際にあるべき奥義だと思わせるのが絶影の凄絶さというところか。天魁千烈掌すら見切る。与えたダメージはあえて壁に激突した打撲のみとは」

 

 軽傷だということは否定せず、ユダがわずかに口角を上げる。

 ケンシロウは舌打ちを放ちかけ、それを紛らわせるために首を振った。

 

「南斗紅鶴拳の真髄は未だ計れず、わが奥義の見切りをを与えてしまう……なるほどラオウが手こずるわけだ、食えぬ男め」

「そうでもあるまい。私の千の牙を凌いだことは次に生きる」

 

 ユダがさっとマントを翻し、ゲンジュを連れて城門の外に出ていく。

 シンとの再戦に向け南斗最強の男に稽古をつけられた、と悟ったケンシロウがなんともいえぬ表情でその背を見送った。

 ここで異色の二人が別れることになる。

 

「おい行くぞシャチ。今から向かう第三の羅将のもとにあんたの探し物がいるかもしれん」

 

 ゲンジュの呼びかけに北斗琉拳の拳士がレイア、と想い人の名を口にしながら立ち上がる。

 奴なら疾風のあの髭男を倒せるかもしれぬ、という希望を抱いた彼は、馴れ馴れしい若者と底が見えぬ赤毛の後を追った。




北斗天勢撃。北斗崩背撃。北斗が如くのケンシロウの奥義。
北斗天魁千烈掌。北斗無双の奥義。
鶴歩斬掃。スマホなどの携帯ゲームでのレイの奥義。名前からしてユダに差し替え。
南斗鶴翼迅斬。北斗無双のレイの奥義。鶴が入っているのでまたもユダの技に差し替え。
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