聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十一話   龍炎斧(りゅうえんふ)

 羅将の城へ至る最終防衛ライン。

 すでに国中に指名手配されている三人が群将の拠点に正面から堂々と侵入を果たしていた。

 指一本で鉄条門の施錠を斬り落とした赤紫のマントの男の相変わらずな大胆さに、若い北斗の男、シャチが呆れたように言った。

 

「おいユダ。何の策もなく闘神の元へたどり着けると思っているのか」

「……とは?」

 

 代わりにそばかすの従者、ゲンジュが問い返す。

 どうしようもない奴らだといくつか年上のシャチが毒づく。

 

「ここはまだ前衛だが、それですら一国の軍隊を相手にする覚悟が必要だ。今までの奴らとは次元が違う」

「反逆の徒を自認するのならお前こそ覚悟を決めよ。前哨戦で怖気づいてどうする」

 

 南斗焔浄拳(えんじょうけん)の青年拳士がそう答えながら牙を剥く。

 やがて崩れた門の瓦礫を乗り越え、無数の仮面と対峙する。

 先手を仰せつかった彼は両手から炎の闘気を放出させ、飛龍と呼ばれる奥義で何人かの修羅を蹴散らしていた。

 

「多勢に無勢、最初から死ぬつもりだなあの若僧」

 

 乱戦のなかでゲンジュを窺い、シャチが冷たく言い放つ。

 その主人といえば、そんな配下の奮戦をしばらく眺めていたものの、名と素顔を許されぬ集団のとある一点に視線を移した。

 

「ハンの陸戦隊相手では……そう長くはもたんぞ、あやつ」

 

 血煙のなかのゲンジュを見て顔をしかめたシャチがスン、という空を切る音を聞き、駆け寄ろうとした足を止める。

 

「南斗紅鶴拳、伝衝裂波……か」

 

 何度見ても見慣れるものではないとシャチが呟く。

 絶影の拳が黒山の修羅たちを一気に斬り裂いた。

 それと同じくして美しき鶴が舞う。

 裂波の威力で人波が割れた。左右に逃げ惑う仮面らをよそに、静かに降り立ったユダが潜むようにして身を隠していた一人の修羅の前で足を止めた。

 

「あ、あれは?!」

 

 辮髪の仮面の男の姿を確認したシャチが思わず声を荒げて砂蜘蛛! と叫んだ。

 

「……わが父が率いる海賊団を半壊させた修羅……!」

 

 銀髪を逆立て、彼が辮髪の仮面に歩み寄る。

 砂蜘蛛といえば怒りに震える相手を一瞥し、赤毛のほうに目を向けている。

 

「気配を消していたのだが……なぜわが前に立つ?」

「そのほうだけが別格見える。そして私に対する物見、誰に頼まれた?」

「フン」

 

 砦の中の広場を埋める修羅たちのなかでも、彼の持つ雰囲気は異質すぎた。

 その持ち主が鼻で笑い、背中から二つの棍を抜き放つ。

 

「このオレの武威がわかるか……めざといな赤毛。ここの群将だった修羅はブタだ。あれではキサマを迎撃できまい」

 

 砂蜘蛛が言ったブタとはシンに倒されたギュウコのことだった。

 

「シエと羅刹四人を倒した手腕を見せてみよ侵入者。首を刈り取ってハンへの手土産にしてくれる」

「第三の羅将を呼び捨てとは……お前もあやつに翻意があるのか」

 

 憤然としながらシャチが口を挟む。

 配下の仮面が散らばるなか、その異質な男は同年代の男を見ずに答えた。

 

「いつでも首を掻き切ってよいと言質を取っている。それまでは奴の目を演じるのみ」

 

 双棍を両手で持ち替え、ぺろりとそれを舐めた辮髪の男が一気に間合いを詰めてくるシャチを迎え撃つ。

 しかし北斗の拳の一撃は、収縮自在の棍で軽くかわされた。

 上空からブランコのように舞い降りる相手の蹴りを避けきれず、シャチが肩に裂傷を負う。

 転がり回った彼が見上げたときには、眼前に砂蜘蛛が降り立っていた。

 

忍棍妖破陣(にんこんようはじん)

 

 横からの薙ぎを防御したシャチだったが、もう片方の棍に右胸を突き入れられ、芝生の上を滑りながら吹き飛んだ。

 

「ぐっ」

「遅い」

 

 空からの踵蹴りを側頭部に食らい、さらにもんどりうって倒れる。

 

「ほ、北斗琉拳を修めたおれが武器術ごときに……!」

「いかに我が国の頂上拳であろうと、にわか仕込みでは羅刹には通じん。未熟者は引っ込んでおけ。わが望むはそこの赤毛なる首……先日金髪には油断したが、今度はそうはいかん」

「舐めるな!」

 

 血の唾を吐いたシャチが飛び蹴りを放ったが、伸ばした棍で打点を高くした砂蜘蛛の回し蹴りを食らい、三度芝生に叩きつけられた。

 

「この武器と蹴撃の連携は変幻自在、お前には見切れまい。黙ってそこで転がっておけ」

 

 視界の端に映る若い青年、ゲンジュは未だに奮闘している。

 その彼が無言の圧で主の元へ行かせまいとするのを砂蜘蛛は悟っていた。

 小生意気な小僧に急接近しようとした彼がガクンと態勢を崩す。

 

「な、っに?!」

 

 鍛え上げられた硬質の棍がスライスされ、バラバラになって地に落ちた。

 降り立った砂蜘蛛が優雅に立つ赤紫のマントの男に気づいたとき、その瞬間、辮髪の男の仮面が飛散した。

 

「……いつの間に」

 

 驚愕の表情を浮かべ、素顔を現した砂蜘蛛がこめかみに手をやった。

 そこからは血が滴り落ちている。

 震えながらこぶしを握った彼がズアア、という闘気を放って二本指の拳の構えを取った。

 

「クク赤毛め……修羅の血を(たぎ)せてくれるわ……! その首、ハンよりも第一の羅将へと届ける価値がありそうだ」

 

 手甲についた血を舐める男の血走った目を見て、ユダが告げた。

 

「目を自認するお前にも目がつけられている。どうにせよそのほうは羅将とやらの遊び道具に過ぎぬと、いつ気付くのか」

「?!」

 

 辮髪の修羅が建物の中からキラリと光る望遠レンズを見つけ、しばし呆然としたあとで敵に向き直った。

 

「うぬの白い肌を髪のように赤く染めてやる……! 金髪といい、南斗とやらはどいつもこいつも不愉快な存在だ」

「いい加減に認識しろ、おさげ髪。お前などユダ様の敵ではないということを」

 

 大勢の仮面たちと互角の勝負を繰り広げる若いそばかすの拳士が叫ぶ。

 主人の様子を窺いつつ知り合いになった北斗の男の名を呼ぶ。

 

「おいシャチ! やられっぱなしでは北斗の拳士の沽券に関わるだろう。手を貸せ」

「虎の威を借るそばかすめ。主だけではなくおれに助力を求めようとは」

「お前や僕一人ではこの砂蜘蛛とやらには敵わん。だが二人なら」

 

 言いかけたゲンジュが飛びのいた。無数の暗器が彼のいた場所に炸裂した。

 十人ほどの仮面の修羅たちが上官の奇襲に巻き込まれ、血煙を上げて崩れ落ちていく。

 

「小僧~……数々の暴言、もはや生きてここを逃げることすらかなわんぞ」

「フン」

 

 南斗の若い伝承者の頬に、数本の傷が走った。

 煽る相手が上級修羅だということで、ゲンジュは決死の覚悟で千手魔破という奥義を(かわ)していく。

 

凡羅破魅陀(はんらはみだ)亜仏弟斗羅(あぶてとら)

 

 その呪文のような何かを聞いたシャチが血相を変え、膝をつくゲンジュのほうへ飛んだ。

 二人が背を向けあい、構え直す。

 

「バカめが。あの男を本気にさせたな。死にたいと見える」

「……奴はどこに」

「芝生の隣にある砂地に潜った。修羅忍道を発動させたことは褒めてやるが、それで討ち死に確定とは笑えん」

 

 年が近い若手の拳士二人のなかで、黄金のチリチリ髪がなるほどと頷き、そして言った。

 

「プライドの高そうなあのおさげ髪が本気になった。ならば狙うは雑魚ではないな」

「なに?」

「僕やお前じゃない」

 

 ゲンジュが他の修羅に蹴りを入れた。

 シャチが油断なく構えながら、地中に潜んだ大敵の気配を探る。

 離れた位置の砂地がドッと盛り上がった。同時に従者が主人の名を叫んだ。

 

「ユダ様!」

 

 パラパラと砂の欠片や粒が落ちる音がする。

 破魔砂蜘蛛(はますなぐも)と呼ばれる奥義で地中に潜ったはずの辮髪の修羅が、襲い掛かろうとした標的に首元をつかまれて持ち上げられていた。

 

「す、砂の中で気配を断った奴の居場所を一瞬で察知したのか?!」

 

 シャチが度肝を抜かれながら感嘆の声を上げる。

 仮面たちを殴り飛ばしながら、中背の砂蜘蛛を持ち上げる長身の赤毛を眺めていた。

 何度目か忘れたほどだが、その驚愕はいちいち目新しいものだった。

 

「細身に見えるがあの男、なんという膂力(りょりょく)だ……砂蜘蛛ほどの修羅を軽々と掴み上げて平然としてやがる……」

「絶影の拳を奮うにはしなやかさだけではなく、剛力も必要だ。あのお方は速さと力の均衡においても南斗の頂点に立つ。お下げ男の児戯など何一つ通用せん」

 

 首を掴まれた辮髪の修羅が必死にもがくのを見て、ユダはそれを放り投げた。

 着地して低い体勢になった砂蜘蛛は口から血を吐きつつも、憤怒の形相で海外からの侵入者に呪詛の言葉を吐いていた。

 それを涼しい顔で聞き流したユダが配下にこれでよいか、と問いかける。

 若い南斗の拳士が礼を施し、あとはお任せくださいと返答しながら残った仮面を斬り捨てていた。

 

「きさまぁ、どこへ行く?!」

 

 激昂する砂蜘蛛が背を見せる相手との距離を詰める。だがそこに割って入ったゲンジュが彼の蹴りを十字受けで防いだ。

 後退しながら表情を歪ませる青年は、狂気を孕む敵の凄まじい気当たりを受けきったことで、改めて笑っていた。

 

「若僧ぅ……!」

 

 砂蜘蛛が歯噛みをしつつ、近未来な巨大建築物、すなわち第三の羅将の居城に去っていく赤毛の後姿を見送る。

 背後にシャチが控えていたからだが、さんざん虚仮(こけ)にされたことで、標的はすでにゲンジュに変わっていた。

 

「この世に肉片ひとつ残さず滅殺してくれる!!」

 

 怒りで威圧を増したそれに押され、ゲンジュが冷や汗をかきつつも迎撃の型をとる。

 自分には到底及ばぬ相手ながら、主人がその強者の一点を衝いたことを彼は見ていた。

 死中に活ありとの確信を持って大敵と対峙している。

 砂蜘蛛の背後を取りつつも腕を組んだままでいるシャチが呆れて言った。

 

「お前まだ生きて帰れると思っているのではあるまいな。おれは助けんぞ」

「その必要はなくなった。アキレス腱を衝かれたあれ相手に、未熟者の手助けなどいらん」

「ガキめいきがるな!」

 

 飛び上がった羅刹が利き手に闘気を(たぎ)らせて突きこんできた。

 その凄まじい勢いは回りに衝撃波生んでいる。当たり判定はゲンジュの身体を包み込むほど大きい。

 

毒蜘蛛手刃滅把妖牙(どくぐもしゅとうめっぱようが)

 

 秘奥義ともいうべき砂蜘蛛の突撃が砂地を大きく波立たせた。また地中に潜る相手の気配は一瞬で消えていく。肩口から裂傷を受けたゲンジュが辺りを見回している。

 

「致命傷は避けたか。だが次の一撃で終わりそうだな」

「僕が倒れたら次はお前だ。余裕ぶっているのは今のうち」

 

 形相は必死ながら我を失わない青年に、シャチが死人の心得かと悟る。

 怪我をものともせず、ゲンジュは地中の中に爆炎の奥義を撃ち放った。

 

「南斗焔浄拳(えんじょうけん)龍炎斧(りゅうえんふ)

 

 ボン、という音がした。砂の中で蒸されたような強敵が悲鳴を上げながら飛び出してくる。

 

「こしゃくな真似を!!」

 

 高所からの利で、今度こそ必殺の間合いを掴んだ砂蜘蛛の滅把妖牙が火を噴いた。

 両手を伸ばし、地中に炎の気を送っていたゲンジュがその構えのまま、砂地を抉るように炎を斬り上げていく。

 砂塵のシャワーで標的を見失った辮髪の修羅が垣間見たのは、斬り上げたそれが上段から打ち下ろされる光景だった。

 だが炎の斧は砂蜘蛛の手刃によって一瞬でかき消された。

 

「ぐぁ……」

「その程度の炎舞では死ねんなあ。だがこの身を焦がしたことは(ほまれ)とせよ」

 

 二度目の妖牙によって芝生まで吹き飛んだゲンジュにとどめを刺すべく、砂蜘蛛が突進していく。

 だが視界の端に映る長い髪の男の存在に目を見張った。

 

「おれを忘れていないか、わが仇」

「きさま……!」

「父を不能にし、百人の船員を皆殺しにしたお前は殺すリストの最上位にいる。あの若僧を矢面に晒しておいて正解だったな。まんまと油断しおって。北斗琉拳、羅刹天魁(らせつてんかい)

 

 双腕のラッシュと右脚の打撃が砂蜘蛛の側面に連続して命中した。

 フィニッシュとばかりにシャチの回転蹴りが放たれたが、その足の上に手を乗せて倒立し、鋭鋒を凌いだ羅刹七人衆のひとりが、血まみれのなかでくかかと高笑う。

 彼の両足が相手の首にかかった。

 

「うぬ?!」

「そのそっ首ねじ切ってくれよう」

 

 (ひね)りを加えようとした羅刹の血走った目がかっと見開かれた。

 

「……?!」

 

 シャチの肩を踏み台にし、跳躍した砂蜘蛛が苦悶の表情で着地する。

 赤い衝撃が消えていった方向へと向き直った途端、彼は胸を押さえて吐血していた。

 

「あ、やつ……あやつ……! あのときの瞬斬かあっ」

 

 バチバチという音がして、辮髪の修羅の体が一文字に斬裂が入っていく。

 首をねじ切られかけたシャチが喉元を抑えながら、憎々しげに呟いた。

 

「あれを持ち上げたとき……ユダはすでに致命の一撃を入れていたのか」

「かっ……ばは」

 

 修羅忍道の伝承者が口から血を吐きながら、苦悶の形相で両断されていく。

 

「……砂蜘蛛ほどの男を片手間に倒すなど……羅将以外にありえん」

 

 シャチがそう独語する間に、芝生の上でよろめきながらゲンジュが身を起こした。

 主君の置き土産がなければ死んでいたと自覚するそばかすの若者は、無念で顔を歪めながらも両手に炎の気を纏わせていく。

 

「ここまでお膳立てされておいて、やられっぱなしでは終われん!」

 

 両腕を合わせたゲンジュが切断寸前の砂蜘蛛に龍炎斧(りゅうえんふ)を叩きつけた。

 炎のなかでもだえ苦しむ修羅の国きっての使い手は、うぬら小物どもに負けたわけではない、と断末魔を放つ。

 

「あの赤毛さえいなければ……いなければああああぁああ!!」

 

 体を二つに裂かれた辮髪の男が砂地に転がり燃えている。

 シャチもゲンジュ同様、二人がかりでも倒せなかった恐るべき仇を見下ろすも、その顔色は蒼白だった。

 

「す、砂蜘蛛がやられた……!」

 

 強力な長が倒れると秩序を失くして霧散していく、という仮面たちの行動はいつものことだ。

 その彼らの後を追いかける双方の足取りは重い。

 

「あの男の絶影の拳……確かにハンに匹敵するのかもしれんな」

 

 シャチの台詞を聞いている南斗の若手に反応はない。

 自分の不甲斐なさのなかで、彼の見込み違いを訂正する必要はもうないと思っているようだった。

 ハンとやらのもとに行けば全てがわかる。

 鎖国ゆえ独特なデザインの第三の羅将の城から轟音が聞こえてきた。




羅刹天魁(らせつてんかい)。北斗無双のシャチの奥義。
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