聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十五話   魔人

 修羅の国を統べる第一の羅将の城は、絢爛豪華なハンの城とは違い、見た目は石造りの塔にしか見えない地味なものだった。

 そんな古い塔の支配者が縞模様のような防具を纏った配下の影、ゼブラからの報告を受けていた。

 

「羅将ハンが敗れました。奴は死に際に、改めてラオウ襲来の報を告げる赤い水を放出するよう命令したようです」

「……」

「それより(さかのぼ)りますが……東海岸を防衛すべき郡将どもの大半が幾人かの侵入者によって倒されております。これは建国以来のゆゆしき事態かと」

 

 玉座に腰かける巨躯の男は全身を黒い鎧で覆っている。

 常時放出される魔闘気を抑えるためだった。

 魔界とよばれる境地を極めたその存在は、口から煙を吐きながらゆっくりと立ち上がった。

 

「ついに来るか……わが弟よ」

 

 洞窟のような堂内の空気がさらに冷えたような気がした。

 少なくともゼブラにはそう思えた。

 

 しばらくたってから迷路のような通路からこの広間に入ってきた者がいる。

 ゴーグル付きのハーフヘルメットのような兜、この城の主にも劣らぬ剛体を誇る人物だった。

 鎧姿の魔人に長揖(ちょうゆう)の礼をとる男は准将バルコム。

 カイオウ陸戦隊の将軍である。

 羅刹七人衆の長でもある男は報告ついでに、東華八盾の長カイゼルを撃破した拳法の名を告げた。

 

「南斗極聖拳(きょくせいけん)……」

 

 黒兜の奥の目が光る。斗を(つかさど)る拳法、表裏一体のそれを知らぬカイオウではない。

 だが魔道の拳と虐げられてきた彼の憎悪の矛先にあるのは、やはり北斗神拳だった。

 

「ハンが倒れたことは知っているか、バルコム」

 

 ゼブラの問いかけに熊のような出で立ちの髭面が聞いたばかりだと頷く。

 

「その使い手も南斗らしい」

 

 無言で驚く准将に、第一の羅将が軽く手を振る。

 南斗の侵入者の始末は任せると下知され、バルコムは膝をついて命を受けた。

 しばらく魔人陸戦隊の一部を預かり受けますと言い残し、准将最強との呼び声が高い拳士が去っていく。

 利害の一致により、短時間で目論見を果たしたバルコムを見送り、長身痩躯の影が復讐の鬼だなと呟いた。

 

「ゼブラ」

「はっ」

 

 鎧兜の魔人が馬を引けと言いながら、黒いマントを手に取った。

 

「ラオウ伝説……(おん)自ら粉砕するおつもりで」

 

 修羅の国を統べる存在はかつて弟と交わした約束を果たすべく出陣する。

 しかしその相手がまさか憎悪してやまぬ拳法の正当伝承者であろうことは知る由もない。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 修羅の国内はすでに大部分が混乱の極にあった。

 赤く染まった川の意味を知るボロに扮した不満分子たち、彼らが一斉に反旗を翻したからだ。

 

 第三の羅将や准将群将たちが倒され、その体制に綻びができた隙を狙うのは、何も彼らだけではない。

 空席になった地位に就こうとする修羅が武勲を立てようとして、独自に各地の反乱を鎮圧して回るのも、また当然の成り行きだった。

 

 そんなボロたちの蜂起に対し、ジェノサイドで対応した修羅の軍団がいる。

 仮面を外し、名を許されたその男はブロンといった。

 巨大ブーメランを操る巨漢は反乱したとある村を撫で切りにし、逃亡した連中を砂漠に追い詰めて止めを刺そうとしている最中だった。

 だがブロンと配下たちの前に邪魔者があらわれる。

 去り際の駄賃とばかりに彼らはその邪魔者たちに襲い掛かったものの、修羅たちは一瞬にして返り討ちにあっていた。

 

「てめぇら…なにモンだ……?!」

 

 仮面の数人をひとりで倒した銀髪の青年はブロンの問いに答えず、彼らが引き立てていた女たちを眺め、どこへ連れていくつもりだと尋ねた。

 

「反逆者の親類は皆殺しだが見目好い女は別だ。これらはカイオウに献上する」

「……そのなかにレイアという女はいたのか?」

「はぁ? 知らんなぁ。しかしいい女なら無事でいるはずがねえ」

 

 区将屈指の猛者の台詞でシャチが長い髪を逆立てる。

 ぶははと哄笑する彼のブーメランを避けた北斗琉拳の拳士だったが、戻ってきた長大なそれを二度(かわ)したところで、ブロンの横薙ぎの蹴りを受けた。

 飛ばされたシャチが踏ん張って砂地に手をつき、連れの男たちを窺う。

 そばかすの青年、ゲンジュは仮面たちを炎にまいていた。

 金髪と赤毛、南斗の双璧といえば、あさっての方向を眺めてから視線を交わしているところだった。

 

「気のぶつかり合いか。片方には覚えがある」

 

 赤毛がそういえば、金髪が無言で頷く。

 以心伝心の二人は少年タオを守れと言い残して背を向けた。

 

「逃がすかっ」

 

 シンとユダを狙い撃ちにするために武器を掲げたブロンの前に、ゲンジュとシャチが並び立つ。

 シャチが憎々し気に言った。

 

「お前の主、なかなか厳しいな。この人数の仮面と区将のなかに置いてけぼりか」

「この程度の敵を蹴散らせないでユダ様のお供はできん。あんたもいることだしな」

 

 チリチリ金髪の若い南斗の拳士が仮面を斬り裂いてから仰け反った。

 危うくブーメランに真っ二つにされるところだった、と冷や汗を浮かべている。

 

「……まあいい。ブロンはオレが倒してやる。雑魚を処理しろ」

「了解した」

 

 自分との力量差を素直に認めたゲンジュの返答に少し驚きながら、シャチは武器術の達人と対峙する。

 羅将には到底及ばぬものの、区将ごときに後れを取るようでは羅刹は名乗れない。

 

「半殺しで済ませてやる。カイオウの城に案内してもらわねばならんからな」

「ほざけ若僧が!」

 

 軌道の読みにくいブーメランをかろうじて足で蹴り上げたシャチが、二撃目の暗器を避けてブロンの懐に飛び込んだ。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

「なんという弱さか。これが北斗神拳伝承者か」

 

 全身鎧に包まれた第一の羅将はそう吠えて、憎き拳法の使い手の体を掴み上げた。

 ラオウを迎撃するつもりがやってきたのは別の男だった。

 

 出会った瞬間、カイオウの武威を肌で感じたケンシロウは、会得したばかりの無想転生を繰り出したが、暗琉天破によって技の発動を防がれ、暗琉霏破(あんりゅうひは)を受けて叩き伏せられたのだ。

 

 その後もケンシロウの拳撃は全て通じなかった。

 再度暗琉霏破を食らって昏倒した正統伝承者を掴み上げたまま、カイオウがその体を圧し潰そうとしたときである。

 

 北斗神拳の血など一切残さぬと告げた魔人が何かに気付いて振り返った。

 ケンシロウに倒された陸戦隊の屍を越えて、見知らぬ何者かがやってくる。

 

「あれは……」

 

 ゼブラがヘルメットの下の目を細めてその影を眺めた後、主人を窺った。

 ケンシロウを片手で持ち上げながら、黒い鎧の羅将が片手を振り上げる。

 それが魔闘気の放出だと知っている縞模様の影の男は慌てて退避し、岩陰に身を潜ませた。

 カイオウの魔闘気が空を裂き、硬い岩盤を抉る。周囲は砂塵に包まれた。

 

「うおっ?!」

 

 上空を見上げるゼブラの声で、カイオウが視線を標的に向ける。

 逆光のなかで浮かぶひとつの影、それが自分に向かって降りてくるのを見た。

 

「雑魚どもめ」

 

 兜の奥の両目が光る。

 手中のケンシロウを放り投げ、彼も飛び上がった。

 

「重なってひとつに見せるなど、小虫の考えそうなことよ」

 

 カイオウの見切りは正鵠を射ている。

 しかしながらもうひとつの影は己に向かってくるのではなく、昏倒しているケンシロウの傍に着地していた。

 

「ぬっ?!」

 

 魔闘気を再度繰り出す前に、修羅の国最強の男の腕は赤い髪の男の両手に抑えられていた。

 彼の白い手は鎧の隙間からもれる魔闘気に直接触れているにもかかわらず、焼け焦げぬどころか、振り払おうとしてもビクともしない。

 

「キサマ……」

「どす黒い……しかし赤みもある。初めて見る気だ」

 

 その男は第一の羅将の腕を力で抑えこみながら涼しい顔をしていた。

 自分から見れば小男であるその赤い髪の拳士と組みあいながら地上に降り立つ。

 着地した瞬間、カイオウが膝蹴りを見舞った。

 それを紙一重でいなした相手が後方に優雅に舞い降りる。

 魔人が大きく息を吐いた。

 ケンシロウを抱き上げる金髪の青年を一瞥してから赤毛に向き直る。

 この国では感じられない風が吹いたからだ。

 

「……今のは」

 

 風を繰り出したであろうその男が手を上げていた。

 同時に、ピシリと第一の羅将の兜にひびが入った。

 抑えられない内からの気圧でが兜が弾け飛ぶ。

 

 そこから魔闘気が沸き上がった。

 カイオウともあろうものが驚きを隠せず、額から流れる血をそのままに、赤紫のマントの男を凝視した。

 ユダは少し瞠目してから告げた。

 

「顔の傷以外はよく似ている。お前がカイオウか」

「うぬは」

 

 死合のやりとりを制されたのは初めてのことだった。

 怒気を発して魔人が一歩踏み出す。

 万全の態勢で撃ち放った魔闘気がユダに迫る。

 だが赤毛の拳士は二本指の両手で暗琉霏破(あんりゅうひは)を受け止め、四本の指で中心から抉るように弾いてしまった。

 今度こそカイオウは驚愕した。

 ユダがマントを翻し、あえて背を向けたことで驚愕は怒号に変わる。

 

「どういうつもりか……!」

「気のみでは私は倒せん。拍子抜けだな北斗琉拳」

 

 後ろ手を振った赤い衝撃が自分の出番は終わったとばかりに去っていく。

 その背に飛び掛かろうとしたカイオウだったが、ゼブラの叫び声で足を止めた。

 

「カイオウ様!」

 

 振り返れば、金髪の男の傍で瀕死のはずだったケンシロウが立ち上がっていた。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

「わ、若僧ごときにこのブロンが……」

 

 上半身を砕かれた区将が両膝をつき、ゆっくりと倒れ込んだ。

 血の唾を吐いたシャチはそれに見向きもせず、仮面の修羅相手に奮闘しているゲンジュの救援に向かう。

 

「目算が狂ったなシャチ。半殺しではなく仕留めてしまうとは」

「気安く呼ぶなそばかすのガキめ」

 

 憎まれ口を叩きあう北斗南斗の拳士たちが同時に飛びずさった。

 双方とも異様な闘気を感じ取ったようで、半包囲の仮面たちのなかからやってきたハーフヘルメット、ゴーグルの大男を見て構え直す。

 

「奴は……」

「カイオウ陸戦隊の将軍、准将バルコム」

 

 ゲンジュの呟きに答えたシャチが舌打ちを放ち、こめかみの汗をぬぐい取った。

 

「逃げる準備をしておけそばかす」

「なに?」

「あれに遠く及ばんお前をかばって戦えるほどおれも余裕がない」

 

 はっと気づいたシャチが、いつの間にか修羅に捕らえられた少年の名を呼ぶ。

 

「タオ!」

「レイアという女はわしが預かっている。返してほしくばキサマらの連れの金髪の男を連れて来い」

「……連れの金髪? シンのことか」

 

 返答したゲンジュが今にも飛び掛かろうとするシャチを押しとどめているうちに、バルコムが配下からの報告を受け、そのまま繰り返していた。

 

「カイオウ様が撤退した……?」

「北斗宗家の幻影を見た、と言い残して数名の陸戦隊とともに城内に引き返したようです」

「……北斗宗家……北斗神拳のことか」

「ケンシロウとやらは倒したものの、南斗と名乗る赤毛や金髪の男たちに阻まれ、止めは刺せなかった模様」

 

 顔を見合わせるゲンジュとシャチをよそに、何やら思案した様子の准将が我らも引くぞ、と告げた。

 

「わが仇敵、金髪の男をわが城に呼びこむように伝えろ。さすれば女などに用はない」

「待て!」

 

 飛び上がったシャチにつられ、ゲンジュも跳躍した。

 去り際の大男の背に北斗琉拳と南斗焔浄拳(えんじょうけん)が炸裂したが、それは彼のマントを引き裂くだけで、肉体にダメージを与えることはできなかった。

 

泰山寺(たいざんじ)拳法気功術。そなたらの未熟な腕ではわしに傷一つ与えることはできん」

 

 二人が弾かれて仰け反った。バルコムが振り返る。

 

熊爪両断拳(ゆうそうりょうだんけん)

 

 ボボッという重低音とともに、ゲンジュとシャチが防具を砕かれて吹き飛んだ。

 二人はバルコムの剛拳で地に叩き伏せられ、立ち上がれずに腰砕けになっている。

 

「フン、奥義を使わせたことはほめてやろう若僧ども。このガキは連行する。シンに言伝することを忘れるな。それが生かしておく理由だ」

 

 気絶している少年タオを担ぐ仮面を連れ、准将バルコムが立ち去っていく。

 失態だと震えるゲンジュの声を聞きながら、シャチは意識をなくした。




泰山寺(たいざんじ)拳法。熊爪両断拳(ゆうそうりょうだんけん)
読みきり版北斗の拳に登場した拳法とその奥義。
アニメ版北斗の拳では大将軍バルコムの拳法。
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