第一の羅将の影であるゼブラは、主人の魔闘気が落ち着いた様子を窺って安堵した。
居城の玉座に座ったまま、まじろぎもしない鎧姿のカイオウに静かに問いかける。
闘神の幻影を無意識に放出したケンシロウに惑わされたものの、あのまま彼の首を取ることは不可能ではなかった。
何故奴を生かして逃したのですかという質問に、カイオウが斜め上空を見上げて足を組んでから答えた。
「……同じ宗家の血を継いでいる者があと一人いる」
「第二の羅将ですな」
「あの幻影を持つであろう忌まわしい存在ども……互いに戦わせ、同士討ちにさせる」
全て滅ぶがよいと呟いた彼が立ち上がった。
妹サヤカを殺してその罪をケンシロウにかぶせるためだ。
そののちに弟ラオウを倒し、大陸に攻め込み、己に大言を吐いたあの赤毛を屠る。
北斗神拳に加え、すでに南斗聖拳も滅殺の対象になっていた。
憎しみこそ北斗琉拳の真髄である。
低く笑う鎧武者の魔素が増幅していく。
マントを翻して去っていく魔人の禍々しい後姿を、ゼブラは恐れおののきながら見送った。
§§§§§§
ゲンジュが目が覚めたときには、同門によって手当てが施されていた。
この国で出会った同世代の男、シャチも同様だった。
その金髪の青年に幼馴染のようなそばかすの彼が問いかける。
「ユダ様はどこに」
「重傷のケンシロウの処置を任せた。奴が率いてきた船内で療養させる。その後は」
言いかけたシンを遮り、シャチが准将バルコムの言伝を告げる。
郡将カイゼルを倒した際、仇敵扱いされていると知っているシンはそれを受け、彼の城に向かうために小屋の扉に手をかけた。
当然のように若い二人も後に続いた。
「僕とシャチが二人がかりでもまったく歯が立たなかった強敵だ。それにあの男ならシャチの女を盾に無茶な要求をしてくる可能性もある」
ゲンジュの言葉にシャチが頷く。
「あんたを仇敵と呼んでいた。レイアやタオを悪用するのは必然」
その先にあるのは准将バルコムの塔のような居城だった。
§§§§§§
修羅の国、東海岸のとある港で停泊している二隻の巨大な帆船がある。
それぞれ頂く紋章は違っている。黒い船から出てきた巨漢と、赤い船に戻ろうとしている赤毛の青年とが出くわせた。
彼らの傍にはそれぞれ側近が
夕暮れの海を背景に、北斗と南斗の頂点の男たちが対峙するように波止場で向き合っていた。
北斗の男が口を開く。
「兄者に殺されかけたケンシロウを救ったそうだな。どういう酔狂か」
「あれは救世主ゆえ」
ユダの簡潔すぎる答えに眉を寄せ、ラオウが水平線を一瞥してから尋ねた。
「北斗琉拳はどうであった」
「……」
「包む必要はない、正直に言え」
腕を組むラオウが目を剥く。
赤紫のマントの拳士は長身だが、彼と比べれば小男に見える。
そんな美男子が忠臣のコマクの視線を受け、わずかに頷いてから告げた。
「相手を惑わせる妖拳。しかしいかに魔闘気を繰り出そうと、最終的には北斗神拳の真髄には
「……どういう意味か」
「惑う相手には誰かが愛を説かねばならん。それがお前かケンシロウかはわからぬが……私では倒すだけで終わる。筋違いというものだ」
涼しい顔でそう言い切った南斗紅鶴拳の伝承者に、ラオウの従者であるレイナが仰天せんばかりにユダを眺めた。
彼女はこの国の出身である。
闘神のなかでも最強と謳われる第一の羅将すら眼中にもない物言いを耳にして、つい口を挟んでしまった。
「魔人カイオウすら貴方の敵ではないと?」
「こりゃ、レイナ」
控えていたウサが叱咤する。主も同じように受け取ったようで、腕を組んだまま好敵手を見守っていた。
「敵ではあるのじゃろう。だがなわしも見たが、いかに闘気を極めようと実の拳のわが主を撃ち抜くことはできんよ」
「コマクか。ハンの魔界を見た程度でほざくな」
「女、お前こそユダ様を知るまい。赤い衝撃を食らった覇者を見るがよい」
妖星の忠臣であるコマクが肩をすくめて世紀末覇者を窺った。
レイナもラオウを見上げる。
当人は小物の大言を否定しなかった。その彼が鼻を鳴らして言った。
「このラオウならば……兄者を説き伏せることができると」
夕陽に輝く赤毛が揺れる。
そんな大敵のお墨付きのような表情を見て、北斗の長兄は口角を上げていた。
「小賢しい鶴め。うぬの見切りに応える形になるのは気に食わぬが……兄を救うのは当然のこと。この件に関してはケンシロウに任せるわけにはいかぬ」
ウサから手渡されたマントを羽織るラオウが、末弟に伝えておけと言い捨てて好敵手の傍を通り抜けた。
「あれが戦うべき男は血を分けた兄であるヒョウ。互いに領分を侵すべからず。行くぞ」
「ははっ」
小男と女剣士が巨躯の主を追いかけていく。
赤紫のマントの主を促し、コマクが船へと向かう。
その際やれやれと呟いた。
「ケンシロウは負傷からの回復が早いと聞く。ならば手厚い治療を施し、さっさと下船してもらうとしよう。今に至っては本国のほうが内乱気味の状況できな臭くなっておる。はよ帰りたいもんじゃ」
§§§§§§
「来おったか、金髪の若僧」
バルコムの拠点に姿を現したシンが足を止めた。
塔のような建築物の内部を見上げている。
階上には城の主と区将たち、仮面の修羅が白刃を連ね、円状に標的を見下ろしている。
塔とはいえフロアは広い。復讐に燃える豪傑に対し、シンが問いかけた。
「タオと女はどうした?」
「そばかすのガキと北斗の未熟者の気配がない。逃げたようだな」
准将は質問に答えず哄笑する。
まあよいと吐き捨てた
「バルコム様、羅将直属の精鋭どもを相手にどうするつもりですかね。あやつ」
「過剰殺戮というかの陸戦隊の無駄遣いというか」
区将のヌメリ、サモトが呆れた口調でフロアを見下ろした瞬間、黒い鎧の修羅たちの小隊が凄まじい勢いでドバッと弾け、そして四散した。
「何だ今のは……!」
紳士風の髭男サモトが手すりに手をかける。バルコムより大柄なハゲ男、ヌメリは侵入者が口にした奥義の名を驚愕のなかで復唱した。
「な、南斗
上空の敵を蹴り砕いたシンが着地し、群がってくる仮面たちを撫で斬りし始めた。
それらが解体されていくのを見た修羅は戦法を変え、上下から連携して襲い掛かる。
だがそんな黒山の人だかりを掃いて捨てるように、千の貫手が放たれた。
南斗千首龍撃を食らった前方の集団がハチの巣にされ、まとめて吹き飛んでいく。
区将たちが度肝を抜かれているのを横目に、バルコムは仇敵の拳のクセを食い入るように見つめていた。
「ば、爆薬だ。爆薬を使え!」
サモトが自身もダイナマイトを取り出しながら叫んだ。
同僚たちが巻き添えになるのも構わず、仮面の数名がそれを点火させて投げつける。
爆発と爆音で塔内は揺れ、辺り一帯は粉塵に包まれた。
「無茶苦茶しやがって。下が見えねえぞ」
ヌメリが手をかざして現場を窺う。
生身ではひとたまりもあるまい、とキザに告げたナル男はタバコを口にくわえようとして悲鳴を上げた。
「んな?!」
いつの間にやってきたのか、目の前の手すりの上に立っている金髪の青年を見上げ、サモトは尻もちをついていた。
それを見下ろすシンの声は冷たい。
「自分の力で戦ったらどうだ。修羅の名が泣くぞ」
「ほざけ!」
巨漢のヌメリが剛腕を振り下ろすと同時に、サモトがボウガンを発射した。
拳と矢を片手ずつて受け止めたシンが階下に落ちていく。
逃がすかとばかりにヌメリが飛び降りた。それを確認しながらサモトが上司の名を呼ぶ。
「バルコム様」
「銀槍を潜ませている。ヌメリとの連携で奴のさらなる奥義を見届ける。お前は所定の位置に戻れ」
「……女子供を引き立てる役目は少々気が引けますが……カイゼル様の仇とあれば是非もなし」
准将に向かってナルシストの区将が頭を下げる。ボウガンを手に中背の彼が塔の内部へと消えていった。
階下の広いフロアでは、大勢の仮面の輪に紛れた名の許された修羅がいる。
群将カイゼルを命の恩人とする
彼にとっても金髪の仇が自分に向かって背を向けるその瞬間をじっと待っている。
そんななか、ヌメリが持ちこたえているのは、周囲にいる仮面たちの暗器による助力もあってのことだ。
罠にかける意識では相手に悟られる。
ヌメリも修羅たちも死人となって標的を包囲していく。
やがてシンが石畳の一角に後ろ足をつけた。
そのとき、床の底が抜け、彼の片足がめり込んだ。
思わずヌメリが吠えたてた。
「かかりおったな若僧!」
レッグホールドのトラップが発動し、シンの動きを封じたそのとき、仮面たちが一斉に特殊素材の網を投げる、さらに身動きがとれなくなった標的に、ヌメリの剛拳が迫った。
区将の叫びは、シンの背後にいるルスティコの奇襲を
白銀の槍を奮った修羅が血しぶきと手ごたえを感じて獲物を抜く。
「なっ」
短めのハードモヒカン、ドジョウ髭の槍使いが味方であるヌメリの胸部を突いてしまったと悟った瞬間、ルスティコの胸にも激痛が走った。
金髪の向こうのヌメリが槍と指突をくらったことで胸板を抑え、両膝をついている。
「き、
その際、瀕死のヌメリが腰のベルトに下げていたダイナマイトに着火した。
そして彼がシンにしがみついて叫んだ。
「ルスティコ、逃げい! こやつはわしが」
「……考えることは一緒のようだなヌメリ」
すでに死を覚悟した槍使いも懐の中の爆破装置に点火していた。
網にかかったままの獲物に掴みかかるルスティコを見て、異相の巨漢が歯を剥く。
ヌメリは会心の笑みを浮かべていた。
「カイゼルに助けられた恩にあくまでも報いるかぃ……小賢しいとヤロウだと思っていたが、おめえも修羅の国の武人よな」
「それはこちらの台詞だ粗暴な大男め。後の始末は奴に任せた……」
ごぼっと血を吐いたルスティコが階上を見上げる。
その手すりを握り潰した陸戦隊の将軍がマントをまくって手を上げた。
それを合図に仮面たちが一斉に飛びずさる。
吹き抜けの塔の内部が大音声とともに再び揺れた。