聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十七話   義士

 崩れた内壁と地盤を覆い隠す砂煙のなか、ひとつの影が動き出す。

 爆心地から離れていた仮面の軍勢は、それでも爆発の衝撃で吹き飛ばされていたが、修羅としての本能であろう、彼らは震えながらも起き上がっていた。

 もやが晴れてくる。

 仮面たちの驚愕が塔内部にこだました。

 

「上級修羅二人の自爆をものともせぬとは……一体あの薄いもやのような気はなんだというのだ……?!」

「だが爆裂の全てを抑えきったわけではない。金網にかかって動きもままならぬ今なら」

 

 取り囲もうとした仮面たちだったが、全員が動きを止めた。

 特殊加工の金網を素手で引きちぎり、無造作に投げ捨てるシンの姿を見たからだ。

 

「散れい」

 

 階上から塔の主の声がした。

 たった一声で陸戦隊を退避させた男が手すりに足をかける。

 マントをめくった修羅の国きっての豪傑が隊員たちに厳命した。

 

「うぬら、これより一切の手出しはならん。この死合の結末を見届けよ」

 

 配下たちが胸に手を当てて礼を施すと同時に、羅刹七人衆の長が跳躍した。

 シンも石畳を蹴る。

 

 空中で激突した泰山寺拳法と南斗聖拳の使い手が階上の通路に降り立つ。

 広い一階フロアにいる仮面たちがそれを見上げる。

 

「おおっ」

 

 歓声と同時にシンの頬から血が流れた。

 

「突き。薙ぎ。蹴り。キサマの南斗の拳は全て見た。そのクセもな」

 

 そう言い終えたバルコムのハーフヘルメットやゴーグルが吹き飛んだ。

 やるのうと呟いた彼があらためて牙を剥く。

 防具は砕けても傷を与えられなかったことでシンが思わず瞠目している。

 

「羅将ハンの魔舞紅躁(まぶこうそう)すら耐え抜いたわしの剛体、その細腕で砕けるものか。ましてや」

 

 間合いを詰めるバルコムに対し、シンが無数の正拳突きを繰り出した。

 その全てを受けながらも突進を止めない准将が、巨体を武器にショルダータックルを放つ。

 

「怒りでより強化された硬気功だ、きかぬわ!」

 

 渾身の体当たりを受けたシンが背後の柱もろとも押し込まれていく。

 あまりもの重圧で柱や石の床が崩れ落ちた。

 落下するバルコムの顔を蹴って一矢報いたシンが先に着地する。

 遅れて降り立った猛将は鼻で笑っていた。

 

「わしの体は鋼鉄以上。もはやうぬの拳など」

 

 言いかけたバルコムの鼻孔から血がしたたり落ちた。

 金髪の青年がかすかに笑みを浮かべ、どこが鋼鉄以上だ? と挑発する。

 鼻血を無言でぬぐった陸戦隊の将軍がふううと息を吐いた。

 何を思ったのか、彼はヌメリとルスティコ、それぞれの亡骸に近づき、指でなぞっている。

 

愛羅承魂(あらしょうこん)……! 奴らの血はわが体のなかに……その魂魄(こんぱく)がわしをさらに強くする。見せてやろう、わが憤怒の拳の最終奥義を!!」

 

 胴着を破り、己の厚い胸板に血の線を引いたバルコムが静かに立ち上がる。

 

「バルコム様……!」

 

 任務の遂行に手段を選ばぬものの、本質は上に強く下に情け深い人物である。

 名家でもない叩き上げの修羅であり、それゆえ配下からの信望も厚い。

 仮面たちはうおおおと叫んで主の名を呼び、様々な声援を送っていた。

 

「ぬうううううああ」

 

 気合を溜め、石畳を踏み抜いて、復讐の鬼は敵に向かって駆け出す。

 凄まじい気を纏わせ、殺傷判定を巨大化させたバルコムの両手は無軌道に揺らいでいた。

 

「泰山寺拳法、妖鬼幻幽拳(ようきげんゆうけん)

 

 初めて見るバルコムの秘拳、その振動に、シンの対応が遅れた。

 南斗の拳士の胸にバツの形の裂傷が刻まれる。

 シンは咄嗟に飛びのいた。

 

「……」

 

 引かなければ体を撃ち抜かれて即死していたと確信させるほどの威力だった。

 バルコムから(ほとばし)る怒気によって石畳の破片が浮かんでいる。

 胴着の下からでもわかる鋼鉄の筋肉を誇らしげに披露しながら、報復の豪傑が充血した目を標的に向ける。

 

「すでにキサマの南斗の拳は見切っている。わが奥義を存分に味わうがよい」

 

 仮面たちが勝利の雄叫びを上げる。

 バルコムの気合と声援で震える塔内部のアウェー感のなか、シンは初めて構えだした。

 南斗極聖拳(きょくせいけん)伝承者のみが見せる単純な構えだ。

 その表情といい、とても追い詰められた者が見せる姿ではない。

 それを悟ったバルコムが押し殺すような低い声を上げた。

 

「……仮面ども、巻き込まれたくないならさらに引け」

 

 主の言葉に反し、修羅たちがシンの退路を断とうと背後に回る。

 部隊の決死の行動を認めた彼はそれ以上何も言うことなく、再度妖鬼幻幽拳(ようきげんゆうけん)を撃ち放とうとしていた。

 

「おのれらの死は無駄にせん、とどめだ!」

 

 配下もろともシンを圧殺しようとしたバルコムがガクンと体勢を崩す。

 その拍子にブシュウウと彼の両手から闘気が漏れだした。

 仇の背後にいた部下たちが余波に飲み込まれ、硬質の石の壁に叩きつけられていく。

 バルコムは目の前にいるシンの不敵な笑いを見たあとで驚愕した。

 

「こ、これは」

 

 敵の銀のプロテクターは吹き飛び、血しぶきが両肩から噴き出している。

 明らかに重傷に見える。

 しかしおのが最終奥義の両手を、この男はしっかりと絡めとっていた。

 バルコムほどの男の剛腕でさえびくともしない力だった。

 バカなと吠えてから彼が言った。

 

「じ、自分から踏み込んで……わが拳の刃ではなく柄の部分で受け、衝撃を抑えおったのか……?!」

 

 バルコムの推測を肯定するようにシンの表情が改まった。

 その双眼が光る。長い金髪が深淵なる気流によって逆立っていく。

 

「カイゼル、その他の修羅の命を背負うお前の覚悟、確かに受け止めた。今度はわが極聖の(しん)を見せてやろう」

 

 凄絶なるシンの気合で巨漢の男がわずかに浮かび上がった。

 

「う……おっ?!」

 

 バルコムが見せた隙は一瞬だった。

 わずかに仰け反った相手のガラ空きの体へ、リュウケン直伝百裂の正拳突きが撃ち込まれていく。

 うぁたあというケンシロウそっくりの掛け声とともに、バルコムの上半身がほぼ隙間なく、(こぶし)の形に陥没していった。

 

「南斗羅砕点(らさいてん)

 

 ズシン、という音がして、浮上していたバルコムが降り立った。

 ラオウ並みの大男である彼はしばし上半身を伏せていたが、やがてその状態から起き直る。

 唸り声は怒号に変わっていく。

 

「ぬあああああぁ!」

 

 泰山寺拳法の使い手が凄まじい気炎を上げて筋肉をさらに膨張させ、己が防具を弾き飛ばした。

 ケンシロウも顔負けだなとこの状況でシンは思ったが、陥没していた拳の跡が一瞬にして元に戻っていることに気づく。

 羅刹七人衆筆頭、准将最強の拳士が憤怒の形相で雄叫びを放った。

 

「なんだああああこの程度かあああ南斗聖拳は!!」

 

 魔界に入ったハンに劣らぬ闘気を発しつつ、塔の主が石畳を踏みつぶしながら仇敵に詰め寄る。

 だがその進撃は途中で止まっていた。

 今度は鼻だけではなく口から血が流れていた。

 さらに踏みしめた足が動かなくなったことで、ようやくバルコムが体の異変を悟る。

 

「ぅぐ……なっ」

 

 体中に激痛が走った。

 いつの間にか腕だけではなく大胸筋、腹筋にヒビが入っている。

 鋼鉄以上の上半身に亀裂が走り、それらが次々とつながっていく。

 

「な、にがお……起こった?!」

極聖拳(きょくせいけん)に砕けぬものはない。どれほど怒りで強度を増そうと無駄だ」

 

 シンの言葉の間にもそのひび割れが広がっていく。

 ここに至ってさしもの剛毅な彼が是非もなしと天を仰いだ。

 そして深く息をついて目を閉じた。

 

「はっ、配下総出で罠にかけた……それを蹴散らし……さらに……わしの最終奥義すら破った、か!」

 

 バルコムが叫び終えて気づく。

 この男はカイゼル、ヌメリ、ルスティコ、その他死んだ仮面の想いを込めた自分の拳を全て受けきったうえで、反撃に転じたのだと。

 自嘲の笑みが彼の口髭の下から漏れた。

 

「ふはは死兵と化したわしの全てを砕く……なんという恐るべき若僧よ……冥府の奴らに顔向けできぬほどの完敗とは」

 

 熊のごとき風貌の修羅がそう告げ、十字の傷がある手の甲を向けてくる金髪の青年の構えと向き合う。

 それが貫手の型になっていくのを見ながら呟くように言った。

 

「わしに放った正拳は余興というわけか……やはり指突こそがキサマの真髄」

「バルコム。修羅の国の名を汚さぬ義の勇士よ。その名を覚えておこう。百裂の痛みをこれ以上受けることはない……」

 

 南斗聖拳を真に極めた者だけが持つ龍の牙。

 

 そんなシンの一撃が亀裂だらけの大敵の胸筋にめり込んだ。

 ハンの拳ですら阻んだ頑健な肉体だったが、かつて聖帝や拳王でさえ貫いた極聖拳(きょくせいけん)のそれは、バルコムの巨躯をものともせず、背中まで軽々と突き抜けた。

 

「うわああぁバルコム様!!」

 

 仮面たちが悲痛に主人の名を叫ぶ。

 胸板に風穴があいたバルコムの上半身はすぐに八裂となり、血の海に沈んでいった。

 大きく息をつき、シンが貫手を引き戻す。

 塔内の静寂はすぐに剣呑な様相に変わる。

 踏み出そうとしても踏み出せぬ隊員の様子を察してシンが告げた。

 

「どうした。残りはかかってこないのか」

 

 煽りを受けた修羅たちが再び武器を手に取った。

 上官に殉じる意思を固めたようだ。

 彼らは一斉に仇に襲い掛かっていった。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 塔の階上からシャチとゲンジュ、タオと解放されたレイアが降りてきた。

 姉弟を人質にとろうとしていたサモトは、ひそかに潜入していた北斗南斗の若い拳士たちの奇襲を受け、爆散して燃え尽きた。

 シンに加勢するつもりでやってきた二人が一階の様相を見て絶句する。

 タオ少年は負傷している姉レイアをシャチに任せ、床一面を覆うように倒れる仮面の修羅たちの惨状を呆然と見つめていた。

 

「こ、こいつら全員死んで」

 

 顔面蒼白になった少年の台詞を聞いたようで、渦中の人物がすっと飛び上がった。

 死屍累々の戦場を超え、石畳に着地したシンが皆を促し、塔の外へと連れ出していく。

 

「皆殺しとはな」

 

 レイアを(さら)った相手とはいえ、これだけの人数を殲滅したシンの容赦のなさに、羅刹を自称するシャチがおののくように言った。

 それを見たゲンジュが手をつないで歩きだした姉弟を横目に首を振る。

 

「あいつは……何の意味もなく自分より弱い者を(なぶ)るような男じゃない」

 

 多分なにか理由があったんだと断言するそばかすの青年だったが、その理由を聞くこともないし、シンがあえて説明することもなかった。

 

「陸戦隊の奴ら、助命を乞わず勇敢に果てたというわけか。さすがはバルコムの配下。それにサモトも手ごわい相手だった」

「ああ。ゆえに僕やシャチが奇襲に頼らざるを得なかった。シンも死兵と化した陸戦隊に手加減はできなかったのだろう」

 

 シャチとゲンジュがそう述懐するのをシンは背中で聞いていた。

 これからどうするという同門の青年の質問に、半壊した塔を振り返ったシンが答えた。

 

「第二の羅将の元へと向かう」

 

 ゲンジュが眉を寄せる。

 

「第二の羅将はケンシロウの実兄と聞いた。君はそやつを倒すつもりか?」

「あれの回復を待つ間、ヒョウを抑える誰かが必要だ」

 

 羅将レベルの敵となると抑えられる存在は限られてくる。

 そばかす顔の若い拳士はそれもそうだと頷いた。

 シャチといえば姉弟にどこかの村かジュウケイに頼るよう言い含め、自分は伝説の救世主、ラオウの率いる軍勢に身を投じるつもりだと告げてきた。

 

「魔人カイオウを倒すことができる唯一のお方。彼に従ってこの国を変える瞬間を見届ける」

 

 北斗琉拳の拳士はそう言い、さらに若い南斗の拳士に嫌々応える形で握手をしていた。

 塔の外に出た彼らが二手に分かれた。

 砂煙のなかに消えていく長い金髪と、その手前まで見送っているチリチリ金髪の南斗の二人を眺めやり、シャチが呟く。

 

「南斗聖拳……外部から突き入れ、全てを砕く拳法か……当然にしてラオウ様もご存じなのであろう。赤毛に金髪。確かにあやつらは救世主になりうるほどの使い手だった……」

 

 タオとレイアが呼んでいる。シャチは万感の思いを振り切り、彼らに背を向けた。




南斗羅砕点。北斗の拳Ⅱ、百万の覇王乱舞のシンの奥義。
バルコムとの戦いはアニメ北斗の拳シン編の流れそのものです。シンの一番の見せ場を拙作でも書きたかった。
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