聖拳列伝   作:小津左馬亮

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十八話   正面から砕く

 国内の混乱が極まるにつれ、郡将サンガの元にも凶報が続々と入ってきた。

 仮面の修羅たちが報告を終えて一歩引き、上司からの命令を待っていた。

 椅子に座っている銀髪でドレッドヘアー、髭面の壮年の男が思わず顔をしかめている。

 傍らにはターバンを巻いたアイマスク、裏元斗のひょろ長い拳士が控えていた。

 肘をついてため息をついたサンガが再確認の台詞を口にする。

 

東華八盾(とうかはったて)が崩壊、准将バルコム討ち死に、あの羅将ハンまでも惨敗……だと」

「噂に聞くラオウ伝説が現実となりそうだな。この国も終わりか」

 

 喉の奥でビジャマが楽しそうに笑っている。

 眉間に皺を寄せながらサンガは仮面たちを退出させる。

 しばらく無言の時間が続いた。

 舌打ちを放つ郡将の機嫌はすこぶる悪い。

 

「……くそったれが。どうやらキサマはこの国を滅ぼす疫病神だったようだな。予想以上の大敵を引き込んで来おって」

「海を隔てた大陸も現在は混沌の状況にある。ならばわしは帰国し、帝都を取り戻す」

 

 笑みを消したビジャマがお前も祖国に帰ってこいとサンガを誘う。

 

修羅の国(ここ)はしょせん亡命者たるお前の終焉の地ではあるまい。捲土重来(けんどちょうらい)の好機であろう」

「……策士め。かの地でおれを捨て駒にしようとしてもその手には乗らんぞ」

「お前はお前の意志で一旗揚げればよい。それだけで乱世はより極まる。そしてさらなる斗の拳法も動き出そうとしている。ラオウ、ユダ、シンといった最強の男たちをここに引き付けておくのは成功した。その時点でこの国の役目はもう終わっていたのだ」

「……」

 

 長い間沈吟(ちんぎん)していたサンガが意を決して腰を上げる。

 バトロ、アスラといった元斗の拳士も負傷が癒えたようで姿を現した。

 郡将にまで上り詰めた他国者が祖国へ舞い戻る、と股肱の臣であろう数人の仮面に命を下す。

 

「館に火を放て。国中で蜂起するボロどもの責にすればよい。いくぞ」

 

 決断が速い、と称賛したビジャマが音もなく手を叩いている。

 表裏比興(ひょうりひきょう)な人物の台詞を聞きながら、サンガは元斗三人とわずかな配下を連れ、脱出経路たる地下室への扉を開けた。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 羅将ハンが倒されてから月日が経っている。

 だがラオウ伝説による国の動揺は止まらない。

 各地の鎮圧に修羅たちが対応に追われ続けるなか、第一の羅将は不気味な沈黙を守っていた。

 そのいっぽう、婚約者を弟に殺されたと思い込んだ第二の羅将は密かに魔界に到達し、反乱の掃討に自ら出陣して殺戮の限りを尽くしていた。

 

 とある村を殲滅中、ヒョウは馬上から筆頭家臣とその腹心を見下ろしていた。

 彼らは跪き、これ以上の暴虐をやめるように何度も懇願を繰り返している。

 

「……」

 

 だが主君は以前の慈悲深い彼とはまるで違っていた。魔相の男は低く唸るように告げる。

 この国はカイオウのもので、その意思に反するものは皆殺しだ、と繰り返すのみだった。

 

「ヒョウ様……」

 

 准将ナガトとハゲ頭の修羅たちが荒地に涙を落とす。

 皆が無念の様相で面を伏せていた。

 魔界に堕ちたケンシロウの兄は虫ケラを見るような冷たい視線を送り、懐に手を伸ばす。

 ヒョウが暗器を取り出した瞬間、ハゲ頭四人がはっと顔を上げた。

 上司であるナガトが何か叫ぶ前に、その刃は彼らの額に突き刺さるはずだった。

 

「ん……?」

 

 四つの白刃は、いつの間にか手の甲に傷がある男の手によって捉えられていた。

 腰を抜かした状態のハゲ頭たちの前に、金髪の青年が立ちはだかっている。

 思わずナガトが腰を上げた。

 

「……その出で立ち」

 

 郡将筆頭のカイゼルが国中にその拳の名を流布したことで、髭面の准将はその存在を知っていた。

 

「て、手の甲の傷、金髪……お前が南斗極聖拳(きょくせいけん)のシンだな?!」

 

 刃を素手で握り潰した相手は、准将最強を誇るバルコムを倒した男だった。

 仰天する彼らに対し、馬上の魔人は口から魔素を吐きながら異国者を一瞥した後、ナガトに声をかけた。

 憎悪に(まみ)れた羅将の声に、事情を知らぬシンが眉をひそめている。

 

「羅刹七人衆ナガト。腹心第一のうぬとて例外ではない。わが意に反するものは滅するのみ……」

「……いつか……いつかカイオウを倒し、貴方がこの国を救うと……我らはそう思っておりました。ですが」

 

 紳士な風体の上級修羅がヒョウに向き直る。

 これ以上ハゲの部将たちに殺気を向けさせないよう、ナガトは武器を手に取った。

 

「お前の腕でこのヒョウに敵うと思っているのか」

 

 魔界の住人が哄笑し、飛び上がってくる年上の部下を一撃に葬ろうとした。

 魔闘気を纏わせるヒョウの斬撃は、ナガトの首をとらえて()ねるはずだった。

 

「ぬっ」

 

 ヒョウが目を剥く。長年の忠臣は部外者に弾かれ、後方に飛んでいた。

 己の拳を受け止めた男が衝撃を流すように体術を駆使し、音もなく着地する。

 長い金髪の持ち主が言った。

 

「貴様がヒョウか。義の将だと聞いていたが……第三の羅将と同じく闇に堕ちたというわけか」

「若僧~!! うぬがハンを葬った南斗の拳士」

「俺ではないが……お前はそうなる」

 

 本心ではないシンの大言を聞いた第二の羅将がほざくなと吠え、暗琉天破を放つ。

 二人の間に流れる凄まじい殺気のなか、ナガトは部将たちに救われ、大きく後退していた。

 

 魔闘気の流れに押し込められた者はその無重力のなかで位置を失う。

 

 北斗琉拳の秘奥義を破った者は誰一人としておらぬ。

 赤い衝撃を知らぬヒョウはそう独語し、空間のなかで位置を見失う南斗の男にとどめとばかりの暗琉霏破(あんりゅうひは)を撃ち込んだ。

 

「あ、あれが闇の波動……!」

 

 魔界を間近で見たのは初めてだったのか、ハゲ頭の四人が風圧で仰け反りながら叫ぶ。

 カイオウのそれを以前見たことがあったナガトは、直撃して転倒した推参者が跳ね起きるのを見てバカなと驚嘆の声を上げていた。

 ヒョウすら驚きを隠せない。

 栗毛の馬の手綱を引いて言った。

 

「小癪な……芯をずらしおった」

 

 シンはバルコムとの戦いですでに両肩のプロテクターを砕かれ、負傷している。

 それでも金の縁取りの黒い胴着が焼け焦げて一部が消失していた。

 しかしながら体をひねって反らしたことで致命傷ではない。

 ヒョウはプライドを傷つけられたようで、愛馬をいななかせて突進させた。

 

「死にぞこないめ、その体をすり潰してくれる!」

 

 第二の羅将とて、その標的が世紀末覇者と黒王号相手に死闘を演じたことは知らぬ。

 シンは馬上からの正拳突きをかわし、音もなく彼の背後に回り込む。

 だがおのれ以上の存在はただひとり、という自負を持つ最上級に位置する修羅は、その気配を読んで上半身をねじり、気合を溜めながら片手の両斬破を振り下ろした。

 

 両手でガードしたシンの表情が歪む。

 これほどの斬撃はサウザーと死合った以来の衝撃だった。

 よろめいたシンが隙をさらす。

 そんなガラ空きの脇下に、ヒョウは魔闘気を纏った双腕を突き込んだ。

 

「ふはははわが拳は遠近双全、死角はない。塵と砕けい!!」

「あれは北斗琉拳、琉羅極荊殺(りゅうらきょくけいさつ)

 

 ナガトが叫ぶ。魔界の閃光にあの若僧が耐えられる道理はない……

 

「な、なんだと?!」

 

 ボシュウウという魔素が分散する音を聞いた准将とその部下が、主の双撃を両肘で叩きこんで防いだ男の姿を眺めやった。

 ヒョウが馬上で体勢を崩した瞬間にシンは身を引き、距離を取った。

 初めて戦う羅将は自分を満足させるに十分な武威を誇っている。

 すでに軽傷ではない身ながら、シンの口角は楽し気に上がっていた。

 

「余裕ぶるとは、舐めおって」

 

 再度突進してきた魔人に対し、正面から堂々と飛び上がって落下してくるシンは陽光を背負っていた。

 

「逆光なればこのヒョウの隙をつけると思うたか!!」

「隙だと? お前は正面から砕く」

 

 黄金の羽ばたきがヒョウの上空で(きら)めいた。

 

「ぐっ」

 

 南斗獄屠拳の重圧に耐えられず、愛馬が膝をつく。

 それを救う形でヒョウが魔闘気を全開に放出し、馬を足蹴にして浮かび上がった。

 空中でもみ合うように見えたものの、やがてシンの蹴りに押されていくヒョウの背中を、ナガトたちは呆然と眺めていた。

 落下していく二つの影が地面に激突する。

 

「ヒョウ様!!」

 

 煙幕は突風ですぐに晴れていく。

 

「け、蹴りひとつでヒョウ様を……あの固い岩盤の奥まで押し込むとは」

 

 ナガトがかすれた声で(うめ)く。

 火山の噴火のような魔闘気が打ちあがる前に、シンは宙返りをきめながら離れた場所に降り立つ。

 黒紫の噴火のなかでヒョウが滞空している。

 鬼の形相でシンを見下ろしていた。

 

 しかしそんな羅将の呼吸は乱れている。

 遠距離の相手を撃ち抜く暗琉霏破(あんりゅうひは)の極意は精妙なものだ。

 放たれた何本かのそれは気の練度が低下していたからか、南斗の龍の牙によってことごとく正面から砕かれた。

 有言実行のシンの行動にヒョウが言葉を失う。

 

「……」

 

 空中で砕かれた肋骨の部分の胸を抑え、ヒョウはようやくありえぬと怒号した。

 

「降りて来い、驚くのはまだ早いぞ」

 

 人差し指で招くシンの挑発に、煽られた側が激昂して接近戦を仕掛けてくる。

 

「ぬああああ陽真極破(ようしんきょくは)!!」

 

 だがその黒紫の気を纏う正拳突きは、シンによって手首を捉えられ、不発に終わる。

 流れていく魔闘気が遠くの地面に着弾して地響きを立てていた。

 眉一つ動かさず、実の拳の使い手は捉えた相手の手首を放して言った。

 

「呼吸を乱した気脈など俺には通じん」

「若僧……!」

 

 暗琉天破、暗琉霏破(あんりゅうひは)を封じられたヒョウが屈辱のなかでぐふふふと高笑う。

 闇の気流を生み出していく北斗琉拳と、南斗聖拳を真に極めた者だけが会得できる、内に秘める気合が対峙する。

 両者が同時に地を蹴った。

 

「うぉう!」

 

 憎悪の感情に満ちたもの、深淵に(たかぶ)るそれ、両者の拳の打ち合いは互角だった。

 互いの握り拳から血が舞っている。

 ヒョウが一歩踏み込んだ。

 ブワっという凄まじい風圧でシンが後ずさる。

 彼の両肩側面に、魔道の拳の奥義、陀紅奏闘斧(だこうそうとうふ)が炸裂した。

 体内に魔闘気を送り込まれた側が、上半身の防具胴着を粉砕させられて爆風とともに跳ね飛んだ。

 

「体内に入ったわが怨念の気にまかれて死ねい……」

 

 吐き捨てるように言ったヒョウが口を開けたまま固まる。

 受け身を取ったシンがぬん、と気合を入れると、注入したはずの黒紫の魔素は残滓のように細かく放出され、風に消えていった。

 

「じ、浄化しただと?!」

「お前に魔闘気があるように、南斗には気纏(きそう)がある……それは内にあって実の拳の威を増し、それとともに肉体を守る。体への衝撃は抑えきれんが、操気(そうき)で体内から爆散させるような北斗の拳を封じている。俺を倒したくば直接己の(こぶし)で体を砕くがよい」

 

 魔界の(ことごと)くを否定する相手が今度は自分から踏み込んだ。

 うおおおおと吠えたヒョウが無意識に構える。

 それは魔道のものではなく北斗宗家の拳の型だった。

 

 シンが踏み出した足を止めた。

 強敵の背後に、ケンシロウが浮かび上がらせたものと同じ闘神の幻影があらわれたからだ。




琉羅極荊殺(りゅうらきょくけいさつ)陀紅奏闘斧(だこうそうとうふ)。真・北斗無双に登場したヒョウの奥義。
陽真極破(ようしんきょくは)。TVアニメ版北斗の拳のヒョウの奥義。
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