「……今のは」
シンが思わず瞠目する。
充血したヒョウの双眼が光芒を放ったとき、
ソニックブームを生み出すほどの疾さだったが、パンという弾ける音と、ズシンという大地を揺さぶる音とともに、その凄まじい万の貫手は消えうせた。
「な、なんだあの拳筋は……ほっ北斗琉拳ではないのか?!」
「ヒョウ様……今の幻影は……」
ハゲの修羅たちが声を震わせるなか、ナガトは北斗宗家の拳だと確信しながらも、それを防ぎ切った南斗宗家の拳士の姿を窺う。
シンはすでに我に返っていた。
ヒョウの両手首をつかみ取る彼の手はびくともしない。
魔相に戻った第二の羅将が動かぬと叫ぶ。
「俺に指突で挑むか、笑止」
「おのれ」
万手魔音拳を見切った男の手からは再度血が噴き出している。
それが偶然にもヒョウの視界を塞いだ。
しかし彼はこの後の攻勢を予想しており、逆にシンの両手を掴み返し、その動きを封じていた。
「これで双方とも動けまい。これからは力比べ……」
傲然としたヒョウの言葉は途中で途切れた。
「南斗
「なっ?!」
ゼロ距離から、下方よりヒョウの腹から胸板まで一気に蹴り上げたシンが血煙とともに浮上する。
ヒョウにとっては闘気を駆使せぬ肉弾戦など遠い記憶だった。
小癪なと吠えながら滞空する相手に向かって飛び上がる。
魔人による闇の波動が繰り出された。
しかし狙いを掻き切ろうとした彼の
「
シンが空中で十字の型を示すように両手を伸ばしている。
その際、龍の牙による薙ぎ払いを受けたヒョウの胸が一文字に斬られていた。
天翔屠脚で縦、薙ぎ払いで横、あわせて十字の形に南斗の拳を食らった魔人がもんどりうって転がっていく。
第二の羅将、魔界に入った程の闘神が初めて見る拳法の奥義に翻弄され、昏倒して動けぬのを、ナガトと腹心は震えて見守るばかりだった。
「南斗
ヒョウが歯ぎしりのあとで呻きを振り絞る。
しかしその台詞は妥当ではない。
ヒョウの上半身は肌をさらしていたが、同じくシンのそれも砕かれ、互角に見える。
二人とも重傷だった。
「こ、これほどの男……カイオウ以外に存在しようとは」
「……ケンシロウの兄が魔界に堕ちたとあれば、俺はそれを止めねばならん」
「?! ケンシロウだと!」
うつ伏せで倒れていた北斗神拳伝承者の兄が肘をついて起き上がる。
「うぬはあれを知っているのか?!」
「わが友ケンシロウ。お前と決着をつけるのは奴だ。だが」
そう言いかけたシンが動きを止める。
再び宗家の幻影を浮かび上がらせたヒョウが頭を抑え、のたうち回るのを見たからだ。
「何故だ……うぬほどの拳士が友と呼ぶケンシロウ、なぜあやつはサヤカを殺した?!」
その名を聞いて女だと理解したシンが何気に彼の前に膝をつこうとしたとき、ヒョウの目がとんでいることに気が付いた。
北斗宗家の血が覚醒する。
詳細はわからずとも、年齢に比して戦歴豊富な南斗の男は無意識に悟って後退していく。
「おおっ」
ハゲの部将たちが歓喜に沸いた。
「……ふぅう」
魔界を脱した、あるいはそれを超越した存在になった主は以前の彼を思い起こさせるような表情に変わっていた。
大きく息を吐いたそこに魔素はない。
双眼の光、長身を覆うほどの内に
この修羅の国でカイオウを倒すことができる唯一の拳士。
それが目覚めたのだと武者震いを止められず、距離を詰めていく二人を見守っていた。
「ナガト様、あれが魔人を倒す鍵とよばれる宗家の」
「おそらくな」
「ならばあの南斗とやらはもはや敵ではありませんな」
「……うむ」
羅刹の異名を持つ修羅が間を置いて答える。
部下たちが口にするのは確信ではなく願望であることを、歴戦の勇士であるナガトは知っていた。
「っつあ」
咆哮しながらのヒョウの蹴りは、シンの膝受けによって防がれた。
実の拳を会得した羅将の一撃、魔闘気とは比較にならぬほど重い。
今まで以上に表情を歪ませ、馬鹿力め、とシンが毒づいた。
ヒョウの気合の声が響く。
「カッ」
完全に吹っ切れた大敵に、出会ったときのような狂気の魔相はない。
手の甲で受け流しても骨が軋むほどの剛撃に耐えられず、シンが大きく飛びずさった。
「なぜ引いた? まだ撃ち合い足りんぞ南斗
「……こうでなくてはな、北斗の拳」
口元の血をぬぐったシンが構え直した。
残像が残るその掌底の揺れがふと停止する。
魔界を越えた領域に辿り着いた男は、それが奥義の発動の瞬間だと看破した。
「南斗千首龍撃」
ブシャっという音響を残し、千の龍の牙がヒョウに迫る。
だが覚醒した宗家の拳士は己の奥義、
「ぬう……」
周囲に発生した轟音や地鳴りは北斗の剛拳と比べても遜色がない。
全ての拳威を潰せず、ヒョウの体には集中線のような傷が入っている。
「このヒョウの魔音拳より少ない手数だが……威力は上か……小賢しい若僧め。いいだろう、うぬに本物の閃光を見せてやる」
しゅるしゅるという音の異様な腕の動き、それは内に込める気脈のためか、魔闘気のように目に見える闇のものとは明らかに違う。
何かを察したシンが蒼白になりながらわすかに後ろに飛んだ瞬間、彼の目すら留まらぬ閃光が目の前に広がった。
「……?!」
今まで見たことのない軌道を描く光の拳。
シンがそう思ったときには、すでに己の胸が斜めから斬り裂かれていた。
「ぐっ」
鮮血が舞い上がる。
仰向けに倒れそうになったものの、シンはなんとかこらえて上体を起こした。
サウザーと戦ったときの絶望感が蘇る。
あと一歩前にいたら即死だった、とシンは呟いた。
ハゲの部将たちだけではなく、ナガトですらうおおと歓声を上げる。
北斗宗家の拳が恐るべき南斗の拳を撃ち破った、と感無量の想いで渦中を窺っていた。
「……」
利き手を握りしめたシンの
「
シンより長身のドレッドヘアの羅将が立ちはだかる。
禍々しさより神々しいという表現が相応しい存在の威圧を受けた男は、頬の傷を人差し指で弾いてから鼻を鳴らして構え直した。
「いい貫手だな。もう一度見たいものだ」
「……虚勢を張りおって、次は逃がさんぞ」
間合いを詰めたヒョウが今度は片手ではなく、双手による
終撃だとばかりの秘奥義の閃光、それが周囲を圧し包んだ。
§§§§§§
「ああああ?!」
見守るばかりの修羅たちが絶叫を放つ。
爆心地のようなそこは、シュウウと音を立て、煙が立ち上っている。
北斗宗家の拳士は膝をつきながら敵を見上げ、彼の指突を両手で挟み込み、なんとかその鋭鋒を防ぐことに成功していた。
「な、なぜとどめを刺すはずのヒョウ様が……瀕死の相手の一撃を受け止めているのだ?!」
ハゲの部将たちの疑問に上司の准将が答えようとしたとき、ヒョウが雄叫びのなかで金髪の青年の突きを弾き飛ばした。
片手を地について反発に耐えたシンが立ち上がる。
「南斗
ファルコもシンに攻勢をかけたものの、
一流の拳士の本能とはそういうものなのだろう。
肉を切らせたゆえにシンはさらに傷を受けていたが、戦いの帰趨はこれでまたわからなくなった。少なくともナガトはそう感じた。
主の自失に近い声がする。
「信じられん……ほ、北斗宗家の最終奥義がうぬの片手ひとつに押し負けるとは……!」
「俺の南斗宗家の拳は俺より強い男たちと死合って
「……南斗宗家……」
「奥義で戦うのはこれまでだ。南斗聖拳の真髄を教えてやろう」
ヒョウが武者震いのなか高笑い、勢いよく腰を上げる。
今度こそ引く気のない斗の拳士たちが激突しようとしていた。
南斗
神陽翔破。本来は神鷹翔破。真・北斗無双のシンの奥義。
南斗