北斗の分派が蜂起し、南北の共同軍が鎮圧にあたったものの、勝敗は部隊ごとに異なっている。
曹家拳の本隊が壊滅しつつも、孫、劉の本隊は一旦引いて態勢を立て直すや、北斗神拳を学ぶキムのいる部隊へ猛烈な攻勢をしかけ、彼を含む小隊を撃破して反撃に移った。
その他の南斗や守りに徹していた元斗の部隊などがいくつか敗走しており、まだ油断のならない状況が続いている。
南斗の何隊かが這う這うの体で撤退していくなか、追撃戦に乗り出した北斗劉家拳の指揮官のひとりにハクホウという名の拳士がいる。
すでに成人している彼はサウザーやシュウ、ラオウよりやや年上のようだった。
この口髭を蓄えた長い白髪の男こそ、キムの部隊を打ち破った当人であった。
追撃を振り切ろうとする南斗の残存部隊のなかで、その拳を見た門下生たちが次々に悲鳴のような声を上げて指摘した。
あれは南斗聖拳だと。
恐れおののく敵のそんな驚愕の叫びを聞いたハクホウがシッと呼吸音を吐き出し、背を向けて逃げる南斗の数名に上空から襲い掛かり、そのすべてを薙ぎ払った。
解体した敵の血の海の上で、口髭男は両手をかざして声高に言い放った。
「北斗劉家拳の流れをくむこの極十字聖拳こそ南斗の源流よ。陽拳ゆえ見世物のような拳法すら擁するうぬら如きが軽々しく語るでない」
さらに追撃しますかと伺いを立ててきた指揮下の門下生が、主の了承を得て隊列ごと突撃していく。
まだ見ぬ大敵を求めてハクホウもこの場を離脱しようとした。
一騎駆けをするつもりの彼が留まざるを得なかったのは、風のように現れた少数の集団が劉家拳の追撃隊を瞬く間に蹴散らしたからだった。
「ほう」
ハクホウが歩み寄ってきた黒紫の装束の連中を見る。
そのなかで小頭、と呼ばれた何者かがふと足を止めた。北斗の分派に比べ、南北の共同軍は皆驚くほど若い。
装束で口まで覆っている性別定からぬ者が問いかけた。
「北斗劉家拳の部隊ならばソウブがいるはずだ。きゃつはどうした?」
問われた側が失笑する。口髭をしごいて言った。
「うぬは影であろう……影ごときをわが門最強の武人が相手にすると思うか? そのうえあれは
「重畳なことだ」
「安心したか、ならば心置きなく死ね」
影が意味深な返答をよこしたが、虚実を弄する相手ということでハクホウは気にも留めず飛び上がった。しぇあ、という気合が戦場に響き渡った。
§§§§§§
「ようシンじゃねえか。ここにいたのか」
「ジャギ」
「先陣を破ったばかりだってのにもうボロボロだな。聖殿に出入りできる特待生が一兵卒扱いってのがまあなんとも」
「お前は指揮官ではないのか」
「おりゃあも一兵卒よ。兄者二人は指揮官としての経験を得るために無理やり小隊を任されているけどな!」
めんどくせえことは嫌いだと言わんばかりに、北斗の防具を着た目つきの悪い男があくびをかましている。
そんな彼も戦場を往来してきたからか、シンほどではないにしろその体は打撲だらけに見えた。
「見た目ほどじゃねえよ。なんてか、キョウウンとかいう孫家拳のバケモンにはやられそうになったけどよ」
トキの兄者に助けられたと呑気に語る緊張感のない男が、不意を衝いてやってきた北斗分派の兵を裏拳で殴り飛ばしていた。
「それよりさっきから見てると南斗の奴ら、何隊かは大負けに負けて引き上げているみたいだぜ」
「ああ」
「まあサウザーやラオウの兄者がいる限り、こちらの負けはないに等しいんだが……あ?」
ジャギが前方の草原から湧き上がってくるような異様な闘気に気づいた。
こちらに向かって潰走してくる南斗の軍団が見える。その数名は逃げ切ることができず、何者かが放った衝撃を受けて四散した。
「なんだありゃあ?!」
轟音のなか、ジャギが目を凝らして様子を窺う。立ち込める煙が払われた。
そのなかからすさまじい気合を漲らせた巨躯の男がこちらにやってきた。
何かを確認した北斗の三弟が相手を指さしながらウソだろ、と驚倒せんばかりに叫んでいた。
「あっあっあのツラ……」
かの闘気と異相を眺めるシンが目を細めた。
「兄者そのものじゃねえか!!」
「違うな」
「ああ?」
ジャギが仰け反りながらシンを見た。金髪の少年はかぶりを振っていた。
暗い銀髪と顔立ちは酷似するものの、その髪の長さと眉の跳ね、口元はラオウというよりサウザーのような剽悍さを思い出させる様相だ。
けして北斗の長兄などではない。
「ってことは?!」
「北斗の分派。率いている数人が持つ旗の紋章から見て劉家拳の使い手だ」
重く響く足音が停止した。二人の前に立ちはだかった男が周囲を一瞥し、少しだけ首を傾けた。
「ここも南斗か……討つべき北斗神拳はどこへ」
その低い声の言葉を聞いてジャギが震えあがった。彼もひとかどの拳士ながら、長兄を思い起こさせる大敵を前にして矜持を保つほど愚かではない。
剛毅な男が何かに気づいた。
「ん。その道着」
「し、知らねえ」
「本家のものだな。だが一人か、ここで何をやっている」
踵を返そうとするジャギの襟足を掴もうと男が手を伸ばす。すると手の甲に十字の傷を持つ者が、男の剛腕を掴み取った。
「小僧」
「相手は俺だ、北斗の分派」
煽ったつもりのないシンの台詞に、巨漢の眉が吊り上がった。
恐るべき速さの剛拳が振り下ろされたが、それが少年の頭上に降りかかる前に、彼は拳を止めていた。他に注意を向けたようだった。
「力なきその細腕でオレを止めようとした心意気は褒めてやる。だが二度目はない」
「おい」
シンが背を向けた男に何か言いかけて押し黙る。
南十字星の旗を掲げた部隊が遠くに見えた。男はそれに向かって歩き始めていたからだ。
標的へ近づくラオウに似た拳士が、高揚のなかで巨躯を揺らしていた。尻もちをついていたジャギが安堵の息をつきながら、あれはサウザーの軍、と呟いた。
「見知らぬ小僧よりも南斗の帝王……そりゃそうだわな」
歯牙にもかけぬ扱いをされた少年も、傷だらけの状態であの巨漢に敵うとは思っていない。
それでもズシンズシンと重低音を立てて南十字星の旗の元へと向かう男の背を追いかけた。帝王はそれを待ち受けている。そして声高に告げた。
「見つけたぞ、北斗劉家拳の下郎」
巨大バギーの上で立ち上がった剽悍なる青年がマントに手をかけた。
その
「その額の印、伝え聞いたことがある。帝王の証だと」
剛毅な男が対峙する相手を見上げて言った。
そうかお前がサウザーとやらか、と問われた彼はマントを脱ぎ捨てた。
「余も聞き及んでいるぞ。北斗の長兄に似た下郎、そのほうがソウブだな」
「南斗ごときの頂点で思いあがる小物よ……今すぐ六花八裂にしてくれるわ」
煽りの応酬はすぐに終わった。サウザーが音もなく飛翔したのを見て、ソウブも大地を蹴った。
§§§§§§
黒装束の道着が引き裂かれたことによって、小頭という者が女であることがはっきりと認識できた。
しかし目元まで覆った薄手の布のせいで表情までは読み取れない。
「戦場に性別などありはせん。南斗の旗を掲げて立ち向かってきた以上、武人に相応しい報いを受けるべし」
「っしゃう」
影の小頭の斬撃はハクホウの頬をかすめたものの、その手を取られて持ち上げられた。
彼女が小柄に見えるほど、極十字聖拳の拳士は長身の持ち主だった。
「ふむ、美しい顔をしている。しかしまだ小娘か」
「放せ」
ポニーテールの黒い髪を振り乱して抗う女を、ハクホウが目を細めて見上げている。
嬲るかと顔を真っ赤にさせて激怒する側が放った蹴撃は、持ち上げる男に当たることはなかった。
「闘気があれば皮一枚は破けたろうに、貧弱な南斗ではそれも叶うまい」
ハクホウがあえて掴んでいた女の腕を放した。その機を逃さなかった彼女は、気合を溜めて両手を羽ばたかせた。
「おっ」
「南斗
斬り抜けた彼女が着地しながら振り返る。道着の胸部を切り裂かれたハクホウが白い髭に指を這わせながらこれはこれはと呟きながら瞠目していた。
「くっ」
「惜しいな。なかなかいい切れ味だ。当たれば少しは抉られたかもしれん」
「おのれ」
「なるほど一門下生かと思えば、百八派の使い手であったか。だがいかに上位拳法であろうとそなたのような小娘では……うぬら南斗の未来は暗いのう」
呵々大笑した白髪の男の笑みが表情から消えた。
何かを感知したようだ。屈辱で震える南斗の女拳士をうち捨て、ゆっくりとやってくる馬蹄に耳を澄ませていた。
黒い。巨大な馬を駆る相手を、長身のハクホウが見上げた。それほどの体高だった。
彪白鳳。北斗劉家拳の流れを汲む拳法、極十字聖拳の使い手。蒼天の拳のキャラクター。
劉宗武。北斗劉家拳。蒼天の拳のキャラ。ラオウに酷似。
南斗