聖拳列伝   作:小津左馬亮

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二十話   大言

 黒王を駆る世紀末覇者の隣で疾走するのは、浅黒い肌の小柄な老人だった。

 その背を追いかける中年の男、ウサが北斗宗家の家人(けにん)と名乗って主についてくる僧衣の背を見る。

 爺のくせに健脚じゃのうと毒づいた。

 長距離の駆け足にも息一つ乱さない。

 

 北斗の末弟の永遠の従者、黒夜叉。

 

 北斗琉拳発祥の地、羅聖殿の守護者である。

 そんな彼がラオウ様、と馬上の豪傑に呼びかけた。

 

「第一の羅将についてはお頼み申します。ですがヒョウ様のことは」

「……兄弟の(いさか)いは当人のみでカタをつけるが道理」

 

 手綱を握る男の沈毅な目が光る。

 救世主に相応しいご威光だと思いながら黒夜叉は言葉を続けた。

 

「御意。しかしながらケンシロウ様ともども、ラオウ様には泰聖殿(たいせいでん)に足を運んでもらわねばなりません。それは愛を知る北斗の男に課せられた使命。貴方が兄であるカイオウを救う、とお望みであれば猶更でございます」

「碑文の解読、女神像の教え、か」

 

 ラオウがそう独語したとき、村がある方向から巨大な気のぶつかりあいが聞こえてきた。

 ウサが飛び上がって渦中を窺う。

 

「拳王様、あれが第二の羅将では」

 

 影の推測に北斗の従者が間違いないと叫ぶ。

 魔界に入ったと思われる羅将とまともに戦える者など、カイオウやラオウ、すでに復活しているケンシロウ以外に心当たりはない。

 二人の拳士の戦いが鮮明に映りだしたところで、黒夜叉が目当ての者の尋常ならざる様子に気が付いた。

 

「ヒョウ様……あ、あれは魔界ではない?! 北斗宗家の幻影を背負っておられる……そんなバカな、狂気のまま正気に目覚めたというのか!」

 

 黒夜叉の驚愕をよそに、ラオウが口角を上げた。

 

「フン、若僧……金髪の若僧め……覚醒しているヒョウ相手にそこまで押し込むか」

「あの男は一体?!」

 

 黒夜叉の動揺は無理もない。

 修羅の国に広まったはずの南斗の拳だが、その後のラオウ襲来により威名はかき消されていた。

 かき消した張本人が標的との間合いを見切ったのか、不意に飛び上がって咆哮する。

 

「ウサ!」

「ははあ!!」

 

 馬上の主が消えたあと、忠臣の小男が黒王号に降り立って手綱を取った。

 黒夜叉が北斗の長兄の着地点を仰天しながら眺める。

 

「ぬうりゃ」

 

 突き崩されようとしている黒髪と突き崩そうとしている金髪の間に、ラオウが掌底を放ちながら降り立った。

 ズズ、という重低音の後で岩盤や砂塵が一気に噴火した。

 近くにいた准将と四人の修羅が衝撃破で弾け飛ぶ。

 

「ナガト様……!」

「あ、あれこそまさしく」

 

 猛牛を模した兜、赤いマント、黒い胴着。

 修羅の国の王を除いた誰よりも威圧感がある。

 深淵から湧き上がる極大の闘気を纏いし彼の姿は、まさしく伝説の男そのものだ。

 ナガトたちは一目でそれを理解した。

 

 立ち上がったラオウが腕を組む。

 ヒョウが驚倒せんばかりに北斗神拳の長兄を窺い、シンといえばわかっていたように構えを解いた。

 

「ラオウ……!」

「お互いでかくなった。久しぶりだなヒョウ」

 

 シンを一瞥したラオウがケンシロウの兄と向かい合う。

 

「うぬが身命をかけて戦うは北斗神拳伝承者こそ。こやつではあるまい」

「……サヤカを手をかけたあれはいずれ必ず殺す」

「たわけが」

 

 スン、という音が響く。

 ジャブのような拳撃でヒョウが尻もちをついていた。

 

「う、おっ?!」

 

 一瞬何が起こったのか判別できなかった第二の羅将が鳩尾を抑え、救世主伝説の該当者を見上げる。

 

「な、何をしやがった、立てぬ」

「南斗極聖拳(きょくせいけん)。うぬが(かな)う相手ではない」

 

 割って入ったのはそのためだとばかりにラオウがうそぶく。そして横顔でシンに対し掣肘(せいちゅう)するように告げた。

 

「ユダといいうぬといい、これ以上北斗狩りをするというのならば」

 

 凄まじいラオウの殺気に当てられ、シンが肩をすくめている。

 すでにユリアを巡る争いは一段落しており、今の半死の状態で世紀末覇者と戦うほどの動機はない。

 

「ケンシロウの負傷は完全に癒えた。(こぶし)で語りあえば誤解も溶けよう」

「誤解だと?!」

 

 ラオウの言葉で呆然としていたヒョウが怒りで肩を震わせる。

 拳王を名乗る男の一撃は修羅の国の次将すら腰砕けにしていたようで、ヒョウはよろめきながら呪詛を吐くばかりだった。

 

「数刻もすればその痺れは消える。ケンシロウを迎え撃つならば相応の準備を整えるがよい」

「ヒョウ様……羅聖殿にケンシロウ様が向かっておられます。貴方もそこへ」

「琉拳発祥の地か……」

 

 急な展開に混乱するヒョウを黒夜叉は根気よく説得していく。

 やがて時が過ぎ、ナガトたちに支えられ、ヒョウは渋々白馬に乗り上げた。

 無念の形相でシンを睨みつける彼だが、この畏怖に値する南斗の男より仇を優先させたのか、部下の先導で彼方へと退転していった。

 

「ラオウ様。ここでわたくしめも」

「あの二人を任せる」

「この命に変えまして」

 

 一礼した黒夜叉がヒョウ一行を追いかけていく。

 あとに残るは拳王主従と南斗の男のみだ。

 ラオウが黒王に跨りながらユダに尋ねたときと同様の質問を口にした。

 

「北斗琉拳。うぬはどう見て取った」

「……闘気を操るにおいては北斗神拳すら上回る。その道においては頂上拳ともいっていい」

「うむ……」

 

 他の斗の拳法をまだ知らぬシンと、それを薄々知っているかのようなラオウとでは反応の温度差がある。

 だがラオウにとっては表裏一体の拳法こそ真の敵であった。

 どれほど他の強敵が現れようと、兄カイオウがいようとその認識は変わらない。

 

「お、おいコラ小僧!」

 

 ハゲの小男が待ていと呼びかける。

 当たり前のように世紀末覇者と同行するシンの後姿を追いかけた。

 見向きもしない金髪の青年に、ウサが南斗の野郎どもはどいつも気まますぎると愚痴をこぼしていた。

 

「行くぞ……」

 

 愛馬のいななきとともにラオウが告げる。忠臣がはっと面を伏せた。

 どこへ向かうにしろ、どちらにしろ小男は主の心のままに従うのみだ。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 北斗の長兄が黒王から降り立った。

 従者ウサと南斗の極星が初めて見る聖殿を見上げてこれは、と目を見張っている。

 

泰聖殿(たいせいでん)。北斗宗家の聖地」

「なに?」

 

 背を向けているラオウがシンの驚愕を流してそのまま歩をすすめ、半壊したような遺跡のなかに入っていく。

 

「まるで導かれるように消えていった……なるほど拳王様がこの国の生まれだと確信できたというもの」

 

 そう呟きながらウサも続こうとしたが、見えない何かに弾かれたことで尻もちをついた。

 

「な、なんでじゃ?! 門構えが崩落しておるのにこれ以上進めんとは」

 

 彼の台詞を聞いたシンが一歩踏み出した。

 そのとき何者かの気配を感じて振り返る。

 

 恐ろしく壮大な魔闘気だった。

 

 近くにいるような錯覚を起こすほどの魔素。

 それを遠くから発しながら、黒王号に似た巨馬を駆る国随一の闘神がこちらにやってくるのが見えた。

 

「ああああれは、あれはまさか拳王様の」

 

 腰を抜かしたウサが崩れた壁際まで後ずさる。

 シンといえば、凄まじい憎悪の気を纏った大敵にゆっくりと近づいていった。

 大地が揺れる。巨馬から黒鎧の男が下りたのだ。

 

「狂乱のヒョウを鎮めたのはうぬか……南斗ごときがきゃつとケンシロウとの相討ちを邪魔しおって……!」

 

 第一の羅将が唾を吐き捨てかねない嫌悪感を示して吠えた。

 

「あまつさえ北斗宗家の秘拳、その封印を解き放つ弟の露払い(つゆばらい)を担おうとするとは……小僧~!!」

 

 ひええというウサの叫びを背に、シンはラオウに酷似する大男との間合いを詰めていく。

 

「これ以上の北斗狩りはお前の弟が許さぬというが……奴が封印とやらを解く間ならば……倒してしまってかまわんのだろう」

「言うたな小虫めが」

 

 魔闘気が聖殿前の崩壊した闘技場を押し包む。

 そんなカイオウの怒気を受けたシンは利き手を腕に、そうでないほうを下に、残像を見せながら構えだした。

 

「ヒョウに小細工を施し、目覚める前のケンシロウを亡き者にしようとする。お前は為政者であっても拳士ではない。拳士たるこの俺が策を弄するお前程度に後れを取ると思っているのか」

 

 大言を放つ相手は修羅の国を統べる王だ。

 これほどの強敵と相まみえるのは彼の記憶の中でもそうはない。

 

 死人と化す以外に勝機はない。

 そう思いながらシンは魔人に打ちかかっていった。

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