「ふはは! 魔界の入り口に触れたハン、浅瀬に浸かった程度のヒョウとは違い、わが闘気は練れておろうが」
漆黒の鎧に身を包んだ魔人の声を聞きながら、シンは聖殿前の闘技場の石畳に叩きつけられた。
ジュウケイ、ヒョウと戦っていなければ今の
かつてない衝撃を受けた彼が起き上がろうとしてよろめいた。
「立てまいが。そこで転がっておくがよい。それより」
聖殿の奥から光が漏れている。
解読中かと呟いたカイオウが建物に向かって魔闘気を放とうとしたとき、赤黒い魔人の気を纏わせた上腕を素手でつかんできた者がいた。
焼け焦げず、びくともしないその手の持ち主が言った。
「北斗宗家の受け技を継ごうとするラオウがそれほど恐ろしいか。腑抜けめ」
「踏み潰されたいようだな小虫ぃ……!!」
奔流する魔闘気の圧でシンが身を引く。
その瞬間、両者の拳が火を噴いた。
「うぬ程度の貫手では……わが魔闘気でさえ封じる特殊鉄鋼でできた鎧を突破できまい」
金髪の青年の鋭鋒を受け流したカイオウが相手の胴体を撃つ。
標的の体を全て覆うほどの当たり判定、そんな赤黒い闘気に再び巻かれたシンが後方へ吹き飛び、レンガの壁をぶち抜いて崩れ落ちる。
魔人と呼ばれた男が地を蹴った。
瓦礫のなかの邪魔者にとどめを刺すべく掌底を放つ。
「ん?」
無数のレンガの破片がカイオウに向かって飛んできた。
それが黒い鎧に当たって落ちる。
第一の羅将の視界を遮るようなそんな欠片にまぎれ、やってきたのは南斗の強烈な蹴撃だった。
「小賢しい小虫め」
古強者に値する男が咄嗟に剛腕を振り上げる
相手の足首をつかんだカイオウが間髪入れずに蹴り返した。
「俺の蹴りを片腕一本で抑え込むとは、さすがにやる……!」
空中戦に敗れ、撃墜されたシンが砂煙を上げ、膝をついて着地する。
破損したプロテクターと胴着のなかから血しぶきが舞う。
「すでに破孔を突いている。そのまま散れい」
「?!」
バズンという音がして、シンの肩のプロテクターが完全に飛散した。
骨まで砕けたか、と低く笑ったカイオウが落下しつつ、標的へ膝落としにかかる。
しかし態勢を立て直した金髪の青年は、迫る巨体に向かって垂直に蹴り上げてきた。
圧殺しようとしたカイオウの動きが止まる。
「ぬうう……砕け散りもせず、わしの圧し掛かりにさえ耐えおるか……!」
カイオウがさらに目を剥く。
耐えるどころか、彼から見て非力な小男にしか見えぬ男は、自身の膝落としに対し、垂直蹴りで徐々に押し返してきたのだ。
「悪あがきを」
魔闘気をさらに放出させ、その気圧によって打ち上げてくる南斗の蹴りをようやく振り払う。
みたび地に叩きつけられたシンだがすぐに跳ね起きた。
重低音を発して降り立ったカイオウが下を向く。
「……」
蹴りを受けた膝から肩口まで切り裂かれていることに気づいた。
おのが気を抑えるほどの硬質の黒い鎧。
それが他者によってここまで破壊されたことは過去にない。
「うぬ」
「魔闘気に感謝するのだな。あれがなければ今頃南斗
一矢報いたとはいえ、肩口を砕かれ、全身打撲のシンと鎧が破壊されたのみのカイオウとではどちらが不利か明らかだ。
先ほどから岩陰に身をひそめて状況を眺めているラオウ配下の影、ウサが震えながら呟いた。
「シンめ……奴は格上であればあるほど戦いのなかで強くなっていくぶっ壊れ野郎だ。どれほど絶望的な成り行きであろうとあの若僧の心を砕くことはできん」
斗の拳士たちがぶつかり合い、ウサの顔を光が照らす。
そのたびに圧倒されるのは南斗の男のほうだった。
§§§§§§
ラオウが導かれるようにやってきたのは聖殿の地下だった。
すでに振動と轟音が天井から聞こえてくる。
兄のカイオウと金髪の小僧の気を感じながら、彼は黒夜叉から聞いた北斗宗家の秘拳の拠り所と思われる女人像の前に辿り着いた。
「宗家の血はヒョウとケンシロウ。部外者であるこのラオウではこの儀に見合わぬかもしれぬが……」
宗家の血族であるオウカという女性を模したそれにラオウが手を伸ばす。
伸ばしかけたとき、この国の救世主ともいわれる男は必然のように光り輝き、そして剥がれていく像の表面を意外そうに見つめていた。
鎮魂の塔と呼ばれるそこには、一見解読できないような文字が記されている。
ラオウはまたも無意識に
いつの間にか背後に近寄ってくる気配はもはや彼にとってどうでもよいことだった。
別の入り口からやってきたであろう宗家の永遠の従者に無言で促されたようで、その主人がラオウと並び立った。
§§§§§§
地鳴りの残響が続いている。
聖殿とは正反対の方向の石柱に衝突して倒れたシンがピクリとも動かなくなったことで、カイオウがふうううと大きく息を吐いた。
体を覆う黒い鎧は所々に断裂の後がある。
羅将を誇らしげに象徴するマントはすでに跡形もなく消失している。
カイオウの表情は苦り切っていた。
たかが小虫にこれほどの手間をかけさせられようとは、屈辱以外のなにものでもない。
「
舌打ちした魔人が無造作に
灰燼と化した標的の周囲を確認した後で聖殿の半壊した正門へと向き直る。
「シンの野郎がまったく相手にならん……拳王様の兄とはいえこれほどの実力差があるとは」
毛のない頭頂部をさすりつつ、岩陰から渦中を覗き見るウサが首をすくめた。
南斗の極星でさえ虫扱いするカイオウからすれば、ウサなど路傍の石にすら値しない。
一瞥すらせず、修羅の国の頂点が正門を蹴り砕こうとしたときだった。
「……?!」
冷気すら感じさせる気当たりを背中から受け、カイオウが振り向く。
同時に地鳴りが聞こえてきた。
その方向は地上ではなく地下だ。
「こ、この光は」
カイオウの短髪が逆立った。
地下からの光の衝撃で石盤が噴水のように舞い上がる。砂塵のシャワーで視界は
巻き込まれた形でウサが階下に落ちていく。
いつの間にか二つの影が浮いている。
極大の闘気が
それらが交錯した。
双方が地に降り立つ。大きいほうの影が小さいほうの影に振り返る。
その姿を見た兄が弟の名を呼んだ。
「ラオウ……!」
銀の短い頭髪、黒い胴着に深紅のマントを纏った巨漢がカイオウに視線を向けた。
「しばらく見ない間に悪相になったな、兄者」
ゆえあって
先程交錯した瞬間に、彼の拳王たる証である兜は吹き飛んでいる。
それは小さいほうの影によって破壊されたのは明白だった。
「ラオウ」
兄はもう一度弟の名を呼んだ。
踏み進んでくるのはただの敵ではない。屑星と蔑称されたことのある琉拳とは違い、神拳の伝承者といっても過言ではない傑物と対峙することで、カイオウは無意識に武者震いを示しながら尋ねた。
「うぬのその傷は」
「ああ、これか」
双子のように似通った男たちのなかで、顔に傷のないほうが目玉をぎょろりと動かした。
背後の小さい影に対して、である。
二メートルを軽く超える彼らに対して小柄に見えるものの、長い金髪を靡かせる青年も百八十センチを超える長身だった。
それが渦中の二人に歩み寄ってくる。
「小虫め……」
苦々しげにカイオウが毒づく。
弟の兜を割り、両腕両足に裂傷を与えた存在は南斗
した側が兄に向かいつつも背後の潜在的な敵に告げる。
「ヒョウを追い詰め、兄者さえ蹴り殺すつもりか。これ以上の北斗狩りはさせんと言ったはず」
「このわしが若僧を何度追い詰めたと思っている。命拾いしたのはそやつだ」
「フッ……」
仏頂面が基本の拳王が薄く笑った。魔人のこめかみに血管が浮かぶ。
「懐かしいやり取りを思い出した。戦争前の稽古での話だ」
ラオウにしては珍しい長い台詞だった。
「小僧にとどめを刺すつもりがリュウケンに邪魔された。師父は奴に救われたなとほざきおった。その当時は意味を理解せず、救ったのはこのラオウよと豪語したものだ……しかしあのとき続けていたら、オレは南斗の拳で死んでいたかもしれぬ。何が言いたいかというとな、我らはやはり兄弟だということだ」
最大限の敬意をこめたあと、ラオウが裏拳を背後に叩きつけた。
実の拳によって殴り飛ばされたシンが受け身も取れず石畳に転がっていく。
「秘孔、
「むぅ……動けん」
「普段ならばうぬには当たらぬだろうが……兄との死闘でいつものキレがなくなったようだな。それでもあの威力の蹴りを放つとは、悪魔の小僧め。わが言葉でしかその秘孔は解除できぬ。そこで兄者とオレの死合を見ておくがよい」
そう吐き捨てたラオウが前からの突風を受けて少し後退した。
これが魔闘気だとすぐに悟った彼は、頬に走る傷を受けたことも忘れて口角を上げていた。
「ラオウ~!!」
「カイオウ!」
両者がそれぞれの名を呼んだ。
本作では修羅の国の救世主たるラオウも使用できるようにしました。
無明灰燼殺。真・北斗無双のカイオウの奥義。