地下に落とされた拳王配下の影、ウサがようやく地上に這い出てきたときに見たのは、彼の主とその兄が気をぶつけ合った瞬間だった。
互いに弾け飛ぶ。
身を守る防具も吹き飛んだ。
くすんだ金髪のカイオウ、暗い銀色の髪のラオウ。
それぞれの体を覆うドーム状の闘気の色も、闇のものと光とで明らかに違う。
「な、なんちゅう極大の
冷や汗がとまらないハゲ男の視界に、ひびの入った石畳の上でしゃがんだまま動かないシンの姿が映った。
「ん? おいこりゃ金髪の若僧」
「……」
「なんじゃ金縛りか。しかしのお……あの魔人にもう少し粘って食らいつくかと思うたが、わしの買い被りだったか……うおっ」
ウサの目の前で何かが霧散した。それは剛気のぶつかり合いで流れ弾のように飛んできた大きい石の破片だった。
衝突する前にシンが南斗
「お、お主……もしやまともに動けるんじゃ」
「それこそ買い被るな。この場からは動けんが気合くらいは放てる」
「……とりあえず助かったわ礼を言うぞ」
意外に素直な中年の言葉に時間差で頷いたシンが渦中に向き直る。
カイオウが暗流天破を繰り出してラオウを無重力空間のなかに閉じ込め、
「暗転の中でひれ伏せ、北斗神拳」
超重量の気を受けたラオウが地に叩きつけられた。
相手は小虫ではなく血を分けた弟であり、世紀末覇者として名を馳せる強敵だ。
シンとの戦いでは本気ではなかったとばかりな気を解放した彼が飛び上がり、とどめの拳を打ち下ろす。
「骨も残さず滅してくれよう……」
そう言いかけた彼が巨体を起こしたラオウの様子に言葉を切った。
弟の沈毅な双眼を見て何かを悟る。
「うぬ……あえてわが魔闘気を受けきったとでもいうのか!」
「闇にさまよい、憎しみにまみれた気術。まさに笑止」
バキン、という音とともに、ラオウを覆っていた魔人の闘気が消失した。
「北斗神拳の真髄を知り、北斗宗家の秘拳の教えを受けたこのオレにそんな児戯など」
効かぬわと鋭く叫んだ弟が正拳を下から突き上げた。
北斗
「ぐ、おお」
弟からの衝撃を抑えきれず大きく後退したカイオウが壁に激突する。
「うぬれ」
修羅の国の王たる存在が屈辱のなかで吠えた。
腹立ちまぎれに背後の建築物を消し飛ばす。
さらなる狂乱の魔素がラオウに襲い掛かった。
しかしそれは標的の気に阻まれている。
「……魔界に堕ちたジュウケイがリュウケンに敗れた時点で理解しておくべきだったな。それとも同格の敵がいないこの地で思い上がっていたか」
闇の気を阻む光のそれを纏いつつ、ラオウが
素肌の胸部を抑え、吐血しつつも、カイオウは泰然とする血族との間合いを一気に詰めていった。
「うぬに封印を解かせたのはわが失態。だがゆえ……是が非でもうぬを倒さねばならなくなった。情を超える踏ん切りがついたわ!」
大地が揺れる。
そのなかでラオウが宙に浮かんでいた。
ドーム状の闇の圏内で動きを封じられた彼に、黒い稲妻が突き抜ける。
北斗琉拳においても彼にしか成しえぬ絶技の名は
動きを封じていた圧力が解かれ、血まみれになったラオウがよろめきながら地に降り立つ。
「漆黒の雷極だと……このラオウの防御を貫くとは、
「フン、あれで生き延びるか。拳王の異名は伊達ではないな。だがこれで負傷の度合いは五分と五分、死合はこれからだ」
両者が両手を組みあう。
互いに押し込めようとする際、気の上昇気流を生んでいた。
轟音と地鳴りは収まらない。天変地異のような竜巻のぶつかり合いが始まった。
「なんてこった。あ、ありゃもう人と人との戦いじゃねえで」
岩にしがみついて暴風に耐えるウサが、派手な血しぶきを見る。
二人は頭突きで顔を見合わせていた。
それぞれの額が割れている。しかし出血した双方とも口角を上げて笑っていた。
「このカイオウにここまで泥臭い戦いを
口の中の血を吹きかける魔人が膝蹴りを放つ。
視界を塞がれた男は膝受けでそれを相殺し、組んだ手を解いて間合いを取った。
「フフフわが魔素を含んだ血を浴びおったな。いかに光の気を纏いしうぬとて、その目はしばらく使い物になるまい」
第一の羅将は額から血が流れるのを拭き取りもせず気合を溜めていた。
「ぬうううおおおお!」
ごうっという気の流れとともに、カイオウの雄叫びが響く。
ひとつひとつが砲弾に匹敵する程の剛拳を受け、拳王と恐れられる男が、ガードで対処する他に手はないほど滅多打ちにされていた。
「いっいかん拳王様が」
大敵の凄まじい殴打の数々にウサが悲鳴を上げる。
防御態勢のまま押されていく主の体から気の纏いが消えた。
「ようやく気での守りが枯渇したか……いかにわが血を分けた兄弟とはいえ、北斗神拳の使い手である限り容赦はせん」
「こっ、この」
主人に殉ずべくウサが懐中の暗器を取り出す。その手を抑えたのはまたしてもシンだった。
「邪魔を」
「やめておけ。助太刀をするなら俺が入る」
「……」
暗器が地に落ちる。
打たれ続ける主を窺う小男は、腕のガードの内側にある彼が笑っているのに気が付いた。
「宗家の血を引き、母の愛を受けて継がれてきた北斗神拳が憎い……捨てられた側の琉拳がうぬらを恨むは道理であろう。創始者シュケンが生み出したもの……そのすべてを葬り去ってくれる」
振り下ろされる正拳が地を叩き割る。着弾し、爆裂していく岩石の破片で二人を見失ったウサが目を凝らす。
しかしシンには彼らの動きが見えていた。
「あれはラオウ百中の拳、無想陰殺」
シンが瞠目しながら告げた。
背後を取らせたラオウが無意識無想の蹴りでカイオウを撃ち抜いたはずだった。
「消えた……幻影だと?!」
「なぬ?」
シンの鋭い叫びでウサが飛び上がった。砂嵐はすでに晴れている。
「ぬるいわ。北斗神拳究極奥義といわれる無想転生すら破ったこのカイオウに、そのような下等な技が通じると思うたか」
ラオウの
回し蹴りを食らったラオウが両膝と片手を地につけている。
うつ伏せに倒れ込むのをかろうじて堪えているようだった。
「け、拳王様が……両膝をつくなど」
「俺とユダすら瀕死に至らしめた無想陰殺……あの男、避けた際のひねりを加えて蹴り返すとは」
カイオウという人物の武才を知り、さすがにシンも武者震いを隠せない。
血に
その額の上の部分にアザがあるのを、金髪の青年が確認した。
「あれは北斗七星……?」
南斗宗家の拳を修めた者として何か感ずることがあったようだが、秘孔の効力で地に伏せられた状態の彼がそれ以上何か言うことはなかった。
「とどめだ!」
修羅の国の王が目をかっと見開いた。
視界を遮られた側は身じろぎもせず、兄の秘奥義を受け止めようとしていた。
「
ラオウの胴体に連撃が叩き込まれた。
闇の気でも雷極でもない拳を確信したシンは、浮かび上がるかつての強敵が血反吐を吐くのを見た。
建材を破壊しながら広場の端まで転げまわる世紀末覇者の姿に、見守るばかりのウサはもう声もない。
「致命の破孔を突いた。体を地に押しつぶされて死ね」
冷たく言い放ったカイオウが顔に走る傷に指を這わせ、一瞬だけ表情を歪ませた。
秘孔で立ち上がれないシンに暗い目を向けたときには、その顔は畏怖に値する笑みに変わっていた。
「打たれ強い小虫よ待たせたな。今度こそ滅し去ってくれる」
「おおおおおい若僧!」
「下がっていろ」
狼狽するウサを後ろに突き飛ばした金髪の青年が、くすんだ金色の髪の魔人を見上げる。
最後に勝つのは悪だといわんばかりに両手を広げている。
「……ん?」
カイオウが動けない相手の手の甲に、南十字星の傷があるのを発見した。
指突の構えを見せる南斗の拳士を嘲笑いながら、北斗琉拳の剛掌破ともいうべき
北斗