聖拳列伝   作:小津左馬亮

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第三章 大陸内乱編
一話    斬り倒す者


 ここはかつて拳法の総本山とされていた。

 斗の拳は全ての徒手武術の頂上拳。

 それを統合し、象徴と規定された天帝を擁し、最側近の元斗、都の六つの門を守る南斗、最強ながら一戦車として最前線を任されていた北斗神拳。

 

 そんな大都の栄華も過去の話だ。

 

 半壊しかけの薄暗い大聖堂の段差に、ターバン頭の人物が首を垂れて座っている。

 丸眼鏡の彼に日頃のにへら顔の面影はない。

 思わず舌打ちをした後、背後に立つ黒いワンピースの胴着の男に毒づいた。

 

「クソったれが。わしらが再建した帝都を荒廃させやがってどういうつもりだ」

「なんのことだ?」

「とぼけやがる……しかしここを守っていたのは元斗の将軍たち、有象無象な輩に追い払われるほど弱くはねえ」

「わが部隊を蹴散らし、このわたしに傷を負わせたほどには手練れだったよ。ゆえに本気で相手にならざるを得なかった。ここの崩壊は予期せぬものだ」

 

 黒いイスラム帽ようなものをかぶった金髪の男は、長身を揺らして薄く笑っている。

 

「ファルコ、ソリア、ショウキ。北斗南斗との戦いで奴らが負傷中だったのが幸いだったな。本来お前ごときに遅れをとる元斗ではない」

「フフフそういうことにしておけ」

 

 負け惜しみのターバン男、ビジャマの台詞を鼻で笑った帽子の金髪男が口角をあげた。

 

「さてもさても……西より来る刺客ども、天より降り立るわれら、双方を呼び込もうとするそなたの気宇の大きさは褒めてやる。ついでに仮面の使徒の数体を中原に向かわせた。さらなる混乱は望むところであろう」

「なっ?!」

 

 お、おま、とどもりながらビジャマが振り返って言った。

 

「い、今の時点で西の奴らと遭遇させるわけには」

「使徒は影、風のように現れそして去る。来るべき創生のために今は無駄な衝突はさけておくよ。あくまで優秀な検体が欲しいだけさ。神たるあのお方のために」

「……」

 

 あまりに異質すぎる男の妖気に当てられ、ビジャマは言葉を失くす。

 いつの間にか気配を消した相手の方向に唾を吐きかけ、彼は同門のバトロやアスラに合流するために聖堂を後にした。

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 

 修羅の国で制圧の任務についているはずの拳王親衛隊の隊長、ヒルカの言葉通り、本国は各地の武装集団の蜂起により混迷の状態にあった。

 ユダ、ラオウといった強力な権力者、救世主ケンシロウも未だ不在。

 そのためか手あたり次第に集落を襲う輩が増えた。

 水が豊富だと噂されるとある村に野盗の群れが襲い掛かったのも当然の成り行きだった。

 

 しかし狼藉を繰り返す者たちに天罰が降りかかる。

 ただの村人ではとても対抗できないようないかつい荒くれ者たちだったが、この地にいる何者かによって斬殺され、そのほとんどが屍を荒野に晒すことになった。

 ただひとり生き残ったのは偵察を任務とする健脚のモヒカンである。

 

「あ、あんなのがいるって聞いてねえぞありえねえ……全員が一瞬で輪切りになりやがった」

 

 村との距離を取り、ようやく一息ついたばかりの痩せ男が村とは逆方向に目を凝らす。

 地平線の向こうから進み来る異様な集団の存在に気づいたためだ。

 

「んな……ナニモンだありゃ?!」

「禍々しい仮面、人というより獣の風体。世の常の者ではないな」

「え? ああああ、てめ……いやアンタ」

「下がっていろ。どうやらお前らモヒカンとは次元が違うようだ」

 

 いつの間にここまで追ってきたのか、水色の長い髪の拳士がそう言いながら、やってきた数体の仮面と対峙する。

 修羅が使用する仮面とは趣が違い、目を覆うものや口元を覆うものなど様々な形態があるようだが、渡海していない彼が知るよしもない。

 

「……何者かは知らぬが」

 

 ヒョオオオという効果音を発しながら男が両手を広げていく。

 それは南斗水鳥拳の構えだった。

 

「悪意を持ってわが村に立ち入ろうとする者は死ぬぞ」

「なるほどぉファン・デル・コール様の仰るとおり名のある使い手がいたか。フン、いけ好かねえハンサム面だなぁそのツラぁぶっ潰してやるぜ」

「口ほどに体が動くか見てやろう。御託はいいからかかってこい」

 

 餓狼時代を思わせる笑みを浮かべながら、レイが矛を振りかぶってくる巨漢を迎え撃つ。

 はや! という気合の声で一人目の仮面が六花八裂に散っていった。

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 

 サザンクロスの守りをトキや五車星に任せたシンが、配下のジョーカーや女拳士レスティエを伴って城を出る。

 その見送りに無理やりついてきたのは慈母の影武者の女だった。

 

「修羅の国から戻ったばかりなのに休む暇もない。大陸が内乱中だとしても働きすぎよね、貴方は」

「ルイ様やレンもそう言ってました」

 

 青白い頭巾をかぶった影の女がもっともだと大きく頷く。

 クセっ毛の黒髪を風に靡かせた美女、マミヤは胴着の下の包帯だらけなシンを痛ましそうに見つめている。

 

「……両親の村にはレイやシュウがいるから心配してないし、だから本当はついて行きたいんだけど」

 

 肩をすくめる無骨な恰好の女は、無言のシンのまなざしを受けて目を細め、いたずらっぽく微笑んでいた。

 

「しょうがない、帰ってきたらまた労ってあげよう。この前みたいにね」

「この前ってアレですか? ……ユリア様からも言い含められています。キスなんて許しませんよ!」

「レスティエもすればいいじゃない」

「はっ……え?!」

 

 マミヤの軽口に謹厳な娘が呆気に取られて黙り込む。

 何か考えている様子のそんな部下を横目に、目つきの悪い痩躯の男が主に問いかけた。

 

「本国と言っても広い。とりあえずの行先はどこになさいます?」

「帝都」

 

 簡潔すぎる金髪の青年の答えに、死神は争乱の元凶ビジャマを捕らえるつもりだなと察し、一礼して了承を示していた。

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 

 異様な風体の敵を一掃したレイが静かに息を吐き出した。

 砂煙のなか、彼らの亡骸を見下ろした南斗の若い勇将は頬、肩、脇腹に走る裂傷に指を這わせ、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「たかが十人程度の敵にこのおれがここまで傷を受けようとは……六星の名がすたる」

 

 それにしても、と呟き、村のほうにとって返した彼は「てんと」と名乗る仮面の集団の捨て台詞を思い出していたが、そんな思考は不意につんざいた轟音で中断された。

 村の出入り口のバリケードを破壊した何者かが内部に侵入していく姿を見たからだ。

 悪い予感しか覚えない。

 レイは髪を逆立てながら、先ほどの仮面どもとは違う雰囲気の、まるでマフィアのようなそんな連中の背を追いかける。

 

「なんだぇてめえは!」

 

 大小さまざまな身長の黒い服装のマフィアたちは、音もたてず姿を現した水色の髪の男を威嚇する。

 

「あわびゅ」

 

 煽りの返事とばかりに数人の黒服の首が飛んだ。

 さらにここは通さんと言いながら鉄杖を打ち込んでくる巨漢とすれ違い、標的を千条斬りにしたレイが地上に降り立つ。

 マフィアの本隊が視線の先にいた。

 リーゼントの髪、顔に傷のある中年の男が首領ということはわかった。

 長衫(ちょうさん)というチャイナ服を着た首領の名はトテンプウ。

 その中年太りは数人の手下に村の女子供を捕えさせ、目の前の盲目の敵に膝をつかせている。

 

「シュウ!」

「レイか……済まぬ。アイリやシバが奴らの手に」

 

 帝都に対するレジスタンス部隊を率いて連戦し、元斗の将軍との決戦で受けた傷が未だ治りきらない同僚が、肩から血を流しながら俯いている。

 仁星ほどの手練れに一矢報いたと思われる首領は、壮年の拳士に向かって唾を吐きかけて言った。

 

「ワシの瓶切りの心得がなければ全員斬られてたぜ盲目の化け物め。まあ人質をとったからにはこっちのもんだ」

「てめえ」

 

 レイの鋭鋒を紙一重でよけた瓶切りの達人がよせやいと軽口を叩く。

 

「若僧~。村の女どもが死ぬぜえ? おとなしくしとけや」

「にいさん!」

 

 アイリの声がする。だが兄は妹の声の方向に向き直ることはなかった。

 

「……?!」

 

 レイの弱点を知るシュウが愕然としながら周囲を窺う。

 だが彼でさえ長年の友人の動揺を悟ることはできなかった。

 

「アイリ」

 

 近づいてくるマフィアどもに一瞥をくれ、それを斬り倒していく男が肉親の名を呼ぶ。

 

「アイリよ」

 

 自分の意思で生き、自分の意思で死んでいく。

 ケンシロウとともに牙一族を殲滅した際、彼女の決意の表明を覚えている兄が呟くように告げた。

 

「女といえどお前はこの村の戦士のひとり。武器を手にしながら力及ばず捕まったのならば是非もなし」

「あぁ?」

 

 トテンプウが眉を上げる。

 シュウの息子シバが妹を見殺しにするのか、と鋭くレイに問いかけた。

 

「兄妹の情より大儀を優先させねばならぬこともある。おれやアイリよりも仁の星の命が重い。シバ、お前の父親は生きねばならぬ」

「レイさん……」

 

 シバが絶句する。シュウが何を言うかと激昂しかけたものの、マフィアたちによって取り押さえられていた。

 

「この兄を非情の輩と罵るがよい。だがゆえおれにはもはや弱点はない」

 

 増援の黒服を人間の動きでは見切れない速さで斬り捨てていく男が口角を上げ、初めて妹と視線を合わせた。

 

「アイリ、せめて笑って死んでいけ。おれもいずれその報いを受ける」

 

 囚われの身のアイリは血の気を失ってはいたものの、淀みないレイの青い瞳を見て微笑し、ゆっくりと頷いていた。

 

「なに勝手にお涙頂戴の演劇やってやがんだクソどもが……ほ、えっ?!」

 

 怒号を放つ首領の顔から血が吹きあがった。

 遠くから放つレイの真空波で斜めに切り裂かれたようだ。

 トテンプウの絶叫のなか、レイを包囲した手下たちがあらためて打ちかかっていく。

 

「くたばれ……えっ? あれ、奴がいねえ」

 

 少しばかりの砂塵を残し、華麗な男が上空へ消えたのをならず者たちは認識することができなかった。

 最初に気づいたのは拳法の心得があるるトテンプウである。彼が叫んだ。

 

「バカヤロウ奴が降りてくる逃げろぃ!!」

「は?」

 

 首領に顔を向けた黒服の動きが止まった。

 いつの間に着地していたのか、膝をついて両手を広げていたその男が静かに立ち上がる。

 

「飛燕流舞」

 

 その台詞のあと、十数人のマフィアたちは細切れになり、血煙のなかに沈んだ。

 

「な、なんていう切れ味の拳じゃ、まさかありゃ」

 

 レイの凄まじい拳さばきを見たトテンプウが冷や汗を流しながら後ずさる。

 生き残った手下たちもやばいですぜと尻込みし始めた。

 

「か、頭ぁ」

「うろたえるなあボケが。わしらには奴がいる。おい、出番だぞどこに潜んでやがる?!」

 

 首領のだみ声が村に響き渡る。

 すると黒服のなかで気配を消していた長身の、いかにも剛勇然とした男が一歩前に進んで姿をあらわした。

 

「……お前が本物の首魁か」

 

 剽悍な顔つき、総髪茶筅(ちゃせん)(いにしえ)の武士のような恰好をした巨漢が殺気立つレイの前に立ちはだかった。

 心の目で見たのか、気配だけでも尋常ではないと察したのか、シュウが傷をかばいながら身を起こす。

 

「奴と戦ってはならぬ、レイ!」

「やばい……なんかやばいよレイさん!」

 

 息子シバも思わず金切り声を上げていた。親子のそんな様子を背に、レイが新手が大敵だということを認識しつつ構え直す。

 

「南斗水鳥拳……さすがは流派の頂上にいるだけあって見ものだったぞ。久しぶりに生きのよい獲物だ」

「?!」

 

 南斗聖拳を知っている男の顔は異相なものだ。

 その存在が牙を剥いた。

 次の瞬間、レイが身を仰け反らせて後退した。血しぶきが上がる。

 

「我の名は斬り倒す人の意、ギドゥオーン。南斗の男よ、北斗神拳を葬る前にお前の血を月氏の神に捧げてやろう」




ギドゥオーン。オリジナル。キャラクターモデルはSAKON ~左近~ 戦国風雲録の柳生宗矩。
7月から間があいたのでとりあえず一話投稿いたしました。
話の続きは年末か来年か……
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