聖拳列伝   作:小津左馬亮

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二話    次の月が満ちるとき

「お、親分」

「下がれ……! あ、あの青い髪の野郎、ギドゥオーンの蹴りをいなして一撃入れやがった。奴も相当やばい」

 

 斬られた顔をかばいつつ、トテンプウが渦中から手下を下がらせた。

 傷付いたシュウも息子シバに抱えられ距離を取っている。

 少年が言った。

 

茶筅(ちゃせん)の髪のあいつの目にも止まらぬ水鳥拳の一閃、今のレイさんならあるいは」

「……」

 

 親は子の願望に答えない。

 鋭さを増すレイの拳を紙一重でいなし続ける武士のような出で立ちの男に、盲目の闘将は畏怖をか覚えて歯を食いしばるばかりだった。

 

「ん~ふふふこれが本物の南斗聖拳か。我が倒した雑魚どもとはどうやら格が違うようだな。この切れ味、柔のなかにある剛の息吹き。まさに百八派の頂点にふさわしい。六人の王とはよく言ったものよ」

 

 胸の傷に指を這わせ、その血を舐めとった男が双眼を光らせる。

 

「ギドゥオーンを本気にさせやがった。やれやれだ、やっと一服ができる……」

 

 傷の手当てを終え、葉巻を口にしたマフィアのボスの動きが止まる。

 すでにレイの斬撃は拳法の達人の彼の目にも止まらぬ速さだった。

 現代風にアレンジされた西斗の拳士の肩衣袴(かたぎぬばかま)の一部が風に乗って飛んでいく。

 

「あれを凌ぎ切るとは……身内ながらなんて野郎だ。笑ってやがる。紙一重のやりとりを楽しんでいるのか」

 

 口から煙を吐き出して唸るトテンプウは、見えなくなっていくレイの拳筋を追うのをやめた。

 わずかに舞う血しぶきのなか、ギドゥオーンは突き込んでくる水鳥の両手を弾く。

 

「お前の疾風の拳は先手必勝。しかし不測の事態にわずかな隙をさらす」

「ぬ、っ?!」

 

 レイの後方の脇腹に、武士のような敵の指突がめり込んだ。刺した両手で獲物を持ち上げるギドゥオーンがそのまま体を突き抜こうと力を込めだした。

 

「レイ!」

 

 シュウが叫ぶ。

 だが目の前でアイリが囚われの身になっている。彼は動けなかった。

 抗うレイと押し込めるギドゥオーンとの力比べが始まっている。

 

「ぬうふふふふぁじっとしておけ若僧~! 無駄なあがきを」

「それはどうかなチョンマゲ野郎……力みすぎるとその腕千切れ飛ぶぞ」

「ん?!」

 

 ギドゥオーンの両胸にひびが入った。

 力を込めすぎたことで、躱したと思っていた斬撃の傷が開いたのだ。

 

「ごわはっ」

 

 大敵が血煙を上げて仰け反ったことで、拘束を解かれたレイが宙返りをきめる。

 間合いをとった六星の一人が矜持を見せて見得を切った。

 

「置いてきた斬撃に触れた。それが南斗水鳥拳奥義……残鳥斬。速攻のみがわが拳の真髄にあらず」

「……」

 

 呆気にとられていた異相の存在が吹きあがる血を拭き取ろうともせず、面を伏せている。

 それを上げたとき、彼は狂気の憤怒に表情を変えていた。

 

「斬られたことも感じさせぬとはなぁ。さすがは南斗六聖拳……気に入った。だが我はすでに人にあらず。それを教えてやる」

「?!」

「ただでは殺さん。わが西斗月拳の恐怖を万人に思い知らせるために、お前には人柱になってもらおう」

「西斗月拳?!!」

 

 さらに悪相になった男の拳の名に聞き及びはない。

 レイだけではなくシュウでさえ度肝を抜かれて初めて聞く拳法の名を復唱していた。

 

「はああああ」

 

 両手を広げながらギドゥオーンが気合を溜めていく。

 

「今宵は新月。月氏の神に捧げるに相応しい生贄よ……北斗神拳抹殺はその後だ」

「ほ、北斗神拳抹殺」

 

 シバの震える声を聞きながら、静寂に包まれた村のなかで男は傲然と言い放った。

 

「北斗を名乗るものは何人たりとも許しはせん。それがわが西斗の拳是」

「……」

 

 今度はレイが不敵に笑った。

 

「ならば……よくおれの前にあらわれてくれたな、西斗月拳」

 

 敵に合わせたかのようにレイも両手を広げていく。

 構えの気合の凄まじさを誰もが感じていたが、それが何なのかを理解しているのは同格のシュウのみだった。

 

「キサマの傲慢な首を叩き落してケンへの借りを返すとしよう……もはや生かしては返さぬ」

「その意気やよし」

 

 手を掲げた西斗の拳士が突っ込んでくる。

 南斗の拳士は相討ち覚悟でそれを迎え撃った。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

「南斗究極奥義、断固相殺拳だと……なるほどなあ。死人になったがゆえの相打ち狙いか」

 

 やるのうと告げた茶筅(ちゃせん)の髪形の男は、己に突き入れられた南斗の牙を胸から引き抜いた。

 

「フハハ何故急所を外したのか信じられん、という顔をしているな水鳥。本来ならお前の究極奥義はこの身を撃ち抜いて相殺を遂げたはずだった。しかし」

 

 ギドゥオーンは口から血を流していたものの、致命の一撃を(かわ)しきったことは明らかだった。

 逆にレイに対し、いくつかの秘孔を突き抜いた彼が告げる。

 

「軌道の読めぬ拳筋、それと同時に体も(かすみ)と化す。ゆえに急所を狙うことなど不可能だ、それが西斗相雷拳」

「ふっ、ほざけ侍モドキめ。死合いはこれからだ」

 

 互いに間合いを取る。すでに死人と化しているレイは出血のなか、標的を十字切りにすべく、一瞬で距離を詰めた。

 斬の音響が村の広場に響く。

 

「南斗千塵岩破斬……決まったか」

「い、いや父さん見て」

 

 シュウの呟きにシバの驚愕が重なる。

 

「侍モドキに与えた傷が……だんだんと軽いものになってきている」

「?!」

 

 斬撃跡の胸に手を当てながら、西斗の拳士が凄惨な笑みを浮かべて言った。

 

「この我をして秘奥義を駆使させ、見切るのに時間をかけた獲物は始めてだ。褒めて遣わすぞ南斗水鳥拳」

 

 彼の言葉を合図に、レイが異変を感じたのか利き腕を見た。

 

「ぐっ……なに」

「仕上げだ。西斗月拳はなぁ~、複数の秘孔をついて必殺の技と成す」

 

 利き腕から、そして体中から血を吹き出したレイが態勢を崩す。

 シュウをはじめ村人たちが悲鳴を上げた。

 

「凡百の敵ならばこの時点で殺している。しかし……お前ほどの達人はただでは殺さん」

 

 膝をついたレイの前にギドゥオーンが立ちはだかった。

 レイにもはや二度目の相殺拳を放つ余力はない。それを見越した上で西斗の拳士は一本指をゆっくりと上空へ掲げていく。

 

 吐血した水色の髪の青年が残りの血を吐き出し、夜になろうとする空を見上げる。

 北斗七星の横にある小さな星が輝いているのを確認しながら、口に出した言葉は別のものだった。

 

「一本指だと小賢しい……それを駆使する男を知っている。昔馴染みが得意とする拳では死ねぬな」

「ある意味とどめではあるが、今すぐには死なぬさ」

 

 最後の力を振り絞り、レイが宙へ浮かぶ。

 彼の執念の鋭鋒が届く前に、ラオウに匹敵する剛体のギドゥオーンの指拳がレイの胴体に突き刺さった。

 

「西斗月拳奥義新月愁(しんげつしゅう)。次の月が満ちるとき、キサマの体は崩壊して肉片となる。それまで月氏の神を恐れ広めよ。秘孔術の祖はわが西斗だとな」

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

「ユダ様」

 

 不意に赤兎馬の歩みを止めた主人に気づき、松明を手に持つ従者コマクが眉を寄せた。

 

「いかがなされました? 久方ぶりの我らが故郷ブルータウンは目の前。夜空を見上げて何をお考えで」

 

 赤毛の美男子の赤紫のマントが風ではためいている。

 不快感を覚えたのか、彼が首を振りながら手綱を握る。

 

 修羅の国から凱旋するや否や、赤備えは幾度となく武装勢力の襲撃を受けている。

 大陸は動乱のさなかにあった。それを示すように、予定より大幅に遅れての帰還となっていた。

 赤備えの部隊長、南斗紫蝶拳のメイエルがかすかに顔をしかめるユダの白い横顔を見る。

 五感を超えるものを持っている馬上の主の様子を窺いながら、メイエルは嫌な予感がすると呟いた。




南斗千塵岩破斬。レイ外伝 蒼黒の餓狼のレイの奥義。
西斗月拳奥義新月愁。新血愁の西斗版。物語の進行上妄想の追加をいたしました。
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