聖拳列伝   作:小津左馬亮

77 / 97
三話    光とは

 女子供たちを積んだトラックを最後尾に、数台の車両を従えた屋根のない装甲車が先頭を走っている。

 その後部座席に座る西斗月拳の拳士と、マフィアの長の中年男が言葉を交わしていた。

 

「村の女子供は将来西斗の血を受け継いだ子を産む。あの南斗の若僧の妹を錯乱させぬためにも、若僧を一撃に葬らなかったわけか」

 

 トテンプウが葉巻を吸いながら後方に視線を送る。

 トラックのなかにいる大勢の女子供のなかでもひときわ目立つ美貌の主が、レイの妹アイリだった。

 

「おれさまが味見したかったが」

「傍流とはいえお前も同胞、他の女は好きにしろ。だがあの女は我かヤサカの子を産む。見目好く品のある雌は何匹いてもよい」

「それにしても……秘孔新月愁(しんげつしゅう)を受けて気絶した若僧はともかく、盲目のオヤジと息子、きゃつの手勢を見逃したのは何故じゃい」

「あれは集団戦に長けた男だった。我には及ばずとも、お前や手下どもを皆殺しにできるほどの腕はある。まだまだ周囲には敵も多い、兵隊を減らすわけにもいくまい」

 

 茶筅(ちゃせん)の髪形の男、ギドゥオーンは瞑想しているように目を閉じ、腕を組んでいる。

 古の侍のような衣装から見える腕の筋骨の逞しさは拳王にも劣らない。

 そんな豪傑の横でトテンプウが敵の数を指折り数え始めた。

 

「北斗の分派……あやつらも蜂起したそうだ。ええと、キョウウン、タイエン、ソウブ……他には帝都で裏元斗と対戦中のファルコ、ソリア、ショウキ……斗の連中に限っても数えればきりがねえな」

「……北斗神拳の男たちはまだこの国に戻らぬか、悠長なことだ。命拾いしおって」

「おれさまはこれから攻略する隠れ家に引きこもるぜ。あんな化け物どもなんざ相手にしてられねえ」

「好きにしろ」

 

 拠点という名の隠れ家を統率する誰かが必要なわけで、トテンプウの居残りをギドゥオーンはあっさりと承知した。

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 

 ブルータウン。勢力圏内に森や湖を擁する大陸中屈指の大都市である。

 その支配者が修羅の国から凱旋し、影や宿老の孫を連れて登城していく。

 

 大陸の混迷のなか、この領内は他の軍閥とは違い、比較的平穏に保たれている。

 そんな彼が戻ってきて最初に指令したのは、動乱の極にある帝都に一軍を派遣するということだった。

 同じく帝都へ向かうシンへの援軍という意味もあるだろう。

 その指揮官に二十三派筆頭の猛者イルフォーンを選んだのは、元斗の将ソリアと好敵手めいた縁があるからだ。

 公人としての自身の務めを終えたユダに、今度は私事の衝撃的な報告を受けることになる。

 

 南斗六星という大物の二人がわずかな手勢を連れ、この地へ逃げ込むようにやってきたと聞いたからだった。

 

 軍事を二十三派の数名に、内務を宿老ゲンガンに任せた赤毛の支配者は、かつてない荒い足取りでかつての同僚の元へ向かう。

 その長身の後姿は憤怒に包まれていた。

 若いゲンジュや女拳士メイエル、側近たちが息を飲んで後に続いている。

 

 敬愛する主君の前に回り込み、両名が救急室への両扉を開ける。

 その部屋のなかの光景を見たユダは思わず歩みを止めた。

 

「レイ……」

 

 沈勇にして剛毅と謳われる赤い衝撃が絶句する。

 ベッドに腰かけて俯き、憔悴した様子の美男子を見つめるユダの藤色の瞳も揺れている。

 そのそばのベッドでは、艱難辛苦の道中で気力が尽きたシュウが眠っている。

 傍らにいるのは息子のシバであった。

 少年は南斗の白眉と讃えられる英傑の登場に慌てて身を起こし、迎え入れてくれたことへの礼を施していた。

 それに頷いたユダが肩で息をつくレイを窺い、隣にいる隠密機動部隊の長、ダガールに視線を向けた。

 

「……水鳥、白鷺。この乱世においても屈指の使い手が這う這うの体でこの街にやってきて数日が経っています。白鷺については問題ないとしても……水鳥のほうは」

 

 独眼竜が身を引いた。俯いている義星のすぐ横で膝をつき、妖星がその様子を見守る。

 しばらく無言の時間が流れた。

 水色の髪の勇将がふと我に返る。この城の主を認識したようだ。

 

「……ユダか……」

「……?!」

 

 面を上げた美男子の顔はやつれていた。

 疲労の色が濃いその顔に驚いたユダが何か言いかけたが、片手で胸を抑えている彼が力なく笑ったのを見て二の句が継げなかった。

 激しく咳き込みだしたレイに、メイエルがハンカチを手渡す。

 布を受け取った同僚は口元の血を拭き取り、再び自嘲の笑いを漏らしていた。

 

「すまぬ。おれともあろう者が……言い訳のしようもなく完敗した。それに」

「……」

「わが命は……次の新月にて尽きるらしい……」

「……」

「西斗月拳。恐るべき使い手だった。そやつに妹アイリや女子供を連れ去られ、おれやシュウはかろうじてここまで逃げてきたのだ」

 

 激痛が走ったのか、レイが表情を歪め歯を食いしばっている。

 南斗六聖拳の二人が一人の男に撃退されたと知ったゲンジュとメイエルの驚きは尋常ではない。

 内心の動揺を抑えつつ、ダガールが補足するように口を開いた。

 

「秘孔新月愁(しんげつしゅう)。北斗神拳にも似たような技があるようですが、少なくとも拙者らには馴染みがありません」

 

 無表情の主に、影の長が続けて言った。

 

「聞くには、北斗抹殺の拳是の彼ら……水鳥の身をもってして神拳の者どもへの挨拶とする、と」

「……恐怖におびえて最後の日を迎えるがよい、ということですか……なんという非情な」

 

 蒼白になったメイエルが身震いしてレイを見下ろす。

 またも無言の時間が続く。

 やがてマントをめくる音がした。

 皆がぎょっとしながらその持ち主に注視する。

 

「ゆ、ユダ様」

 

 ゲンジュの恐れおののく声のなか、この地の支配者が立ち上がった。

 そのとき、上半身を伏せていたレイが起き直り、瀕死と思えぬ力で同門の腕をつかんだ。

 

「待て!」

 

 歪んだ表情で彼は叫ぶ。何をするつもりだと問われた側は無言だった。

 

「……」

「経絡秘孔を操るにおいて……西斗は北斗を凌ぐ。奴はそう高言していた……それはおそらく事実であろう」

 

 退室しようとするユダがレイの血走った双眼を見つめる。

 苦痛をおして、南斗水鳥拳の伝承者は力任せに年来のライバルを引き寄せた。

 

「し、シュウが見逃されたのは僥倖(ぎょうこう)だった。ユダ、格別北斗に恩があるわけでもないお前が……この争いに関わるべきではない……!」

 

 やつれた美男子の形相は必死だった。

 痛みで崩れそうな彼の手を取り、ユダは再び腰を落とす。

 レイが小さい声で告げた。

 

「北斗と西斗の……(いさか)いに手を出すな。お前は……おれのように……なるな」

「……南斗六星を侮る者にはそれ相応の報いを受けてもらう」

「ユダ!!」

 

 自分で立ち上がることも叶わないレイが気力を奮い、身を乗り出す。

 そして絶叫に近い声を上げ、ユダの胸倉を両手でとった。

 周囲の仰天をよそに、つかまれたほうは好敵手の目から視線を外さず、その怒号を受けていた。

 

「お前とシンこそ南斗の光! 死んではならぬ……死なすわけにはいかぬ!! 象徴や天帝の……いや……すさんだこの世にさまよう女子供のため……お前ほどの男は……お前たちはこの時代に必要不可欠な存在……双方とも皆のために生き続けねばならんのだ!!」

 

 室内が再び静寂に包まれた。

 身震いが止まらないシバの横で、いつの間にかシュウが寝返りを打っていた。

 しかし渦中に割って入るほどの体力はない。

 長い沈黙が続く。

 やがて長い赤毛の持ち主が口を開いた。

 

「レイよ」

 

 縋りつくような義星の両手首を持ち、妖星はそれを優しく引きはがす。

 苦しそうに息をつく彼をゲンジュとメイエルがベッドに座らせた。

 気力を尽くした相手の肩に手を置き、光と呼ばれた男が口角を上げる。

 

「……私やシンは戦うことでしか役に立たぬ。だが義や仁といった星は救世主が本懐を果たした後に必要な、それこそ光だ。案ずるな、私の名にかけてお前の妹は必ず助け出す」

「……!!」

 

 アイリのことは私情と抑え込んでいた彼が堪えきれずに嗚咽した。

 歯を食いしばっているようだ。

 ぽとりと落ちた涙の粒が見える。ユダは憔悴した相手の肩を何度も叩き、何度も案ずるなと告げた。

 

「……すまぬ」

「もう十分だ。よく生きていてくれた。後は任せよ」

 

 うつ伏せたままレイは何度も頷いていた。

 妹を助けてくれといえない年若い同僚の代わりに、意識が完全に戻ったシュウがふと呟くように、全てを託すと言った。

 

「シュウ、レイを頼む」

 

 そう言い捨てた赤紫のマントが翻る。

 同時に極斗衆(ごくとしゅう)の長と部下、若い南斗の将が続く。

 ブルータウンの看護師たちと入れ替わりに、外の通路に出る。

 広い廊下に黒いブーツの足音が響きわたる。

 

「ユダ様」

 

 ダガールが主の名前を呼んだ。赤毛を揺らした長身の男は前を向いたまま命令を発した。

 

「トキをこの街に――いや、一刻も早くレイたちをサザンクロスに連れていけ」

 

 彼の声は鋭い。抑え込んでいても感じる圧力に、部下たちが戦慄の鳥肌を立てた。

 

「あれなら西斗新月愁(しんげつしゅう)に対抗できる秘術も……おそらく心得ていよう」

「……御意」

 

 独眼竜ほどの肝の据わった男がユダの背中に怯みながら答えた。

 ゲンジュのような股肱の臣でさえ、かつて主がこれほどの怒りを表に出すのは見たことがない。

 西斗月拳とやら、龍の逆鱗に触れた。

 メイエルはそう思いながら、イルフォーンの軍勢が帝都に向けて進発させているのを窓から見送っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。