聖拳列伝   作:小津左馬亮

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四話    帝都の嵐

 再三戦火に見舞われた帝都の城だが、それでも堅固な作りのそれは防衛拠点としての機能を失ってはいなかった。

 裏元斗の手勢とジャコウの残党らは数を頼りにファルコ率いる私兵たちを場外へ追い出し、負傷の癒えぬ(おもて)の三人を掃討する事態にまで追い詰めていた。

 城のバルコニーから状況を見守るのは、ターバンを巻いた丸眼鏡の異相の拳士、ビジャマだ。

 裏元斗の将ともいうべき彼が防護柵の上に腰かけながら、背後からやってきた男に横顔を向けた。

 来たか、と彼は思った。

 部屋の中に入ってくる前からわかるほどの剛気に、さしものビジャマも鳥肌を立てながら、それでも軽口を叩く。

 

「随分と悠長な登場だな。おぬしの同門はすでに宿願を果たしに中原へ向かったいうのに」

 

 ビジャマの台詞を聞いた何者かが足を止める。

 センター分けミディアムパーマ、黒い服の男が黒い帽子のつばに手をかけて言った。

 

「ギドゥオーンが手に負えぬ相手がいるとでも」

「フン……北斗というのは神拳だけではない。分派もいることは知っていように」

 

 茶髪で髭の帽子男が緑の瞳を細めた。首にかけてある緑の勾玉がわずかに揺れる。

 

「曹、孫、劉の北斗は一応そなたの標的であろう。きゃつらはサザンクロスを目指して進軍中だ。表立っての大軍ではないが、彼らは一人一人が拳王にさほど劣らぬ豪傑でな」

「……」

「その南の(みやこ)には天帝のガキと南斗の象徴がいる。分派だけではなく北斗神拳の兄弟どもも必ずそこに集まる」

 

 そう言い捨てたあと、ビジャマが視線を移して眼下の光景を眺めた。

 元斗の気の激突に混ざる黄金の気脈を感じた帝都騒乱のフィクサーが、無意識に手すりの上に立ち上がった。

 このときすでに背後の気配はない。丸眼鏡のひょろ長い拳士は呟きながら階下へ降り立った。

 

「西斗月拳……北斗に向ける年来の憎悪でこの世をさらにかき乱すことを期待しよう。この地上でわし以上の達人は必要ない。全てのそれは露と消えるがいい」

 

 彼は数名の影を連れ、帝都の裏口から脱出していく。

 脱兎は彼の常套手段であった。そして権謀術数の男は西斗以外にまだ奥の手を隠し持っているのだ。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 裏元斗が表の元斗の将軍たち、ファルコ、ソリア、ショウキを追撃している。

 バトロの蒼光とアスラの白い光は、紫光の異名を持つ帝都第二の猛将を凌駕していた。

 バトロアスラはビジャマにより頭部に埋め込まれた装置で闘気を増幅させており、戦う前から手負いのファルコ、ショウキを撃破し、比較的軽傷であったソリアすら滅光の餌食にしている最中だった。

 

「しぶといな。元斗の次席の勇名は伊達ではないか。アスラの光とおれの凍気を受けて倒れぬとは」

「……まさに死人(しびと)

 

 蒼い髪のバトロ、白い髪のアスラが優勢ゆえか、称賛の台詞を口にする。

 一方、仕掛けで増幅された滅気になんとか耐えきっていたソリアの巨躯は血まみれだった。

 彼の眼帯はすでに取れている。潰れたその目からも血を流しながら、同僚に向けて紫光将軍は二人に引けいと告げた。

 

「ファルコ……ショウキ……後は任せたぞ。ルイ様と、帝都を」

 

 もう一度ソリアは逃げろと叫ぶ。

 ぶざけるなと吠えながら立ち上がった熱血漢の赤光将軍が、未だ膝をつている金色に肩を掴まれた。

 

「ふ、ファルコ」

「ショウキよ門が……開かれた。あれはビジャマの援軍。このままでは元斗が滅ぶ……撤退せざるを得ぬ」

「お、お前?!」

 

 ソリアとファルコといえば明友だった。

 しかし現状を直視したファルコの判断は誰が見ても妥当なものだ。

 ショウキは元斗筆頭に肩をかしながら、次将の異名を呼んだ。

 

「引くぞ紫光!」

「行かせはせんぞ死にぞこない」

 

 アスラの拳撃がソリアを襲う。彼はそれを脇の下に挟んで受け止め、光の闘気を流しながら叫んだ。

 

「どうやらオレはここまでのようだ……ショウキ ファルコを死なせては先代の元斗の師に顔向けできぬ。わかっているな」

「死ぬのならばおれだ。元斗第二の将のお前が殿(しんがり)など」

「フン……お前ではバトロやアスラには敵わん。適材適所というものだ」

 

 紫光将軍の巨躯からさらに血しぶきが舞った。裏元斗二人の攻勢は激しくなるばかりだ。

 ショウキですらもはやソリアは助からぬ、と絶望のなかで思った。

 

「撤退する……」

 

 元斗最強の男が苦悶の表情で全軍に告げる。

 ゆらりと身を起こしたファルコは帝都の城を見上げた後、髭の同門を引きずりながらこの場を後にしようとしていた。

 

「ソリア……! ぬおおおソリア!!」

 

 残存するファルコの私兵が二人の将軍を支え、もがく熱血漢を車に押し込めた。

 全身を朱に染めた片目の男と、金色の異名を持つ男が視線を合わす。

 

「お前を倒す宿願を果たすのは……どうやら来世になりそうだ、ファルコ」

「……何度やっても同じこと。そのときは再びお前の片目を射抜いてやろう」

 

 口角を上げたソリアにつられ、ファルコもニヤリとしながら頷き返した。

 結びつきの強い彼らが互いに視線を背ける。

 紫の髪の死人(しびと)はふっきれたように前を向く。金色の髪の猛将はあふれる涙を抑えきれず項垂れた。

 白光将軍のアスラがとどめを刺すべく構えながら、年上の同僚に顎をしゃくる。

 

「こやつの首はもらったも同然。バトロ、奴らを追え」

「小僧~、言うようになったなぁ」

 

 ソリアが傲然と笑いながら気合を溜めている。

 その様子を見たアスラは目を細め、終撃かと悟った。

 

「早く行け。こやつはまだ奥義を隠している。おそらく死と引き換えに放てる大技だ」

 

 アスラに再度促され、蒼い髪の中年男、バトロが無言で駆け出した。白と紫の気合が激突する。

 

「……だが惜しかったなソリア。お前は血を流しすぎた」

 

 紫光刹斬(しこうせつざん)という秘奥義を放つ前に、その闘気は消えた。操気の術を駆使できなくなったようだ。

 彼は両膝を地に荒い息をついていた。

 

「……」

「無念であろう。しかし苦しませはせん。それが同門としての情け」

 

 無機質な表情のアスラが、膝をついた元斗屈指の猛者を一刀両断にしようと剛腕を上げる。

 

 そのときだった。

 

 不意に荒地にかかる影。

 それを見た白髪の若者が上空を仰いだ。

 

「あれは……一体」

 

 アスラの誰何(すいか)に答えるように、瀕死の男が覚えのある影の形を見上げながら呟いた。

 

「……あの翼のようなマントは……鷹か……クソいまいましい」

「?!」

 

 ソリアが嫌なものを見たとばかりに、しかめっ面をしながら血のつばを吐く。

 青い空から降りてきた乱入者により、大地がその爪で引き裂かれた。

 

「ぬっ」

 

 その凄まじい衝撃を避けるために後方へ飛びずさったアスラが目を凝らす。

 砂塵のなか、地上に降り立った邪魔者の長身を窺った。

 

「……何者だ」

「表に出ず、ひたすら暗躍するばかりのネズミどもとはお前たちのことか」

 

 赤銅色の髪の持ち主が姿勢を正して腕を組み、厳かに告げる。

 ひと房の前髪を垂らし、その他をオールバックにした若い男はサウザーを思わせる剽悍な外見をしている。

 元斗同士の崇高な戦いを邪魔された側が殺気を放つ。

 

「不意打ちとはいえ、このアスラの前に立つとはいい度胸をしている。殺す前に名を聞いてやろう」

 

 白い光を放つ感情のない男が鬼気を繰り出す。

 鷹の翼をあらわすような切れ込みが入ったマントが大きくはためいた。

 彼はカッと目を見開き、残像の残る構えでその気圧を受け流していた。

 

 赤備えの小隊を率いるその指揮官は、赤い衝撃の第一の家臣にして、六星にも匹敵するといわれた猛将だった。

 

「そこの片目はこのイルフォーンが倒すことになっている。お前ごときネズミが討ち取ってよい相手ではない」

「……南斗聖拳」

 

 その構えを見たアスラが珍しく苛立った様相を見せた。

 己を昏倒させた赤い衝撃の憎き拳法を思い出したからだ。

 

 流派の違いはあったが、彼にとって屈辱を払拭するいい機会だと思ったのか、赤銅色の髪の推参者と対峙する。

 一方紫光は心底嫌そうに表情を歪め、憎まれ口を叩いていた。

 

「若僧、余計な真似を……」

「お前の回復の暁にはその口を裂いてやる。だが今は」

 

 好敵手の独語を背中で聞き、南斗羽鷹拳(はおうけん)の伝承者が地を蹴った。

 機械で闘気を増幅させたこの大敵は、九龍衆の彼にとっても格上の存在である。

 しかし絶対君主の期待に応えるべく、イルフォーンも死人(しびと)と化していた。

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 そのころ、蒼光将軍バトロもファルコとショウキに追いついたものの、思わぬ邪魔が入りその拳を阻まれていた。

 

「ふ、ファルコあれは」

「……黄金の牙……」

  

 元斗の兵に支えられた赤と金色の将軍が安堵の息をつく。

 長い金髪が揺れる背中は彼らからすれば小柄なものだ。

 しかし裏元斗の体内に差し込まれた気の増幅装とは正反対の、深淵から湧き上がる気脈が二人にははっきりと見えていた。

 

「ジョーカー、レスティエ」

 

 そんな男の言葉に以心伝心の影主従が距離を取る。

 それを確認したバトロが金髪の青年との間合いをつめていく。

 

「キサマがシンか……手負いのファルコやショウキ程度には楽しませてくれるのだろうな」

 

 修羅の国にいたこともあるバトロは、その国全土に轟いた南斗極聖拳(きょくせいけん)とその構えを知っている。

 蒼気(そうき)を放出させながらあえての大言を口にした。己を追い込むためだった。

 ははははと高笑いながら飛び上がり、彼はいきなりの奥義を放つ。

 

「元斗皇拳、凍瀑衝(とうばくしょう)

 

 突き入れてきた利き腕の鋭鋒をシンは十字の傷がある手の甲で受け流す。

 地面に刺さった一撃により、周囲は冷気で包まれた。

 

「う、おっ?!」

 

 奥義の突風を受け、ショウキがのけ反った。重傷のファルコが歯噛みをしながらいかんと呟く。

 地面から生えてきた無数の氷柱がシンを襲う。

 それを薙ぎ払った際の相手のガラ空きの胸部へ、技の仕上げとばかりにバトロが蒼光の掌底を繰り出した。

 

 彼の全霊の波動は荒地や岩を巻き込み、広大な殺傷範囲で南斗の拳士を押し包む。

 受け身すらとらせんとばかりに、裏元斗の拳士は吹き飛んだ相手を猛追する。

 氷舞裂弾(ひょうぶれつだん)と呼ばれる至近距離でのショットガンを受けた金髪の青年が、ゴムボールのように飛び跳ねて聳え立つ大岩に叩きつけられた。

 岩に亀裂が入った。

 

「無念……助けにすら入れぬとは」

 

 ショウキが天を見上げ、目を閉じながら呻いた。

 轟音を立てて崩れ、砂塵に(まみ)れる岩壁に背を向け、バトロがこちらにやってくる。

 ファルコが義足をバシンと叩く。悲鳴を上げる兵たちを制し、震えながら身を起こした。

 

「ファルコ様……!」

「お前たちはショウキを車に乗せて去れ。南斗の若僧にもらった時間、このファルコ無駄にせん」

「何をバカな、ファルコっ」

 

 重傷のショウキが表情を歪ませる。帝都きっての義将である男に、ファルコは元斗特有の構えを示した。

 

「……」

 

 赤光将軍が絶句する。

 天帝守護の拳、名門中の名門の流派には、決死の志を見せた者を妨げてはならぬ、という是非もない意味の型がある。

 それでもショウキの苦悶が戦場に響いた。それを聞きつけたソリアが同じようにショウキへ決死の構えを見せた。

 死人になった両名にはその余裕があった。

 

「ソリア、ファルコ……」

 

 ショウキが地に突っ伏した。自分だけ助かるのかという絶望の状況に、熱血漢が何度も乾いた大地を叩く。

 

「金色。元斗最強の男よ……キサマを破って我らが表となる。心置きなく逝け」

「……機械で増幅させた作り物の士が天帝の近侍だと? 裏門ごときが笑わせるな」

 

 北斗神拳にやられた胸の傷から血を流しながら、ファルコが金色の気を充満させた。

 ルイ様、申し訳ありませんと述懐し、彼は冷気に向かって、双碗による黄光刹斬(おうこうせつざん)を撃ち放った。




氷舞裂弾。パチスロ北斗の拳、青光のバトロの奥義。
今年最後の更新になります。
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