聖拳列伝   作:小津左馬亮

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五話    真なる西斗

 血の花が咲いた。荒地とアスラの白髪が朱に染まる。

 

「……まだ動けたのか、紫光め」

 

 白光の奥義を防ぎ切った隻眼の同門は、吐血しながらも得意気に笑う。

 彼の視線の向こうには、シン配下の死神と影の女が裏元斗についた帝都の軍を蹴散らし始めていた。

 

「舐めるなよアスラ……わしを誰だと思っている」

 

 ファルコに次ぐ元斗の猛将はプライドが高い。ましてや共闘しているのは因縁のある南斗の鷹だった。

 

「っツあ」

 

 南斗羽鷹拳(はおうけん)の気合の声とともに斬撃が振り下ろされる。だがアスラは(わずら)わしそうにそれを弾き飛ばし、身を引いたソリアの眼前まで間合いを詰めていた。

 待っていたとばかりに剛腕を振り上げるソリアの鋭鋒をかわし、無表情の白い青年は紫のマントを裂いた。

 そこから突き出る裏元斗の拳は寸分たがわす標的の胴体を貫いている。

 アスラは再び相手の血を浴びた。そして言った。

 

流輪壊破(りゅうりんかいは)。キサマの奥義、元斗流輪光斬に対するカウンターだ……」

 

 討ち取ったと確信したアスラが利き腕を相手の体から抜こうとした。

 しかし異変を感じて目を剥いた。

 

「ぬっ?!」

「……引き抜けまい。流輪の撒き餌にまんまとかかりおったな……まだまだ若いのう。執念を込めたわが身をを引き裂けるものならしてみるがよい」

「ほざけ」

 

 利き腕をソリアの胸筋に絡めとられて動けなくなったアスラが死にぞこないめと吠える。

 同時に寒気を感じた彼は白髪を振り乱して上空を見た。

 彼の充血した目に映るは、大きく両手を開いて降りてくる若い鷹の姿だった。

 

「細工は流々だ鷹め……ソリアともあろうものが死合の脇役を演じるとは……情けない」

 

 隻眼の猛者は自嘲の台詞とともに、振りほどこうともがく標的の両手をつかみ取る。

 さらに気を充満させ羽交い絞めしたことで、血が瀑布のように流れ落ちた。

 

「ソリア貴様ぁ……最初から、こ、これを狙って……?!」

 

 苦悶の表情を浮かべる二人の元斗のもとへ、赤銅色の髪の勇将が急落下してくる。

 しかしその身に闘気はない。

 

「南斗羽鷹拳(はおうけん)飛鷹龍極垂(ひおうりゅうきょくすい)

 

 妖星配下、南斗二十三派筆頭の秘奥義がアスラの纏う白い気脈を垂直に斬り裂いていく。

 気を破るほどの実の拳、ここに至ってイルフォーンは南斗聖拳の真髄に目覚めた。

 鷹の爪を交差させ、地面を抉るように着地した彼が、ソリアのものだけではない血煙を背中で察知する。

 ブシュウウという出血の音は自身の両手からも発していた。

 己が龍の牙すら衝撃に耐えられないほどの、羽鷹拳(はおうけん)の一撃だった。

 長髪と短髪の違いはあるものの、サウザーに似た外見の剽悍な男が不機嫌そうに呟いた。

 

「……やりやがる、元斗皇拳」

 

 いつの間にか繰り出していたアスラの蹴撃(しゅうげき)で、イルフォーンのマントと防具はその存在を消している。

 半裸の鷹が立ち上がり、奥義を放った獲物を見た。

 白光の拳士が崩壊を堪えようと両足を踏ん張っている。

 言葉にならぬ苦痛のようだ。

 

「……!」

 

 さらに発光していくアスラの様子を窺って、周囲いた皆が手をかざす。

 気の増幅装置が破壊されたことで制御不能になり、それが日中の戦場を明るく照らした。

 

「ジョー様!」

「おう……イルフォーンめ。ファルコに匹敵するともいわれた裏元斗の一人を、とうとう仕留めやがった」

 

 帝都の兵を薙ぎ払い、死神が振り返る。

 そこには紫と白い光の残滓が映っていた。最後の残り火を放出させるように、元斗の拳士ソリアとアスラが再び組み合い。そのまま睨みあっている。

 

「死さえ……ファルコに捧げるか、いけ好かぬ片目め……」

「……いけ好かぬのはこちらだ。わし自身を囮にし、鷹と二人がかりでしか倒せぬとは……はなはだ不本意」

 

 憎々し気に呟いたソリアが仰向けに倒れていく。

 だがその前に、赤銅色の長髪の男が彼の巨体を受け止めていた。

 長身を支えきれず両膝をついたアスラがそれを無念そうに眺めてから、ゆっくりとうつ伏せに沈んでいった。

 同門の死を確認した瀕死の男の表情は苦り切っている。

 

「忌々しい……一番気に食わん男の腕の中で果てるとは……わしは前世で何か悪いことでもしたのだろう。そうとしか思えん」

「最後までへらず口を」

「今わの際ゆえの本音だ。しかし……見せてもらったぞ、南斗の真髄……実の拳を。そは斗の闘気すら斬り裂く(やいば)、やがて北斗をも越える光……か」

 

 ソリアの鬼気迫る表情は穏やかなものになっていた。

 イルフォーンが位置を変え、彼にファルコがいる光景を見せていたためだ。

 

「無事だったか、悪運の強い奴め」

 

 元斗の長をかばうように、金髪の長い髪の青年が青い髪の壮年の男の前に、やや身を低くして構えている。

 それは南斗極聖拳(きょくせいけん)の伝承者が指突を放つ体勢に他ならなかった。

 緊張の糸が切れたように笑みを浮かべ、ソリアは満足気に天を見上げて言った。

 

「ファルコが無事ならばそれでよい……思い残すことはない。同じ髪の色の若僧、そういえば奴は不死身であったな。そうだ……」

 

 あの黄金の牙に貫けぬものはない。

 そう言い残して彼は残ったもうひとつの目を閉じた。

 イルフォーンがそれに気づき、剽悍な面を歪ませたが、渦中の出来事をしっかりと見守っている。

 

「見届けたかソリア。元斗皇拳の蒼い光を突き破る……あれが本物の南斗聖拳だ」

 

 死出のはなむけになったか、と思ったのは彼も南斗の拳士だからであろう。

 南斗の極意を具現化した執念の男は、蒼い髪の壮年の拳士の胸板から牙を抜き放つ。

 アスラと同じように増幅装置が破壊され、気流が暴走したようにバトロの体を覆っていく。

 光に包まれる相手を一瞥し、近くで倒れかけている金色の男に歩み寄った。

 

黄光刹斬(おうこうせつざん)。先手を打つお前の閃光がなければ奴の不意を衝くことができなかった。ファルコ」

 

 滅していく裏元斗の拳士を眺めながら、表の長はシンの言葉に力なく頷く。

 

「……バトロほどの男が……このファルコの加勢があったとはいえ……まさか一撃とはな。サウザーやケンシロウが敗れるわけだ」

 

 配下の兵たちに抱えられるファルコが口元の血を拭いながらフフフと笑った。ソリアと同じような自嘲の笑みだった。

 

「無念のまま死んだかバトロ。だが生き残ってしまった以上、まだお前の後は追えぬ……」

 

 震えながら起き上がった元斗最強の男はマントを手にしながら、すでに絶命しているバトロにそれをかぶせて黙祷した。

 そして面を上げた彼がシンに視線を向ける。

 

「元斗の私闘はまだ終わってはいない。礼は言わぬぞ若僧」

 

 気丈な巨漢の台詞に金髪を風に靡かせた青年が何か言いかけたが、そこへショウキが戻ってきてファルコに肩を貸しながら告げた。

 

「帝都にはまだビジャマがいる。アスラ、バトロを洗脳して気の増幅装置をつけた張本人」

「うむ」

「ソリアの亡骸は連れていき、地方のエリアに退避する。ひとまず態勢を整えてから改めて帝都に進撃すべし」

「承知……」

 

 やむを得ぬ会話を終えた金色と赤光の将軍がソリアの元に跪き、しばしの別れを惜しんだのちにそれぞれの旗の四輪駆動に乗り上げる。

 重傷の双方は応急の手当てを受けながら撤退を再開させた。

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 

 ファルコたちの支援に成功したイルフォーン率いる赤備えも部隊を反転させている。

 すでに荒廃した城門とその周辺にいるのはまばらな警備兵のみであり、すでに帝都としての威厳は失われていた。

 

「帝都の謀反人はあとひとり。イルフォーンめ、止めはわしらにさせるつもりのようですな。しかしビジャマとやらは策を弄する将と聞きます。敵勢はわずかにしても、油断は禁物」

 

 しかしながら影には影の戦い方がありますよと告げて、目つきの悪い薄緑色の髪の男は、城の裏手門に回るようシンを促す。

 

「正面突破のKINGにとって不本意でしょうが」

 

 労少なくして功多しと告げたジョーカーの声が無人の裏手の通路に響く。

 

「サウザー、ラオウなどの巨星ばかりが敵ではなくなりましたからな。ビジャマなる小物の考えはわしのような小物こそわかるってもんです」

「韋駄天が小物だと? お前の諧謔(かいぎゃく)の質も落ちたものだ」

 

 シンの珍しい軽口にジョーカーが肩をすくめてから、二階部分の窓に向かって地を蹴った。

 部下のレスティエも身が軽い。そんな影主従に続いて主も跳躍した。

 

 

 

 

§§§§§§

 

 

 

 

 すでに帝都の兵は内部においても大半が逃散し、城内にいるのは裏元斗に忠誠を誓う古参のみだった。 

 それらの姿は侵入口からは見当たらず、シンたちは回廊を進むばかりだった。

 

「……元斗の生き残りと対峙するのは大広間でしょうか」

「そのほうが罠もしかけやすい。奴のことだ、退路も……」

 

 レスティエの質問に答えようとした死神が眉を寄せた。

 部下を制して立ち止まり、背後の主を見る。

 

「向こうにあるは城内に造られた庭園のようです。そこから何者かの気配が」

「……何者ですか? わたくしにすらわかるほどの気脈の持ち主」

 

 青白い頭巾をかぶった美人はそう答え、テラスのような光の指す一画、噴水や花壇があるほうに目を凝らす。

 日ごろ沈着なジョーカーが青ざめた顔をしているのに気が付き、レスティエも同様に表情を変える。

 

「レスティエ距離を取れ。わしでも危ない。ここは」

「二人とも後から来い」

 

 シンが配下に言い残し、庭園に足を踏み入れた。

 泉の広場のようなそこの椅子に偉そうに座り込んでいるのは、黒いロングコートの人物だった。

 その長身の男は口髭をはやしている。

 ラオウよりは小さいが、シンよりは大きい存在が黒い帽子のつばを弾いて目を向けてきた。

 それだけでジョーカーとレスティエが息を飲んだ。

 

「なっ何者だ、あやつ……」

 

 死神の異名を持つ影がここまで戦慄を覚えるのは珍しい。

 影の女は言葉にならず一歩、二歩と後退していた。

 

「……憩いの邪魔だな。そなたら」

 

 センター分けミディアムパーマの髭男は美丈夫だったが、禍々しい気を纏う姿は異様にすぎた。

 意図して待ち構えていたわけではないことを察したシンが彼の元へ向かう。

 金髪の青年がベンチで足を組んで座っている男、ヤサカと対峙した。

 

「お前も元斗か」

「……無知とは罪」

 

 ブワっと風が吹いたと同時に、シンは吹き飛んでいた。

 片手と膝をついて後退を止めたが、その擦れた跡からは煙が立ち上っている。

 庭園の草地から石畳まで弾かれた主を見て、二人の影が反応できず大口を開けている。

 

「雷……」

 

 そう口にしたシンが避け損なって当たった肩口を抑えながら、相手を眺める。

 今まで食らったことのない衝撃と属性の拳だった。元斗ではないと彼は思った。

 

「推参者よ。せめて我をここから動かして見せろ」

 

 座ったまま両手を広げる漆黒の格好の帽子男が、懐からキセルを口にした。

 煙を吐く余裕の相手にシンが撃ちかかった。




流輪壊破(りゅうりんかいは)。RPG北斗の拳4の元斗皇拳の技。

南斗羽鷹拳(はおうけん)飛鷹龍極垂(ひおうりゅうきょくすい)
オリキャライルフォーンの南斗究極奥義。
レイでいう断固相殺拳。
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